第5章 衛星航法装置(GPS受信機)
GPS(Global Positioning System)とは米国国防総省(DOD)が軍事目的で開発し米国運輸省(DOT)と共同で運用している人工衛星を使用した全地球的測位システムであるが、1993年12月から全世界に無償で開放され、1996年3月には民生用への無償開放の継続、産業化政策の推進等が当局より発表された。2000年5月よりSA(Selective Availability=人為的な精度劣化)を停止する決定が大統領声明という形で発表され、現在では船舶用のみならず車載用、航空機用、測量用等に幅広く利用されている。
GPSは定まった軌道上を電波を発射しながら周回しているGPS衛星により、地球上どの地点においても測位情報を得ることができるシステムである。衛星の高度は約20,000kmで、6の軌道にそれぞれ4個が配置され、12時間周期で地球を周回している。衛星は24個で完全なシステムであるが、その他に3個の予備衛星があり衛星の寿命等に応じて入れ替えながら運営されている。(図5・1参照)
図5・1
衛星の電波にはL1帯(1,575.42MHz)とL2帯(1,227.6MHz)の2種類があり、全ての衛星はこの2つの周波数を共通に使用している。L1帯はC/A(Coarse and Acquisition)コードとP(Precise)コードにより、L2帯はPコードのみによりそれぞれBPSK(Bi-Phase Shift Keying)変調され、スペクトラム拡散されている。このコードとはPRNコード(Pseudo Random Noise Code:擬似雑音符号)の事で、衛星ごとに異なっているため同時に複数の衛星を受信し識別する事ができる。逆に言うとこのコードパターンが分からなければ各衛星からの電波を受信し、その信号を解析する事はできない。C/Aコードは一般に開放されており、C/Aコードの信号を用いた単独測位はSPS(Standard Positioning Service)と呼ばれている。Pコードは原則的に軍用の信号であり、Pコードの信号を用いた単独測位PPS(Precise Positioning Service)を利用するには米国当局の許可が必要である。
衛星は極めて正確な原子時計を内蔵しており全衛星の時刻は同期している。衛星からの電波には衛星自身の時刻、正確な軌道情報(エフェメリス)及び、全衛星の大まかな軌道情報(アルマナック)が含まれている。
衛星航法装置(GPS受信機)は、アルマナックにより衛星の飛来を予測し、3個ないし4個以上の衛星電波を受信し、衛星の時刻及び正確な軌道情報(エフェメリス)データを基に時刻及び位置を計算する装置である。
(1)原理
衛星の時刻と受信した時刻との差に電波の速度を乗算すれば衛星からの距離が計算できる。3つの衛星からの距離が分かれば3球面の交点として受信点の位置が計算できる。(図5・2参照)
ただし受信点の時刻は原子時計を備えている高級なGPS受信機でなければ正確には分からない。3次元の位置を計算するためには未知数が合計4(緯度・経度・高さ・時刻)であるので少なくとも4つの連立方程式を解く必要があり、4つ以上の衛星電波の受信を必要とする。
船舶ではGPSアンテナの水面からの高さは既知であり、装置にあらかじめ初期設定されており、通常2次元の位置(緯度・経度)を計算すれば十分であるので、必要な衛星数は3である。
図5・2
(3)各衛星を中心に、衛星までの距離を半径とする球面を描く。 3つの球面の交わる点が自船位置となる。
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(2)DOP(Dilution of Precision)
GPSの測位精度は受信点から見た衛星の幾何学的配置に影響される。受信点から見たそれぞれの衛星の方向がまんべんなく散らばっていれば精度が良くなり、1方向に集まっていれば精度は悪くなる。衛星の配置状態によって決まる測位精度の劣化をDOP(測位精度劣化係数)といい、2次元(緯度経度)の測位精度劣化係数を表すときにHDOP(Horizontal DOP)、3次元(緯度経度高さ)の測位精度劣化係数を表すときにPDOP(Perpendicular DOP)といい分けることがある。図5・3のようにDOP値が小さいほど測位精度は良くなる。
図5・3
(3)DGPS(Differential Global Positioning System)
GPS信号をあらかじめ正確に位置が分かっている場所(基準局)で受信し、GPSで得られた位置と真の位置からその誤差を計算し、ディファレンシャル情報(補正値)として送信局から放送する。付近を航行中の船舶はその補正値情報を受信し、GPSの位置補正を行うことにより船舶の位置を高精度で測定する。この様なサービスをディファレンシャルGPS(DGPS)という。我国では1998年より海上保安庁により、中波無線標識(ラジオビーコン:288〜321kHz)の電波を使って、GPSの補正値情報と、GPS衛星の故障、システムの運用状況等の情報(インテグリティ情報)が世界共通の規格(RTCM SC-104)で放送されている。ビーコン海岸局は現在27局が運用しており、日本全国の沿岸から約300kmの範囲をサービスエリアとしている。以下、図5・4に海上保安庁のDGPS局の配置を、表5・1に各局の諸元を紹介する(出典:海上保安庁ホームページより)。船舶ではこれらの情報を受信する為に、別に中波ビーコンアンテナ及びDGPSビーコン受信機を装備し、GPS受信機に接続するか、ビーコン受信機が内蔵された一体型のDGPS受信機により高精度の測位を実現している。実際にDGPSの精度は約1〜5m程度となり、SAが廃止された今もGPSの測位精度を更に上げる為に有効な手段である。
一方、IM019回総会の決議A.815(19)によると、「湾の入り口や着岸等操船の自由が制限されている海域におけるGPS等の無線航法システムの誤差は、95%の確率で誤差10m以内であること」と規定されており、湾の入り口や着岸等で船舶の航行を援助するために使用するGPSはDGPSであることが推奨される。
図5・4 DGPS局の配置
表5・1 DGPS局諸元
局名 |
基準局
ID |
送信局
ID |
周波数
(kHz) |
所在地 |
送信空中線位置 |
北緯 |
東経 |
釧路埼 |
660 |
630 |
288.0 |
北海道釧路市 |
42-58-06 |
144-22-29 |
網走 |
662 |
631 |
309.0 |
北海道網走市 |
43-59-53 |
144-17-26 |
宗谷岬 |
664 |
632 |
295.0 |
北海道稚内市 |
43-31-14 |
141-56-10 |
積丹岬 |
666 |
633 |
316.0 |
北海道積丹郡積丹町 |
43-22-14 |
140-28-04 |
松前 |
668 |
634 |
309.0 |
北海道松前郡松前町 |
41-25-20 |
140-05-12 |
浜田 |
670 |
635 |
305.0 |
島根県浜田市 |
34-52-42 |
132-02-20 |
丹後 |
672 |
636 |
316.0 |
京都府京丹後市 |
35-44-19 |
135-05-10 |
舳倉島 |
674 |
637 |
295.0 |
石川県輪島市 |
37-51-08 |
136-55-13 |
酒田 |
676 |
638 |
288.0 |
山形県酒田市 |
38-56-46 |
139-49-22 |
尻屋埼 |
678 |
639 |
302.0 |
青森県下北郡東通村 |
41-25-43 |
141-27-46 |
金華山 |
680 |
640 |
316.0 |
宮城県石巻市 |
38-16-38 |
141-34-59 |
犬吠埼 |
682 |
641 |
295.0 |
千葉県銚子市 |
35-42-27 |
140-52-05 |
浦安 |
684 |
642 |
321.0 |
千葉県浦安市 |
35-37-01 |
139-53-51 |
剱埼 |
686 |
643 |
309.0 |
神奈川県三浦市 |
35-08-29 |
139-40-28 |
八丈島 |
688 |
644 |
302.0 |
東京都八丈島八丈町 |
33-04-46 |
139-51-14 |
名古屋 |
690 |
645 |
320.0 |
愛知県名古屋市 |
35-02-07 |
136-50-45 |
大王埼 |
692 |
646 |
288.0 |
三重県志摩市 |
34-16-42 |
136-54-03 |
室戸岬 |
694 |
647 |
295.0 |
高知県室戸市 |
33-15-06 |
134-10-36 |
江埼 |
696 |
648 |
320.5 |
兵庫県淡路市 |
34-35-49 |
134-59-32 |
大浜 |
698 |
649 |
321.0 |
愛媛県今治市 |
34-05-24 |
132-59-29 |
瀬戸 |
700 |
650 |
320.0 |
愛媛県西宇和郡伊方町 |
33-26-04 |
132-13-14 |
若宮 |
702 |
651 |
295.0 |
長崎県壱岐市 |
33-52-09 |
129-41-11 |
大瀬埼 |
704 |
652 |
302.0 |
長崎県五島市 |
32-37-01 |
128-36-21 |
都井岬 |
706 |
653 |
309.0 |
宮崎県串間市 |
31-22-23 |
131-20-04 |
トカラ
中之島 |
708 |
654 |
320.5 |
鹿児島県鹿児島郡十島村 |
29-49-20 |
129-54-56 |
慶佐次 |
710 |
655 |
288.0 |
沖縄県国頭郡東村 |
26-36-17 |
128-09-06 |
宮古島 |
712 |
656 |
316.0 |
沖縄県宮古郡城辺町 |
24-43-47 |
125-26-10 |
各局共通事項 |
伝送速度及び送信出力 |
伝送速度:200bps 送信出力:75W |
有効範囲 |
DGPS局から200km以内の海上(瀬戸内海等の一部を除く)(地形等の影響により、利用が困難な場合があります。) |
伝送フォーマット |
ITU-R M.823-1(RTCM SC-104) |
メッセージタイプ |
Type 3、7、9、16 |
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(4)WAAS(Wide Area Augmentation System)
WAAS(ワース)とは、SBAS(エスバス)仕様に沿った米国の広域位置補正システムのことである。SBASとは、Satellite-based Augmentation Systemのことで、静止衛星型衛星航法補強システム、つまり専用の静止衛星からの補正データを利用した高精度の測位システムのことであり、GPSを民間航空機の主航法装置に適用するため、ICAO(International Civil Aviation Organization)が定めた補強システムの総称のことである。米国でWAASが既に運用されているため、一般に、この広域補正システムをWAASと呼んでいる。
SBASのメッセージには地上に配備した監視局で得たGPSデータをもとに得たインテグリティ情報や補正情報が含まれているため、高信頼性かつ高精度の測位が実現できる。静止衛星とGPS衛星の電波が同じ周波数であるため、DGPSアンテナやDGPS受信機能が不要で、WAAS対応機であれば、DGPSの補正データを受信できなかった海域でも受信できる大きなメリットがある。なお、GLONASSに対する補強も可能であるが、そのメッセージの仕様は未定である。本来は航空機用の航法システムであるが、使用者の制限がなく、また課金も行われないため、陸上や海上を含む広域での活用が見込まれている。
SBASの仕様に準じ、各国が運用あるいは計画している補強システムは以下のとおりである。
米国のWAASは、現在のところ、POR(Pacific Ocean Region)とAOR-W(Atlantic Ocean Region West)の2機のINMARSAT(International Maritime Setellite)IIIを用いているが、覆域の重なる地域が少ない。そのため、2007年にTelesatとPanAmSatを用いた覆域の二重化を行う予定である。
欧州全域における補強システムとして、欧州連合はEGNOS(European Geostationary Navigation Overlay Service:イグノス)を整備している。EGNOSではAORE(Atlantic Ocean Region East)とF5の2機のINMARSAT IIIに加え、ARTEMIS(Advanced Relay Technology Mission)通信衛星を利用する。現在は、2005年からの運用を目指し、試験の段階にある。
わが国では、気象庁と国土交通省が共同で運用する2機の運輸多目的衛星MTSAT(Multi-functional Transport Satellite)を用いる補強システム、MSAS(MTSAT Satellite-based Augmentation System)を整備中である。現在のところ、MTSAT-1(ひまわり6号)は2005年2月に打ち上げられ、MTSAT-2は、2005年度中の打ち上げが予定されている。気象衛星機能は2005年5月から運用開始予定、MSAS機能は2005年末までに正式運用される計画である。稼動すればわが国周辺海域でもDGPSによる精度と同等の精度の測位が、DGPSのサービス範囲外でも得られることになる。
(5)GNSS(Global Navigation Satelite Systems)
GPSとは別に旧ソ連が開発した類似のシステムがGLONASS(Global Orbiting Navigation Satellite System)であり、欧州にはガリレオ計画という同様の全世界的測位システムを民生組織により管理運営する計画がある。このような衛星を利用した全世界的測位システムを一括してGNSSという。
GPS受信機の性能要件は、1995年の世界海事機関(IMO)の第19回総会で採択され、A.819(19)として発行された。さらに2000年12月の海上安全委員会MSC73でSOLAS第V章改正によって搭載を義務付けられるAIS、VDR等へ情報を供給するために性能基準が修正されMSC.112(73)として採択され、2003年7月から発効している。以下に舶用GPS受信機の性能要件を示す。(注)
(注)IECから2003年7月にIEC61108-1 Ed2(GPS性能基準及び試験規格)が発行されており、SOLASで搭載を義務付けられたGPS受信機は、これを基準に各国の認証機関で試験されている。
以下の性能要件はMSC.112(73)の概略で、すべてを網羅したものではないので注意を要す。
船舶の最高速力が70ノットを超えない範囲で以下の性能を満足すること。
(1)標準測位サービス(SPS)による信号を受信処理して、世界測地系(WGS 84)により緯度経度を千分の1分の分解能で測位できること。時間はUTCに関連したものであること。
(2)L1周波数(1575.42MHz)でC/Aコードを受信すること。
(3)最低1つの出力はIEC61162規格で位置情報を外部に出力できること。
(4)静的精度はHDOP=4(又はPDOP=6)で船位(アンテナ位置)を100m以内(確率95%時間)で求めることができること。
(5)動的精度は船舶が通常経験する海況でHDOP=4(又はPDOP=6)で船位(アンテナ位置)を100m以内で求めることができること。
(6)位置決定で要求される精度と位置更新のために、自動的に最適な衛星を選択受信できること。
(7)衛星捕捉可能な信号レベルはキャリヤレベルで-130dBm〜-120dBmであること。捕捉した衛星は-133dBmまで追尾可能なこと。
(8)有効なアルマナックデータが無い場合(コールドスタート)30分以内に測位できること。
(9)有効なアルマナックデータが有る場合(ウォームスタート)5分以内に測位できること。
(10)GPS信号が24時間遮られても5分以内に再捕捉して測位できること。
(11)60秒間の電源消失が発生しても2分以内に測位できること。
(12)生成した情報について、表示とデジタル出力は最低各1秒ごとに最新位置に更新すること。
(13)生成した情報について、対地針路(COG)、対地速力(SOG)、及びUTCはデジタルインタフェースで外部に出力できること。これら出力については位置出力データに有効マークを含んでいること。COGとSOGの要求精度は船首方位と船速距離計の性能要件より劣ってはならない。
(14)ITU-R M.823基準及び関連のRTCM基準(RTCM SC-104)によるDGPSデータの処理ができること。GPS受信機にDGPSビーコン受信機を組み合わせた場合の静的及び動的精度は10m(確率95%時間)以内であること。
(15)ある種の特徴的な干渉状況におかれても満足に使用できること。(インマルサットやSバンドレーダーからの干渉を想定。)
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