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9. WCOでの「国際貿易の安全確保と円滑化」への取組み
9.1 WCOの「ISCMガイドライン」
9.1.1 WCOの「ISCMガイドライン」採択の経緯
 世界税関機構 (World Customs Organization: WCO)は1952年に設立され、ベルギーのブリュッセルに本部を置く国際機関で、条約上の正式名称は、関税協力理事会(Customs Co-operation Council: CCC)ですが、1994年からWCOという通称が使用されています。加盟国は2005年7月現在で168カ国・地域で、日本は1964年に加盟しました。
 WCOは長年にわたり国際貿易の簡易化と調和に取り組んできました。WCOの「税関手続の調和に関する国際規約」(1976年発効)は1999年に改正され、「改正京都規約」として知られています。39 EUの近代化関税法は、改正京都規約の線に沿っています。さて、2002年カナダのカナナスキス・サミットにおいて、人と貨物の移動についての安全確保を図る観点から、「交通安全に関するG8協調行動」が発表されました。その直後の2002年6月に開催されたWCO総会は、サミットでの首脳の意向を受けて、税関として国際貿易サプライチェーンの安全確保を図るために、「国際貿易サプライチェーンの安全確保と円滑化に関するWCO決議」を採択し、さらに、この決議に基づいて、タスク・フォース(税関当局、IMO、INTERPOL、ICC等)が設立されました。
 
 その後2年をかけて、国際貿易の安全確保に資する各種条約、ガイドラインを作成しました。主なものとして、(1)税関間の情報交換に関する税関相互支援条約(ヨハネスブルグ条約)、(2)ハイリスク貨物の選別のためのガイドライン40、(3)データ・モデルの改訂、(4)UN/EDIFACT、ISO(TC154)への登録、(5)UCR(unique consignment reference)Numberの採択、(6)事前貨物情報の電子交換に関するガイドライン、税関と民間との協力に関するガイドライン等があります。そして、2004年6月の総会で、「統合されたサプライチェーン・マネジメントに関する税関ガイドライン」(Customs Guidelines on Integrated Supply Chain Management)(「ISCMガイドライン」と略称)41 が採択されました。
 
39 税関手続の簡易化及び調和に関する国際規約の改正議定書(1999年6月26日ブラッセルで作成された議定書)。
40 World Customs Organization, Risk Management Guide, June 2003.
41 World Customs Organization, Customs Guidelines on Integrated Supply Chain Management; ISCM GUIDELINE, June, 2004.
 
9.1.2 「ISCMガイドライン」の概要
9.1.2.1 目的と実施方法
 国際的なテロ及び組織犯罪の増大する脅威に対し、効果的かつ先進的な税関管理手法の活用、税関間および官民の協力により、国際貿易の円滑化を維持しつつ、安全確保を達成するために定められたWCO加盟税関当局向けのガイドラインです。
 
 ISCMガイドラインの実施は各加盟国が行いますが、共通の税関管理、リスク評価、認定されたサプライチェーン標準などにより、国際協力が可能であり、国際サプライチェーンに関係する税関当局の協力により効率・効果が一層高まります。このように、双務的な実施が原則ですが、WCO加盟国すべてがISCMガイドラインを実施することにより、実質的にグローバルに実施されることが望まれます。
 
9.1.2.2 主要要素
(1)サプライチェーンは物品の原産地から仕向地への物理的移動とこれに関する商業的データの移動により成り立つので、物品の自由かつ円滑な流れを可能にするために、リスク・マネジメントを導入し、リスク評価に必要な情報を、グローバル・サプライチェーンの早い段階で得ることが必要です。
(2)コンプライアンス(法令遵守)の確保を条件に、「認定された業者」によりサプライチェーン全体が構成される場合には、簡素化された税関手続の使用を認めます。
(3)リスク・マネジメントに必要な時間を確保し、質の高い情報を得るために、政府および税関はグローバル・サプライチェーン・マネジメントを統合された商業活動であるとみます。すなわち、税関当局は、原産地から仕向地まで、サプライチェーン全体にわたる統合された税関管理システムを開発し、書類と物品の物理的管理、積荷・人・情報のセキュリティといったサプライチェーン・セキュリティに取組むことが必要です。
(4)双務的に合意された統合的税関管理チェーンにおいて,税関管理及びリスク管理は、不必要な重複した手続を避けるために、物品が輸出者により輸出の準備がなされたときに始まり、双方の税関で管理手順を分担します。このような双務的管理を確保するため、税関は共通の管理とリスク・マネジメント標準について(双務的または多角的な)協定を締結しなければなりません。
(5)サプライチェーン・セキュリティ及び統合された税関管理チェーンにとって、物品がコンテナに積み込まれるときから最終仕向地までのセキュリティを確保するため、税関は、改正京都規約に規定されている「シールの保全計画」を適用しかなければなりません。
(6)また、統合された税関管理チェーンは、国際貿易取引を行うすべての当事者に国際輸送貨物に適用されるUCR(Unique Consignment Reference)番号を要求します。このUCR番号は原産地から仕向地までのサプライチェーンに係わるすべての当事者による物品に関する通信、情報および書類に使用されます。
(7)関係国の税関当局は、輸出者と輸入者が共に「認定された経済業者」(Authorized Economic Trader)の資格を持ち、かつ当該積荷の移動に輸出者及び輸入者が「安全な経済関連業者」(Secure Economic Operator)42 を使用する場合に適用される、「認定されたサプライチェーン」(Authorized Supply Chain)を導入する協定を締結すべきです。
(8)税関および政府関係機関は、電子フォーマットで多くの情報を入手することにより、輸出者または輸入者から、物品の移動が輸入国に向けて開始する前に、必要な情報を要請することができます。
 
42 「安全な経済関連業者」(Secure Economic Operator)とは、貨物の国際移動に携わる当事者をいう。(ISCMガイドライン、2 定義)。
 
9.2 WCO「グローバル貿易の安全確保及び円滑化のための基準の枠組み」43
9.2.1 「基準の枠組み」の採択と今後の課題
 2005年6月に開催されたWCO総会で、「グローバル貿易の安全確保及び円滑化のための基準の枠組み」(Framework of Standards to Secure and Facilitate Global Trade)が採択された(以下、「基準の枠組み」と略称)。各加盟国が実施すべき事項として、実施のための意図表明を行い、「基準の枠組み」実施のためのタイムテーブルや実施の進捗状況をWCOへ提出します。
 
 「基準の枠組み」の採択後、約100の加盟国が実施の意図を表明しました。わが国も実施の意図表明書をWCO事務局に提出しました。今後の課題として、総会決議に沿った「基準の枠組み」を実施します。実施に困難を有する途上国に対して、キャパシティ・ビルディング構築支援を行います。
 
43 詳細は、巻末の付属資料「II. 国際貿易の安全確保及び円滑化のためのWCO『基準の枠組み』」を参照下さい。
 
9.2.2 「基準の枠組み」の序論
9.2.2.1 目的及び原則
 「基準の枠組み」は以下のことを目指しています。
・確実及び予見可能性を促進するために、世界レベルでサプライチェーンの安全確保及び円滑化について規定する基準を定める。
・すべての輸送手段について統合されたサプライチェーン管理を可能にする。
・21世紀の課題及び機会に適合する税関の役割、機能及び能力を高める。
・ハイ・リスク貨物を検知する能力を向上させるために、税関当局間の協力を強化する。
・税関及び民間の協力を強化する。
・安全な国際貿易サプライチェーンを通じて物品のシームレスな流れを促進する。
 
9.2.2.2 4つの主要要素
 「基準の枠組み」は、4つの中心となる要素からなります。
(1)「基準の枠組み」は、輸出入及び通過貨物に関する事前電子貨物情報要件(データ項目等)を国際的に調和させます。
(2)「基準の枠組み」に参加する各国は、脅威に対するセキュリティ強化に取組むために、整合的なリスク管理アプローチの利用にコミットします。
(3)「基準の枠組み」は、受入国の要請により、仕出国の税関当局が、非破壊検知機器(大型X線検査装置等)などを使用し、ハイリスク・コンテナ及び貨物の輸出検査を行います。
(4)「基準の枠組み」は、最低限のサプライチェーン安全基準及びベスト・プラクティスに適合する民間に対して税関が与えるベネフィットを明確にします。
 
9.2.3 「基準の枠組み」のベネフィット
 「基準の枠組み」は、世界貿易を強化し、テロに対する安全性を高め、国家の経済的及び社会的繁栄に資する税関及び貿易パートナーの貢献を増大させる新しく統合された基盤を提供します。「基準の枠組み」は、ハイ・リスク貨物を検知・処理し、物品管理の効率性を高めるための税関の能力を向上させることで、貨物の通関及び引渡を迅速化します。また、「基準の枠組み」の採択は、国/政府、税関当局及び民間業界にベネフィットをもたらします。
 
9.2.4 国際貿易の安全確保及び円滑化のためのWCO基準
 前記の4つの主要要素に基づいた「基準の枠組み」は、税関相互の協力及び税関と民間とのパートナーシップという2つの柱(ピラー)に拠っています。それぞれの柱には、以下のように、統合された1組の基準からなります。詳細は、本報告書の付属資料(II. 国際貿易の安全確保及び円滑化のためのWCO「基準の枠組み」)を参照してください。
1)ピラー1: 税関相互の協力における基準
(Customs-to-Customs: C to C)
 税関当局間の協力基準として、次の11項目が挙げられています。
(1)統合されたサプライチェーン管理
(2)貨物検査権限
(3)検査機器における近代的技術
(4)リスク管理システム
(5)ハイリスク貨物またはコンテナの評価基準
(6)事前電子情報
(7)絞込みとコミュニケーション
(8)達成度指標
(9)安全評価
(10)職員規律
(11)輸出安全検査
2)ピラー2: 税関と民間とのパートナーシップにおける基準
(Customs-to-Business: C to B)
 税関当局と民間企業のパートナーシップでは、次の3つの基準が挙げられています。
(1)パートナーシップの基準
(2)安全確保の基準
(3)認定プロセスの基準
 
10. UN/CEFACTフォーラム
 国連CEFACT(貿易簡易化と電子ビジネスのための国連センター)は2002年5月29-30日に第1回貿易簡易化国際フォーラムを開催しました。44 ここでは、公正な国際間の貿易簡易化システムを確立するための政策に焦点が置かれました。第2回国際フォーラムは“Sharing the Gains of Globalization in the New Security Environment”という主題で2003年5月14-15日にジュネーブの国連欧州本部で開催され、国際貿易において新たに浮上したセキュリティ問題を取り上げました。45 昨年6月20-21日に開催された第3回貿易簡易化エクゼキュティブフォーラムは「国際サプライチェーンにおけるペーパーレス・トレード: 効率とセキュリティの向上のために」46 という主題の下に、すべての加盟国・企業・非政府機関が協働で国際サプライチェーンの効率とセキュリティを高める目的で、ペーパーレス・トレードを実施する際のロードマップを設定する場が設けられました。ここでは、貿易手続簡易化とセキュリティの調和的な連結が新しい問題として取り上げられた第2回国際フォーラムの参加者の意見を参考にして、「まとめ」にしたいと思います。
 
44 United Nations Economic Commission for Europe, Trade Facilitation; the Challenges for Growth and Development, edited by Carol Cosgrove-Sscks and Mario Apostolov, New York and Geneva 2003.
45 United Nations Economic Commission for Europe, Sharing the Gains of Globalization in the New Security Environment; the Challenges to Trade Facilitation, New York and Geneva, 2003.
46 United Nations Economic Commission for Europe, Paperless Trade in International Supply Chains: Enhancing Efficiency and Security, Geneva, June 2005.
 
10.1 グローバルサプライチェーンにおける問題
 全体として、グローバルサプライチェーンに焦点が絞られました。米国のセキュリティ・イニシアティブは、サプライチェーンの早い段階で貨物を検査し、船舶の寄港地を高度の技術とスタッフで固め、有事の際に関係省庁が有効な措置をとるために必要とする十分な情報を提供できるように設計されています。これはすべて、国境を越えるサプライチェーンに沿った迅速な貿易の流れを保障するものでなければなりません。国際社会は真にグローバルな規模のサプライチェーン・セキュリティ・インフラストラクチャーの構築に努力すべきです。また、サプライチェーン・セキュリティは、ITや先端技術の有効な活用により、貿易取引のチェーンに関わるすべての当事者の緊密な共同と参加によって達成できることが強調されました。
 
10.2 貿易手続簡易化とセキュリティ強化はコインの表裏の関係
 貿易手続簡易化とセキュリティ強化の連結が国際貿易の分野で新しい問題となっています。セキュリティと貿易簡易化は同じコインの表裏の関係であり、貿易簡易化からセキュリティを外したら、どちらも進展しないので、国際社会は、この両者の目的の統合を達成する努力を多角的協力の下で行う必要であることが強調されました。
 セキュリティ強化の目的達成を達成するために、(1)リスク管理の問題点の再検討、(2)情報の共有化の促進、(3)必要なときに、質の高い情報の入手可能、(4)性能の高い情報処理装置の整備などが要件として挙げられています。また、貿易手続簡素化の目的達成には、(1)シングルウインドウ、ペーパーレストレード、電子署名などの普及、(2)矛盾のない、明確かつ統一的な国際標準の開発、(3)すべての貿易関係当事者間の協力促進が要件として挙げられています。
 
10.3 CSIやC-TPATイニシアティブの影響
 港におけるコンテナの検査は、費用が嵩む設備の導入を意味するので、米国のCSIプログラムや安全な港湾を使用することが、新しいルートを通る主要な貿易の流れを創出し、貿易慣行に影響を及ぼすことが指摘されました。例えば、C-TPATは、貿易取引当事者に対して、セキュリティの手順と手続を高めるため、サービスプロバイダーを利用するサプライチェーンを追求することになります。このような手順は、米国向けのサプライチェーンに対して要求されますが、輸出国の信頼できるサプライヤーでも、基準を満たす設備を持たない者にとっては役に立ちません。米国は、手続簡素化を強化する視点からCSIを展開しているのであり、船積前にコンテナ貨物の危険を可能な限り小さくすることが、米国到達時点でより迅速な輸入手続を可能にします。セキュリティに係わりをもった効率的な通関手続が真の貿易簡素化であるということです。しかし、CSIやC-TPATイニシアティブでは、輸入者側が受けるベネフィットと同じものを海外の取引先は受けることができるのでしょうか。
 
10.4 コンプライアンス、貿易手続簡易化とセキュリティ
 セキュリティ・イニシアチブは、国や貿易関係業者を差別したり、コストの負担を増大したり、あるいは貿易障害となってはならない。早い段階で提供される情報に基くリスクマネジメントの実施は、非常に高い費用がかかる新しい技術を必要とするので、港湾は諸掛りを引き上げ、船会社はリスクや費用の負担を運賃に転嫁することが予想されます。現行のセキュリティ・イニシアティブはテロの脅威に対抗するという明確な要件に取組んでいますが、これが保護貿易政策の道具として計画されることがあってはならないと警告されています。誤ったセキュリティ対策は、貿易の発展に有害な影響を与えかねません。国際貿易の関係当事者(政府と貿易関係業者)の間の信頼関係を損なわないように注意しなければなりません。セキュリティ、コンプライアンス及び貿易簡易化の間に極めて重大な相関関係が見られ、まず関税規則等の遵守が決定的に重要で、コンプライアンスによって、貿易手続簡易化が促進され、また、貿易手続簡易化はセキュリティを高めるが、セキュリティ強化は貿易取引に悪影響や障害をもたらすことになろうとの意見がありました。
 
(朝岡良平)
参考文献(巻末に掲載)


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