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高橋(史) ありがとうございました。(拍手)それでは上田知事、よろしくお願い致します。
上田 変なやつばかりいる所の社長の上田でございます。(笑い)(拍手)知事部局の約8千弱の職員、警察の1万人、教職員の約4万6千人の人件費の面倒を見るのが知事の仕事ですが、警察と教職員に関しては独立行政委員会ですので、直接何かを指導するとか指示をする権限はありません。公安委員を任命することと、教育委員を任命することと、予算等の要望をできるだけ聞くことが教育に係る私の仕事です。
 私は本当は教師になりたかったのです。親が朝日新聞だったら朝日新聞とか、読売新聞だったら読売新聞でなければならないとか、産経が好きだとか、そういう定見を持っていたらよかったのですが、すぐ洗剤とかにだまされて、半年おきとか3カ月おきに新聞が替わっていました。(笑い)
 中学3年の時に、教師になろうという職業意識を明確に持ちました。自分が教師になれば、不良を直せるし、また不良を作らないという思いを持っておりました。しかし、高校2年生の時に、たまたま毎日新聞だったのです。すみません。それ以外の新聞の方には申し訳ないと思いますが、村松喬と言う編集委員がルポをして、「教育の森」というのを連載しておりました。
 それを読んでいたら、救えるのは1学級1学校だと。実は、そうではありません。1人の教師や1人の校長先生がいいモデルを作れば、それが全国に広がって、いろんな展開ができるはずですが、その当時は、そう思いました。「そうか。じゃ、教育環境や教育制度を変えなくちゃいけないんだ。教師が働きやすいようにしなくちゃいけないんだ」と思いまして、「そういう制度は法律で作られる。法律で作るということは、法律を作る人にならなくちゃいけない。どこで作られるかというと、国会だ。そうか。国会議員にならなくちゃいけないんだ」と。頭が悪かったのです。単純にすぐ、そういうふうになってしまいました。高校2年の時に、特に先議権のある衆議院議員にならなければいけないと思いました。
 実は、衆議院議員になったらすぐ教育のことをやればよかったのですが、海部総理が悪いのです。(笑い)文部大臣を経験されていて、たまたままぐれでなってしまったのです。なったころは、もうおろおろしていました。それで、ひょっとして間違って総理大臣になったときに困るなと思いました。総理大臣までやろうと思ってはいなかったのですが、間違って総理大臣になったときに迷惑だなと。財政のことが分からない。あるいは外交のことが分からない。特に生活に一番直結するのは経済政策です。経済で間違ったら大変な間違いになってしまいます。だから、財政とか経済が分かる国会議員になっておかないといけないかなと思って、大蔵委員会を選んだのが運の尽きでした。日本の経済がどんどん悪くなる時でした。金融危機にもなりました。そればかりやっているうちに、そちらのほうの専門家みたいになってしまいました。
 そこで、教育のことが薄れていっていたのですが、知事になりましたら、たまたま「教科書採択の資料は陳腐なものだよ」と言っている人がいましたので、その資料を読みました。確かに陳腐でした。
 1冊の教科書をA4判の紙にいろいろ解説してあるのです。例えば国語なら国語の会社を八つなら八つ、A4判に内容を16行とかで大体整理してあるわけです。最後に「総括」というのがあって、「生徒の成長を引き出せるようになっている」とか、「生徒の創造力を引き出せるようになっている」。教科書の「総括」の所は全部同じです。要は「生徒の自主的な能力が引き出せるように編集されている」と書いてあるのです。
 ついでに「製本は堅牢である」とか「印刷は鮮明である」と書いてあるのです。「おかしいな。じゃ、製本がばらばらになっている所があるのかな」と思ったら、全部「製本は堅牢である」と書いてあります。当然、「印刷は全部鮮明である」と書いてあるのです。
 いまどき、ばらばらになったりするわけがないのですから、こんな項目なんかなくていいじゃないか。何でこんなことをやっているのだろうと思って、「いつからやっているの?」と聞いたら、「昭和39年からやっている」と。(笑い)「あなたたちはあほうか。非常識だ」と。次の日に教育長が「失礼しました。知事の言う通りです。来年から変えます」と謝りに来ました。教育長はすぐ変えようとするのです。それはそれで偉いです。
 実は、私は知事になって2週間目か10日目ぐらいに稲葉教育長と1時間ぐらい話をしました。「大変困難だ。親になってほしくないような親がいるぞ。それから、残念だけれども、地域のコミュニケーション能力も弱いぞ」。
 僕らは地域で育てられた覚えがあります。広場に行くと、上級生がいる。三角ベースからスタートする。人数がそろったら9人制の野球になる。戦力を適当に平均化して、野球が一方的にならないようにしてくれた中学3年生がいました。向こうに中学2年生、こちらに中学1年生を2人、こちらに小学校6年生、こちらに小学校5年生を2人と。そういう遊び方を教えてくれた仲間がいっぱいいたのです。私たちもまた教えました。地域には、そういうことを教える場があったのです。
 商店街のお父さんたちも、「あの子は妙にお小遣いを持ち過ぎている。何か変なことをしているんじゃないか」ということを教えてくれた。アルバイトばかりのコンビニでは、まさかそういうことを教えてくれないでしょう。
 「埼玉は移動が激しい所だし、急に町ができた所もたくさんあるから、そういう教育をしていただける町が弱くなっている」と。「学校も厳しいかもしれない。しかし、間違っても教師はプロだろう。だから、もし家庭がおかしくても、抜群の先生がいれば、ひょっとしたら、その子は救われるかもしれないじゃないか」。
 さっき、高橋福八さんが言われました。「家庭が崩壊すれば、子供も崩壊するよ。当たり前だ」と。しかし、それでも先生がもし非常に懐深く、愛情を持って子供を見つめてくれれば、救われるかもしれないです。だから、「教師がいる学校がプロとして頑張るしかないんじゃないですか。特に、何が何でも学力は欲しいよね」と。
 私は大学院時代に学習塾をやっていました。人によっては中学2年生ぐらいになっても100÷4がさっと出ないのです。しょうがないから、小学校2年生のドリルをどんどんやらせました。「困るぞ。今、君は、まだ千円札しか持っていないからいいけれども、10万円で買い物をするときに、お釣りをごまかされたらどうするんだ、おまえ。4万円ぐらい損をするかもしれないぞ。千円だから大したことはないけれども、大きくなったら困るぞ」と言って一生懸命教えました。
 「だから、最小限度の学力は欲しいよね。この程度は欲しいというのがあるでしょう。因数分解は分からなくてもいいけれども、小数や分数ぐらいは分かってほしいよね。漢字だって、読めない漢字があったら困るよね。でも、このくらい読めなくても困らないよね」という基礎的な学力は、やはり何が何でも学んでもらう。
 あと、僕らだって川に落ちました。沼に落ちました。でも、その辺りにある枝木につかまって、はい上がってきました。流されずに済んだのです。流されかかっている時に、草木につかまって「助けてくれ」と言って救ってもらったのです。もし3秒とか10秒しか自分の体を支えきれないような握力だったら、流されてしまって死ぬかもしれません。だから、「最小限度の基礎体力は欲しいよね。人によって個性があるかもしれないけれども、極力、基礎体力は欲しいよね」。
 それから、さっきも言われましたあいさつ。「あいさつぐらいできるような人間になりたいよね。最小限度の規範意識を持ちたいよね」と。戦前の道徳を捨ててしまったけれども、戦後の教育の中では、それに代わるものを作らなかったのです。だから、おかしくなったのでしょうけれども、「そういうのをやりましょうよ」と。
 そうしたら、稲葉教育長が三つの教育目標というかたちで・・・。「よし」ということで、とりあえず小学校5校、中学校5校のモデル校を作って、1年間研究することにしました。この17年度から、小・中校でやっている最中です。
 ただし、県庁もそうですけれども、悪い癖があります。さっきもちょっとお話に出ていましたけれども、評価をするのが嫌いな癖があります。自己評価とか検証をあまりしない癖があるのです。「やっています」。やった結果、どうなったかということを追い掛けないもので、それをまた教育長に言いました。そうしたら、「そうですね。確かに検証するのが苦手ですね」と。いろいろやっていますけれども、その結果どうなったかということについて詳しく追い掛けないのです。
 実は、私は追い掛けています。150人の課長一人一人とずっと話しています。暇を見つけて150人の課長と意見交換するのは時間がかかります。何日もかかります。1年ぐらいかかっています。何を求めているかというと、「結果を出さなければ意味がないぞ」と言っているのです。
 商店街の活性化と言っている。県議会から質問が来ます。こんなふうに答弁致します。「はい、該当の補助金を出しています」、「はい、リーダーの研修等をやっています」、「はい、優れた講師を呼んでセミナーをやっています」「うん、分かった」。それで質問が終わってしまうから、県議の先生方も悪いのです。「その結果どうなった?」と聞けばいいのに、そこは意外に聞かないのです。「うん、いろいろやっているんだな」ということで満足されてしまいます。(笑い)
 私は性格がちょっとしつこいもので、その結果どうなったかということを聞きます。すると、何も追い掛けていないから困ってしまうのです。埼玉県じゅうにある2080の商店街のどこが県の政策によって活性化したのかを言えないのです。つまり、結果について何の責任も持っていません。
 今、少なくとも県庁の知事部局では、結果の責任を持とうよと。民間パトロールを増やして、治安を良くしようではないかということで、警察官を増やしています。その結果どうなったか。14年と15年の2年連続で47位の検挙率だった。上田が知事になったら、とりあえず46位になりました。(笑い)
 いや、笑っておられますけれども、大変なことです。高知県なんかは県民所得を上げなくてはいけない県です。雇用がないのです。産業がないのです。県民所得を上げていけば、土佐の高知から出ていかないのです。だから、知事の仕事は産業興しのはずですけれども、13年間、46位から多分一度も上がっていないはずです。
 埼玉県の検挙率は、私が就任した時には13パーセントです。少なくとも去年は19.8パーセントまで上がりました。(拍手)犯罪もずっと増えっ放しでした。犯罪は7年連続増えっ放しです。去年、8年ぶりにダウンしました。13.4パーセント減って、全国平均よりもはるかに減らしました。
 なぜ減ったのか。減らそうという努力をしているからです。どうすれば減るかということを一生懸命考えてやっているからです。私は、そういうことが今の学校にも必要ではないかと思います。
 とにかく県庁は、みんなあいさつをしない。すごい所です。サービス産業だなんて言っていて、ろくろくあいさつしない。(笑い)弁当を売りに来る民間の職員の方に聞きました。すごいです。廊下に響き渡るような声で気持ちのいいあいさつをしています。だから、聞いてみたのです。「知事が来るまでは、10人中9人はあいさつをあまりしなかった」と。今は10人のうち6人ぐらいはしているそうです。まだ4人はしていない。(笑い)弁当屋さんだからといって、なめているのかなという感じです。多分、県議の皆さんの前ではあいさつをすると思います。そういう差別をしているから駄目なのです。
 私は、あいさつ運動を一生懸命やって良かったなと思っています。やはりものごとの基本だと思っていますので、大きな声であいさつをしているのです。増えてきました。10カ月ぐらい前ですが、食堂に行くまでに「まだあいさつが足りないな」なんて思っていて、たまたま食堂で部長に会いました。「まだまだあいさつが徹底していないな」と嘆いたら、「知事、役人は暗いですから」なんて言うのです。(笑い)「違うだろう。いいか。入社する時、みんなどんな顔をして入社したと思う?」。面接試験があるのです。「私は暗い人間です」なんて言ったやつは1人もいません。(笑い)「私は明るく元気で積極人間。公のために頑張ります」と言って入っているのです。だから、詐欺をしているのです。ろくろくあいさつをしない人、ろくろくサービス精神がない人は詐欺者ですから辞めてもらいたいです。(笑い)
 でも、なかなか辞めさせることはできません。公務員の世界は難しいです。だから、もっと法律を変えて、仕事ができない人や、よくできない人たちは、やはり勧告して辞めてもらうことが本当は必要でしょう。教師の世界にもいると思います。怖い子供たちがいるのです。そういう怖い子供たちの目を見られなくて、ひたすら黒板を見ている人がいます。(笑い)そういう人は向いていないのです。だから、そういう方にはできるだけ引き取ってもらう。いや、ありますよ。それぞれの人に向いている職業を見つけてくれる職業がありますから、そういう方に頼んでしまえばいいのです。私は、そんなふうに思っております。
 とにかく、現場からどんな声が本当に上がってくるのか。教育委員の皆様方が、いかに現場の声を本当に見つけきることができるかどうかというのが一番大事だと私は思います。本当は、教育委員会の事務局で「こういうことをやろう」とか「ああいうことをやろう」ではなくて、校長の皆さんから「こんなことをやってくれよ」ということをまとめて、「こういう成功事例がある」「確かにこの通りだ」と多くの校長たちが賛同し、「よし、それでいこうじゃないか」ということで盛り上がってこないと駄目ではないかと思います。
 「家庭教育はかくあるべし」とか・・・。あまりいい家庭ではなかったかもしれません。「亭主は元気で留守がいい」という話がありましたが、元気かどうかはともかく、留守がちであって任せっ放しで反省しておりますので、「家庭教育はかくあるべし」とはとても言えません。しかし、少なくとも学校は、かくあったらいいのではないかということを教育委員の皆様方と意見交換しながら、できれば・・・。
 埼玉というのは大変な困難県です。非常に困難県だと思っています。しかし、困難県で変えられれば、日本のは変えられます。だから、困難県で勝負してみたいと思っております。(拍手)


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