2.1 今回の高潮氾濫の災害特性
表−1は,松合地区における浸水箇所の被災状況をブロック毎に示したものである.なお,ブロック分けは,仲西船溜を境として県道と国道に囲まれた西側堤内と東側堤内地区,および比較的地盤の高いその他の地区の3ブロックに区分した.表より,犠牲者は西側と東側地区のみに出ており,地盤の高い地区との相違は歴然である.つまり,低平地が防災設備の不備によって高潮の直撃を受けた場合の危険度の高さがよく分かる.安田(1999)は,死亡リスク(=死者数/対象区の人口)は,浸水高さ等よりも家屋の流失や全壊率と極めて高い相関があることを示した.そこで,今回の災害による死亡リスクと家屋の損失率(流失率と全壊率の和)の関係を図−2に示す.
図中には伊勢湾台風やバングラディシュの災害などの結果も合わせて示しているが,家屋の損失率と死亡リスクとの間には明確な相関が認められる.つまり,高潮の規模や場所が異なっても,両者には普遍的な関係が存在する事を示すものである.安田(1999)は家屋の損失率が高潮災害による死亡リスク予測の指標として有用であることも示したが,今回の災害でもその有用性が確認できた.
以上,ここまでをまとめると,松合地区の今回の高潮氾濫災害では,大量の海水が3つの船溜から氾濫し,短時間で流入した結果,大きな氾濫流速となり,強大な流体力が生じたものと考えられる,家屋の損壊率が高潮氾濫時の流体力の大きさに支配されるものとすれば,今回の災害が激甚化した理由が理解できるとともに,低平地で高潮氾濫が生じると被害が甚大となるため,氾濫流速を低減させて流体力を低下させることで,被害を最小化する“減災”という防災的視点に立った土地利用対策も必要と考えられる.そこで次に,これまでの松合地区におけるの土地利用の変遷などについて調査を行った.
表−1 不知火松合地区被災状況
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西側地区 |
東側地区 |
他地区 |
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人口(人) |
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101 |
118 |
163 |
死者(人) |
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9 |
2 |
0 |
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棟数(戸) |
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39 |
37 |
51 |
浸水(戸) |
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39 |
37 |
51 |
全壊(戸) |
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21 |
6 |
3 |
半壊(戸) |
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12 |
4 |
3 |
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死亡リスク |
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0.089 |
0.017 |
0 |
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全壊率 |
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0.538 |
0.162 |
0.059 |
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図−2 家屋の損失率と死亡リスクの関係
2.2 松合地区の土地利用変遷および災害史
松合地区での高潮氾濫災害の対策工法を検討する上では,この地区ではどのような土地利用がなされてきたのか,また,満潮時には海水面よりも低くなる土地になぜ多くの人々が住むようになったのかなどの経緯を歴史的・社会的背景から明らかにすることも重要であると考えられる.そこで,同地区の土地利用変遷や災害史について現地での聞き取り調査および文献調査(例えば,不知火町史,1972; 不知火町郷土史研究会,2000など)を行った,調査結果によると,屋敷新地は1854年の山須地区の大火(写真−4の右側の黒色部)で家屋を失った人たちの住宅用の土地として1855年に干拓されたものである.しかし,干拓地内は現在の県道から国道に向けて約3%程度の勾配で地盤高が低くなっているため,当初住宅地として利用されたのは,比較的地盤の高い県道沿いのみであり,その他の場所は仲西船溜を中心に,西側が塩田,東側は農地として利用されていた(写真−5).
写真−4 屋敷新地
(松合郷土資料館所蔵)
写真−5 松合地区前景(昭和10年ごろ)
(松合郷土資料館所蔵)
次に,高潮の発生頻度を調べてみると,有明海・八代海沿岸では10年に1〜2回の頻度で発生しているものの,松合地区が高潮により大規模な被害を受けたのは約l00年前の1874年(明治7年)まで遡る.このため住民の高潮災害に対する意識はしだいに薄れていたようである.さらに,昭和46年に沖合堤防との併用施設である現在の国道266号が供用されると,堤内地は安全かのように受けとめられ,それまで塩田や農地として利用されていた地盤の低い場所にまで民家が建設されるようになり,被災前には写真−1に示すようにかなりの住宅が国道背後付近まで存在していた.
また,平成3年の台風9119号では、台風の接近時刻が干潮時であったものの,仲西船溜の護岸天端まで水位が上昇したとの報告もあるものの,特別な災害対策は講じられてこなかったようである.
以上のことから,今回の被害を大きくした要因としては,氾濫水の持つ強大な流体力という自然要因のみではなく,高潮に対する危険意識の低下,ならびに堤内地において防災上適正な土地利用が必ずしも行われてこなかったという社会的要因もその1つとして考えら,今後の高潮災害対策への教訓として重要な事項と考えられる.
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