2.2.2 漂流予測モデル
(1)モデル概要
ここでのモデルは東京湾周辺(図2.1-2)の格子をさらに細かく分割し、広域における海況予測モデルで得られた海況変動に関する情報を境界条件あるいは初期条件として与えることにより、狭い海域でのモデルにおける擾乱に境界の影響が出ないようにプログラムされる。このモデルは海況予報モデルを改良することにより開発されたが、海況予測モデルとの情報のやり取りは2006年度の課題として実施する予定である。そこで本節では、前節で紹介した海況予測モデルによって、得られた結果を用いてどのように漂流予測が成され、どのような結果が得られるのかについて紹介する。漂流予測モデルには、漂流物質と見立てた粒子をラグランジュ的に追跡し、その粒子の分布から濃度を推算することになる。
(2)計算例と課題
まず、台風15号が通過した際の変動に伴い東京湾全域に配置した粒子がどのように分散していくのかを図2.2-7に示す。これは、台風が最も東京湾に近づいたときに、図の左上のように粒子を一様に分布させ、その粒子が時間とともにどのように分散していくのかを調べた結果である。ここでは簡単のために、粒子は5m深に配置され、鉛直方向の移動は無いものとしているが、沈降する物質や溶解する物質を想定した場合には適宜沈降速度や拡散のパラメータを付加することができる。10時間後には東京湾湾口の粒子は湾外西方へと向かい移動を始めている。20時間後には相模湾に入り、30時間後には相模湾のほぼ中央まで到達している。その後、40、50時間後には三浦半島西側先端付近の粒子が半島に沿って北上している。このプロセスは、(1)はじめ台風に伴う北風により湾口付近の粒子が南西へ輸送され相模湾へと流出するが、(2)台風による風が弱まった40、50時間後には房総半島東側に形成された沿岸捕捉波が相模湾へと波及し、(3)それに伴う流れによって相模湾へ流出した粒子が相模湾奥へと運ばれることによる。このように比較的単純な北寄りの風を与えた実験においても、東京湾だけでなく相模湾や外洋に形成される現象を含めることによって、粒子の運動は非常に複雑になる。ここでは示していないが、湾口にあった水塊が別の場所に移動していると言うことは、他の水塊が東京湾口へと波及している事を意味する。つまり、東京湾の変動を見るには東京湾だけでなく、相模湾や房総半島沿岸をも含めたモデリングが必要である。このことは本事業研究におけるモデル開発で重視している点の一つである。
図2.2-7 |
台風が最も東京湾に近づいた時に湾全域に一様に粒子を配置した場合の粒子分散過程. |
次に、同様に台風15号による風が吹いている最中に東京湾の中の瀬付近でタンカーの座礁事故が発生し、油が流出したことを想定した実験の結果を図2.2-8に示す。この実験は、座礁地点から20分ごとに粒子を1つずつ漂流させていった漂流追跡実験である。油流出後20時間以内に、粒子は観音崎に到達し、40時間後には久里浜沖、金田湾へと達する。図2.2-8の右下は漂流した油が50時間後までに及ぶ範囲を示している。したがって、北風が卓越する期間に中の瀬付近で油流出が起こった場合には、金田湾には小型の定置網が多数存在していることから、大きな被害を与える可能性がある。
図2.2-8 |
台風が東京湾に最も近づいたときにタンカーが座礁したことを想定して実施した粒子の放流追跡実験結果. |
海況監視システムの開発に関する本事業研究では、東京湾の安全をキーワードとして、自然・環境の側面から研究が進められた。本研究課題で最終的に開発を目指している海況監視システムは、東京湾の海況予報ならびに災害時漂流予測を半自動的に実施し、Webサイトに公開するシステムである。本システムは、リアルタイムモニタリングの開発と予測モデルの開発に大きく分けることができ、3ヵ年の計画で研究が進められた。初年度である2005年度の主な課題は、ここでは水質・海況監視装置と呼んでいる自動で海洋観測を実施し、データを転送するシステムの開発であった。
本事業研究による水質監視装置の開発以前に実在したこの種の観測システムは、非常に高価であるか、あるいは耐水圧性能があまり無いものであった。そのため沈没等のトラブルが多数発生している。そこで、今後の海洋観測網を発展させるためにも、ローコストで耐久性が高くメンテナンスが不要なシステムの開発が要求された。この課題に対しては、それまで養殖漁場などで用いられてきたモニタリング装置(アクアeモニター:日油技研工業社製)に特殊な加工を施して、耐水圧性を持たせることが計画された。アクアeモニターから数えると3度のバージョンアップが実施され、コスト・耐久性・簡便性において大変に優れた水質監視装置第3号機が開発された。この3号機は東京湾口西部に位置する富山町漁業協同組合に設置され、設置後1度のトラブルも無く非常に安定したデータを供給している。監視装置によって20分毎に得られるデータはWebサイト上で公開され、さらに随時最新の情報に更新されるシステムが開発された。以上のことから、水質監視装置の開発に関する初年度の課題は十分達成されたといえるだろう。
一方、モデルに関する開発は、年度の後半から観測装置の開発と同時に進められた。モデル開発に関しては、初年度の課題としては東京海洋大学海洋科学部で開発した三次元レベルモデルの高精度化と計算時間の短縮、さらには漂流予測モデルに関するアルゴリズム開発であった。前者については、本報告書でも示したように、簡単な条件を与えるだけで高い精度の予測ができることを示す結果が得られた。また、後者については、広域用に開発された海況モデルにおける漂流予測のテストが実施され、極めてリーズナブルな結果を得ることができたと言える。本報告書で紹介した漂流予測実験の結果は、実際の海況に事故が発生したことを想定したものであるが、災害時に迅速かつ正確な予測ができれば、被害を最小限にとどめるための対策がとれるようになると期待される。
最後に、次年度へ向けた今後の課題としては、まずホームページの整備が挙げられる。これに関する課題は、前節でも述べたが、(1)携帯端末による受信と表示、(2)更新する時間間隔の短縮、(3)統計解析を施した結果の紹介、(4)異常事態時におけるホームページ上での警報注意報発令の自動化、(5)取得データの2次利用(データ提供)に対するデータベースの整備、などが挙げられる。このホームページの整備については、次年度以降に早急に組まれる必要がある。次に、今年度開発した水質・海況監視装置を広く展開することにより、観測網を強化する必要があるだろう。この観測で得られる海洋観測データは本事業で高い精度の予測をする目的だけでなく、人類の貴重な財産となるはずである。さらに、モデルに関しては、迅速、かつ、高精度の海況予測や漂流予測ができるようにモデルの改良を進める必要があるだろう。以上のすべての課題を組み合わせることにより、今後最終目標である海況監視システムの開発が達成できるものと期待される。
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