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 ひったくりを防ぐために、防犯ネットを自転車の前かごにかぶせる。これも抵抗性です。近づいてきて、さあ取ろうと思ったときに、前かごにカバーがあればハンドバッグに触れない。直前で犯罪者の力を押し返しているわけです。これを抵抗性と呼びます。子どもに防犯ブザーを持たせるというのも抵抗性です。連れ去ろうと思って近づいてきて、手をつかもうと思ったけれども防犯ブザーが目に止まった。これを鳴らされたらかなわないということで、この子はやめておこうといって去っていく。こういうものが抵抗性です。
 そのような抵抗性は、最終的な局面で犯罪者の力を押し返すことですが、今、お話ししたのは、すべて物やグッズ、ハード面です。そこの表にありますように、それだけでは不十分で、そこに人間の意識、管理意識、あるいは防犯意識と呼んでもいいですが、そういった防犯性能のあるものやグッズをきちんと使いこなす、そういったものを常に望ましい状態に保つようなかたちで使いこなすというような人間の意識が必要です。管理意識です。例えば、ワンドア・ツーロックにせっかくしても、ちょっとごみ出ししている間はいいや、ちょっと近所に買い物に行く間は開けっぱなしにしても大丈夫だといって開けっぱなしにしていたら、いつかは入られてしまうかもしれません。
 ひったくり用の防犯ネットも同じで、使い方が問題です。今日も大阪の方が来ておられますが、大阪で実際にあった話です。大阪では、日本で一番ひったくりが多いということで、あちこちで無料で防犯ネットを配っていますが、ある日、女性が警察署に来て、自転車に乗っていたら私のハンドバッグがひったくられましたと言います。このへんでは皆さんに無料で配っているんですが、使っていなかったんですかと聞いてみたら、実は使っていた。防犯ネットを使っていたら取られるはずないんですけれどもねということでよく聞いてみたら、確かにその女性は自分の自転車の前かごに防犯ネットをかぶせてある。かぶせてあったけれども、そのハンドバッグをその上に置いてあった。(笑)これでは取られてしまいます。実際にあった話です。
 防犯ブザーもそうです。確かに持っていて犯罪者から見えれば抑止力になりますが、どのくらいの子どもたちが学校に持ってきているか。3割、4割持ってきている学校があればいいほうです。普通は家に置きっぱなしで、学校に持ってきていたとしても鞄の奥のほうにしまいこんであって取り出せない。犯罪者から見えない。それでは意味がないわけです。ですから、いくらそういうハード面をそろえても、人間の意識がそれに伴わなければ意味がないということです。これが犯罪に強い要素の1番目の要素です。
 今、お話しした例でおわかりのように、日本でもここまではいろいろやっています。つまり、日本はまだ犯罪原因論だと言いましたが、犯罪原因論でも抵抗性まではたどり着けます。しかし、残念ながらそこまでしかたどり着けません。まだ2番目、3番目の要素はあるのですが、そこまではたどり着けない。なぜならば、犯罪原因論は犯罪者に注目しています。ですからどうやって被害に合わないようにするかとなると、犯罪者対自分、犯罪者対私ということで、いつも1対1の関係を想定しています。ですから、ワンドア・ツーロックにしろひったくり防止用ネットにしろ防犯ブザーにしろ、すべて1対1の場面で使うものです。個人で守る、個人で防ぐというやり方です。
 個人で守る、個人で防ぐというやり方ですから、ときには負けてしまうかもしれません。特に、最近のプロの犯罪者集団は4人、5人でかかってきます。4対1、5対1では一般市民が負けてしまいます。子どもであれば1対1でも当然負けてしまいます。ですから個人で守る、個人で防ぐというやり方だけでは限界がある。
 そこで、今度は場所で守る、場所で防ぐ、あるいは地域で守る、地域で防ぐというようなやり方が必要になってきます。この地域で守る、地域で防ぐというやり方であれば、犯罪者対一般市民の関係はいつも1対何百、1対何千です。絶対に犯罪者には負けません。このやり方をとれば、犯罪を防げるということになります。それと同時に、このやり方のほうが実は犯罪者の行動に大きな影響力を持ちます。なぜならば、犯罪者はいきなりターゲットを狙ってくるわけではないんです。行き当たりばったりで犯罪者は襲ってくるわけではなくて、まず最初に戦略的に場所を選びます。あるいは地域を選ぶ。そのあとに初めて、戦術的に特定の人、特定の家、特定の車、特定の子どもを狙ってくるわけです。ですから、まず犯罪者から狙われない地域、自分たちの地域が犯罪者から選ばれないようにすることが必要です。そのためには場所で守る、場所で防ぐ、地域で守る、地域で防ぐというやり方が必要になってきます。
 それが2番目の領域性という概念です。領域性は、犯罪者をそもそも自分たちの場所には入れないということです。ここから先はあなたは入れませんよということを犯罪者に知らしめて、犯罪者を自分たちの場所の中に入れない。入ってこなければ、そもそも抵抗性という1番目の手段も必要ない。抵抗性さえもいらなくなってくるということです。この領域性、そのためにはまずこの表の真ん中ですが、区画性というかたちできちんと物理的に区切ることです。境界をはっきりさせるということが必要です。
 例えば、ガードレールがあればその歩道の領域性が高まります。それによって、実はガードレールがある歩道ではほとんど犯罪が起きていません。ひったくりも起きませんし子どもの連れ去り事件も起きません。それは、ガードレールによって歩道の領域性が高まってくるからです。学校の門は閉めておきましょうというのは、これもやはり領域性からきているものです。門が開いていれば領域性は低い、門が閉まっていたら領域性が高いということです。
 ご存じのとおり、大阪の池田小学校事件のときには門が開いていたために入られました。あの犯人は裁判の過程の法廷で、門が閉まっていたら入らなかったと言っています。つまり、あの大阪の池田小学校で、8人の子どもたちが殺害されたか、されなかったかという分かれ道は、その犯人の人格障害とかそういう精神構造、心ではなく、実は単に門が開いていたか閉まっていたか、ただそれだけのことだったわけです。これが犯罪機会論です。もし門が閉まっていたら、あの犯人はその日はあきらめて家に帰ったかもしれない。家に帰ったときに、本当は池田小学校を襲おうと思ったけれども、ばかばかしいからやめようと思ったかもしれない。そうしたら、あれだけの8人の子どもたちが犠牲にならなくて済んだかもしれない。その後、実は大阪府の小学校はちゃんと門は閉まっています。まだまだほかの都道府県では門を開けっぱなしのところが多いですけれども、大阪府はそこは一番徹底されています。
 この領域性という概念は、学校とか歩道とか、限られた場所についてだけではなく、もっと広く日本全体の犯罪傾向も説明できます。例えば、ある地域に新幹線が通るようになった、あるいは高速道路が走るようになった、橋がかかるようになったとなると、だいたいそこの地域では犯罪が増えてきます。青森県で一番今犯罪が深刻なのは八戸です。なぜならば、八戸まで新幹線が通ったからです。やがて青森市まで新幹線が通れば、青森市も犯罪の増加に見舞われるかもしれません。四国もかつては安全な場所でした。ところが橋がかかるようになって、四国の犯罪状況も本土並みになりました。徳島県の犯罪発生率は、明石海峡大橋ができてから5年間で1.5倍になりました。領域性が下がったからです。このように、領域性という概念は非常に重要で、犯罪者からすれば入りやすいか入りにくいかです。領域性が高ければ入りにくい、低ければ入りやすいということです。
 ただ、この領域性についてもそのように物理的に区切るだけではなくて、そこには縄張り意識という人間の意識も大事です。区画性が見えるバリア、物理的なバリアですけれども、この縄張り意識は見えないバリアです。普通の人には見えませんけれども、この見えないバリアは犯罪者からはよく見えます。
 例えば、先ほども話したように、まず最初に犯罪者は場所を選ぶわけですから下見をするわけです。そのときに、例えばその地域の人がじろじろ見たり、どちらにご用ですかと声をかけたり、今日はいい天気ですねと声をかけたりする。そうすると犯罪者は、この地域の人たちは非常に縄張り意識が強い。これはちょっとでもおかしなことをしたらすぐにわかってしまうかもしれないということで、そもそもその地域を選んでこない。これが縄張り意識という見えないバリアです。学校の門は閉めておきましょうと言いました。ところが、登下校の時は開けざるを得ない。開けてしまえば領域性が下がります。ところが、もう一つそのときに校門に教職員が立っていれば、立っていることで縄張り意識のメッセージになりますから、門を開けてしまっても同じ領域性のレベルが維持できる。こういうものを縄張り意識と呼んでいます。
 私が前から提案しているのは、校門から受付までに地面にルートを描いてしまう。大きい病院に行くと、どこどこ科と赤いラインとか青いラインをいっぱい描いてあります。ああいうようなラインを校門から受付まで描いてしまう。そこまでしておけば入ろうと思う、浸入しようと思う人は、この学校の教職員は非常に縄張り意識が強い、ちょっとでもおかしな行動をしたらすぐにわかってしまう、きっとそう思うでしょう。
 それから、校門から受付までラインを描いてしまうというのは、単に縄張り意識だけではなくて物理的な区画性にもなっています。なぜならば、普通の外来者であればそのラインの上を歩いて受付まで行くはずです。ですから、ラインから一歩でも外れた外来者がいれば、もうその時点でこれは不審な行動だとわかるわけです。今の日本の学校はそうなっていませんから、あっちにふらふら、こっちにふらふらしながら歩いて行っても、何の違和感も不自然さもない。けれども、本当はここが外来者の歩く場所です、ここは子どもたちが遊ぶ場所ですとちゃんと峻別できるようにしておけば、そういうすみ分けをしておけば、逆に外来者が子ども向けのスペースに入った段階ですぐ不審な行動だとわかるわけです。これが領域性という概念です。これが2番目の犯罪に強い要素です。
 最後にもう一つあります。監視性というものです。監視性は、犯罪者をいったんは自分たちの場所の中に入れても、その犯罪者の行動がきちんと見える、把握できる、フォローできるというのが監視性です。いったん中に入れても、そういうような状況を作っておけば、そう簡単に犯罪者は最終的なターゲットまでは近づいてこれません。そう簡単に、犯罪者は犯罪の実行に着手できません。結局あきらめて、自分たちの場所から去っていくということになるわけです。そのためには、まず物理的な死角をなくすことです。例えば、先ほど、ガードレールがあれば、歩道の領域性が高まっていますから歩道は安全だと言いました。ところが、もし両側の家の塀が高くて、家の窓から道路がまったく見えないという状況であれば、多少無理してガードレールを突破してきても発見されないと犯罪者は考えるでしょうから、ガードレールといえども歩道を完全に守りきることは難しくなってきます。
 逆に監視性が高い状況、つまり塀が低くて家の窓から道路がよく見える状況であれば、ガードレールをまたいだ瞬間に不審な行動だとわかるわけですから、犯罪者からすればそもそもその場所を選んでこないということになるわけです。この監視性についても、やはりそういう物理的な部分だけではなくて、人間の意識が大事です。それを当事者意識と呼んでいます。当事者意識は、その場所で起こるさまざまな事柄を自分自身の問題としてとらえる意識です。つまり、いくら見通しのいいところをいっぱい作っても、見ようとしなければ発見されない。見ようとしなければ見逃してしまう。目が節穴ということです。ですから、物理的な死角をなくすだけではなくて、そこにいる人たちの心の死角、心理的な死角をなくすことも必要です。
 今、監視性を高めるためにあちこちで防犯カメラが設置されるようになりました。防犯カメラを付ければ、確かに物理的な死角はなくなります。ところが問題はそのあとです。そのあと、その地域の人がもうこれでうちの地域は安全だよ、カメラがあれば大丈夫だということでそれまでやっていた地域の活動を一切やめてしまう、それによって地域の絆を弱めてしまう。当事者意識が下がるわけです。そうすると、物理的な死角は確かになくなりましたが、見えない心の死角がどんどん広がっていって、結局逆に監視性が低下してしまう、それによって犯罪が増えてしまうという可能性もあります。実際、そういう地域もあります。ですから、そういう防犯カメラという機械の目、それを生かすも殺すも最終的にはそこにいる人たちの人間の目であるということです。以上が、犯罪に強い三つの要素です。安全・安心まちづくりというのはこの三つの要素を高めることに尽きます。特に、日本で遅れている領域性、監視性、これを高めていくのがこれからの日本の安全・安心まちづくりの課題です。
 そして、皆さんに明日作っていただこうと思っています地域安全マップは、この領域性と監視性という概念を理解して、それを実践するための方法であります。つまり、地域安全マップはこの犯罪機会論をまちづくりに応用したものです。地域安全マップは、領域性が低いところ、そして監視性が低いところを、住民自らがあるいは子どもたち自らが街歩きをしながら探していくという作業です。
 まず物理的な部分で、領域性とか監視性、これは目に見えて、見てわかるわけです。例えば、先ほど紹介していただいたこのチラシを出していただきたいのですが、皆さんが街歩きをしながら、こういった公園を見つけたときに、どういうふうにこの領域性、監視性をチェックするでしょうか。
 右側の公園が日本の公園です。左側はイギリスの公園ですが、右側の公園はよくある公園で、日本のどこかの公園ですけれども、実は神戸の酒鬼薔薇事件のときに、最初の事件、○○○○ちゃんを連れ去った公園がちょうど、このような公園でした。ですから、どこにでもあるような公園です。
 これで皆さんが領域性、監視性をチェックするとしたらどのへんをチェックしますか。領域性について言えばこの公園はどこからも入っていけます。入りやすい公園です。監視性について言えば非常に見通しが悪い。右の奥のほうにジャングルジムの遊具があります。ちょっとピンク色で見えると思いますが、これは大きなジャングルジムですがまったく見えない。それから、せっかくマンションがあるのですが、この木がじゃましてこの遊具のところは見えません。ですから、ここの公園は非常に犯罪が起こりやすい公園ということです。
 逆に左側のイギリスの公園はよくできています。イギリスは法律で、地方自治体が公園を作るときには、必ずこの領域性と監視性という概念を取り入れなさいというように義務付けされています。ですから、もし地方自治体がこの領域性と監視性を無視して公園を作って、その公園で犯罪が発生した場合には、被害者がこの自治体自体を訴える。自治体は莫大なる賠償金を被害者に払わなければならないというようなことになっています。ですから自治体も必死です。公園を作るときには、必ずこの領域性、監視性というのを考慮に入れています。
 まず領域性について言うと、このイギリスの公園は、周りを鉄の柵で囲っています。もし鉄の柵ではなくてコンクリートの壁とか、あるいは生垣で周りを囲んだら、確かに領域性は高まりますけれども道路から中はまったく見えない。監視性を損ねてしまいます。でも、鉄の柵とかフェンスであれば周りから中がよく見える。領域性を高めつつ、しかも監視性も高めているというのがこのテクニックです。
 それからこの真ん中のあたりを見てみると、通行人が通る舗装された道があります。右側には幼児向けのブランコ、すべり台があります。幼児向けのところをご覧いただくと、まず物理的なものではレールで囲んでいます。レールで囲んで、中はだいだい色と黄色でカラー舗装しています。このカラー舗装というのが縄張り意識です。見えないバリアです。まずレールで物理的なバリアを作って、そのあとにカラー舗装で見えないバリアを作っています。ですから、普通にこの公園を散歩しようとか単に通過しようという人は、この舗装された道を歩いていくはずなんです。そこから一歩でもこのレールをまたいでカラー舗装のところに入っていったら、もうそれで不審な行動です。普通の大人であれば、こんな派手なカラー舗装されたところに足を踏み入れるはずがないんです。ですから、こうやって幼児向けのところに入りにくいような状況を作っています。
 それから監視性について言うと、ご覧のとおりこの公園の中はまったく障害物がない。非常に見通しよく作っています。それから右側には家がありますが、家の窓からその家の住人の自然な視線がこの公園に注がれるにようになっています。それから左側には、青少年のバスケットやサッカーをするグランドをわざと隣接させています。ここでサッカーをやったりバスケットをやったりする子どもたち、青少年の自然な視線がこの幼児向けのスペースに注がれるように作っています。それからごていねいにベンチを置いてありますが、ベンチに座ればその目線の先にはすべり台があるという作りになっています。ですから二重、三重、四重にこの自然な視線がこの幼児向けのスペースに注がれるように作られています。これが犯罪機会論の実践です。日本はまだまだここまでたどり着いていませんけれども、まずは皆さんがそういう視点を持って街を点検できるようになるというところから出発する必要があるわけです。


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