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3. 数値解析による氾濫メカニズムの解明と対策工法の有効性の検討
 ここでは,数値解析を用いて氾濫状況や氾濫水の流体力分布を調べ,氾濫災害のメカニズムを明らかにするとともに,現在,松合地区高潮対策検討委員会(委員長:滝川清)で検討されている対策工法(堤内地の地盤嵩上・国道前面の防波堤形状の変更)の有効性を危険度評価という観点から検討した.なお,危険度評価の指標としては多種多様なものが考えられるが,本研究では,
a)家屋倒壊に関係する氾濫水の流体力(密度×浸水高×速度の自乗)
b)避難時間と密接に関係する氾濫開始後水深50cmまでの浸水するのに要する経過時間
の2つの指標を用いて検討を行った.
 
3.1 氾濫流の基礎式
 従来の高潮氾濫計算では,比較的広い範囲を計算対象としているため,計算格子間隔が30〜50m程度と粗く,地勢条件を正確には表現できない.そのため,底面の粗度係数の違いとして地勢条件を取扱う計算例が多い(例えば、岩佐ら,1980: 土屋ら,1984).佐藤ら(1989)は構造物による流体抵抗を考慮した解析方法を示している.しかし,格子間隔が50mと粗いため,単位面積当たりの家屋数と家屋形状を正方形に置換えた時の一辺長を変数として取り扱っており,地物条件(家屋など)が正確には考慮されていない.今回の対象領域は図−3に示すとおり,沿岸方向700m、岸沖(陸上部のみ)方向300mと比較的狭い範囲となる.そこで別途行った細部地形測量結果に基づいて計算格子間隔を5mとし,家屋一軒ごとを計算機に認識させ,地勢条件と地物条件とをより正確に再現した.さらに,家屋を透過性構造物としてモデル化し,その形状はもとより,氾濫水に対する流体抵抗として基礎式中に取入れた.図−4の座標系に従い,今回の計算に用いた基礎式を以下に示す.
 
図−3  解析領域(図中の数字は痕跡高さの比較点)
<ケース(1)〜(4)>
 
 
 ここに,hは水深,qは船溜開口部からの海水流入量(後述の計算ケース(1)〜(4)のみ考慮,それ以外はO),U,Vはx,y方向の断面平均流速,M,Nはx,y方向の流量フラックス,ebは基準面から地盤までの高さ,ρは流体の密度,gは重力加速度,nはマニングの粗度係数,vγは渦動粘性係数,Fx,Fyは家屋による流体抵抗を表す.本研究では家屋を透過性構造物として扱うために家屋の空隙率εを考え,次式で流体抵抗を表す.
 
 
 ここに,CDは抵抗係数である.
 実際の解析には差分法を用い,変数はスタガード配置とした.基礎式の離散化は移流項に3次風上差分を用いた以外は岩佐ら(1980)に従い,氾濫水のフロント条件も同様にフロントの移動限界水深をhe=0.00lmとして計算を行った.開口部からの流入条件は次節で述べるので,越水条件について以下に説明する.前述のように今回の氾濫は破堤ではなく、船溜に進入した海水の越水により生じている.そこで計算上の越水条件を設定する必要があるが,ここでは船溜の水位が護岸天端高を+5.0cmを越えた時に越水が始まるものとして計算を行った.また,これら以外の計算条件は表−2に示すとおりであるが,その詳細は山田ら(2000)に詳しい.
 
図−4 座標系(y軸は奥行き方向)
 
表−2 計算条件
格子間隔(Δx,Δy) 5.0m
計算時間間隔(Δt) 5/1000s
抵抗係数(CD 2.5
空隙率(ε) 0.8
渦動粘性係数(Vγ 1.0m2/s
マニングの祖度係数(n) 0.02
(裸地、潮溜、水域)
0.04
(家屋、道路)
 
3.2 氾濫メカニズムの解明と堤内地盤嵩上の有効性の検討(ケース(1)〜(4))
 計算領域は図−3に示すように,沿岸方向700m,岸沖方向(陸上部のみ)300mであり,計算格子間隔を5mとし,家屋一軒ごとを認識させ,建物、道路などの地勢条件をより正確に再現した.また,図中の矢印は海水流入点(3ヶ所),国道背後の黒色部分は堤内に現存する潮溜(2ヶ所)を示す.計算ケースは表−3に示すとおり,ケース(1):現況(氾濫状況の再現),ケース(2),(3):地盤嵩上のみ,ケース(4):地盤嵩上と現存の潮溜を残す,の合計4ケースについて計算を行った.なお,ケース(2)で地盤嵩上高を一律D.L.+5.3mに設定したのは,今回の高潮氾濫による被害がこの高さ以下の土地に集中していたためである.また,ケース(3),(4)のD.L.+5.0mとは,堤内に現存し曳家工法が不可能な松合食品工場等の周辺状況とも照らし合わせ,委員会において現実的と判断された地盤嵩上高である.
 
表−3 地盤嵩上の計算ケース
ケース 地盤嵩上高および嵩上範囲 現存の潮溜の取扱い
(1) 現況(嵩上なし)
(2) 現地盤高(D.L.+5.3m)以下の地域を一律D.L.+5.3mに嵩上 残さない
(3) 現地盤高(D.L.+5.0m)以下の地域を一律D.L.+5.0mに嵩上 残さない
(4) 現地盤高(D.L.+5.0m)以下の地域を一律D.L.+5.0mに嵩上 残す
 
3.2 国道前面での防波堤形状変更の有効性の検討結果(ケース(5)〜(6))
 ここでは,国道前面の防波堤形状の変更が浸水時間の遅延などに対して,どの程度有効であるかを検討する.計算領域は図−5に示すように,沿岸方向に700m,岸沖方向に700mである.計算ケースは,現況の防波堤形状(ケース(5))と和田・仲西船溜への直接的な流入を緩和する目的で両船溜を防波堤内に取り込む場合(黒色部分ケース(6))の2ケースとした.境界条件としては,図中のA−B上で強制潮位を与えるが,この値は別途行った高潮計算(滝川・田渕,2000)より得られた松合沖合での計算潮位を使用した.図−6は松合沖合における平成11年9月23日午後12時以降の潮位を再現した計算結果である。現地調査では松合での最大潮位はT.P.+4.5mであるが,計算でもT.P.+4.31mの潮位を再現しており,十分な計算精度を有している.なお,今回の氾濫計算では護岸天端高(TP+3.2m)とほぼ等しい午前5時45分の潮位(T.P.+3.04m)を海域全体の初期値として与え,静止状態から60分間の計算を行った.また,今回の計算では左右の境界での海水の出入りは考慮していない.
 
図−5 計算領域(ケース(5)〜(6))
 
図−6 計算潮位の時間変化(松合沖合)


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