3.2 教育現場と外部支援機関とのギャップ
総学が導入されて以降,学校の現場では「外部との連携」あるいは「地域との協働」などをキーワードに掲げ,外部支援の受け入れを積極的に進めるようになってきている.それに伴い,小学校には外部機関からさまざまな教育支援のアプローチが寄せられるようになった.支援を求める学校と支援したい外部との連携がうまく機能すれば,教科書に海が載らずとも海洋教育の普及は可能と考えられるが,現在のところこうした連携がうまく機能していないとの指摘も多い.そこで外部機関の支援を,学校に無料送付・配布される教材支援と,講師派遣や出前授業等の人的支援との2つに分け,それらの活用状況の現状と利用する上での課題を抽出した.
(1)教材支援
Table 7は,各校へのヒアリングの結果提示された,学校へ無料で送付・配布された教材の件数である(2003年度).書籍タイプの教材は図書館の書架に入れられるため,授業や児童の調べ物で活用されることが多い.冊子・ワークシートタイプの教材は,資料として保管はされるものの,使いやすいものと使いにくいものの差が大きく,物によっては送られてきた時のダンボールに入れられたまま使われない物もあるようだ.使われない教材の最大の特徴は,プログラムやストーリーが固まっている物とのことであった.こうした教材はストーリー通りに学習を進めないと使いにくい構成となっているため,自分のクラスの現状に合わせてのモディファイが難しいようである.一方で使いやすいタイプの教材は,その一部分をつまみ食いできるような構成になっているとのことであった.一方で,ビデオやCDは,内容を確認するために一度その全ての内容を見る必要があり,時間がとられるとの印象から開封せずに書架に入れられたままになることが多い.しかし,これらのメディア教材は市町村の視聴覚ライブラリーに内容一覧が文章で作成され保管されているため,こうした一覧表で内容を確認して利用することも可能である.なお,ビデオやCD教材の配布は以前に比べ減少傾向にあるようだ.
Table 7
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Number of Course Materials Distributed for Free
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学校 |
書籍 |
冊子
ワークシート |
パンフレット
見本※ |
ビデオ
CD等 |
新潟県A小学校
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3件 |
不明 |
5件 |
1件 |
千葉県B小学校
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約1件 |
約10件 |
約20件 |
0件 |
東京都C小学校
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不明 |
約120件 |
多数 |
0件 |
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Fig. 5 Course Materials
(2)人的支援
次に,講師派遣や出前授業等の人的支援に関するギャップを,ワークショップ参加教員のレポート「外部機関との協働授業への取り組み」から追ってみた.
本レポートは,積極的に外部との協働授業を実施し,豊富な事例経験を持つ東京都23区内の小学校の教員によるものである.これによると,外部との協働授業が今後ますます重要となるとした上で,実際の授業がうまくいかない場合の原因として,以下の3点が指摘されている.
a. 内容が「学習のねらい」からはずれてしまう.
内容的に,教員の考えるねらいから少しずれた展開になってしまうことがある.この場合,外部機関が独自のプログラムにこだわって進めてしまったり,企業などの宣伝のようになってしまったりすることが見うけられる.
b. 話が難しく子どもが理解できない.
話の内容が専門的すぎたり,子どもの年齢に対して難しい言葉が多かったり,子どもの実態にあっていないことがある.子どもたちは,その場ではすごいことを聞いたような気がするのだが,実際には理解できていないことが多い.
c. 話ばかりになってしまう.
学年にもよるが,話ばかりになると子どもたちは飽きてきてしまう.視覚的に訴えるもの(実物や写真)があったり,実験などの活動があったりすると,子どもの集中力は増し,興味・関心も広がる.子どもは,体験を通して学んだことの方が良く覚えている.
ここでbとcは学校と外部機関との認識のギャップというよりも,外部講師の能力や経験値によるものと考えられる.しかし,aについては,学校のねらいと外部機関の伝えたいこととの間に存在するギャップが原因と考えられる.執筆教員も「学校側も外部機関側もお互いの立場を理解するように努め,子どもたちのためによりよい学習の場,学習の機会を作ろうと努力することが必要だと思う.そのためには,失敗,成功を繰り返して,意見を交換しあい,改善を重ねていくことが重要だろう.」と締めくくっている.
以上のことから,教材配布の支援においても,講師派遣などの支援においても,学校側の求めるニーズと支援する側の提供する内容にズレがある場合には,教材として使われなかったり,授業がうまくいかなかったと評価されたりするなど,せっかくの支援が十分に機能しないことがある.
Fig. 6 Workshop
3.3 海を教材として扱ううえでの障壁
教科書で海に関する学習の扱いが少ない現在,海を教材として捉えることができる教員が少ないことが推測される.また教材として捉えていたとしても,地理的条件,安全面,費用面などの理由から,海を扱うことや海での活動を敬遠するケースも多いと思われる.そこで,同じ題材を用いた異なる2校の学習の比較から,教材としての海の捉え方の違いを調べることにした.千葉県木更津市の小櫃川河口に広がる盤洲干潟での学習活動を取り上げ,継続的な学習活動を行う地元の小学校と,単発的な学習を行った東京都内の小学校とを,WSのレポートを基に比較した.
盤洲干潟の学習活動を実施している地元の小学校教員がまとめたレポート「地域学習における地元の協力の重要性とその課題」では,干潟を学習題材として選んだ理由として以下の4点を挙げている.
・本物に触れ臨場感をもって取り組むことができる
何処かの地域のごみ問題より,自分たちが住んでいる地域のごみ問題に触れることで,大きく心を動かされる.
・論議が高まる
何処かの地域の自然破壊問題は,第三者としてしか見ることができないが,自分たちの住んでいる地域の自然破壊問題となれば,具体的に論議ができ深めることができる.
・実践(行動)に移すことができる
干潟で学習した後,自分たちで遊びに行ったり.調べに行ったりできる.守ろうとする活動もできる.
・継続して学習できる.
繰り返し学習できる.ミニ社会(地域)の学習から世の中を見ることができる.
身近な場所で良い学習題材を探していたら,それがたまたま干潟だったというわけである.つまり「身近である」「行動できる」「継続できる」の3点を重要視していることがわかる.
一方で単発的な学習を行った東京都内の小学校の場合は,実際に学習活動を行った教員がまとめたレポート「干潟フィールドワークについて」では,これまで干潟での学習は一切経験がなく,現場に行くチャンスがありながら生かし切れなかったことが述べられており,その理由として以下のような考察がされている.
・授業時数の少なさ
「海」という広いテーマを学ぶには時間数が少なかった.
・実施時期の悪さ
教員繁忙期に重なった.
・現場サポートスタッフの少なさ
現場活動はもっと小グループが望ましかった.
・なぜ干潟かという明確な目的が無い
学習目的が教員の中に浸透していなかった.
・学習の必然性が生まれにくい
「海」が近くにないためすぐに確認に行けない.
Fig. 7 At the Beach (Teacher Training)
いみじくも地元小学校の教員が挙げた「身近である」「行動できる」「継続できる」とは正反対のことが述べられており,この場合は干潟学習の必然性が成立しづらいことがわかる.
しかし,地元木更津では海の学習が頻繁に行われているかと言えば,必ずしもそうではない.例えば,東京湾に面する袖ヶ浦市・木更津市・君津市・富津市の教員で構成される千葉県教職員組合君津支部の教育研究集会「環境問題と教育」分科会での研究発表を見る限り,海に関する学習の発表数は,2003年度は7件中2件,2004年度は3件中1件と約3割程度であり,海という教材は本当に海に面した一部の学校でしか取り上げにくいという現状が推測される.
3.4 教員のニーズ
では,いったいどのような支援が求められているのだろうか.これまでに行ったアンケートやヒアリング,WSから聞かれた声をリストアップしてみた.
・情報提供
webサイト(海の百科事典・子どもが理解できるもの)
海に関する資料・画像・標本,各学校の実情にあった支援
体験学習プログラム,学習計画案,実践事例
・海の情報にたどりつきやすい環境整備
・学習テーマの拡大が図れるような支援
・研究者の出張授業・外部講師
学校への出張授業,現地学習時のガイド
・海洋教育の相談窓口
研究者・専門家のコーディネイト
・教員の意識改革
・フィールドの環境整備
トイレ,食堂,休憩所など,乗船機会
安全マニュアル,移動方法の確保
・地域との交流が可能になるような支援
・プログラムの外部評価
このように,そのニーズは多岐に渡っており,それらはかならずしも,全ての教員が求めているものでありどの教員に対しても有用とは限らない.例えば,ここで挙げられている学習プログラムに関しては,部分的に使えないから意味がないという指摘を受けたこともある.
4. 有機的な連携のために必要なものとは
教員が新たな学習題材やテーマを研究・発掘しようとする時,3.1からも明らかなように残業時間もしくは休日を充当せざるを得ないという現状が推測される.教科学習とは別に,ボトムアップで海洋教育を普及させようとする場合,時間的余裕のない教員に自主的に海という新規の学習題材を取り上げてもらうには,よほどのメリットを感じてもらうか,教員のモチベーションを上げるための工夫が必要である.
Fig. 8 Observing Life at the Beach
Fig. 9 Observing Life at the Mud Flat
逆に,その様な環境下で教員が海を学習テーマとして選択した場合,外部機関に頼らざるを得ないのは止むを得ないと考えられる.その意味では外部機関に対する期待度は非常に高いと言えるが,3.2で示したように,教員と外部の連携ではコミュニケーションギャップが原因と考えられる乖離がまだ多く見られるのも事実である.教員側にも改善すべき点は多々あろうが,あくまでユーザーは教員もしくは子どもたちであり,外部機関には教育支援のためのマーケティングを十分に行うという姿勢が必要であることは間違いない.
例えば,ストーリーの固まった教材やプログラムを提供するだけではなく,日頃の学習の中でつまみ食いができるような,教員が自分の授業の中でモディファイして利用できるような構成とすることも重要である.また,支援側の一方的な理念や伝えたい内容が強すぎるのも,学校にとっては受け入れづらい点となる場合がある.あくまで子どもたちにどういう能力を付けてほしいかという視点で考えるべきである.こうしたギャップを埋める一番重要なプロセスは教員との入念なコミュニケーションであるが,教員にとってその時間は勤務時間外を費やすこととなるため,支援側には厳しい現状といえる.この点は教育現場の側にも対策を講じてほしいところである.
また,教材としての海を考える時,海は広すぎて漠然としているがゆえに,教員としても扱いづらいようである.小学校では,身近な切り口や児童の身の丈に合ったテーマを優先するため,外部機関もそれを視野に入れてサポートすべきであろう.特に3.3で触れたように,安全面の充実や費用的なサポート以前に,海の学習の必然性を教員自身に持ってもらうことが重要と言える.学習題材としての価値を教員が見出し,それなりの時間を掛けて単元化し,児童に学習をさせるまでの準備のプロセスが必須であることが分かる.
以上,本調査で得た小学校という教育現場の現状に鑑みれば,小学校と外部機関が有機的に連携し,効果的な海洋教育を実現していくために必要な支援は,完璧なプログラムや教材の提供だけではなく,教員が描く学習計画を専門家が場合に応じてサポートしてくれるものが望ましい,と捉えるのが妥当であろう.
Fig. 10
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Various Initiatives and the Resulting Speculations
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5. 今後の海洋教育普及に向けて
4で考察したようなサポートを行うためにも,海はさまざまな分野を包括した間口も奥行きも広いテーマであるから,手間は掛かるがそれぞれの分野での教材開発というミクロなアプローチがまずは必要となる.それらが実際の授業で実践され学習単元モデルとしてまとめられることで,より多くの教員が海を教材として認識することができるであろう.そして各分野の学習単元モデルが蓄積され,それを集積するというマクロなアプローチを経てはじめて,初等教育における海洋教育の体系が見えてくるのではなかろうか.
そのためには,ただ情報を提供するだけではなく,海の各分野の学習に関する支援をネットワーク化し,情報を発信・共有することで,学校と外部機関,あるいは学校同士,外部機関同士の相互の間を取り持つようなコンシェルジュ的役割を担うことができるwebサイトや支援センターの整備が必要と考える.
謝辞
なお,本取り組みの実施にあたりましては,休日や勤務時間以外の貴重な時間を割いてご協力いただいた教員の皆様をはじめ,多くの教育関係者並びに海洋関係の研究者の方々のご協力を得て実施したものであり,これらの皆様にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます.また本事業の趣旨をご理解いただき,多大なるご支援を賜りました日本財団にも御礼申し上げます.
参考文献
1)IOP/SOF:海洋教育拡充に向けた取り組み 平成15年度事業報告書,2004
2)海辺の環境教育フォーラム実行委員会:海辺の環境教育フォーラム2002報告書,2002
3)東京湾NPO・市民ネットワークフォーラム実行委員会:第1回東京湾NPO・市民ネットワークフォーラム「ふるさと東京湾を考える」,2003
4)今井常夫・磯貝幸子:総合的な学習の時間に干潟を学ぶ〜「遊ぼう、知ろう、伝えよう」ぼくら干潟探検隊〜,Ship & Ocean Newsletter,No. 78, 2003
5)株式会社日本スクールシステム機構:総合的な学習の時間における海の利用状況調査〜海をテーマとした教育を広めるために〜−調査報告書−,2002
6)鈴木英之ほか:わが国の海洋教育の現状と課題―義務教育における教科書の分析を中心に―,平成14年度 海洋ビジョンに関する調査研究報告書,pp. 47-122,2003
7)角皆静男:我が国の初等・中等教育における海洋学教育の現状に思う,海洋調査協会報,No. 72,pp. 8-14,2003
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