日本財団 図書館


4 懲戒調査及び刑事訴訟のための調査
 続いて、懲戒調査の説明に移ります。
 懲戒調査については、各国でかなりばらつきがありましたので、国ごとに分けて説明します。
 
(1)イギリス
ア Formal Investigation
 イギリスには懲戒調査と、もう1つ、懲戒処分も含むFormal Investigationという制度がありますので、まずFormal Investigationから説明します。
 これは、調査目的が安全調査とは若干異なっており、事故のroot causeの究明というよりは、実際に何が起こったのか、誰に責任があるかということを、主に一般大衆、またはメディアに向けて明らかにするというところに主眼が置かれています。
 Formal Investigationの欠点としては、第一に非常に膨大な時間と費用を要するということが挙げられます。例えば、Herald of Free Enterpriseの海難事故の場合は、20〜40億円ぐらいかかったそうです。
 また、Formal Investigationでは事故のroot causeまでは究明できないということ、さらに、事故原因究明よりも一般大衆の興味関心を満たすようなことを目的としているということにも欠点があるということです。そのため、MAIB創設後は、大きな事故が発生した後の政府の対応としては、MAIBが事故の真相を究明しそれを明らかにするのでFormal Investigationは必要がない、というスタンスを取っているという説明もありました。
(1)調査機関
 実際にFormal Investigationが行われる場合、どのような仕組みになっているかということですが、これはWreck Commissionerという、裁判官の資格を持っている人が主に担当し、それを1名ないし2名の海事の専門家であるAssessorが補佐をします。Wreck CommissionerもAssessorもFormal Investigationが行われる時だけの臨時の役職です。
(2)調査手順
 Formal Investigationの開始は、運輸担当大臣により決定されます。重大事故の発生を受けて、メディア、または一般大衆の関心、圧力が高まる状況を見極め、運輸担当大臣がその開始決定の判断を行います。その決定によって、イギリスの法体系の中で最高位の役職であるLord ChancellorがWreck Commissionerを任命して、Formal Investigationが開始されます。
 Wreck Commissionerは、調査手順に関して自由裁量権を持ち、公聴会を行っている間も、それを中断してAssessorに命じて事故調査を行うこともできます。また、Formal InvestigationとMAIBの安全調査が並行して行われた場合ですが、通常Formal Investigationというのは、事故発生からメディアの関心の高まりまでのタイムラグがあるため、その調査が開始された時には、すでに物的証拠等はMAIBまたはMCAに収集されている場合がほとんどであることから、両者が収集した物的証拠がFormal Investigationにも使われるのが一般的であるということです。MAIBの調査とは、手法も証拠も調査官も完全に別々に行われるということであり、Formal InvestigationにおいてMAIBの調査報告書が使われるということもありません。
(3)懲戒処分
 Formal Investigationの結果、海技者に責任があると判断された場合は懲戒処分がなされますが、その種類としては、海技免状の停止または取消しがあります。Formal Investigationは、特に民事や刑事の責任を確定するものではありませんが、認定した事実を検察当局に報告することはあるということです。
 実績としては、MAIBの創設後、Formal Investigationは3件のみ実施されています。再審または上訴という制度もあるということです。
 
イ 懲戒調査
 続いて、主に懲戒を目的とした調査について説明します。
(1)調査機関
 懲戒処分を対象とした調査ですが、実際の証拠収集等の調査は、MCAのEnforcement Branchというところが担当しています。
 実際の審問では、法律の条文でいうと“指名された人”(Appointed Person)が審判を担当します。Formal Investigationと同様に、1名またはそれ以上のAssessorという海事専門家がAppointed Personを補佐するという体制が取られています。Appointed Personについては、crown courtの裁判官(junior judge)がその任にあたるということです。
(2)調査手順
 懲戒調査が開始される基準としては、船員としての不適格または重大な過失、海事法規を守らなかったということが原因となって海難が発生した場合、またはそういう可能性があると判断された場合などがあります。MCAのEnforcement Branchの予備調査によって得られた事実を基に、MCAのDirector of Operationsが審問の必要があると判断した場合は、前述のLord Chancellorに対して審判官(Appointed Person)任命についての依頼を行います。
(3)懲戒処分
 この審判官が公開審問の場で審理を行い、最終的な懲戒処分を下しますが、この場合もMAIBの報告書等が使用されることはありません。処分の内容としては、海技免状の停止、取消し、または訓告、あるいは処分なし(審問の中止)ということもあり得るということです。
 実績としては、年間約120件程度の懲戒処分を念頭に置いた調査が行われているということです。
 懲戒審問においても、再審や上訴の制度があります。
 
ウ 刑事訴訟のための調査
(1)調査機関
 イギリスにおいては、刑事訴訟のための調査についても説明がありました。これは、懲戒処分のための調査と似たところがあり、証拠収集等の現場での調査を行うのは、懲戒調査と同様、MCAのEnforcement Branchです。
(2)調査手順
 刑事訴訟のための調査を行う基準は、懲戒調査の場合とは若干異なります。海事法規を守らなかったとか、重大な過失、またはアルコールやドラッグの影響を受けて、海員が自分の船または他の船、又は船舶に搭載されている設備に、損失または甚大な被害を及ぼした、あるいは人的な被害、死亡あるいは重傷事故を引き起こした場合には、刑事訴訟を念頭とした調査が、MCAのEnforcement Branchによって行われます。
 その結果、十分な証拠が得られたと判断された場合には、MCAからCrown Prosecutor Serviceという、刑事訴訟を担当している機関に報告が行われ、そのCrown Prosecutor Serviceというところで実際に刑事訴訟手続きが行われます。
(3)刑事処分
 起訴後は通常の刑事裁判と同じようなシステムで裁判が行われ、罰金、禁固、懲役などの刑事罰が、最終的な結果として科せられるということです。過去4年間では、年間10件前後の刑事処分の実績があるということです。
 
(2)フランス
 続いてフランスの懲戒調査、刑事訴訟のための調査について説明します。フランスの場合は、国内法体系の影響を受け、懲戒調査と刑事訴訟との境目がかなり曖昧であり、懲戒調査の結果が刑事罰のようなものになっているという点に特徴がありました。
 
ア 懲戒調査
(1)調査機関
 懲戒調査を担当するのは、海事行政官と呼ばれる役職の人であり、フランスの海員懲戒と刑事罰に関する法律によって懲戒及び刑事処分に関する権限が与えられています。
 フランスにおける懲戒処分を手続面からみると、重大な規律違反と軽微な規律違反とに分かれるところに特色があります。
 飲酒であるとか命令に従わないといった軽微な規律違反の場合、その処分権は、当該乗組員が従事していた船の船長にあります。他方、それよりも重い海上安全に影響を及ぼすprofessional misconductや、侮辱行為または脅迫行為という重大な規律違反については、海事行政官が担当します。
 なお、海事行政官は、運輸省の一部門に属している行政官であり、資格要件としては、海事教育を行う大学において海事行政官としての特別な訓練を修了していることが必要です。
 実際に懲戒審問を行うのは、Disciplinary Committee(懲戒委員会)という運輸省内に設置される組織であり、これは、海技資格、免許等を扱っているGMと呼ばれる運輸省の一部局の職員から構成されます。
(2)調査手順
 懲戒調査の手順についてですが、船長または士官が懲戒調査に相当する事実を認めた場合は、それを海事行政官に報告します。それにより、前述の基準に従って、海上安全に影響を及ぼすような行為、侮辱行為、脅迫行為が認められた場合には、海事行政官が調査を実施します。この場合、調査官は陸上にいながら、審問を受ける対象者の船内拘留、または強制下船を船側に指示する権限を持っています。
 海事行政官からDisciplinary Committeeの設立要請がなされ、審問が行われた結果、懲戒処分がCommitteeにおいて事実上決定されますが、形式的にはDisciplinary Committeeの助言に基づいて、運輸大臣の命で処分が決定されるという形がとられます。
(3)懲戒処分
 懲戒処分の種類については、海技免状の取消し、最長15日間の拘留、あるいは罰金となっています。
 
イ 刑事訴訟のための調査
 最後に刑事訴訟のための調査です。
(1)調査機関
 この調査を実際に行うのは、懲戒調査と同じく、海事行政官ですが、処分の決定はMaritime Courtで行われます。Maritime Courtは、裁判所により選任された裁判官1名及び海事の専門家であるAssessor4名から構成されます。また、殺人や窃盗といったさらに重大な刑事事件の場合は、警察が調査を担当し、通常の裁判所で裁判が行われます。
(2)調査手順
 どういう場合に調査が行われるかということです。
 前述のように、窃盗、殺人等の重大事件の場合は、警察によって調査されますが、海事法規の違反、または過失による衝突、乗揚といった一般的な海難または救助義務の放棄というものは、刑事事件として扱われ、海事行政官によって調査されるという制度になっています。これは、今回調査した国の中では、フランスだけの特別な制度であると感じました。
(3)刑事処分
 海事行政官による調査を経て刑事訴訟がなされると、Maritime Courtで裁判が行われますが、最終的な刑事罰として、罰金、禁固、懲役があります。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION