日本財団 図書館


提案
 学校との接点が無かった14年度当初から比べ、3年間で多くのことを得るに至った。学校現場の特性や環境に対する理解は進み、海洋教育を普及するための方向性やそれぞれの手法の有効性、向き不向きなども検証することができた。しかし、先述のようにこの3年間は主に「産みの取り組み」を行ってきたと考える。海を取り入れていない学校や教員を触発することで、海の取り組みを増やすことを主に検証してきた。「産みの支援」と言えよう。
 しかし、結論にも述べたように、海洋教育を学校現場に広めようとするのであれば、産みの支援だけでは不十分である。既に海の取り組みを進めている学校や教員が持つ成果を広く知らしめるなど、自発的に学校が海の取り組みへと向かう仕掛けも必要である。なぜならば、産みの支援には実際に外部機関と学校が協働でことに当ることが前提としてあり、外部機関側のマンパワー等のリソースが限界要素になるからである。
 要するに自分達だけの力で出来ることには限りがあり、協力者や関係者を上手く巻き込みながら、相互補完を持って取り組みの輪を広げることにも注力するべきだと考える。
 そこで、これまでの3年間の取り組みから得られた経験・知識・ノウハウを基に、これからの海洋教育の普及に向けて、提案をしたい。
 
<方針と姿勢と前提>
〜まず方針について述べたい〜
提案1:取り組みの方針には、初期段階に期待の共有を構築することを盛込む
 学校に対し、新しい取り組みを期待するのであれば、学校にもこちら側に対して何らかの期待をさせるべきである。これは、露骨にメリット(人参)を示せということではない。学校が、我々外部機関との関係を楽しみ、有効だと認識するような、取り組みの像を共有することから始めるべきだと言いたい。この「期待像の共有」が、継続的かつ安定的な取り組みの土台になる。
 
〜次に、姿勢について述べたい〜
提案2:常に、自身を客観視する≒ユーザーの立場からリソースを見つめる
 外部機関自身が認識していることと、学校や教員が認識していることが異なる場合もある。特に外部機関が有するリソースについては、外部機関自身がどう捉えるかより、ユーザーとなる学校や教員がどう捉えるかが重要である。この部分に認識のズレがある場合、外部機関自体の取り組みの費用対効果が低い取り組みになる。学校や教員は何を求めるのか?なぜそれを求めるのか?常にユーザーの立場から外部機関自身がどう映るか、考える姿勢を持ちたい。
 
〜次に前提について述べたい〜
提案3:それぞれの機関やヒトとの相互補完を前提にする
(学校と外部の前提)
 海洋教育を学校現場に普及しようとした際、学習の主体者である学校と教員、学校のサポーターとして協働する保護者や地域住民で組織するNPO、専門的な知識や技術の提供を担う研究者や学会、取り組みの機会を創造する外部支援機関など、様々な関係者がキャスト(登場人物)として登場する。そして、それらのキャストの組み合わせにより、取り組みの内容や範囲も変わる。
 しかし、関わりの中である特定のキャストの目的達成やメリットの確保を目指すのは、結果的に関係を先細りにさせることになる。お互いがお互いに関わることにメリットを見出し、それを双方が理解納得した上の取り組みが理想である。そうすれば、取り組みによる成果は双方にとってもメリットが確保されたことでもあり、いわゆるWin-Win関係が成立したことになる。その積み上げが、取り組みを発展させ広げる際の糧になる。
 特に、既に学校現場と関わりを持ち継続的な取り組みを目指している地域のNPOや活動団体との連携は重要になる。しかし一般的には外部支援機関と現場のNPOや活動団体との関係は、助成金を介したスポンサーと受託者という固定概念に縛られているように思う。これにより、本来持っているポテンシャルが双方において発揮され辛い現状があり、その原因が関係性の前提にあると考える。
 支援を行う外部機関は、なぜ支援を行うのか、何を目指しているのか、支援対象には何を期待しているのか、これらのことを明確に示し伝える努力をすべきである。またNPOや活動団体、また学校も、外部機関には何を期待するのか、どのような協力や支援が必要なのか、なぜそれらが必要なのか、その協力や支援を得ることによりどのような成果を出そうとしているのか、これらの事を明確に示し伝える努力をすべきである。お互いが説明責任を果たす努力をすべきであり、双方が相互理解に努めるべくコミュニケーションを取ることが前提にあるべきだと考える。
 
(外部機関同士の前提)
 学校に対して何らかの取り組みを期待し、そのための促進活動を行う外部機関は多く存在する。しかし、それらの外部機関同士がいわゆる横の連携をとりながら、活動を進めるといった事例は多く聞かない。外部機関によっては、同じ方向性や目標像を有しながらことなる機能や役割を担える組み合わせもある。
 例えば、同じく海洋教育の普及を理想に据える外部機関は多くある。そのなかで、産みの支援に力を発揮する機関と、育ての支援に力を発揮する機関があれば、互いで役割を認識しつつ共通の取り組みを通じて協働することで、その取り組み自体の精度も上がるであろうし、各機関の費用対効果も上がる。目標像が合致する、もしくは緩く共有をできる機関同士の連携と補完関係を促進することで、目標達成までの課程にヌケ・モレ・ムダをなくす仕組みを構築することができると考える。
 
▼次に、提案の1〜3を基にした具体的な手法・取り組みについて提案したい。
 この時、具体的なイメージが出来るよう、海洋教育の普及に関わりを持つことが想定される機関を例として挙げる。
 
<手法>
〜手法や取り組みの位置付けについて述べたい〜
提案4:「産と育、知と経」で役割を分担し、取り組みを共有する
 支援や取り組みを「産みと育て」と「知識と経験」の軸を用いて大きく4つに分類する。これに「海洋教育の普及」という目標像を共有できると考えられる関係機関(キャスト)をプロットしてみた。(図_2)小さな円はその機関が持つ強み(コア=核)の位置を表し、大きな円は取り組んでいる活動などの領域を表す。
 
図_2 海洋教育の普及のためのキャスト分布
 
 連携を想定したのは次のような機関である。知識とモノが揃い、場としてもプラットフォームとしての可能性のある博物館系の機関(博物館系)。子どもや大人への自然体験活動の提供や、指導者の育成の支援などを行う機関(体験系)。地域ぐるみで子どもへの学習的活動を提供し、コーディネートするNPO系の機関(NPO系)。専門的な情報や知識、また技術の提供を行う学会系の機関(学会系)。そして、当財団である。
 それぞれの強みを考えてみたい。博物館系機関は、あるテーマに特化した情報・知識とモノ、それを収容する場(施設)を持つ。継続的な活動には、集まれる場所、作業ができる場所、そこに必ず人がいることが欠かせない。であれば、博物館系にはほとんどの要素が基本的には揃っていることになる。近年では人手不足などの課題も聞かれるが、工夫次第では体験活動も提供できる。興味を持たせるためには、まず体験をさせることが有効なのは言うまでもないが、この点でも博物館系には多くの可能性が存在する。これらのことから博物館系機関の強みはバランスの取れた潜在能力だと考える。
 体験系機関は、「体験」という気づきのトリガーをもって、参加者の興味を喚起することができる。また、学校が独自もしくは単体で同様の取り組みをすることは様々な面から現実的ではない。その反面、体験活動や自然の中での取り組みには必ずニーズが存在する。この点では、取り組みや意識を「産み」の部分で強みが発揮される。また、時間を必要とする部分がありながらも、体験活動を実施できる指導者を育成できる場合は、体験を盛込んだ活動や取り組みが広がることからも、「育て」の部分でも潜在能力を持つと考える。これらのことから体験系機関の強みは、高い確率で興味を喚起できる「体験」と、その普及方法を持つことだと考える。
 NPO系機関は、そこに暮らす市民が活動の主体者である場合がほとんどである。実際に保護者であることも多く、他の保護者や子どもとのつながりも強い。そのため、子どものニーズや特徴を押さえた活動が提供可能であり、生活の中にまで取り組みを浸透させることができる立場にある。経営的な部分で未発達な面もあり、潜在的能力をフルに発揮出来ていない機関も多いが、そこに根を張り暮らしていることから、取り組み自体の継続性は本来高いと期待できる。取り組みに必要な知識や技術が蓄積され、経営面の安定性が確保されれば、最も子どもに近い活動者として効果を発揮すると考える。日常の体験を軸に、知識の面を他機関から補完することで、取り組みを産み出し、育て続けることも可能だと考える。これらのことからNPO系機関の強みは、取り組みや活動とその趣旨を日常生活の視点で取り入れられることだと考える。
 学会系機関は、専門的かつ最先端の情報や知識、技術を調達できるネットワークである。ここが、他の機関と大きく異なる部分である。学習活動の中で、専門的な情報や知識が必要になる場面は必ずある。また、専門家を交えての活動を計画することもあるだろう。その際、個々に専門家を検索することは、それなりの労力が必要となる。その点、学会として1つの窓口があり、様々なニーズに応えられる体制があれば、活動の主体者に掛かる負担は軽減される。同時に、その学会が持つテーマや分野の発展や振興にも寄与することになる。ということは、例えば海洋関連の学会がこのような取り組みを促進することにより、学習に海を取り入れることの敷居が下がることになり、しいては海洋教育の広がりにも寄与すると考える。これらのことから、学会系機関の強みは、様々な知識や情報に関するニーズに対し、ネットワークを用いて応答ができることだと考える。
 仮にこれらの機関同士がお互いの持つ機能や役割を共有し、1つの取り組みを連携しながら進めることが出来れば、とても効果的な取り組みが可能となる。また、産から育までの課程に一貫性を持つことが可能となり、より継続的な取り組みを促進することも可能となる。今回挙げた機関では、図_2で示した通り「産み」の部分での重なりが多い。逆に「育て」の部分は手薄な感もある。重なりが多いということからは、2つのことが考えられる。重なる部分を持つ機関同士が連携することによって、より効果的な取り組みがなされる場合が1つ。その逆に、お互いの取り組みを認識しないまま同じことをバラバラに行うことで、単純なダブリとしてコストが二重になる場合。互いの強みや得意といった共通理解と役割分担の無い状態での重なりは、資源の最適分配を損ね、本来未発達なエリアへの進出を遅らせることになる。意図した重なりは良いが、認識すらしない重なりは無駄になるということである。
 また、学会系とNPO系は直接重ってはいないものの、博物館を介して繋がることで、三者は「育て」の取り組みで有機的な連携が期待できそうなことも見て取れる。
 ぜひ、各機関がそれぞれの強みとそこから派生する得意領域を認識し、周辺機関との位置関係について考え、コミュニケーションを持ちながら、連携を促進して欲しい。
 
〜海の学習に関するプラットフォームについて述べたい〜
提案5:学校現場や関係者への波及効果を促すプラットフォームの運営
 新しく産まれた取り組みをより継続的かつ豊かにするためにも、既に取り組みから新しい取り組みを発生させるためにも、海についての学習に関わる多様な情報が集まるプラットフォームは有効である。そのプラットフォームにアクセスするユーザーのメリットは、参考事例の入手、専門的な知識の入手、他のユーザーとの情報交換や交流、実際にプラットフォーム自体を学びの素材にする、など様々なことが考えられる。運営する側としては、ユーザーによる海の学びが自発的に活性化され、取り組みの数が増え、内容や質も向上するなど、運営するに必要なコストに見合うだけの成果が得られる。
 
図_3 プラットフォームイメージ
(拡大画面:55KB)
 
 重要なのはそのプラットフォーム自体をどのような形態を用いて行うかである。Webサイトなどを用いるバーチャルな形態と、例えば博物館などを場にしたリアルな形態が考えられる。
 
(Webサイトによるプラットフォーム)
・新規に海の取り組みを始めようとする教員は、既に取り組んでいる他の学校での事例や成果を閲覧できる。
・既に取り組んでいる学校や教員は、より豊かな取り組みにするための参考事例や情報を検索できる。
・サイト上を舞台にして北海道と沖縄の学校同士が共通のイベントを行う。
・これらの取り組みに使われた指導案やワークシート、教材や資料などがダウンロードできる。
 
 以上のような機能を持ったWebサイトは、まだ存在しない。学校同士の横の繋がりを促進・補完できる仕掛けを盛込むことで、海の取り組み自体に学校間交流や教員同士の交流という価値を付加できる。また、利便性という価値を担保することで、海の取り組みに対する敷居を下げ、学校や教員の取り組みの意欲を増加させられると考える。
 
(博物館自体にプラットフォーム機能を持たせる)
・社会見学に訪れ、見学するだけでなくその場で学習活動ができる。
・博物館が有する素材や展示物、またテーマに学習をし、その成果を競うイベントが開催される。
・博物館が有するプログラムや機材を活用した、教員研修ができる。
・博物館のテーマに関連する情報が集積され、自由にアクセスできる。
・海の学習を行う学校や教員同士が実践の成果を発表・共有しあうセミナーが開催される。
 
 実際に人が集うことのできる施設には、活動の場、情報の集積地、交流の場、学習の対象としての価値がある。「海を学習に取り入れる」という共通項を持つ様々な所属の人にとって、気軽に集える場所の存在は取り組みを続ける上で心強い。しかも、近くに海があり、交通のアクセスもよければなおさらである。
 ワークショプを通年で続けた際に常に固定の博物館を活用したことで、参加者の安心につながり、参加者同士の関係性を強くした。
 「あそこに行けば」という記憶に残ることは、取り組みの拠り所となり、その場に集う人の関係を活性化させることで、海の取り組みが波及すると考える。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION