日本財団 図書館


2・6 極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置
2・6・1 非常用位置指示無線標識システム
 非常用位置指示無線標識装置(Emergency Position Indicating Radio Beacon)は略してEPIRBと呼ばれる遭難信号を発信する小型の送信機である。遭難船舶や救命艇及び救命いかだなどの生存艇で使用される。
 GMDSSでは、3種類の非常用位置指示無線標識装置がある。
(1)第一は、VHFのチャンネル70でDSC信号を送信する浮揚型VHF非常用位置指示無線標識装置である。この型の装置はA1水域のみを航行する国際航海の船舶にのみ適用されるので、わが国では導入されていない。
(2)第二は、A1からA4までのすべての水域で使用でき、コスパス・サーサットの衛星が受信をする406MHzで動作をする浮揚型の非常用位置指示無線標識装置である。船舶安全法では「浮揚型極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置」と呼ばれており、この他に「非浮揚型極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置」も規定されている。SOLAS条約では、この装置は、「通常操船される場所に近接して設置するか、又はその場所から遠隔作動できるもの」と規定している。IMO総会決議による性能標準では、「浮揚型」となっている。また、国際電気通信連合の無線通信部門のITU-R勧告で、同じ船舶に複数の装置の搭載が想定される場合には、1台を浮揚型としている。電波法では「G1B電波406MHzから406.1MHzまでを使用する衛星非常用位置指示無線標識」と呼んでおり、浮揚型のみが規定されている(非浮揚型は規定されていない)。
(3)条約ではA1からA3までの水域を航行する船舶に(2)の装置に代って、インマルサット衛星経由で海岸地球局に規定の遭難信号を送る(1.6GHzでインマルサット静止衛星経由で動作をする)浮揚型衛星非常用位置指示無線標識装置の搭載が認められている。このシステムは送信している標識の位置を自動的に挿入することが要求されている。この型の装置は、船舶安全法では規定されていないが、電波法では「FIB電波1644.3MHzから1646.5MHzまでを使用する衛星非常用位置指示無線標識」としてその性能が規定されている。
 このように、現行の非常用位置指示無線標識装置にはその種類と名称が法令によって異なるという混乱がある。ここでは(2)の標識についてのみ詳述することとして、その前にコスパス・サーサット・システムについて参考までに概説する。
(1)コスパス・サーサット・システムの概要
 1970年代の後半に、アメリカの航空宇宙局(NASA)は、当時15万機余りもあった民間の小型機(一般航空)の遭難位置の捜索のために衛星を使用する研究を開始した。この研究は、衛星の移動によるドップラー効果による受信周波数の変化から、遭難の位置を決定しようという計画であった。このアメリカの計画は、カナダとフランスとの国際協力で実施されることになり、このシステムはサーサット(SARSAT: Search And Rescue Satellite Aided Tracking)と呼ばれた。一方、ソ連もこのシステムに興味を示し、独自の衛星を打ち上げてこのプロジェクトに参加することになりソ連のコスモス衛星を使用するためにコスパス(COSPAS: COSMOS Satellite for Program of Air Sea Rescue)と呼ばれ、併せて、コスパス・サーサット・システムという国際協同システムとして試験運用される協定が成立して今日に至っている。
 このシステムは今日までに陸海空で数百名の人命を救っている。現在のところCOSPAS側とSARSAT側のそれぞれ各2衛星が運用されている。
 このシステムの欠点は
(1)周波数安定度のあまり良くない送信機の電波(121.5/243MHz)を使用し位置測定の計算をするので測位誤差が大きくなるとともに、衛星軌道の両側に測位点が出ることもありうる。
(2)衛星はその受信信号を中継するだけのため、その有効範囲は、送信をする送信機と衛星からの中継を受信する地上局(局地利用者局:LUT、Local User Terminal)とが低い軌道の衛星を同時に見える範囲に限定される。
(3)121.5/243MHzの標識の送信信号は、耳で聞くと“ピュー・ピュー”という信号音で変調されているのみで、送信局名の符号もついていないので、遭難者が特定できない。
 406〜406.1MHzの周波数帯を使用したシステムが、コスパス・サーサット・システムで開発され、それがGMDSSで採用されて極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置となった。
 コスパス・サーサットの衛星は、衛星上で地上の送信機から電波の受信周波数を測定して、それを受信データとともに衛星上に記憶しておき、それらを繰返して送信することにより、全世界のLUTが全世界の遭難のデータを取得できる。また、その船名符号なども得られる。
 コスパス・サーサット・システムの地上施設は、局地利用者局(LUT)とミッション制御局(MCC)とから構成される。MCCは各国の海上救難センターであって、わが国では海上保安庁がこれにあたる。LUTは、全世界で30局が開局され、わが国では、海上保安庁にMCC及びLUTがあって、GMDSSの運用がなされている。
(2)極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置の規格
 406MHzEPIRBのIMOの性能基準は、決議A.763(18)に「406MHzで動作する浮揚型の衛星非常用位置指示無線標識装置(衛星EPIRB)」がある。
 まず、勧告の本文では、(1)1994年11月4日又はそれ以後に装備するものは、この決議の付録に規定した性能標準に従うこと、(2)1994年11月4日以前に装備するものは121.5MHzのホーミングビーコンを備える必要はないものを除いてこの標準に従うことになっている。この勧告は、次に示すが、その最初に「この衛星非常用位置指示無線標識は、無線通信規則、関連のITU-R勧告と決議A.694(17)(A.569(14)を改訂)に定める一般条件に適合するのに加えて」とあり、改正無線通信規則(RR)の第N41条の第1節の1に「(前略)406-406.1MHz又は1,645.5-1,646.5MHzの周波数帯の衛星EPIRBの信号は、ITU-Rの関係勧告663に適合するものでなければならない。」と規定されている。
 また、IMOの決議A.694(17)はGMDSSの船舶無線設備の一般要件の勧告である。また浮揚(float-free)、離脱機構に対して、別にIMO決議「非常用無線装置の浮揚、離脱、作動装置」が用意されている。
 GMDSSのためのSOLAS条約の改正条文では、この406MHz帯で運用する極軌道衛星経由の衛星EPIRBの搭載要件は第IV章の第7規則から第10規則に規定されている。
 決議A.736(18)406MHzで作動する浮揚型の衛星非常用位置指示無線標識装置の性能標準の勧告と決議A.662(16)非常用無線装置の浮揚、離脱と動作開始機構の性能標準の勧告にある要件を、列挙すると次になる。
(a)衛星非常用位置指示無線標識装置(EPIRB)は、無線通信規則、関連のITU-R勧告及びIMO総会の決議A.694(17)で規定した一般要件(ここでは省略)に適合すること。
(b)衛星EPIRBは、極軌道衛星に遭難警報を送信できること。
(c)衛星EPIRBは、自動で浮揚するものであること。装置の装備及び離脱機構は、(m)項以下に示すように厳しい状態のもとでも信頼できるものであること。
(d)衛星EPIRBは、次のものであること。
(1)不用意な作動を防ぐ適切な方法を備えること。
(2)電気的な部分は、10mの水深に少なくとも5分間耐えるような水蜜構造に設計されていること。装置位置から水中へ投入のため生ずる45℃の温度変化への配慮がなされていること。また、海上の環境、水分の凝結及び水侵などによって、装置の性能に影響を与えないこと。
(3)浮揚になった後に自動的に遭難警報を送信すること。
(4)手動で始動でき、手動で停止にできること。
(5)信号を送信していることを示す方法が備えられていること。
(6)穏やかな海面で上向きに浮くことができ、すべての海洋状況で十分な復元性と十分な浮力を有すること。
(7)20mの高さから水中に落下しても損傷しないこと。
(8)EPIRBの本来の動作を確認するために、衛星システムを使用することなく試験ができること。
(9)よく見える黄色/オレンジ色を使用し、再帰反射材が取付けられていること。
(10)係留用として使用するために適切な浮力のある索を備え、浮揚の際に船体構造にからみつくことを防ぐようにしておくこと。
(11)近くの生存者及び救助隊に対しEPIRBの位置を示すために、暗夜に視認できる低周波で点滅する光源(0.75カンデラ)を備えること。
(12)海水と油によって、はなはだしい影響を受けないこと。
(13)日光に長時間暴露されても劣化しないこと。
(e)電池は、衛星EPIRBが少なくとも48時間動作できる十分な容量をもつこと。
(f)衛星EPIRBは、次の環境条件の下で動作するように設計されていること。
(1)周囲温度:-20℃から+55℃
(2)氷結
(3)100ノットまでの相対風速
(4)-30℃と+70℃の間での保存
(g)装備した衛星EPIRBは、次のものであること。
(1)本体が浮揚のための自動離脱浮揚用架台に装備されている場合は、その場所で手動で遭難警報の発射を始動できること。また、航海船橋からの遠隔操作で始動ができてもよい。
(2)船上に設置している間、航海中の船上で通常遭遇する衝撃、振動、その他の環境条件の全範囲にわたり、正しく運用できること。
(3)すべての角度の縦傾斜又は横傾斜で、水深4mに達する前に本体は自ら自動離脱して浮揚の状態になるように設計されていること。
(h)装置の外面に明瞭に次の表示があること。
(1)製造者の識別、型式承認番号又は型名及び製造番号
(2)簡単な取扱い方法
(3)使用している一次電池の有効期限の日付
(4)送信機にプログラムされている識別符号
(i)衛星EPIRBの遭難警報信号は、GIB級の電波を使用して406.025MHzまたは406.028MHzの周波数で送信すること。
(j)送信信号とメッセージのフォーマットの技術的特性は、ITU-Rの勧告663によること。
(k)不揮発性の記憶装置を使用して、衛星EPIRBの遭難メッセージの固定部分が記憶できること。
(l)それぞれの識別コードを全メッセージの一部とすること。
 この識別コードは3桁の登録国コードの後に無線通信規則の付録43による6桁の船舶局の識別が組み込まれている。
(m)121.5MHzのホーミング信号は次によること。
(1)406MHz信号の送信中の最大2秒までの中断があるかもしれないものを除いて、連続送信であること。
(2)掃引の方向を除いて無線通信規則の付録37Aの技術特性によること。掃引は上向き、下向きのいずれかによる。
(n)浮揚、離脱の動作開始機構は、沈没しつつある船舶から衛星EPIRBを自動的に離脱し、自動的に動作を開始するもので、その機構は次によること。
(1)離脱機構は、すべての角度の縦傾斜又は横傾斜で、水深4mに達する前に本体は自ら自動離脱して浮揚の状態になるように設計されていること。
(2)-20℃から+55℃の温度範囲を通して動作できること。
(3)非腐蝕性の材料で構成し、装置のいかなる作動不良の原因となるような劣化を防ぐこと。浮揚、離脱機構の部品として亜鉛めっき、その他の金属コーティングは認められない。
(4)装置上に海水の衝撃をうけても、離脱されないような構造となっていること。
(5)海水又は油あるいは長期の太陽光線に暴露されても、悪影響のないこと。
(6)船上に設置してある間、航海中の船上で通常遭遇する衝撃、振動、その他の環境条件の全範囲にわたり、正しく運用できること。
(7)船舶が、氷結が考えられる海域を航行するときは、氷の生成を最小にする構成の設計とし、実行可能なかぎり、本体装置の離脱を妨げる要因を防ぐこと。
(8)離脱後の本体装置が、沈没する船舳の船体構造に妨害されないような方法で装備すること。
(9)手動離脱の方法の説明をはっきりと表示すること。
(o)外部電源又はデータ用の接続、若しくはその両方を必要とする衛星EPIRBでは、その接続方法が、EPIRBの離脱又は、動作開始を妨げないこと。
(p)衛星EPIRBの動作を開始することなしに簡単な方法で、自動離脱機構本来の機能が評価できること。
(q)浮揚の機構から手動でEPIRBを離脱できること。
 無線通信規則では、すでに述べてあるように、全面的にITU-Rの勧告663「406MHz帯の低極軌道衛星システムを通して動作する衛星非常用位置指示無線標識(衛星EPIRB)の送信特性」が引用されている。この勧告は実質的には、送信特性をまとめた図を含む一つの表とこの衛星EPIRBの送信メッセージのコード化が示してある。表2・10及び表2・11はその表の主要な一部を示す。
 国際航海の船舶に使用される406MHzEPIRBでは、海事/位置プロトコル(ビット26=0)か、利用者プロトコル(ビット26=1)の海事利用者(ビット37〜39=010)のいずれかを使用する。前者はビット57〜85は外部からの入力を要するので、前述の理由でこの種のメッセージの使用はないと思われるので、後者のみを考えればよい。ビット27〜36は国名(2進10桁を3桁の10進数に直す。日本は431)、40〜75は船名符字、76〜84は1隻の船に複数の406MHzEPIRBが搭載されているときのその番号(浮揚型を「0」とする)、84〜85は406MHzEPIRBへのホーミング用の別の送信機の有無、108は406MHzEPIRBの型式(この型式の郵政省告示の表は改正前のITU-R勧告によっている)である。ビット109〜112と長メッセージのビットl13〜144も外部入力のデータである。
 この406MHzEPIRBの定期点検において、このコード化の内容の点検は重要である。通常は、この406MHzEPIRBの点検をするためのEPIRBテスターが使用され、このテスターの場合、406MHzEPIRBの主要性能の点検と併せて、そのテスターによっても異なるが、12進112ビットを4ビットづつに区切って(区切り方に注意)、16進表示で示すことが多い。16進を2進に変換し(表2・12)、修正Baudot(2進6桁で英字と数字などを表示し、表2・13)も併用して送信メッセージが読取れる。
 なお、無線通信規則の付録37A(搬送波周波数121.5/243MHz、で運用するEPIRBの技術特性)の概要は次の通り。
(a)発射は通常の空中線位置で垂直偏波で、水平面が無指向性のこと。
(b)最小の変調度0.85で振幅変調(最小の衝撃係数は33%)すること。
(c)送信は1600Hzから300Hzまでの間を700Hzを下回らない範囲で低い方に、毎秒2〜4回の掃引する振幅変調をすること。
(d)変調側波帯成分と明確に区別される般送波成分を含み、電力の少なくとも30%は搬送波周波数の±30Hz(243MHzは±60Hz)の範囲内に含まれていること。
(e)発射の種別はA3Xとするが、無線標識の正確な位置測定を害しなければ上の(a)、(c)と(d)を満たす変調型式でもよい。
 このEPIRBの送信周波数の406MHz帯に対する地上系受信システムは、メッセージのビット84〜85から分かるように、EPIRBでは、ホーミングするための121.5MHz、次節で述べるレーダー・トランスポンダーその他の遭難信号を同時に送信しても良いことになっている。これに対してわが国のEPIRBはその様な送信をしてはいけないことにきめられていた。しかし、わが国を除く世界のほとんどのEPIRBは121.5MHzの送信が組込まれていた。IMOの審議において、新しく船舶に装備される406MHzEPIRBは121.5MHzの遭難信号の同時送信が義務付けられることになった。
 これを受けて、平成6年11月4日以降船舶に装備されるものは船舶救命設備規則第39条第1号の改正で、航空機によるホーミング信号として121.5MHzの送信装置が付加された。
(f)1995年11月23日IMO第19回総会でA.763(18)を改正する性能基準としてA.810(19)を採択した。
 1996年11月23日以降に装備する406MHzのEPIRBは、改正された性能基準A.810(19)を満足することが要求される。
 改正された点は
(1)手動遭難警報の始動には、少なくとも2の独立した操作を必要としなければならない。
(2)衛星EPIRB本体を自動離脱浮揚用架台から手動で取り外した場合、自動的に遭難警報が発射されないこと(海水検出器を本体に内蔵していること)。
(3)1999年2月1日以降は標識識別符号として、標識が登録される国についての3桁の符号とITU無線規則付属書431に従った船舶局の連続する6桁の符号で構成されること。
(4)積み付け後の-30℃から+70℃の間の温度変化に対しての保存。(旧は-30℃から+65℃)
(5)すべての角度の縦傾斜又は横傾斜で、水深4mに達する前に自ら自動離脱して自由浮揚の状態になるよう設計されていること。(旧は45度の角度)







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION