日本財団 図書館


(3)懲戒調査
ア 概要
 アメリカにおける懲戒調査の手続きについては、C.F.R. のタイトル46パート5,33パート20、に規定されています。この調査は、コーストガードが雇用しているAdministrative Law Judge: ALJ、行政法判事、あるいは行政法審判官と訳されていますが、彼(彼女)らによって行われます。少し古い資料ですが、全米には1,000名近くのALJがおり、いろいろな行政機関に雇用されているといわれています。
 コーストガードには現在7名のALJがおり、懲戒調査について重要な役割を担っています。
 行政法審判官の資格要件ですが、まず、弁護士資格のあること、加えて訴訟や行政法の分野で最低7年間の経験を持っているということ、が前提とされます。そして、試験を受け、評価が下された上で候補者として登録されることになります。採用にあたっては、海上経験や海法の知識は特に必要としないということです。そういうものは入ってから勉強すればよいということと、現在の対象となるケースの大半が海上法規の埒外の違反であるドラッグやアルコール、暴行のような、事件であるという現状にもよるものと思われます。
 
イ 調査手順
 手順ですが、懲戒調査を開始する判断の基準は、海難の原因が船長、機関士、航海士など船舶職員として不適格であるとか、違法行為、過失があるとか、海事法規不遵守、薬物使用などに起因することについて合理的理由があることです。
 長官、海事検査官から指名された調査官が調査を行い、訴の提起、免状提示の対応、文書警告などを行う。この訴の申立てにより公開審問が開始され、ALJの主宰で手続きが進行し、裁決言渡へと結ぶことになります。
 
ウ 懲戒処分及び再審請求等
 最終的に懲戒処分の決定がなされる。懲戒の種類は、海技免状の取消、即時一定期間の停止、執行猶予付き一定期間の停止、訓告などがあり、量刑の目安もCFRに図表で示されています。とにかく懲戒処分は積極的ではなく、むしろ逆の感じで受け止めました。実際にも、ALJが懲戒処分を課した事件は、ほとんどが麻薬関係で海難事故に係わるものはごく少数ということでした。
 不服な場合ですが、コーストガードの最高のポストである長官に対して不服を申立て、再審を求めることができます。長官は自ら決定を下すこともあれば、別のALJを選定して調査をさせる方法もあります。長官の決定に納得しないときは、NTSBに上訴することができます。さらに、司法裁判所、いわゆる連邦控訴裁判所にそれを訴える道も開かれていますが、実態はあまりありません。
 
3 カナダ
(1)カナダ運輸安全委員会による安全調査
ア 概要
 カナダ運輸安全委員会(Transpotation Safety Board of Canada: TSBC)は、首都のオタワのすぐ近く、ケベック州Gatieneauにあります。前身は1983年に創設されたカナダ航空安全委員会であり、それが1989年にCanadian Transpotation Accident Investigation and Safety Board Act(カナダ運輸事故調査安全委員会法)の制定により発展的独立し、後に改称されて運輸安全委員会となりました。TSB又はTSBCと略称されます。議会に対してのみ報告義務を負う独立機関であり、航空、海運、鉄道、パイプラインの4つの輸送モードの事故調査を行っています。マルチモーダル型の利点・欠点については、アメリカで説明したことと同様のようです。
 TSBの使命は、もとより運輸の安全促進であり、責任の所在を決定したり、民事、刑事責任を決定することでないこと、どことも変わりありません。
 
イ 組織構成
 組織について説明します。
 ボードメンバーは5名です。全員がGovernor in Council(総督)により任命されます。任期は7年で、もちろん再任可です。それぞれ陸・海・空を代表する経歴の持ち主から構成されているようです。その内の1名が総督によってChair person(委員長)に任命されます。
 ボードは自らの権限で報告書を作成し、事実を発表し、勧告し、公聴会を開催します。そして、毎年度、議会に対して枢密院議長を通して報告します。
 運輸事故調査は、各運輸部門に配置された1名の主任調査官、(Director of Investigation: DOI)と主任調査官をサポートする調査官(Investigators)によって行われます。DOIは、調査についての専管的な権限を有するとともに、調査について委員会に報告義務を負っています。
 TSBは、全体の職員数220名とされ、そのうち海難調査部門では総数33名の職員がいます。Investigatorsはそれぞれの専門性を有した者が18名、本部に10名、地方に8名という数で分散し勤務しているということです。
 外部委託者は、通常は必要としないそうですが、外部の政府機関や研究所と契約して種々の問題を解決できる体制にあるということです。
 TSBは、24時間、365日、全輸送モードの事故に対応する体制をとっています。調査対象の海難事故があった時の調査チームは、通常は2名の調査官(航海、機関の専門家となるが、生存者がいる場合はヒューマンパフォーマンスの専門家が加わる。)で構成される調査部隊が形成されて、現場に急行し調査にあたるとのことです。
 
ウ 調査方法等
 調査の手順については、アメリカとほぼ同様です。
 調査方法の決定です。まず海難事故の通報があって、これにつき予備調査が行われ、調査の要否が決定されます。調査の種類が調査及び報告書作成を要する重大事故から通報を記録する程度のものまで5つあり、その決定がなされます。そして、主任調査官が任命され、事故調査チームが作られると、そこに特定の専門家をオブザーバーとして入れて現場調査を進めます。アメリカのNTSBと同様です。
 調査官の権限は、アメリカと同様、強制調査権が認められています。
 ヒューマンファクターの調査には、専門家を部内に擁しています。
 なお、TSBによる事故調査は、独占的・排他的な性格を有するため、TSBが調査を決断した場合、国防省以外の省庁は個別の調査ないし調査計画を中止しなければなりません。
 
エ 調査報告書
 調査報告書についてですが、口頭陳述(statements)については秘匿特権が適用されます。懲戒あるいは訴追にはStatementsを利用できません。ただし、民事裁判においては、Statementsは自動的には保護されません。それから調査官が法廷に証人として呼ばれた場合、証言を強制されないし、その見解は法廷で認められません。
 
オ 現場調査以後の作業
 これには、公開審理ないし公聴会(Public inquiry)の開催があります。ボードが、5名のフルメンバーで公聴会の開催につき決定をします。近年公聴会の開催がなくなっているということです。重大な事故がないということであればけっこうなことです。
 
カ 安全勧告
 安全勧告ですが、これはTSBにとって最も重要な仕事です。安全勧告は、事故の直接関係者あるいは所轄大臣に対して書面によりなされます。それに対して、90日以内に、アメリカと同じようなことですが、大臣は措置を取ることができない理由等について回答し公表しなければなりません。また、技術的な問題については、Letter of Adviceを関係者に出すことがあるとのことです。安全勧告は、調査の完了を待たずに発出することができます。
 
キ 調査実績
 2004年度の統計でいうと、海難事故報告件数が491件、インシデントが246件で、公表された事故報告書が21件であったとされています。
 また、勧告は4件、safety information Letters(安全情報レター)8件、safety advisories(安全忠告)が4件ということです。
 
ク 国際協力及びIMOコード強制化への対応
 カナダについては、外国との共同調査の場合、一緒に調査を行い、共同で情報収集、写真撮影などを行うこととしています。関係者へのインタビューは別々に行います。あとで、お互いの報告書を比較します。しかし、外国と共同でひとつの報告書を作成したことはないそうです。
 カナダは、コード改正案の共同提案国になっていますが、カナダが熱心な理由は、各国が強制化された同じベースで調査を行えることが国際協力にとってベストであるからとのことでした。
 
ケ インシデント調査
 特定の海上Incidentについては報告義務があり、事故と同様に調査が行われるとのことです。Security systemが稼動して、秘匿ベースでエージェントに毎日50件ほどのIncidentの通報があるということです。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION