総合的な学習の時間への支援
東京都中央区立月島第三小学校との事例
1. はじめに
小学校では、総合的な学習の時間(以下、総合学習)の導入を契機に、外部機関と連携する気運が高まった。これは海洋関連事業に従事する者にとっては歓迎すべきことであるが、外部機関がいざ小学校の現場にアプローチしようと思っても、そう簡単に事は運ばない現状がある。まず支援の内容が学校の教育方針に合致していることが大前提であるうえ、加えて海の学習を行いたいという学校側のニーズがない限り実現に漕ぎ着けるのは難しい。また、授業時間を見ず知らずの外部機関に委ねるのだから学校側が相手選びに慎重になるのも無理はない。
こうした現実のなか、財団法人シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所(以下、SOF)は、2003年の総合学習開始に合わせ、小学校を対象に海洋教育普及を目的にした教育支援事業を開始した。まずはじめに学校側と接点を持ったのは、現役教員を対象にしたワークショップ「海に学ぼう」(計6回)を通じてである。これを契機に、教員の主催する環境研究会への参加、海をテーマにした教員研修の開催など、少しずつ信頼と実績を積むことができた。その結果、東京都中央区立月島第三小学校(以下、月島三小)の杉本茂雄教諭から「2004年度に6年生の1学期の総合学習で海を題材にした学習を行いたいのだが協力してもらえないだろうか」との言葉を頂くことができた。教育支援事業を始めて3年目のことである。本報告では、月島三小における教育支援事例を紹介するとともに、海洋教育の普及のための課題を述べてみたい。
2. 学習内容の打合せと単元化作業
月島三小は「もんじゃ焼き」で有名な中央区月島の一部と、晴海周辺を学区域に持つ全校児童362名、教員18名の小学校である。東京湾に面しているとはいえ、コンクリートの直立護岸に囲まれた海であるから、子どもたちが海に親しむというのには難しいロケーションである。そんな地域に住む6年生の児童47名に、今年の5月上旬から6月中旬までの28時間の授業時間枠で海を題材にした総合学習を行なった。
実施にあたっては、4月上旬の始業式前から学校側とは何度も打合わせを行った。特に念を入れて検討したのは、学校とSOFとの考え方の摺り合わせである。というのも「子どもたちに○○の力を身に付けさせたいから、その手段として海の学習を行いたい」という学校側のスタンスと、「海の××を知って欲しい」というSOFのスタンスとでは、学習の進め方が異なるからである(Fig.1)。このためSOFのプログラムを一方的に押しつけるのではなく、高い指導技術と学習プログラム作成のノウハウを持つ現役教員との協働作業を行うことで、より学校のニーズに合わせた学習単元として具体化することとした(Fig.2,3)。なお、担当教諭は授業やその他の児童指導を抱えているため、打ち合わせは17時以降もしくは土日の休日を割いての作業とならざるを得なかった。
Fig.1
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海の学習に対する月三小の学習ねらいと、SOFの支援方針
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(拡大画面:38KB)
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Fig.2
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SOFが提案した学習メニューと、月島三小の学習のねらいとの関連付け
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学習メニュー |
実施内容 |
SOFとして学んで欲しいこと |
月島三小が掲げる「ねらい」 |
「ねらい」と「学習メニュー」との関連 |
(1)地盤高測量
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地図の作り方の学習と、地形データの観測 |
生物分布マップを作るための、地形データの調べ方を学び、現場での地道な調査が大事なことを知る |
(2)日々接している東京湾について詳しく調べる
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東京湾の環境を研究者と同じ方法で調べる |
(2)コドラート観察
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生物観察の調べ方、まとめ方の学習 |
生物分布マップを作るための、定量的な観察方法を学び、現場での地道な調査が大事なことを知る |
(2)日々接している東京湾について詳しく調べる
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同上 |
(3)生物採集
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海の生き物の生態を知る |
どのような場所にどのような生物が生息しているか、生き物と環境との関係を学ぶ |
(1)生命の営みの元である海の大切さを知る
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同じ東京湾にまだ多くの生き物たちが生息していることを知る |
(4)自由観察
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磯や干潟など海辺の環境を実感する |
実際に見て、触って、自分の感覚をフルに使って観察する |
(1)生命の営みの元である海の大切さを知る
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同上 |
(5)呼吸実験
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海の光合成と酸素消費について観察する |
海水中でも酸素消費のバランスが重要なことを知る |
(1)生命の営みの元である海の大切さを知る
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環境はバランスのうえに成り立っていることを知る。 |
(6)浄化実験
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生物が環境浄化にいかに役立っているかを観察する |
アサリの浄化実験で生物濾過を観察する。濃度によって限界があることを知る。 |
(3)自分たちが海とどのようにかかわることができるか考え、行動できる
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自分たちの生活が与える環境へのインパクトを知る |
(7)味噌汁作り
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海の生物をを食べてみる |
採集した生き物を食べて、味わってみる。 |
(1)生命の営みの元である海の大切さを知る
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人間の食糧としての海の生き物を実感する |
(8)調べ学習
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自分で選んだテーマを調べる |
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(4)海について調べたことをまとめ発表できる
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研究者に直接聞いてみる |
(9)発表会
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調べた内容を発表する |
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(4)海について調べたことをまとめ発表できる
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発表したものを研究者から評価してもらう |
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Fig.3 杉本教諭が作成した学習活動単元
(拡大画面:94KB)
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3. 学習支援の実施とその感想
前述の両教諭との打ち合わせを通して、1)事前指導、2)現地学習、3)調べ学習、および4)発表会を実施することになった。
1)事前指導
事前指導は学校側の意向で学校公開日に合わせて実施したので、内容を保護者にも知らせることができた。事前指導の主目的は、子どもたちとSOFスタッフの顔合わせと、子どもたちの動機付け、そして現地学習の予行演習である。そこでは映像を主体にしたプレゼンテーション、ゲーム形式の実験、現地学習で行う測量の練習を2時間枠で実施した。測量練習以外は好評だったが、測量練習は小学生に難しかったことと説明が不足したこともあり、子どもたちの理解ははかばかしくなかった。
2)現地学習
現地学習に先立ち、担当教諭とSOFスタッフで現地下見を実施した。交通経路、所要時間、水場やトイレ等の設備、潮位と汀線の位置、水温、水質、生物状況の確認とともに、活動エリア設定やその他の安全管理対策の検討、活動プログラムの予行ならびに見学場所管理者への挨拶と打合せ等を行った。なお現地確認作業は移動も含め1日作業になるので、休日を利用して実施した。
現地学習の1回目は千葉県木更津市の盤洲干潟、2回目は神奈川県横須賀市の観音崎の磯で行った。これらの学習は、海辺の環境を自分たちで調べ、生物と環境との密接な関係に気付いてもらうことをねらいとした。しかし干潟に生息する多数のカニに驚いたり、磯のアメフラシに触ったりと、子どもたちは海の生き物に心を奪われ学習どころではないのが実状であった。何度も来ることができれば学習にも専念できようが、たった1回の経験では、驚きや感動が勝ってしまうことを実感した。観音崎では地元の観音崎自然博物館にも立ち寄り、タコやナマコなど磯で見つけられなかった生物にも触れる体験や、深海生物やタナゴの生態についての解説を聞くことができた。なお現地学習にはボランティアで数名の保護者が同行したので、安全および衛生面の負担が軽減できた。
3)調べ学習
調べ学習では、現地学習を通じて関心を持ったテーマを調べてまとめた。SOFとしては参考教材の貸し出しや、子どもの質問への受け答えなどを行った。47名の子どもたちがそれぞれ選んだテーマは実に幅広いものとなり、我々の想像を超えるものだった(Fig.3)。こうしたテーマの広がりは海の学習の魅力である一方、これを指導する教員やサポート側には対応が大変であり、我々も必死で対応することとなった。
4)発表会
子どもたちが調べた結果はそれぞれのテーマ毎にまとめられた。発表会は土曜参観日に合わせて行われ、多数の保護者が子どもたちの調べた成果と発表に感心していた。テーマを選んだ理由、調べた結果、感じたこと、などに様々な工夫が施されており、発表もわかりやすいものが多かった。今回の一連の学習はこの発表会を持って終了したが、後日、学校から子どもたちが海の学習の感想を書いた作文集が送られてきた。
4. まとめと展望
我々は、現在、今回の支援活動に関する自己評価のあり方を検討している最中である。そこで本報告では、子どもたちの作文や、教員や保護者の意見から判断した結果を述べることとする。
これらの判断材料によれば、子どもたちには非常に印象に残った学習だったようであり、また海というフィールドに連れ出したことに対しての保護者からの反応もむしろポジティブなものであった。こうした評価が得られた要因を挙げるとすれば以下の4つが考えられる。
(1)教員とSOFが意思疎通を図ったこと
(2)教員が学内、教育委員会および保護者との事前調整をしたこと
(3)SOF側から十分なスタッフ数および費用を提供できたこと。
(4)天候に恵まれたこと。
しかし、裏を返せば教育支援の課題が認められる。
(1)では、教員の勤務形態に合わせると、時間外勤務や休日勤務が前提となる。
(2)では、周囲への調整作業は教員に多大な負担を強いる。
(3)では、教材やお金だけではなく、マンパワーが多数確保される必要がある。
(4)では、雨天時の学習内容も同時並行で準備する必要がある。
今回の事例においてはSOFはスタッフ人数も費用もある程度ゆとりを持たせて実施したが、それでもかなりの負担感があったことは否めない。また学校側も入念な準備、教育委員会や保護者等への働きかけなどに多大な労力を割いていた。このように学校と外部機関の本格的な連携には、通常業務以外の負担が伴うのが現実であり、継続することや今以上に普及するためには多くの課題が残されている。一方、条件が整えば今の小学校には28時間も海に特化した学習を実施できることも事実であり、これを活用しないのは双方にとって勿体ない話である。
教育には「良い人材」と「良い教材」が必要と言われるが、これらが有効に機能するには「良い場」の醸成が不可欠である。特に総合学習のような教科書に頼らない学習では、良い場の醸成がより重要になる。我々は、教育支援活動を通して、教育支援とは非常に手間が掛かるもので、「支援する側」と「支援される側」の連携があって初めて実を結ぶものだということを実感した。そして連携とは言葉でこそ美しいが、実のところは教員と支援スタッフとがどれだけ一緒に汗を掻けるか、に掛かっていると思う。
5. 謝辞
本事例実施にあたり貴重な場をご提供いただいた杉本茂雄、壺坂憲司教諭をはじめとする月島第三小学校の皆様、SOFの教育支援事業に対してご理解とご支援をいただいた日本財団、そして本誌への執筆の機会を与えていただいた日本沿岸域学会に、心から御礼を申し上げる次第である。
参考情報
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