あともう一つ重要な点で分かってないのが、現在の高度情報化社会が子供の脳にどのような影響を及ぼしているのだろうか。森昭雄先生がゲーム脳の話をされてはいたけれども、森昭雄先生自体も、そういう症状が出るらしいということは分かっている反面、それがどういうメカニズムでそういう状態になってしまっているのか、ここについてはまだこれから研究が必要とおっしゃっていました。果たして、われわれは子供に対してITというものをいつから教えていけばいいのか。インターネット、パソコンの中でコミュニケーション能力はどうなってしまうのだろうか。
よく家庭において、父親、母親が外に出るために、テレビをつけたまま赤ん坊を置いて出てしまうというケースもある。ただ、子供というのは、フェース・ツー・フェースでお互いの目と目、顔と顔を向き合わせながら、自分がやったことに相手がどういう表情を返してくれるのかということで相手の気持ちとか自分の気持ちが分かるようになってくる。そういう知見が出ている中で、果たしてそういうふうに赤ん坊が何かの感情を出したとしても、テレビはまさに一方通行ですから、決して自分の感情に対して即座に何か反応してくれるわけがない。そういう双方向的ではない状況に長時間身を置かせることが、果たして赤ん坊の情動にどういう影響が出るのか。恐らく何かあるのかもしれないけれども、まだそこについてもよく分かっていない。
そもそも、情動に関して客観的なデータが充分にそろっていないという事実もあります。アメリカでは10万人規模のコーホート研究を、コーホート研究というのはある一定の集団についていろいろな環境要因とか家庭要因とかのデータを集めていく研究で、そういうのを積み重ねながら10年後、20年後の1人の子の膨大なデータを研究者が持つ、そこの中で共通性なりを見いだしていく、いわゆるデータの部分です。そういうデータの収集をアメリカでは10万人規模でやろうとしております。今、日本でも科学技術振興機構という所で5千人規模のコーホート研究、のちのちには1万人になる予定ですが、これがやっと始まったばかりの状況です。やはり、子供の心について基本的なデータベースが少ないというのがあります。
あと、先程、障害の話を少し言いましたけれども、障害について、特に軽度発達障害の部分ですが、どういうふうに見極めて、どういうふうに適切に対処していくべきなのか。ここの部分について科学的に知見を整えて学校現場の先生方に提供できるならば、学校現場においてもかなり役に立つのではないか。そこの部分についてはどういう見極めをし、どういう対処をしていくべきなのか、もう少し研究が必要です。この部分がまだ分かっていない部分です。
では、その分かっていない部分を、どういうふうにわれわれ文部科学省が課題解決をしていこうか。その部分が21ページから23ページについてです。そもそも、健常な子供たちのデータをわれわれが持っていない。まずそこら辺を集めなくてはいけないのではないか。また、今回の研究会で、いろいろな学問分野で子供の心の発達について知見が出ていることは分かりました。けれども、この知見が、脳科学は脳科学で独立していて、精神医学は精神医学で独立していて、教育学は教育学で独立していて、社会学は社会学で独立していて、必ずしもお互いに連携が取れているわけではありません。やはり学際的な連携を取る必要があるのではないか。
更にこれらは、知見が、脳科学だったら脳科学の学会で蓄積されているのかもしれないけれども、学際的に研究が蓄積されているとは限らない。また、それが学校現場に果たして還元できているのかという点になると、更にまた少し怪しい部分がある。せっかく学者たちが一生を懸けて行った研究成果、自分の人生で心血を注いでやった研究成果が、もっと社会的に貢献できるようなかたちに仕組み作りを行っていく。これがやはり必要ではないか。それをやるうえで学際的なコーディネート、調整をする機関が必要ではないか。今、科学技術振興機構がやっていますし、日本学術会議がありますけれども、ここら辺の機能をもっと充実すべきではないか。
また、いろいろな研究が世の中にあります。確かに現場で即使える研究もあれば、まだ少し怪しい段階の研究もあります。その怪しい段階の研究を現場に下ろした場合に、及ぼす影響は計り知れません。何が学術的に本当に正しくて、何がまだよく分かっていないのか、このスクリーニングが重要です。このスクリーニングをする仕組み作りも必要だろう。
今後やらなくてはいけないのが、学校の先生方は実践値とか経験値を持っています。自分は学術的な裏付けは何もないけれども、子供を育てた経験からこういうことは分かる、こういうことは普遍的に言えるということを経験値で持っています。それが本当に学術的にどうなのか。それを研究者の面から還元していただく。研究者は研究者で、研究したことを学校現場に還元していく。そういう双方向的なつながりが必要であろう。更に必要なのが、高い専門性を備えた人材の育成、これがやはり重要であろう。
最後ですが、24ページ。ただ、これをする際にはわれわれはいくつかの注意点が必要です。先程申した通り、脳科学というのは非常に説得力がある。それであるが故に、情報発信は非常に慎重でなければならないということです。あともう一つ、脳機能計測機器が発達してはいるけれども、本当にそれが子供の脳に、今、動物実験等ではやることはできてその成果が出ているけれども、本当に子供の脳、人間の脳にどういう影響を及ぼすのか。もう少しそこは詰める必要がある。
更に、倫理的な側面でどういうところに気を付けなければいけないのかということも考えなくてはいけない。また、脳科学の知見がそろったときに、子供と親に対してどういう支援を併せて行っていくのか。もし、障害が見つかった場合に、その障害に対してどういうケアをしていかなければいけないのか。それも当然合わせ技で考えていかなくてはいけない。
こういうかたちで、今まだこれは緒に就いたばかりです。ここからがスタートだと思っています。どうも埼玉辺りでは現場と研究との連携が始まろうとしているらしいですけれども、そういう流れも踏まえて、今後われわれも努力して参りたいと思っております。今日は、簡単ではございましたが、われわれの「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」について説明させていただきました。どうもありがとうございました。(拍手)
「教育現場からの実態報告」
校長
桑原 清四郎 氏
川口の東本郷小学校の校長で桑原と申します。有田先生のお話を聞きながら、また今泉課長補佐の話を聞きながら心は躍る。いよいよここまで来たのだ。本当の教育の、揺るぎのない教育の出発点に立っているのだという気持ちがものすごく強いです。ありがたいことだと思っています。本当にさまよい歩いて三十数年間、本物の教育を探りながら歩んで参りましたが、今このときになって、このような地点に立っていることを大変に喜びながら、皆さんと共々にこの道についてのことを考えて参りたいと思います。
私は校長です。皆さんは教育関係ではない方もいらっしゃるかもしれない。そこで、学校というのは、資料を何枚か渡しておきました。「校長の基本方針」というのを1枚出しておきました。校長はどのような基本的な感覚を持ちながら生きているのかということです。基本的な姿勢の問題、それから学校経営の大原則、キャッチフレーズ、狙いを出しておきました。「子どもとともに、地域とともに、友だち大好き、先生大好き、学校大好きな子どもたち」を何としても育てる。それから、狙いは根丈夫な子供を育てる。志と気概にあふれた子供を育てる。しかも、愛こそ教育だということで、更に学校経営における留意事項を書いておきました。今日は時間がありませんので、ここは走ります。
2枚目は「学校経営の全体の構想図」と書いてありまして、大体、本校における教育はどのようにして行われているかということの全体の構想図です。3枚目は、「東本郷小学校の脳科学」ということをずっと考えながら実践しているわけですが、そのプロットを書いておきました。これを全部語るわけにはいきませんので、話が終わったらすぐにスライドに移りたいと思います。
脳幹を育てるためにどうするのか。大脳辺縁系を育てるためにどうするか。新皮質を育てるためにどうするのか。前頭前野を育てるためにどのように取り組みをするのかということを、ささやかにこれからスライドをもって簡単に説明します。
4番目の所では、教育共同体を作るために校長の責任はいったい何なのか。教育活動を進めるにあたっての留意点は何なのかということです。「成果と課題」ということで書いておきました。いろいろあります。6カ年の皆勤が2名出たとか、1カ年の皆勤が約110名。300名の学校ですから110名が出る。不登校はなし。ガラスが割れることはなし。非行の児童もありません。交通事故もない。
寝っぷり、食いっぷり、歩きっぷり、仕事のしっぷり、働きっぷりというのがほかの学校との、僕は全部調べているのです。校外学習では全部、隣の学校も全部チェックして、飯を何回お代わりしているか、おつゆを何回お代わりしているかとぴっぴっぴっと全部チェックして、うちの学校の動きはどうなのか、うちの学校の子供たちはどうか、うちの学校の先生方の動線はどういうふうに動いていくのか、ほかの学校の先生方の動線はどうなのかと僕は全部きちっとしている。だれも知らない。校長だけがそのことを考えながら、うちの学校が探っていることの教育効果がいったい本当はどうなのかということを探りながら歩んでいるということです。
続いて私の10月号の「学校だより」、更に11月号の「3歳までの愛情が大事、脳科学の理解と調査」。それから、うちの学校が新聞に49回も出ています。いろいろなことで出ていますが、今月、毎日新聞が採り上げた問題についてキャッチフレーズの写真を載せておきました。「捨てない、買わない、もったいない」という「もったいない」の活動のことです。左側には「10月の教育活動」。多様な教育活動を踏まえています。そのことの写真を入れておきました。よろしくお願いします。それでは時間がありませんので参ります。
こういう学校です。学校の所にきちんと「子どもとともに、地域とともに」と書いてあります。これは校長が転入しても、だれもはずすことはできないだろうと。(笑い)入り口のない学校を作りたいという願いを持ってくると言っていました。次、「早寝、早起き、朝ご飯。テレビを見る時間を決めて」。これが鉄則です。うちの学校でこのことを、全部の子供たち、全部の教員、全地域にこのことを周知している。それから、もったいないについては、もったいないというのは生活が渋くなります。野放図とか、だらしがないとか、無理やりのない子供たちは育ったためしがありませんので、これはいけません。
それから、出席の問題。出席の状況ですが、実はこの時は1名休んだのです。学校で一番ごまかしが利かないのは出席簿です。これは親が見ています。だから、この出席・欠席の黒板の中のほとんどすべてのことは網羅されている。見る目を持った人がこれを見ればその学校の実質が分かる、学校の実力が分かると僕は言っております。
これは、「早寝、早起き、朝ご飯」で、お坊さんに頼んでやってもらったのです。早く起きる子供で困った子供は今までいないです。早起きをきちんとする子で困った子はいませんでした。ですから、きちんと早起きできるように、僕は6時から7カ所のラジオ体操場を全部回るのです。毎日回るのです。6時半からラジオ体操が始まりますので、それをやりながら子供たちがもう一度生活リズムを回復する取り組みをしているわけです。これはお坊さんの会場です。
これは子供たちが遊んでいる。元気に遊ばなければ駄目。こういうことをして平気で遊んでいます。今の所ですが、木登りやターザンとか鉄棒とか、そういうものをやるのです。これは登り棒です。登り棒とかジャングルジムとか雲梯(うんてい)とか、そういうことを子供はどんどんやりますが、そのときにきっと歯を食い縛ります。歯を食い縛る経験をやると前頭前野が、そのあと我慢中枢があると言われています。ですから、すべてのことにおいて「もういいよ」という言い方をしない。「もう一歩、もう一歩、向こうに行きなさい」。雲梯だったら「もう一歩登りなさい」と言って。とにかく踏ん張って、粘りきって、歯を食い縛ってやるという体験を一つ一つ1日の中で努めていくということです。
これは、1,100平方メートルの農園を僕に貸してくれていますので、そこを使っているときには、虫とか、そういうものがじゃんじゃん出ます。農園が小動物の宝庫です。バッタ、カマキリ、コオロギ、トンボ、昆虫のほかに蛇とかトカゲとかがどんどん出てくるのです。びっくりしたり、飛び上がったりするのですが、「校長の所に連れていけ」と、「よし」とすぐに僕の所に来てちょこっと見せるのです。そして、怖い子は駄目だけれども、そうではない子供はものすごく興味・関心を持っています。蛇の部屋を作ろう、あれを作ろう、これを作ろう、食べるのはどうしようか、あれにしようか、そういう問題になります。1週間やったら子供たちは「お母さんの所へ帰りたいと泣いている」と言うのです。そして、お別れ会をここでやるのです。(笑い)
本当にこの蛇のことで悩んで、子供たちが持つのは大変ですけれども、校長が持つと安心して子供たちは見守っております。これが情動です。何か怖いことがあるからと逃げては駄目。しかし、そういうとき、ぱっといて、「よし、マムシでなければいい」と言って僕がやります。(笑い)それが大事なことです。子供たちが生き返ってきますから。
これも、台風ですごく大雨が降ってきて校庭がぐちゃぐちゃになってものすごかった。その時、女の先生方は怖がって「出るな、出るな」と言うのです。俺は知らん。構わない。そして、僕は飛んでいって子供と一緒にばちゃばちゃと遊んだのです。そうしたときに、子供の表情を見てください。子供たちはこういうふうに原始への情動。本当にそういうものを子供たちは求めています。それを台無しにするのは、いわゆる弱い先生方と言える。そして、そのときに、特に男の子たちはこれを駄目にすることによって意気地のない、だらしのない、そういう子供たちはどんどん周りに来る。
しかし、こういうときに、雨の中を走り回ることを、ある程度の状況を見ながら、安全確認をしながらやらせること、やることを認めること。先生方には「着替えをちゃんとさせてくれ。あとは俺が責任を持つ」というかたちでやります。これはすべての面において自然との触れ合い。これは「雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けず、冬の寒さにも負けない丈夫な体を持ち」という宮沢賢治の詩をその通りに学校で実現するということです。
これは読み聞かせです。いわゆる全校一斉の朝読書です。子供の脳が家庭でぐちゃぐちゃになって学校に帰ってきます。(笑い)夫婦げんかをしている、朝飯を食わせない。それからもう、ありとあらゆることでぐちゃぐちゃになってきます。僕は校庭でぎゅっと手を握る。10年来、担任をはずれてから握手をし続けてみた。
握手をしたその手ごたえで、うちの学校の子供たちの健康が分かる。どんなに雨が降ろうが何であろうが、毎日、僕は立ち続けて握手をする。その手ごたえによって、その子供の精神状態が、今日は駄目だということが分かるのです。握手だって、だらっとした手で握手を返してくる子は頭が締まっていませんから、学習の効率が上がらない。そういうことも考えながら、今、情動の件も出すけれども、本当に家庭回路から学校回路に回路をぴっと向き変える。そして学校の教育活動は始まります。そのための第一の関門です。
このことの故に、うちの学校は大体チャイムが鳴ってから3分間たったら水を打ったように静かになる。うそだと思ったら来てみなさい。(笑い)3分もたつと、学校中が本当にしーんと水を打ったように静かになる。そして、学校の回路になって参ります。それから、読書が終わって、脳のウオーミングアップが始まり、次から次、次から次へと始まるというかたちになって参ります。
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