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3 講演「子どもの安全を守る地域活動」
立正大学 小宮信夫助教授
<はじめに>
 皆さん、おはようございます。今回は今日と明日、この皆さんの防犯活動で今最も有効だと考えられています地域安全マップづくりについて、今日は理論編というかたちでお話しさせていただいて、明日はその実践編というかたちで皆さんに理解、マスターしていただく。そして、皆さんが地域に戻ったときに、皆さんが今度は指導者としてこの地域安全マップづくりができるようなかたちにもっていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。
 そして今日は、なぜ地域安全マップづくりをするのか、それがどういった効果があるのかという話を中心にさせていただきます。この地域安全マップは、いわゆる犯罪機会論と呼ばれているものに基づいて考え出されたものです。この犯罪機会論という犯罪学の理論に基づいたものが地域安全マップです。したがって、地域安全マップという名前だけを使いましても、犯罪機会論を踏まえていないマップはあまり防犯効果もないですし、効果がないどころか実はいろいろな問題点を引き起こしている。後ほどお話ししますが、実は間違った作り方をしているところもかなりあって、それがいろいろ地域でトラブルに結び付いてしまっているということがありますので、まずはこの犯罪機会論をきっちり押さえるというところから出発する必要があると思います。
 
<犯罪原因論と犯罪機会論>
 今、犯罪機会論と言いましたが、これと非常に対照的な考え方が犯罪原因論と呼ばれているものです。日本では、まだ、この犯罪原因論が主流です。犯罪機会論的な考え方は始まったばかりです。ですから、犯罪原因論から犯罪機会論に考え方を変えるというところが、今、日本で一番求められていることです。
 日本はまだ犯罪原因論が主流ですけれども、実は欧米では、犯罪機会論が主流です。欧米でも、20年ぐらい前までは犯罪原因論が主流でした。欧米では戦後一貫して犯罪が増加していましたから、ものすごい税金を犯罪対策に投入しました。ところが、いくら税金を使っても、いっこうに犯罪増加を食い止められなかった。年々犯罪は増加してきたわけです。そのために、国民から、ちゃんと税金を使っているのか、ちゃんと効果があるものをやっているのかという非常に強い突き上げがあって、いろいろ実験やら検証やらしてみますとほとんど効果がない。ちっとも犯罪は減っていないということで、それは何故なのかということをいろいろ研究しました。
 その結果、それまでの欧米の犯罪対策は犯罪原因論に基づいていた。だからうまくいかなかったというところがはっきりわかってきて、そこで登場してきたのがこの犯罪機会論です。ちょうど欧米では25年ぐらい前の話ですが、それによって欧米では今、犯罪は減っております。先進国も例外なく、90年代から犯罪が減り始めました。戦後初めての欧米の経験です。ちょうど欧米で犯罪が減り始めた頃、日本では犯罪が増加し始めた。非常に対照的なことであります。
 後ほど犯罪機会論を詳しくお話ししますが、実は犯罪機会論のモデル、見本になったのは日本です。しかしながら日本がそれを忘れてしまったときに犯罪が増加し始めた。そして悲しいかな、皮肉ですけれども、今は逆に欧米の犯罪機会論的なものを輸入しようとしています。もともと元祖は日本だったという、歴史の皮肉がそこにあるわけです。そういうのが、今のところの欧米と日本の歴史の流れです。
 では、今、日本では、まだ主流である犯罪原因論はいったい何かということですが、ここで言う犯罪の原因として一番よく取り上げられるのは、犯罪者の心です。犯罪というのは犯罪者が引き起こしているのですから、犯罪者に何らかの原因があるはずです。特に、やはり犯罪者は心が病んでいるに違いない。だから犯罪を引き起こしているんだ。それであれば、犯罪者の心を直せば犯罪を防げるというのが犯罪原因論の最も多い考え方です。確かにそうです。確かにそうですけれども、しかしそれは、実はそう簡単な単純な話ではありません。
 例えば、神戸の酒鬼薔薇事件のときには行為障害という言葉が登場しました。これが犯罪の原因である。あるいは大阪の池田小学校事件のときには人格障害という言葉が登場しました。これが犯罪の原因である。いずれも犯罪者の心に原因があるということです。ただ、そのことを専門的な用語に置き換えただけです。こういう専門用語が出ると何となくそうなのか、行為障害、あるいは人格障害が原因なのかと一般の人たちは思ってしまいますけれども、この専門用語すら実は確立した概念ではありません。
 この用語は、アメリカの精神医学会がマニュアルを出してそこに載っています。そこにはチェックリストがあります。そしていくつか該当すると、あなたは人格障害だと診断されます。そのチェックリストをうちの学生にやらせてみるのですが、だいたい大学生の10人に1人ぐらいは人格障害と診断されます。実はその程度の概念なんです。これも、結局よくわからないわけです。ですから、あまりこういうことに信頼は置けない。
 最近の話で言えば、山口県で爆弾事件がありました。今日も山口県からいらっしゃっている方がいますが、光高校に爆弾が投げ込まれました。あのときに、マスコミが学校にどんな生徒でしたかと聞くと、無遅刻、無欠席、無早退で非常にまじめなおとなしい子だったなどと言うと、まじめな性格、おとなしい性格が犯罪の原因だという感じでマスコミは流すわけです。非常にわかりやすい説明なので一般の人も、そうか、おとなしい性格、まじめな性格がいけないのかと思ってしまうのですが、しかし冷静に考えてみるとそんなばかな話はなくて、もし本当にまじめな性格が犯罪の原因であれば、学校はどんどん遅刻しなさい、どんどん欠席しなさいと、そういう指導をしたほうがいいんですかという話になってしまいます。ですから、どうもそういうような説明はおかしい。
 このように、犯罪者の心が確かに犯罪を引き起こしているとは思いますけれども、しかしそれがいったいどういう心なら犯罪を引き起こすのか、実は何も解明されていないんです。例えば、非常に典型的な例で言えば、最近話題になった例で性犯罪者の再犯をどう防ぐか。性犯罪者は性的な傾向が、心が少しおかしいよ、異常性があるよという話ですが、ではそれは直し得るのか。欧米では、先ほどお話ししましたように税金を多額投入して、そういう性犯罪者だけの矯正プログラムをやってきました。日本は実は、刑務所の中では無理やりできるのは刑務作業、労働だけですから欧米的な矯正プログラムをやっていなかったんです。でも、欧米では刑務作業は義務ではありませんから、何十年もこの矯正プログラムをやってきました。矯正という言葉は心を直す、人格改造を矯正と呼んでいますが、それをやってきました。性犯罪者は性犯罪者だけのプログラムを朝から晩までやってきました。ところが性犯罪者はちっとも減らない、減るどころかどんどん増えていきました。つまり、そういう性犯罪者が持っているような心が仮に犯罪の原因だとしても、それを直すということは不可能に近いというように欧米では気が付いて、だんだんこの犯罪原因論は衰退していったわけです。
 もう一つ、犯罪者の心と同時によく取り上げられるのが犯罪者の境遇です。家庭に原因がある、学校に原因がある、会社に原因があるというような説明の仕方です。これも一見もっともらしいんですけれども、実はほとんど何も説明できていません。例えば、非常に家庭で親が甘やかしている放任主義の家庭で子どもが犯罪をすると、あの家は母親のしつけがなっていない、もっと厳しくすべきだ。そのしつけがなっていないというのが犯罪の原因だというふうに報道するわけです。確かにそうだなと思うわけですが、しかし今度はまったく逆の家庭で非常にしつけが厳しい、スパルタ教育をしている家の子どもが犯罪をすると、しつけが厳しすぎる、子どものありのままの姿を受け入れるべきだなどとマスコミが流すわけです。
 そうすると、しつけは厳しくしたほうがいいのか、子どもの主張を認めたほうがいいのか、認めないほうがいいのか、しつけは厳しいほうがいいのか厳しくないほうがいいのか、結局よくわからなくなってきてしまう。一つひとつの事件を見たら一見もっともらしいのですが、それで全体の犯罪傾向とか犯罪原因を説明しきれていないんです。あるいは山口県の爆弾事件のときも、学校側にいじめはあったんですかといろいろ詰め寄ると、学校側で調べてみると、何かいじめらしいものがありましたというような説明をする。そうするとマスコミは、いじめが犯罪の原因だというようなかたちでまた流すわけです。
 これもまた非常に不思議な話であって、いじめを受けていても犯罪をする子としない子を比べれば、実は犯罪をしない子のほうが圧倒的多数です。もしいじめが本当に犯罪の原因であれば、日本国中そこら中の学校で犯罪少年がいてもおかしくないのですが、実際はいじめを受けていても犯罪をしない子のほうが圧倒的多数です。
 会社をリストラされた人が犯罪を犯すと、このリストラが原因だというようなことをまた言うわけですが、しかし、リストラが犯罪の原因であれば、もっと日本国中に犯罪者がいてもおかしくない。実際は、リストラをされていても犯罪はしない人のほうが圧倒的多数です。ですから本当に犯罪の原因を発見したいというのであれば、リストラされても犯罪する人、しない人がいるわけですからどこが違うのか。いじめを受けていても犯罪する子としない子がいるわけですから、どこが違うのか。その違いを明らかにしなければならないのですが、それは今の私たちの科学ではわからない。わからないので、いつもやっていることは、事件が起きてからマスコミがいろいろあら探しをしていくと、それはどこの学校でも家庭でも問題の一つや二つあります。それを見つけては、これが原因だとやっているわけです。しかし、それではちっとも次の予防にはつながらないというように欧米では考え直されて、そこに登場してきたのが犯罪機会論です。
 犯罪機会論は犯罪の原因には注目しません。犯罪者には注目しません。こういった犯罪者の心はある意味どうでもいい、犯罪者の境遇はある意味どうでもいいんです。どんなに犯罪の原因があっても、犯罪をしようと思う動機を持つ人がいたとしても、その人の目の前に、犯罪を実行できる機会、犯罪を実行できるチャンスがなければ犯罪は絶対に起きません。機会がなければ犯罪なし。ですから、欧米の対策はできるだけ社会から、あるいは地域から犯罪の機会を減らそう、犯罪を実行できるチャンスを減らそう、それによって犯罪を防ごうというように大きく変わってきました。犯罪者の心は直せなくても犯罪を防げます。犯罪者の家庭環境を改善できなくても、犯罪は防げます。それが犯罪機会論です。
 
<犯罪抑止の三要素>
 ではどうすれば犯罪の機会を減らせるかということですけれども、これには犯罪に強い要素、これを高めれば高めるほど犯罪の機会は減っていきます。今日は皆さんのお手元に地域安全マップのマニュアルがあると思いますけれども、それの16ページを開いていただきたいと思います。16ページの下の表を見ながら説明を聞いていただきたいと思います。これが犯罪に強い要素です。三つあるわけですが、この犯罪に強い三つの要素を高めれば高めるほど犯罪の機会は減っていきます。
 まず、一番最初の抵抗性です。抵抗性というのは、犯罪者が最終的なターゲットに近づいてきたときに、その犯罪者の力を押し返すことです。ですから、ある意味ぎりぎりの最終局面で、犯罪者の力を押し返す、これを抵抗性と呼んでいます。そのためには、まず恒常性、ハード面で恒常性を高める。例えばワンドア・ツーロック、もう皆さんご存じなので説明しませんけれども、ワンドア・ツーロックにしておけば犯罪者がこの家に入ろうと思ったときに、あら、この家は鍵が二つ付いていて、いつもより時間が倍かかってしまう。これではかなわない。鍵が1個の別の家に行こうとか、鍵が開いている家に行こうということになります。犯罪者の力を押し返す、こういうものを恒常性と呼んでいます。
 欧米などに行くと、銀行でも郵便局でも駅でも、直接カウンターの人に触れることができないよう透明の遮閉板があります。これも抵抗性です。日本は、郵便局でも銀行でもまだカウンターの人に直接触れます。タクシーに乗っても、運転手さんの頭に日本では触われる。最近は都心部ではだんだん、タクシーの運転席の後ろに頭に触れないようなスクリーンを付けるようになりましたが、あれを見ているとおもしろい。年々広がっていきます。残念ながら、まだ地方に行くとスクリーンはまったくないです。大阪あたりでも、タクシーの後ろにないですね。やはり人間関係を大事にするんでしょうか。大阪では、運転手さんの頭を平気で触れます。東京ではほとんど今、後ろに付けるようになりました。


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