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<割れ窓理論>
 今の例は物理的な部分ですけれども、もう一つ、先ほどの犯罪に強い三つの要素がありました。見えない部分です。縄張り意識と当事者意識です。これは人間の意識ですから、ただ単に街を歩いているだけでは見えません。見えないものをどうやってチェックするかということですが、そこで重要になってくるのが割れ窓理論という理論です。これはもう皆さんご存じだと思いますが、ニューヨークで取り入れられて、ニューヨークの犯罪を半分にしたと言われています。今、全米、そしてヨーロッパにこの考え方が波及して、イギリスではこの割れ窓に基づいて法律まで作ってしまいました。
 実は、先ほど言いましたがこの割れ窓理論のモデルになったのは日本です。それを今、日本が逆輸入しているという非常に不思議な状況になっています。この割れ窓理論では、地域の縄張り意識が低い、当事者意識が低いことの象徴として割れた窓ガラスというのを使っています。縄張り意識とか当事者意識があるかどうかというのは、別の言葉を使うと関心があるかないかです。割れた窓ガラスというのは、無関心であることの象徴として使われています。
 例えば、ある学校の窓ガラスが割られました。最初、いたずら半分で石が投げ込まれてガチャンと割られた。それが1ヵ月、2ヵ月ほったらかしになっていたらどうでしょうか。それを犯罪者が見たら、何だこの学校の先生方は、自分たちの学校に関心がないな。何ですぐに処理しないんだろう。皆、無関心な先生ばかりだと犯罪者は思うでしょう。それから、地域の人たちもこの学校には関心がないと思うでしょう。関心がある住民がいれば先生方に、あそこの窓が壊れているよ、早く直したほうがいいんじゃないのと言っているはずだ。直っていないところを見ると、だれもそれを指摘していない。地域の住民もこの学校に無関心である。
 そうだとすれば、この学校に夜中にもぐり込んでパソコンを盗もうが薬を盗もうが、まず発見されない。発見されても、無関心な人が多いので110番などするはずがない、ましてや、止めに入ってくる人はいるはずがないと思って、その学校がねらわれてしまうんです。ですから、こういう割れた窓ガラスは実は犯罪者を招いている、呼んでいる、犯罪者に対するシグナルになっているというような指摘が、この割れ窓理論です。
 こういう割れ窓理論で言う割れた窓ガラスは、ほかにも同じような例はいっぱいあります。例えば落書きがいっぱいある、ごみが放置されている、散乱している。放置自転車がいっぱいある、路上駐車がいっぱいある。雑草が伸び放題である。空き家が放置されっぱなしである。そういう地域のほころびがあればあるほど犯罪者は、この地域の人は自分たちの地域に無関心である、ここに入っても自分は安心して犯罪を実行できると思って、その場所、その地域がねらわれてしまうわけです。
 ですから、地域安全マップはそういった見えない部分も、そういった一つひとつのシグナル、兆候をとらえながら、この地域、その場所の無関心さを点検していきます。子どもであれば、例えばこの公園に落書きがいっぱいあれば、ここに仮に人がいたとしてもこういう落書きをするような人が集まっているんだ。あるいは、普通の真っ当な大人がいたとしても、落書きをしている人を見ても、皆見て見ぬふりをしている。知らんぷりをしている。だから、もしそこで遊んでだれかに襲われて、助けてと言ってもだれも助けてもらえないというかたちで教えて、子どもたちに単にその落書きを見るだけではなくて、そこには犯罪者が集まってくるんだというような意識をつけさせる。それが、ひいては自分たちも落書きをしないようになる。最初はおもしろがって落書きをしていた子どもですが、落書きをすることによって犯罪者が自分たちの街に来たらこれはかなわないと気がつけば、落書きもしないようになるでしょう。ごみのポイ捨てをすれば、それが実は犯罪者を呼んでいるんだと気がっけばごみのポイ捨てもしなくなるようになるでしょう。そういうふうにもっていくのが、このマップづくりの目的でもあります。
 
<地域安全マップの作り方>
 今日は、その犯罪機会論と地域安全マップづくりの内容をわかりやすくまとめたビデオを持って来ましたので、それをご覧になっていただきたいと思います。ビデオの準備をお願いします。最初、ちょっとふざけて作ったところもありますので、笑いたいと思ったらぜひ笑ってください。無理して我慢する必要はありませんので。
 
(ビデオ上映)
 
 今、ご覧になっていただいたのは地域安全マップというものです。この地域安全マップという言葉自体はかなり知れわたるようになったんですけれども、逆にこういった名前が知れわたるようになると、間違った作り方で作ってしまう。それを地域安全マップと呼んでいるというのも実はかなりあるんです。昨年、東京都では地域安全マップコンクールをやったんですけれども、私もその審査員でしたので出てきた地図を見ましたが、ほとんどが間違ったやり方で作ってありました。関係者一同ショックを受けまして、これはちゃんと、まず正しい作り方を普及しなければ、ただコンクールをやりましょうでは仕方ないなということで、東京都では今年から地域安全マップ専科というものを立ち上げました。
 そこに、学校の先生方、自治体の防犯担当の職員、東京都の場合は警視庁OBのスクールサポーター、それから地域のボランティアリーダーの方、そういう方を集めて正しい地域安全マップづくりの方法を学んでいただいて、その方たちが地域へ戻って子どもたちとか町内会の人を指導するというようなシステムを東京都の場合は作ったわけです。
 そのときに、どんな間違ったやり方の地図が出てきたかというと、一番多いものが不審者マップというものです。この公園に怪しい人がいました。この道路でおかしな人がいました。この公園に不審者が10人いました。そんな地図です。こんなにあちこちで不審者だらけなのかとよく聞いてみると、だいたい次の三つのパターンです。外国人、ホームレス、知的障害者の方たちを不審者扱いにしてマップを作っているというのが、実はほんとのところです。
 東京都では、今、足立区で児童館が主宰してマップづくりを進めています。私も何回も行っているのですが、最初は地域住民に講演会をやって、そのあとに実際に地域でマップづくりを手伝ってもらえる方たち20人ぐらいに集まっていただいて、具体的なやり方、作り方の説明会をやりました。行ってみたら、そこには知的障害者のお父さんとか、知的障害者の学校の先生とかがいっぱい集まっていました。今日は多いですねと話を聞いてみたら、「実は我々はこのマップづくりに非常に不信感を持っていた。大反対だった。どうせ我々の子どもたちを不審者扱いしてマップを作って喜んでいる。そういうものが地域安全マップと思っている。ところが前回の講演会に来てみたら、マップというのはそういう人間ではなくて場所に注目するものだということがわかった。だとすれば、このマップづくりによって我々の子どもたちも守ってもらえるかもしれない。ですから、これからは全面的に協力したい」ということでこの日は来たというわけです。実際、子どもたちによるマップづくりのときも、知的障害者の子どもたちが6人、7人集まりました。知的障害者だけでグループを作ってマップを作りました。発表会までちゃんとできました。非常にそれはうれしかったのですが、実は日頃はそういうマップづくりに対して不信感を持っている知的障害者の方たちがたくさんいるということを、そこでまた改めて確認して、やはり正しい作り方を普及する必要があるということを再認識したわけです。
 そもそもその不審者というのは、あのビデオにもあったように子どもにはわかりません。どういう人が怪しいか子どもに聞けば、マスクをしている人と答えるのが一番多いんです。犯罪者はばかではありませんから、サングラスをしてマスクをして、子どもたちに近づいてきたりはしません。最初に皆やさしいおじさん、やさしいお兄さんとして近づいてくるわけです。ですから、そんな無理な要求を子どもにすべきではなくて、どういうところで犯罪が起こりやすいのか、そこから入っていくということが必要です。
 子どもに、不審者に注意しましょう、不審者に注意しましょうと言っていますが、子どもにそれはどういうことかと聞くと、一番多い答えは、それは大人を無視しなさい、大人を信用するなということだと答えます。そうかと思うと、またまったく正反対の大人にあいさつをしましょうと、あいさつ運動とかをやっています。子どもの頭の中はパニック状態です。無視すべきなのかあいさつをすべきなのか。
 この前、新潟へ行ったらこういう話を聞きました。自分の家のペットの犬がいなくなってしまったので、おばあちゃんが車を運転しながら一生懸命犬を探していた。下校中の子どもに1人1人、うちの犬を見なかったと聞いていた。犬がいないものだから家に戻ってみたら、自分の家の前にパトカーが止まっていた。どうしたんですかと聞いたら、あなたが不審者であると通報があったというのです。子どもが不審者がいたと通報してしまったわけです。そんなことをやったら、そのおばあちゃんは子どもを守ろうなんてさらさら思うはずがない。自分が不審者扱いされたわけですから。しかし、残念ながらそういう教育をしてしまっているわけです。
 そうではなくて、場所でまずきちんと区別して、犯罪が起こりやすい場所にいる大人、領域性が低い、監視性が低い場所にいる大人は無視してもいいですよ、道を聞かれても相手にしなくてもいいですよ。ところが、安全な場所にいる大人、犯罪が起こりにくいところにいる大人とは積極的に交わりましょう、あいさつもしっかりしましょう。困っている大人がいたら、子どものほうからむしろ駆け寄って行って助けてあげましょう。そういう教育をすべきではないでしょうか。そのためには、そういう人間に注目した不審者マップではなくて、場所に注目した地域安全マップを作る必要があります。
 なるほど場所ですねと、ここまでは分かってもまだ間違った作り方をしている人がいます。それは、犯罪が起きた場所を描いているものです。これは犯罪発生マップです。犯罪発生マップは警察が作って公表しています。同じものを住民が作る必要はありません。警察は犯罪者を捕まえるのが本業ですから、犯罪者がどこにいたのか、犯罪が起きたところに注目するのは当たり前です。それが出発点です。でも住民の仕事は、あるいは子どもの仕事は犯罪者を捕まえることではありません。自分が被害に遭わないのが仕事です。だから、起きたところはどうでもいいんです。次はどこなんだ、次はどこで起こりやすいのか。そこをわかることが住民の仕事です。そのためには、起きたところではなくて、起こりやすいところを探すべきなんです。
 学校で子どもたちが犯罪が起きたところを探そうとするとどういうことになってくるか。これが今、いろいろなところで問題になっています。例えば、学校がまず警察に、どこで起きたか情報を出せというわけです。警察もプライバシーの問題があるからピンポイントで情報は出せません。そうすると学校の先生方は子どもに聞きます。どこでどんな被害に遭ったか。群馬県のある学校ではそれを子どもに聞いて、子どもがみんなしゃべって、家に帰ってお母さんに話した。お母さんは翌日学校に電話をしてきました。せっかく忘れかけていた子どもの被害体験をまた思い出させた。おかげで昨日の夜は眠れなくてうなされていた。何が安全だ、ふざけるな。そういう学校もあります。被害体験は子どもにとってはトラウマです。心の傷です。それを大人が聞いてはなりません。
 それから、これは埼玉県の話ですけれども、埼玉県のある自治体で子どもに被害体験アンケート調査ということで、小学校、中学校全部にアンケート用紙を配りました。それに対してある被害児童の親は今、埼玉県の弁護士会に訴えています。人権侵害だということで、人権侵犯救済の申し立てをしています。


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