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有明・八代海域における高潮ハザードマップ形成と干潟環境変化予測システムの構築
(研究課題番号 13358005)
平成13年度〜平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(A)(2))研究成果報告書
平成16年3月
 
研究代表者 滝川 清
(熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター教授)
 
研究成果
目次
 
第I編 高潮災害特性と高潮ハザードマップ形成に関する研究
1. 不知火海高潮災害の特性と高潮ハザードマップ作成に関する研究
1.1 現地調査結果からみた高潮の規模と実態
1.2 台風9918号による不知火海海岸の被災特性
1.3 台風9918号による不知火海の高潮と波浪特性
1.4 台風9918号の気象特性に関する解析
1.5 台風9918号による不知火町松合地区の高潮氾濫災害の特性とその対策
1.6 高潮・潮汐・波浪の相互作用解析に基づく出現最大を想定した高潮・高波のハザードマップの作成
1.7 不知火海高潮災害が残したもの
1.8 Parallel Computation of Coupled Atmosphere and Ocean Model-The Case Study of Typhoon 9918 in the Yatsushiro Sea
1.9 局地気象モデルを用いた有明・不知火海沿岸地域の風速推算
〜高潮ハザードマップ作成に向けて〜
2. 想定最大高潮による高潮減災対策指針の策定(熊本県高潮対策への提言)
2.1 熊本県高潮対策検討会資料(第4回熊本県高潮対策検討会資料より抜粋)
 
第II編 干潟環境変動機構に関する研究
1. 有明海域の物理環境特性に関する研究
1.1 有明海の過去25年間における海域環境の変動特性
1.2 有明海の中部海域における環境変動の要因分析
1.3 有明海の潮汐変動特性と沿岸構造物の影響
1.4 TIDAL SIMULATION IN ARIAKE SEA BY PARALLELIZED OCEAN MODEL
1.5 熊本県沿岸海域における潮流場・拡散場への河川流入の影響
1.6 干潟を含む沿岸域における海陸風に関する数値実験
1.7 有明海とその周辺地域における近年の気候変動の傾向
2. 有明海域の干潟地形変動特性に関する研究
2.1 干潟地形変化の数値シミュレーション解析
2.2 地形パラメータを用いた干潟断面の季節変動の要因分析
2.3 熊本白川河口干潟における土砂収支の検討
3. 干潟浄化機能特性に関する調査研究
3.1 有明海への流出抑制を目的とした畜産排水のりん簡易処理(原田)
3 2 Nitrogen and Phosphorus recovery from a piggery waste water treatment facility
3.3 有明海泥質・砂質干潟底泥の水質浄化機能と生物撹乱の影響
3.4 有明海干潟底泥の水質浄化能力と物理的かく乱による能力強化に関する研究
3.5 有明海での微生物情報の収集に関する研究
3.6 有明海と八代海の干潟における底質特性と底生動物の豊かさに関する研究
 
1.5 台風9918号による不知火町松合地区の高潮氾濫災害の特性とその対策
熊本大学 山田文彦・滝川清・田中健路・外村隆臣
 
1. はじめに
 秋の大潮であった平成11年9月24日の早朝4時ごろ熊本県牛深市に上陸した台風9918号は,観測史上最大の瞬間風速66.2m/sという暴風を伴いながら有明海を北上した.さらに,熊本県では台風接近時刻が上げ潮と重なったため,八代海湾奥の不知火町松合地区で高潮氾濫が発生し,12名もの尊い人命が奪われるなど過去最悪の被害を被った(滝川ら,2000a,b).現在,松合地区の災害復旧対策としては高潮氾濫の被災要因の解明とともに,同地区の特徴を活かした災害対策方法が検討されている.
 本論文は今回の高潮氾濫災害に関する調査検討結果であり,その目的は次の通りである.
1)現地調査により,氾濫痕跡高や海水進入経路などの災害特性を調査するとともに,松合地区における高潮氾濫災害の被災要因を同地区の歴史的・社会的背景をも含めて調査する.
2)数値解析により,氾濫状況や氾濫水の流体力分布を調べ,氾濫災害のメカニズムを明らかにする.
3)現在提案されている災害対策工法の有効性を危険度評価という観点から検討を加えるものである.
 
2. 高潮氾濫災害の現地調査
 写真−1に示すように,松合地区は東・北・西の三方を丘陵に囲まれ,南は八代海に面した鍋型の地形を有しており,海岸線に沿って国道266号との兼用施設である海岸堤防(T.P.+4.8m)がある。同地区には3箇所の船溜があり,その護岸天端高はT.P.+3.2mである.また,それぞれの船溜の入口は幅20〜30m程度の開口部で八代海と通じているが,水門は設置されていない.今回の高潮氾濫災害で大きな被害を受けたのは、県道と国道に囲まれた半円状の地区である.この地域は2.2節で述べるように,安政元年(1854年)の山須地区の大火(141戸全焼)で家屋を失った人たちを移転居住させる目的で安政2年に干拓された造成地(屋敷新地)であり,現在の県道がほぼ当時の海岸線に相当する.また,この地区は満潮時(H.W.L=T.P.+1.84m)に海面下となる低平地(T.P.+1.0mm程度)が多く存在している.
 現地調査では,被災状況や海水侵入経路等の聞取り調査および沿道のガードレール等への付着物や法面の崩壊跡などを詳しく調べるとともに,氾濫痕跡高を水準測量により測定した.大潮であった9月24日の満潮時刻は午前8時頃であったが,聞き取り調査によると,午前5時30分ごろ開口部より進入してきた海水が船溜の護岸天端を越水し,堤内地に流入した。堤内では平屋の天井付近まで一気(約5〜10分程度)に冠水し,さらに、約30分でほぼ国道と県道に囲まれた地区が床上・床下浸水した(図−1の斜線部分)
 
写真−1 松合地区
 
図−1 浸水状況調査図(熊本県漁港課)
(図中の黒い四角印は倒壊家屋を表す)
 
 写真−2は和田船溜の護岸堤防裏法面を撮影したもので,海水の越水によって激しく洗屈された痕跡が示されており,このような裏法面の洗屈は他の船溜周辺でも確認された.また,国道側の堤防の一部(山須船溜開口部付近)でも越水の痕跡が確認できたが,洗屈規模は船溜周辺に比べると小規模であった.よって,聞き取り調査と同様に痕跡調査からも,海水の堤内地への進入は国道堤防ではなく,3つの船溜の護岸堤防を越水したことが支配的であることを確認した.
 
写真−2 和田船溜背後の越水による法面洗屈状況
 
 写真−3は家屋に残る浸水痕跡の一例であり,ここでは屋根に残った“おかくず”を示している.浸水高さの痕跡調査では,このような痕跡を手がかりに平成11年9月28日〜10月1日に掛けて水準測量を行った.その結果、松合地区の痕跡高はT.P.+4.1〜4.5mであり,熊本県が対岸の砂川,氷川などで行った調査結果(T.P.+4.1〜4.2m)とほぼ一致することがわかった.なお,八代海湾奥では潮位等の海象観測所が存在しないため,今回の高潮の詳細なメカニズムについては別途数値解析を行う必要があるが,松合地区での最大湛水位(T.P.+4.5m)が今回の高潮の最大潮位に相当するものと考えられる.なお,滝川・田渕(2000)は高波と高潮の相互作用を考慮した高潮計算を実施し,この値が妥当であることを示している.
 
写真−3 浸水痕跡高の調査状況


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