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第18回海洋工学シンポジウム 平成17年1月27,28日
日本造船学会
 
18th OCEAN ENGINEERING SYMPOSIUM January 27-28, 2005
The Society of Naval Architects of Japan
 
海洋教育の普及に向けた実践的取り組みから探る
教員と外部機関の有機的な連携
酒井英次 財団法人シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所
赤見朋晃 財団法人シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所
堀口瑞穂 財団法人シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所
大崎博之 財団法人シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所
福島朋彦 財団法人シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所
 
Practical Approach towards the Spread of Ocean Education
Cooperation between Teachers and External Institutions
 
SAKAI, Eiji Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation
AKAMI, Tomoaki Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation
HORIGUCHI, Mizuho Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation
OOSAKI, Hiroyuki Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation
FUKUSHIMA, Tomohiko Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation
 
abstract
 The Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation, aiming to spread ocean education in elementary schools, has been conducting workshops and ocean education programs through the collaboration with elementary school teachers since 2001. Through these initiatives, resulting to the sorting out of present problems and finding better methods, we began to understand the conceptual gaps between schools and supporting organizations and the various needs to support teachers. This paper introduces these initiatives and examines a support framework which is necessary for the spread of ocean education in the future.
 
1 はじめに
 今日の自然科学は,海洋に関わる諸現象を解明しながら進展してきた.やや大袈裟な表現ではあるが,あながち間違いとは言えない.なぜなら,多くの自然科学は海洋を抜きにして成り立たないほど密接に関連しているからである.例えば,気象学,地質学,生物学,化学または物理など枚挙にいとまない.
 海洋と自然科学が密接な関係にある一因は,研究対象が豊富に存在するためである.例えば,分類学(生物学の一部)に関連して言えば,海洋生物は陸上生物よりも,科,綱または門などの上位分類階級が多様である.従って多くの分類研究には,研究材料としての海洋生物が必要不可欠である.また,研究対象が尽きないことも海洋を特徴付けている.使い古された表現であるが,“人類は月に到達できたにもかかわらず,最も深い海の底に到達することができないでいる”.このことは,海洋というものが,今なお未知の領域で,扱うべき研究テーマが十分に残されていることを示している.こうした事情に後押しされて,海洋関連業界に身を置くものは,“海洋には知的好奇心を高揚させる教材が豊富にあるからこそ,海洋教育の教材として活用を図るべきである”といった主張を展開してきた.
 2002年に学校教育の現場に総合的な学習の時間(以下,総学)が導入されることとなり,個々の学校の裁量で学習テーマが選定できるようになった.これに伴い,海洋関連業界に限らず,様々な業界が学校教育の現場に参入できる好機を得た.その結果,企業の広報部やNPOなどの外部機関が,それぞれの関連分野を対象とした教育支援に乗り出してきた.その結果,学校には大量の資料が送付され,出前授業の働きかけが増えている.もちろん,海洋関連業界からの働きかけも少なくないことと思う.
 しかし,海洋教育に関して言えば,先に述べたように,知的好奇心を高揚させる教材が豊富にあるにも関わらず,多くの学校に受け入れられているとは言い難い現状にある1).その一方最近では,学校外の活動の中では活発に取り上げられている事例を耳にする.特に環境NPOが主催する海洋をフィールドとする取り組みの一部は,ユニークかつ継続的であり,メディアを通して注目されることも多々ある2,3,4,5)
 海洋教育が学校内で阻まれ,学校外で受け入れられている理由は様々であると思う.学校教育の場で海洋を取り上げるよう働きかけるのであれば,これらの問題を整理し,より良い方策を検討しなければ,これまでの働きかけは徒労に終わりかねない.従来,海洋に限らず,学校教育については学習指導要領,教科書および文部科学省の取り組みなど,大所高所からの議論が目立った6,7).もちろん,これらが重要な視点であることは間違いないが,現場における諸問題を置き去りにするのでは不十分と言わざるを得ない.
 (財)シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所(以下,IOP/SOF)では,教育現場の諸問題を理解するために,学校との連携に務めてきた.2001年度は,web検索,書籍検索,アンケート,ヒアリング等の基礎情報収集を行い,2002年度は,ヒアリングを続けると同時に,学習指導要領と教科書の調査とモデル作成を試みた.2003年度は,学校との連帯を持つために“連続ワークショップ海に学ぼう”を開催した.そして2004年度は,学校での海洋教育支援,教員研修などの実践活動を行っているところである.これらの取り組みを通じて,教育現場の実態,海洋教育普及への阻害要因及び促進のための課題などを探るように努めている.本論文では,得られた知見を通じて,外部機関の支援のあり方を検討した.
 
2 海洋教育普及への取り組みと活動目的
 IOP/SOFでは,2001年度より先に挙げたようなさまざまな海洋教育普及に向けた取り組みを行ってきた.全てが系統立った調査とは言えないが,それぞれの活動は,海洋教育の普及のためには何が必要なのか,あるいは何が課題なのかということを明らかにしようと取り組んできた.以下では,IOP/SOFが取り組んできた活動を,このような活動目的を軸として分類した.
 
2.1 教育現場での海洋教育の実態把握
 学校教育現場での海洋教育の実態や,教材,支援体制などの調査を行った(Table 1).webサイトの調査では,学校での海洋教育の事例,海洋教育の支援を行っている団体の調査を行った.教材の調査では,街の書店などで販売されている一般書籍も含めて,海に関する書籍の調査を行った.アンケート調査では,すでに海洋教育を行っている学校や,海洋教育に興味がある学校,海に関する団体を対象に,取り組みの現状や課題を調査した.ヒアリング調査や先進事例の視察では,既に海洋教育を行っている学校や団体から,取り組みの主旨や内容,取り組み始めたきっかけ,今後の課題などを重点的に調べた.
 
Table 1 Current Situation
 
year research detail
2001
web-sites 193 sites
2001
teaching materials 380 materials
2001
questionnaires 31 respondents
2001
interviews 18 organizations
2002
intenviews, inspections 17 organizations
 
2.2 学校(教員)との連携を図るワークショップ
 IOP/SOFができる支援を,現役の学校教員と一緒に検討しようという主旨で,ワークショップ(以下,WS)を開催した.公募や紹介によって,東京・千葉・神奈川・新潟14名の小学校教員(校長等の管理職も含む)の参加を得ることができた.WSは年間通じて6回(Table 2)という長期間にわたり開催し,IOP/SOFが考える海洋教育の視点や手法を提示し,その可能性や課題などをさまざまな視点から検討した.最終回では,参加教員それぞれに個別のテーマを設定し,レポートをまとめていただいた.
 
Table 2 Workshop "Learn from the Ocean"
 
No. date title
1st.
31.May (Sat.) Inspection at Yourou-River
guest: HAMADA. Takashi (The University of Air)
2nd.
21.Jun. (Sat.) Practical Use of Museum
guest: NAKAMURA, Hajime (Enoshima Aquarium)
3rd.
19.Jul. (Sat.) Practical Use of Toilet
guest: SHIMIZU, Tooru (Sankyo Co. Ltd)
MURAKAMI. Yachiyo (Actware Laboratory)
4th.
29.Aug. (Fri.) Inspection at Tokyo-Bay
guest: UDA, Takaaki (Public Works Research Center)
SEINO, Satoquo (The University of Tokyo)
5th.
8.Nov. (Sat.) Experience of GEMS
guest: TANAKA, Tatsumi (Japan GEMS Center)
6th.
17.Jan. (Sat.) Presentation of Report
guest: SHIMANO, Michihiro
(Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)
 
2.3 海洋教育の実践
 調査や検討だけではなく,そこで得ることができた示唆や結論の有効性や課題などを検証するために,小学校と連携して海洋教育の実践を行った.実際に子どもたちと一緒に干潟や磯などの海岸に出かけ,生物観察や測量などのアクティビティを行った.また,教員を対象として,身近な海で教材を探そうというような主旨の教員研修(海岸巡検)を行った.その他にも,総学の話題提供や研修会でのコメンテーターなどの講師派遣なども行った.これらの実践では,なるべく担当の教員と連絡を密に取り,活動の主旨や内容から,資料や準備物にいたるまで打ち合わせを行いながら進めるように心がけた(Table 3).
 
Table 3 Case Examples
 
日時 項目 場所 内容
2003.5.6〜8 教育支援 小湊 目黒星美学園小学校 海浜学校
2003.9.25 教育支援 盤洲 目黒星美学園小学校 干潟実習
2003.9.27 講師派遣 富津 千葉県教職員組合 君津支部
第53次教育研究集会 環境部会
2003.11.15 教員研修 新潟 新潟県小学校教員対象 新潟海岸巡検
2004.5.11
〜2004.6.12
教育支援 観音崎
盤洲
中央区立月島第三小学校 総学
2004.6.6 教員研修 佐渡 佐渡市赤泊小学校 教員対象 佐渡海岸巡検
2004.7.8 講師派遣 大久保 新宿区立大久保小学校 総学 話題提供
2004.8.25 教員研修 葛西 中央区教員研修 葛西臨海公園海岸巡検
2004.8.26 教員研修 柏崎 柏崎教員研修 柏崎海岸巡検
2004.9.25 講師派遣 袖ヶ浦 千葉県教職員組合 君津支部
第54教育研究集会 環境部会
 
3 教育現場の現状と海洋教育普及のための課題
 必ずしも調査と結果が1対1で対応するものではないが,2で挙げた取り組みの中から以下のようなことが見えてきた.
 
3.1 現場教員の業務の現状
 取り組みの中で,何度も教員は「忙しい」という声を聞くことができた.そこで,小学校教員の現状を定量的に示すことは難しいが,教員の業務量の数値化を試みた.取り組みの中で知り合うことができた教員の方々にご協力いただき,小学校3校から資料をご提供いただくことができた.これらをもとに,教員1人あたりの児童数,1日のスケジュール,1年間のスケジュールなどを分析した.なお,ここで扱う教員とは校長や教頭などの管理職ではなく,クラス担任を持つ教員である.
 
(1)小学校教員の現状と授業時間数
 小学校に勤務する教職員の数は,自治体や全校児童数によって差があるが,教員1人あたりの児童数は10〜30人である(Table 4).
 また,現在指導要領において小学校の授業時数はTable 5のように定められている.Fig. 1は,ある小学校で教科や総学などの指導要領に加え,学校行事なども加味されて計画された授業時数の年間計画例である.
 
Table 4 Class Size per Teacher (Chiba Prefecture)
 
  大規模校 中規模校 小規模校
全校児童数(人) 639 303 58
クラス数 19 12 6
管理職 校長 1 1 1
教頭 1 1 1
教員 教務主任 1 1 兼務
学級担任 19 12 6
専科教諭 2 2 0
その他 養護教諭 1 1 1
事務職員 1 1 1
用務員 1 1 1
栄養士 1 1 0
教員1人あたりの児童数 29.0 20.2 9.7
 
Table 5 
Number of Classes under the Teaching Guidelines
 
学校教育法施行規則別表第2(第54条関係)
区分 国語 社会 算数 理科 生活 音楽 図画
工作
家庭 体育 道徳 特別
活動
総学
第1学年
272
114
102
68
68
90
34
34
782
第2学年
280
155
105
70
70
90
35
35
840
第3学年
235
70
150
70
60
60
90
35
35
105
910
第4学年
235
85
150
90
60
60
90
35
35
105
945
第5学年
180
90
150
95
50
50
60
90
35
35
110
945
第6学年
175
100
150
95
50
50
55
90
35
35
110
945
備考
1 この表の授業時数の1単位時間は,45分とする.
2 特別活動の授業時数は,小学校学習指導要領で定める学級活動(学校給食に係るものを除く.)に充てるものとする.
3 第24条第2項の場合において,道徳のほかに宗教を加えるときは,宗教の授業時数をもつてこの表の道徳の授業時数の一部に代えることができる.(別表第2の場合においても同様とする.
 
Fig. 1 Example of School Hours per Year
 
総授業時数と週時数配当表
(拡大画面:56KB)
 
(2)1日の流れ
 通常,小学校教員は8時10分前後が出勤時刻で,8時30分のホームルームに続いて1限目の授業が始まる.1時限の授業時間は45分で,10分休憩(2〜3時限間は20分)を挟み午前中に4限,約40分の給食時間と同じく40分の昼休みのあと,5限(週に1度は6限あり)の授業があり,ホームルームを経ておおよそ15時前後で授業が終了する.曜日によっては委員会やクラブ活動といった課外活動が16時まであり,17時で退勤時刻となる(Fig. 2).
 
Fig. 2 Example of Daily Classroom Routine
 
日課時程表
(拡大画面:94KB)
 
 Fig. 3は,各校のスケジュール表から1日の平均時間配分を計算したものである.休み時間は1日平均85分あることになるが,一度に取れるわけではなく,10分や20分など授業時間の合間にあるため,ほとんどが次の授業準備や移動に費やされてしまう.その結果,毎日のルーティンワーク以外に使える時間数は,残業なしでは実質24.5分しかないと考えていいだろう.しかもテストの採点や細かな業務もこの時間にこなさなくてはならない.
 
Fig. 3 Daily Time Allocation (in Minutes)
 
 このように,教科担任制である小学校の教員は勤務時間のほとんどが児童への直接指導に割かれていることから,何らかの活動をするには17時以降もしくは休日とならざるを得ないことが解る.
 
(3)1年の流れ
 毎日の授業などの他に,学校には多くの学校行事がある(Fig. 4).毎月なんらかの行事が行われていることがわかる.年間行事予定や学習指導計画の作成.4月1日付の教員の辞令交付・担任学級発表の準備は1学期の始まる前の春休みの期間を利用して行われる.夏休み中には,臨海(林間)学校やプール指導,各自治体の教育委員会(教育センター)主催の教員研修への参加や,教職員組合が実施する研究集会での発表などもある.また,安全街頭指導,各種検診,町内清掃など細かな行事がほぼ満遍なく配置されている.学期中以外(児童の夏休み時期等)も多くの業務が予定されており,児童と同じように休みが多く取れるわけではないことがわかる.ここには記載されていないが,学期末の通知表作成や,学級通信の作成なども行わなくてはならない.
 
Fig. 4 Example of Annual School Events
 
学校行事等の年間計画
儀式的行事 学芸的行事 健康安全・体育的行事 遠足・集団宿泊的行事 勤労生産・奉仕的行事 児童会活動 その他の行事・活動PTA関係
4
新任式(0.5)
始業式(0.5)
入学式(1)
発育測定(1)
心臓検査(1)
内科検診(1)
歯科検診(1)
眼科検診
町内児童会
JRC登録式
課外活動開始式
PTA常任委員会
授業参観・学年PTA
PTA総会 歓送迎会
5
全校テスト 大運動会予行(3)
大運動会(5)
避難訓練(1)
耳鼻科検診
ツ反・BCG
修学旅行 運動会練習(5) 家庭訪問
知能テスト(1)
6
全校テスト 交通安全教室(1)
歯の健康週間
水泳授業開始
プール清掃 柏木集会(1) 学習参観
ミニバス大会
中越指導主事訪問
7
終業式 期末大清掃 町内児童会 マーチングパレード
親善水泳大会
8
今井杯陸上大会
野球大会
郡市トレセン
9
始業式 夏休作品展 発育測定(1)
学校保健委員会
自然教室 屋外清掃 読書旬間
親善体育大会
10
創立記念 全校テスト 避難訓練(1)
目の愛護週間
学年マラソン大会
柏木集会(1) PTA奉仕作業
上越陸上大会
学習参観・学年PTA
市小中合同音楽会
市教育委員会計画訪問
11
作品展(3)
全校テスト
柏木ランド(4) 第1回移行学級
ミニバス大会
個別懇談会
市教育委員会要請訪問
12
終業式 期末大清掃 町内児童会 PTA常任委員会
1
始業式 書初大会
書初展
避難訓練(1)
発育測定(1)
積雪集団下校
学校評価部会
学習参観
学力テスト
2
全校テスト スケート 柏木集会(1) 第2回移行学級
ミニバス大会
3
卒業式練習(1)
卒業式(2)
修了式
期末大清掃 六送会週間(2)
六送会(2)
町内児童会
学習参観・学年PTA
PTA常任委員会
評定会
○の数字は学校行事としての時数
( )の数字は児童会行事としての時数
 
Table 6 List of School Events
 
 これらの年間行事を実施頻度毎に整理したものがTable 6である.学校では非常に多くの行事が行われており,その準備や予行なども含めるとかなりの時間を要する事は明らかである.6年生の場合,総授業時数は945時数あり(Table 5),これを1日の平均授業時数5.2(Fig. 2)で割ると,約182日に相当する.つまり年間の平日247日のうち,182日がルーティンワークに費やされている.残りの65日で,Table 6に示された行事を準備や予行を含めてこなさなくてはならないことになる.このことからも,新しい学習題材発掘や研究に費やせる時間は,残業時間ないし休日を充当せざるを得ないことがわかる.


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