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2.2 海況予測・漂流予測モデルの開発
 近年、数値モデルによる研究は飛躍的な進歩を遂げ、様々な研究機関でモデルが開発されるようになってきた。最近ではモデルの精度を向上させるための試みとして、海洋での実測データを適宜モデルに組み込むデータ同化に関する研究が進められている。しかしながら、時空間スケールの大きな現象に関する同化を除き、中小規模スケールの現象に関する同化、予報については多くも問題点や課題が残されている。この主な理由は、海洋の場合には同化に必要なデータが非常に少ないことによる。このデータが少ない状態を解消するために、進められたのが2.1節で開発しているリアルタイム水質・海況監視装置の開発である。ここでのモデル開発は、その観測データを活用してより精度の高い予報を行うための、アルゴリズム開発やパラメータの選出に関する研究を進め、東京湾海況予報モデルの構築を目指している。
 東京湾のように半閉鎖的な海域において、その流れや水質変化を引き起こす要因は、一般に湾内における河川・降雨による淡水の流入、潮汐、風・気圧などの気象擾乱が挙げられてきたが、近年になって、外洋からの黒潮や沿岸捕捉波、中規模渦などの影響がかなり重要な役割を果たしていることが指摘されるようになってきた。したがって、東京湾の内湾の海況を正確に表現するためには、対応するモデルに外洋からの影響を正確に取り込むことが必要である。ここで開発するモデルは東京湾だけでなく、周辺海域を含んだモデルであるが、対象海域全域を細かい格子間隔で表現するのは、計算の実行速度を考えるとあまり実用的ではない。そこで、ネスティングと言う手法を用いて、図2.2-1に示す広域の海況予測モデル(東京湾を中心とした700km四方の海域を格子間隔2kmで分割したもので、以後、海況予測モデルと呼ぶ)と図2.2-2に示したような東京湾近辺の予測モデル(東京湾、相模湾、房総半島をモデル海域とし、東京湾内の応答を細かく調べるモデルで、以後、漂流予測モデルと呼ぶ)を組み合わせ、順次予報するシステムの構築を考えている。2005年度の研究としては、海況予測モデルの精度の確認と高速化、東京湾モデルの開発が進められた。後述するように結果として、海況予測モデルに関してはほぼ完成し、高いパフォーマンスが確認された。東京湾内を詳細に見る漂流予測モデルに関しては、2005年度に収集したデータによるモデルの検証が次年度以降実施される予定となっている。
 
図2.2-1 海洋予測モデルの計算領域
 
図2.2-2 漂流予測モデルの計算領域
 
2.2.1 海況予測モデル
(1)モデル概要
 海況予報モデル(図2.2-1)は、東京湾をほぼ中心とした700km四方の計算領域を対象としたモデルで、非線形プリミティブ方程式系を用いたレベルモデルである。計算対象領域を水平格子間隔2kmで分割し、各格子点における水深を補間した水深データをモデル地形として用いる。ただし、計算時間を短縮するために、1000mより深い海域は1000mとしている。鉛直層数は10層とし、初期密度成層場は観測されたものを使用している。ここで紹介する方程式やアルゴリズムには、モデル自体のパフォーマンスを調べることが目的であるため、同化に関する情報は組み込んでいない。また、モデル海に与える外力は、台風時に実際に観測された風向・風速記録を最適内挿法により補間したものを与えた。
 海況予測モデルに用いた方程式系はブシネスク近似と静水圧近似を施した非圧縮性流体の基本方程式系で、静止海面を原点、東向きにx軸、北向きにy軸、鉛直上方にz軸をとると、
 
 
となる。ここで、gは重力加速度、fはコリオリ・パラメーター、pは圧力、密度ρはρ(x,y,z,t) = ρo(z) + ρ’(x,y,z,t)で表され、ρoは基本場の密度、ρ’は擾乱による密度である。Ahは水平渦動粘性係数、Avは鉛直渦動粘性係数、Khは水平渦拡散係数、Kvは鉛直渦拡散係数である。また、δは対流調節パラメータで、
 
 
 と定義される、安定成層を持続するために用いられた。海面と海底における境界条件は、それぞれ以下の(2.7)、(2.8)を用いられた。
 
 
ここで、
 
 ただし、Wx、Wyは風速のx、y成分、Ub、Vbは海底直上の流速のx、y成分、Hは水深、γは風応力による海面での摩擦係数、γは海底摩擦係数、ρaは空気の密度である。
 (2.1)〜(2.5)式を空間・時間に関して中央差分を用いて差分化し、時間積分においては計算を安定させるため、20回に1回の割合でEuler backward法を用いた。また、CFL条件を満足させるため、時間積分のタイムステップは6秒とした。各パラメーターの値は、一般に良く用いられているρa = 1.2kgm-3、Av = 0.002m2s-1、Kh = 100m2s-1、Kv = 0.001m2s-1、γ = 0.0016、γ = 0.0026を採用した。コリオリ・パラメーターはf = 2ωsinφ(ω:角速度( = 7.292×10-5s-1)、φ:緯度)から見積もった値を用いた。強い風強制力下でも計算が安定し、かつ陸岸境界近傍での流速の減衰を少しでも防げることができるように、水平渦動粘性係数AhにはSmagorinsky eddy parameterizationを採用し、そのパラメタ化の中で用いられている無次元係数には1.5を使用した。また、開境界では風によるエクマン輸送を可能にするために、clamped conditionを採用した。さらに、開境界で擾乱が反射する影響を抑えるため、開境界から20kmの領域にスポンジ条件を採用した。一方、陸岸境界にはnon-slipの条件を採用し、岸で流れが無いとした。計算速度を軽減するため、鉛直に10層のレベルを設定した。各層の厚さは上層から10m、10m、20m、20m、4m、80m、100m、200m、200m、320mとした。
 
(2)モデルの安定性とパフォーマンス
 荒天時の災害にも耐えうる安定したモデルを構築することを考えるとモデルの条件としては、少なくとも台風による強風下での海況を再現できることが必要である。最終的に、システムが運用される場合には、水質・海況監視装置によるモニタリングの最新の情報を常にモデルに取り込んで計算が実施され、最新の予報結果が公開することを全て自動で実施するシステムの構築を目指していることから、モデルの安定性と簡略化は最優先されるべき事項である。そこで初年度の報告としては、開発されたモデルの安定性(極端な条件においても問題なく解が得られること)とパフォーマンスの紹介として、台風が日本付近を通過した時の例を紹介する。
 台風の経路としては、図2.2-3に示したように、実際の台風0310号と0315号のデータを用いて計算した。台風0310号と台風0315号では、台風の経路がそれぞれ日本に上陸したものと日本の南東沖を通過したもので、この台風に伴い発生した沿岸捕捉波が東京湾湾口付近や相模湾に非常に強い流れを引き起こした。このときの流れと温度の変化が三浦半島先端城ヶ島西方の2地点で観測されていた。そこで、その観測記録と本実験結果の比較を行い、モデルの再現性について検討する。外力だけによる実験を行い、高い再現性が得られれば、少ないモニター点で得られるデータから随時平均的な密度成層場のみを与えることで、再現実験と同等の精度で近未来の予報知を与えることができるものと期待される。さらに、モニタリングの点が増えれば診断モデルにより現海況を調べ、その結果を初期条件として与えることによってさらに良い予測結果を得ることができるようになるだろう。


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