5.2.3 計算結果
浸水計算の結果について以下の項目についてまとめた。
・最大浸水深(浸水予測図)
・浸水時系列変化図(1分、2分、3分、5分、10分、15分後)
・最大流速分布図
(1)最大浸水深(浸水予測図)
結果を図5-2-3に示す。
国道沿いの窪地では4mを超す水深となった。この地区では、被災時に死者が出た地域でもある。
この結果を前述資料と比較すると図5-2-4のとおり、ほぼ再現ができていると考える。
図5-2-3 最大浸水深分布図
図5-2-4 実測と計算値の比較
(2)浸水時系列変化
浸水開始当初の状況は、避難経路を想定するためにも重要となる。高潮における浸水は、一気に浸水するため、避難危険水深(ここでは0.5mとしている)に達するまでの時間が短いことが想定される。
図5-2-4に浸水開始から15分後までの経時変化を1分後、2分後、3分後、5分後、10分後および15分後について示した。
結果図によると、国道と県道に挟まれた地域に浸水域が広がり、5分後には、この範囲の1/2以上で0.5m近くなっていた。また、避難するには危険となる水深0.5m以上は10分後には仲西船溜の東西で1/2以上の範囲となっていた。
図5-2-4 浸水初期の時系列変化図
(3)最大流速分布
浸水時には、水深の深さと流速の強さが避難の危険性に大きく影響する。水深が浅い場合でも流速が1m/sを越えるような場合、転倒などの事故につながる。
今回の結果では、護岸からあふれた海水が、船溜周辺の段差の大きい地域を流れ落ちることで流速が早くなっている場合がほとんどであった。これらの地域は多くの場合、人家のない段差の大きい地区となっている。段差の比較的少ない平坦地ではほとんどの場合、1m/s以下で50cm/s前後の地域が多くなっていた。このことは、避難に際し段差の多い地区を避け、平坦な地域を通ることが重要と思われる。
結果を図5-2-5に示す。
図5-2-5 最大流速分布
5.2.4 危険度の評価
前項で示した「危険度の判定フロー」による検討を行った。
危険度の判定の前提条件を示す。
・避難開始は浸水が始まった時点とする。通常は、高潮機避難警報など事前の連絡が入ることで避難を開始することが多いが、ここでは浸水発生と同時と仮定する。
・避難速度は30m/分とする。通常生活では80m/分の歩行速度が用いられるるが、老人、子供また避難用品の持参などを考慮して仮定した。歩行や移動困難者などを介護していく場合これより遅くなることも考えられるがここでは30m/分の歩行速度を仮定した。
松合地区の地形は3方を山地・丘陵地に囲まれ、国道沿いの低地の民家のある地点から標高5m程度の高台の地区までは200mていどの距離となっている。また、道路も比較的直線上に低地側から高台の地区に延びている。この距離は5〜6分程度で移動できる距離となっている。
結果図の内、時系列変化図を見ると、浸水開始から5分までは、窪地の一部を除き、人家のある全ての地域で水深が0.5m以下となっていた。この結果から最大浸水深が0.5m以上の地域であっても基準水位以上に浸水するまえに高台へ避難するのに十分な時間があることから「危険度C:堤防から海水が溢れ始めた時点で避難を始めれば、氾濫流に追いつかれることはない」に相当する地域であると判定できる。県道より北側の地域では一部の低地で0.5mを越える地区があるが避難までの時間に余裕がある。
以上のシミュレーション結果からみた「危険度の評価」では、当地域においては危険判定AないしはBの危険レベルの高い地域はないこととなった。しかし、実際の被災時には死者が出ていることを考えると、災害に対する危機意識や適確な避難指示の伝達などの向上と合わせて、これら結果を利用していく必要がある。
前年度に従来型の高潮モデルにWave Setup、河川流の効果を含めたハイブリッドモデルを構築した。前年度の結果は実況値との比較ではよくあっていたが、風計算から見直さないと再現が不可能な例もみられ、マイヤーズの式による風計算の限界もみられた。今年度は最新の時間発展可能な力学モデルMM5を用いて風計算を行い、それを用いて高潮計算を実施した。
有明海のような大きなスケールの湾では今回のMM5の風はMyersの風よりも良好な結果を残したが、比較的小さなスケールで周囲を陸域で囲まれた八代海では改善はみられなかった。これについては、スケールの小さな海域や周囲を囲まれた海域での計算場のモデル化に対し、従来考えられているよりも細密なメッシュ分割、海底地形や海岸線の適切なモデル化が必要なことが想定される。
力学的モデルの長所は風、気圧の整合性がとれたまま時間発展が可能であることで、今後高潮予測の有力な手段であると思われる。ただし、今回対象としたような小さな湾では台風位置による風向の変化が重要で位置について適切な補正方法を検討する必要がある。
今回実施したMM5による風計算結果を用いた高潮計算では、松合地区で痕跡などから想定された潮位を再現できなかった。したがって、本書における浸水計算では、松合地区の実施された現地調査の報告書に記載された潮位変化を用いた計算を行った。なお、高潮計算時に得られた松合地区前面海域の潮位差(2cm)は、浸水計算の高潮境界値に引き継ぐこととした。
浸水計算の結果は、既存の文献などとほぼ同等の水位レベルを示しており、再現性については良好な結果を得られたと考える。
今回は、風、波浪、高潮などのモデルを統合し浸水計算まで実施する高潮統合モデルの開発を2年度にわたって実施した。モデルとしては、全般的にはほぼ良好な再現性を確保できていると考えられるが、地域的な問題により高潮の再現が不十分であった。このような問題はあったものの、従来、個々に独立したモデルとして運用されてきたものを統合したことにより一連の作業を効率よく実施することが可能となった。また、従来、高潮が海域のみ(一部大河川の河口部は実施)で行われていた計算を、河川を遡った計算により海域と河川内高潮の統合も考慮したモデルを構築できたことは非常に有意義なことと考える。
今後は、運用事例を増やし、より一層の再現性の精度向上に向けた検討を行っていくことが重要である。
謝辞
本研究では、第2章の松合地区における微地形データの収集において、熊本大学の滝川 清教授より貴重な資料一式のご提供をいただきました。
岐阜大学の安田孝志教授には、本研究の高潮統合モデル構築のスタート時からモデルの最適化検討まで、様々な課題に対して的確な助言や貴重なご意見をいただきました。岐阜大学の吉野 純助手には、ワーキングで貴重なご意見をいただくだけでなく、八代海におけるMM5の計算課題に対して具体的な助言をいただきました。ここに記して謝意を表します。
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