次に、観測とモデルの比較を図2.2-5に示す。図の左が観測結果で、右がモデルの結果である。本モデルでは鉛直にレベルを10層しかとっていないため、特に深いところでの分解能が悪いが、浅いところでの流れ分布や大きな鉛直構造、現象の発生時刻など、良く一致していると言える。東京湾の平均水深は20mであることから、特に浅海部での応答が良いということは、東京湾内の海況を予報するには良い結果をもたらすと言えるだろう。なお、本モデルにより定量的には最大流速の80%程度が再現されている。
図2.2-5 台風0315号時の観測結果(左)と実験結果(右)の比較.
モニター点は三浦半島西部沖の点で左の上から、風速、90m深の地点における岸沿い方向の流速、300m深の地点における岸沿い方向の流速、300m地点の地点における水温変化を示す。実験結果である右図はそれぞれ観測点と対応する格子での流速と密度の変化を示す。
|
次に、このモデルの結果において、東京湾での変動を拡大したものを図2.2-6に示す。北北東の風に対して、東京湾内では東京湾奥に向かう流れが生じていることが分かる。これは東京湾内では底層である15m深の流れを示しており、この流れは湾口向きの表層水の移動を補うように流れが生じていると考えてよい。110時間後には暖水が東京湾の湾口東部から富津へと達していることが分かる。これは台風通過の2〜3日後であり、台風による水面下における影響、つまり強流や水塊の急変現象が、海表面が静穏になった時に現れることを示している。
図2.2-6 |
東京湾付近における台風10号に伴い発生した沿岸捕捉波による密度、流速分布. |
大島の北にあるピンク色の矢印は風速のベクトルで、主に北北東から吹く風であることを示している。
|
(4)広域の海況予測モデルに関する課題
ここで紹介したモデルの結果は、モデルのパフォーマンスを調べるために、台風に伴う風応力だけを与えている非常にシンプルなものであった。それにもかかわらず、最大流速の80%程度、急流の発生時刻に関しては数時間以内の誤差で現象を再現できている。このことは、ここで取り上げた現象が、主に風によって駆動されていることを示す。しかし、20%の流速差と数時間の時間差に関しては、モデルの問題あるいは、現象が風以外の要因により引き起こされていることを示している。東京湾から相模湾にかけた海域において、風応力以外の外力によって駆動される現象としては、内部潮汐や密度流、潮汐残差流などが挙げられる。密度流や潮汐残差流に関しては比較的、容易に予測が可能になると考えられるため、今後モデルに組み込む予定である。一方、内部潮汐に関しては、その振幅がどこで大きくなるのかなどの分布形態に関しては正確な成層状態が明らかになればある程度可能となるが、黒潮やそれにともなう変動により成層状態が水平的に変化した場合には、振幅や伝播経路が大きく変化すると推察される。したがって、内部潮汐の正確な予測を含めたモデリングについては、水質・海況のモニタリングによる観測網を充実させることが先決になるかもしれない。
海況予測モデル開発におけるもうひとつの課題は、数値計算時間の問題である。ここで紹介したモデルでは計算負荷を少なくする改良が施されているが、前述の実験と同等の計算を行う場合、計算速度が約10GFlopsのワークステーションを用いると、1日分の予測を実施するのに約8時間程度を要する。コンピュータの性能が数倍向上すれば、十分実用的な範囲で本モデルを運用することが可能になると思われるが、今後予報値の分解能を上げていくこと、さらに他の条件を付加していく必要があることを考えると現有のリソースで解決できるアルゴリズムの開発が必要になる。計算結果の精度向上だけでなく、実用的な予測値を得るための計算速度の向上に関しても、以後取り組む必要がある重要な課題と言えるだろう。
|