長いので途中で切りましたが、この3者の共通のコンセプトは存在論的人間観という考え方です。「いてくれるだけでうれしい」という考え方です。その反対の言葉は機能論的人間観。何ができたからすばらしい、これができたからすばらしいという考え方です。「いてくれるだけでうれしい」と言う考え方は、私たちが生まれたときはきっと親はそう思っていたのではないでしょうか。でも幼稚園なんかに入りますと、かけっこが速いとか、絵が上手だとかいうことから、何ができる、これができるということで、何かできないと存在価値がないような感じになってきてしまいます。
60を過ぎて、毎日が日曜日の生活を送って、ぼーっとした生活をしますと2、3年後にこういう病状を発症する方がいらっしゃるのです。その時に、あれができなくなった、これができなくなったと家族に言われて、家族に疎まれて本当にどうにもならなくなってしまうわけです。
ですけれど、臨床美術、アートセラピーをやっても、MMSEという認知症のスケールを図るテストがあるのですが、30点満点で、10点ぐらいの方が18点にもなるのです。1点でも12点ぐらいになるのです。ですけど、1点が12点になって「すごいね」という言い方もできるけれど、「18点足りないよ」という言い方もできるのです。
ですから、奥様は「ああ、1点が良くなって12点になった」と言ったって、「18点も足りなかったら私の苦労は全然変わらないわよ」って言われてしまうと、誰でも困って言い返せないのです。
あるおばあちゃんは、お嫁さんに連れて来られていましたけれど、彼女は10点から18点になった。カテゴリー的には重症から軽症値になった。ですけれど12点足りなくて、「おばあちゃん、全然私の苦労は同じなんだよ」と言われてしまったということがある。ですから、ご家族が患者を受容するということがすごく大事なのです。
「本当に主人に死んでもらいたいと思っているのです」と言える、カウンセリングの場があって、徐々に「でもいてくれるだけで私たちすごく安心よね」という考え方を導入していただくということがすごく大事かなと。1点が30点になるわけじゃないのです。ですから、家族のカウンセラーはとても大事な役割をしてくださっていると思うのです。
臨床美術をなぜアートセラピーと、最初はアートセラピーと言っていたのですけれども厚生労働省の方が「セラピーというのは世の中に訳のわからないものがたくさんあって怪しい。日本語にしろ」と言われて、最初は造形美術療法と言う名前に変えました。ですけれど、療法というのはいかがなものかということになりまして、臨床美術と言う名前に変えました。
いわゆる一般的なアートセラピーというのはアート・サイコ・セラピーが中心なのです。例えば分析。分析するのであれば私たちは「嫌だな」と思いますけれども、むしろ脳科学に基づいてやるのであれば、私たち自身やる気があるからということで、アートセラピーと言う言葉をあえて最近使わなくなっているのです。
これは皆さん専門家の前でこういうことを言うのは変ですけれど、認知症の場合は前頭前野の黄色い部分の右脳がおかしくなるのです。その後、左脳の耳の上がやられて認知症が完成してしまうと言われています。この右脳の活性化というのは、すごく重要なテーマなのです。この前頭前野というのは、分析とか判断とか決断とか意欲とか反応するとか、そういう人間の本質的な姿です。これを活性化させることは、どうして活性化させられるのかということは非常にテーマになっているのだということだそうです。
では、皆さんちょっと眠くなってきたでしょうから、皆さんのお手元にオイルパステルがあると思います。私たちがホルベインと一緒に開発したオイルパステル使っていただきながら、七つの絵を描いてみていただきたいと思います。皆様のお手元に画用紙が来ましたか。ちょっとそうですね、その画用紙でいいです。七つの絵を描いてください。
一番下にA3のコピー用紙を入れて机を汚さないようにしていただきながら、机が小さいですけれどもどうしようもないです。このA4の画用紙1枚に絵を描いてみてください。この上に伸ばしていただいて、ここに七つの絵を描く。ここに七つの絵を描くのは難しいですよ。二つ描くとか一つ描くというのは簡単なのです。七つ描くというのはちょっと難しいのです。
これは前頭前野の注意分配能力というのが必要だということです。これに七つ描けと言ったのに1個どーんと描いて、「すみません、六つ描けません」というのは、ちょっと危ない症状だと思っていただいていいかもしれませんね。(笑い)私が言葉を言いますので七つの絵を描いてみましょう。私は今前に出ているのと違う言葉を言いますから、七つの絵を描いてみてください。よろしいでしょうか。
色は好きな色で結構です。一つ目は「太陽」を描いてみましょう。ぱっと素早く描いてみます。できましたか。次は、「リンゴ」を描いてみましょうか。2番目は「リンゴ」です。私の話をよく聞いていないと描けないですよ。この前と違いますよ。「太陽」を描いたあとは「リンゴ」です。そのあと、「手」を描いてみましょうか。速すぎますか。「手」です。「手」って難しいんですよね。
三つ目は描けましたか。次、四つ目です。四つ目は「家」を描いてみましょう。さすが東京ですね。「家」が描けました。四つ目が描けましたので、五つ目。五つ目は、そうですね、「チューリップ」を描いてみましょうか。お花のチューリップ。それでは六つ目は「唇」を描いてみましょう。女性は唇の絵は得意なのではないかな。
最後は七つ目です。七つ目は、今絵を描かせられた気分。(笑い)今、絵を描かされていますよね、「ああ、嫌だな。嫌いなものを描かせないで」という思いか、どんな思いで描いていらっしゃるか、それを絵に描いてみていただけますか。よろしいでしょうか。
内容は違いますが、六つは大体こんなようなタイプの絵が描かれたのではないでしょうか。お隣の方とちょっと見せ合って、「見せたくないな」と思っても見せていただくのですけれども。お隣の方と見せ合ってください。一番前にいらっしゃる男性は、家を描いた時、ビルディングを描いています。これは非常に珍しい例なんです。さすが都会だな、虎ノ門だなと思っていますけれども。(笑い)
普通は、三角屋根の家を描くのです。でも、マンションに住んでいらっしゃるのですか。すごいですね。惑わされませんでしたね。非常に珍しい方です。普通はいかがですか、マンションを描いた方はいらっしゃいますか。三角屋根を描いた方。皆さん、本当にそういう家に住んでいらっしゃいますか。そうじゃなくでも、大体こういうタイプの。子供でも、最近は煙突なんかないのですけれども、煙突まで描く子供がいます。
これは左脳の絵と言われるものです。デジタル画とかシンボル画と言われるものです。こういうタイプはいけないわけじゃないです。これは子供にとってはある獲得です。勉強してこの絵を獲得するのです。ですけれども、私たち右脳で絵を描く、右脳活性化を目的としますから、こういうタイプの絵をなるべく描かせないようにしています。
放っておくと、恐らく「木」を描いてと言うとみんなこう描くのです。そうさせないようにするにはどうすればいいかということです。絵を描かせられている気分、これはどうでしょうか。こういうタイプに分かれたのではないでしょうか。これは今日の朝の気分ですけれど、こういうデジタル画、シンボル画的に描かれた方とそれから何か訳の分からないように描いた方と二通りに別れたのではないでしょうか。
これは二つに分かれるのです。それで、気を付けてください。デジタル画的に描いてはいけないわけではないのです。ただ、Bタイプ、これがアナログ画と言うのです。アナログ画。右脳の絵と言うのです。ですから、こういうタイプの絵を描かせることが、臨床美術では多いのです。
で、いかがでしたか。そこら辺で全然違うでしょう。この朝の気分を見て、「あなたの作品は上手ね」という言葉は出てきません。先程の六つ目まではけっこううまい下手があるのです。かなり皆さんお上手です。でも、この上手というほめ方はなるべくしないようにしています。「上手になったね」というのは、裏返せば「下手」ということですからね。
私どもの造形教室に初めて来た子に、自由に絵を描かせるとこういうタイプの絵を描く子が多いです。(図)もちろん、この絵を見て「○○ちゃん、いいのを描いたね」と言いますけれど、内心はこの子の概念画をどうやって打ち壊そうかと考えるのです。デジタル画です。
ちなみに子供たちは「太陽を描いてください」と言うと、3歳の子供はこんな絵を描きます。3歳の女の子です。この子はまだデジタルを獲得してないのです。ですから、私たちにとってうれしいような太陽、実感のこもった太陽を描いてくれます。で、右上のはブドウを食べたあとに描いてもらったものです。何か非常に口の中に甘さが広がるようなそんな雰囲気が出ていますよね。ところが、左下の4歳の男の子は、太陽を描いてくれと言ったら、太陽だけじゃ気が済まなくて自動車の絵も描いています。かわいそうなのは、下の真ん中の5歳の男の子です。この子はまだデジタルを獲得していないのです。そうすると、私たちにとってはうれしい実感のこもった太陽を描こうとするのですけれども、違うということが分かるのです。違うと分かっているけどどう描いていいか分からなくてこれは消しているのです、黒いオイルパステルで。で、また描くのですけれども、またデジタル画が描けないのです。すっかり彼は絵が描けないと思っているのですけれども、私たちは彼がいとおしくてしょうがないのです。
ところが、この6歳の女の子、この子も「太陽描いて」って言ったら、サービスでチューリップをいっぱい描いてきたのです。このようにデジタルというのは獲得するものなのです。
園児の「怒り」のアナログ画というのは、こういうマイルドでエネルギーのある「怒り」なのです。皆さん、これからちょっと時間があるので描いていただきたいのですけれど、皆さんの「怒り」はどんな怒りでしょうか。「怒り」というといろいろな怒りがございます。今回の民主党のやり方は「馬鹿なことをやったもんだ」という怒りから始まって、うちの女房はという、うちの子供はというそういうレベルの怒りまでいろいろございますよね。
特に、男性たちに「実際に怒ったことございますか」と言うと、「金子さん、怒っては駄目なんだよ。社会でうまくやっていけなくなっちゃうんだから」とくだらない護身思想ですね。ですけれども、喜怒哀楽をはっきり表現するというのはけっこう大事なことではないかと思っているのです。ですから、そうは言っても「怒ったことがあるでしょう」と言ったら、「それはあるよ」と言って、「その怒った時のことを思い出してください」と。で、思い出していただいて、そして「オイルパステルを2色選んでいただけませんか」と言うと、「うーん」と言いながら選んでくれるのです。
皆さんもちょっとやってみましょうか。今度は「怒り」について描くのですけれども、約束がございます。絶対説明的なものは描かない。怒った顔を描いてばってんするとか、ハートを描いてバッテンするとか、そういう一切説明的に描かないで、描くものは直線と曲線と点々と塗るという表現だけです。これは本当に線の練習をしてからやったほうがいいのですが、時間がないので。では、やってみます。
皆様、それぞれ怒りがございますでしょう。いろいろな怒りがあると思うのです。その怒りについて、ご自分で実感して思い出していただいて、なるべく言葉にしないようにしながら、それを色にして2色、「2色では俺の怒りは表現できない」という方は3色でもいい4色でもいい、それをまず選ぶ。これは隣の方と見比べなくていいです、正解はないのですから。
ですから、ご自分の怒りを2色に託して、2色なり3色に託していただいて、目をつぶってその怒りを実感していただきながら、右利きの方は右手で、左利きの方は左手でその画面に直線、曲線、点々、塗るという造形表現です。造形表現だけで一切説明的な要素を描かないで、描いてみていただけますでしょうか。
描く前に完成イメージを持たないで下さいね。どういう絵が描けるか心配なさらず、まず一筆怒りの線を引っ張ってみる。そこから始まるのです。オイルパステルを折っていただいてもいいです。オイルパステルは皆さんに差し上げるものです。
(実習)
時間が来ていますので、ちょっとお互いに隣同士の見せ合ってみてください。これ、先程の絵と違って、六つのデジタル画とは全く違うでしょう。一人一人みんな違いますよね。これはどうですか。「あなたの絵、これ上手ね」という表現はできますか。(笑い)そういうことはないですよね。「あなた、こんな絵描いちゃったのね。すごいいっぱい描いたね」と。
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