日本財団 図書館


気づき
 各年度にはそれぞれ大小様々な気づきがあり、それらの蓄積が成果となって表れだした。ここでは各年度の顕著な気づきを三つ挙げ、考察の序論としたい。
 
14年度
気づき1:考える軸(ヒト・教材・場)の有効性
 学校との協働や支援を考える時、「ヒト、教材、場」に当てはめることで、学校側のニーズとずれることを防ぎやすくなること。
気づき2:学校と外部機関のミスマッチの原因
 学校は子どもたちの態度や姿勢、能力について重視するが、外部機関は学校を通して子どもたちに自らが関係する知識の提供や理解の促進を求めるため、協働する際にミスマッチが生じること。
気づき3:学校と教員の特性把握の必要性
 外部機関と学校の協働や外部機関の支援活動など、異なる背景の組織やそこに属する者(教員と外部担当者)同士が何か1つの事に取り組む際、常に認識や言語を合わせる姿勢を持たないと、取り組みが失敗すること。
 
15年度
気づき1:参入機会を外部機関自ら限定すべきでない
 外部機関にとっては総学の導入によって学校と関わり易くなったことは確かであるものの、必ずしも支援や協働のシーンは総学だけではないこと。通常の教科学習や海浜学校など様々な参入機会は存在し、外部の認識だけをもって関わりの可能性を低くするべきではないこと。まずは、学校や教員側とどのような関わりが必要かを擦り合わせ、用意される枠に収まるよう取り組めばよいこと。
気づき2:教員自身が関わる余地の重要性
 学校や教員に対し外部機関が何かを提供しようとする時、教員が関わる余地を残しておく方が良いこと。特に教材やプログラムなどは、教員自身が調整する必要な箇所が存在した方が、教員自身が授業を行う際には利便性が高いこと。
気づき3:学習素材としての「海」の魅力
 海を学ぶ、海に学ぶ、海を学ぶことを通して何かを学ぶなど、海をテーマにして何かを学ぶ場合と、海そのものを学びの対象として扱う場合とがあり、その意味でも海が持つ幅広さは学習素材としては潜在的な魅力がある。海が近くに無い学校であっても、海に繋がる学習は充分に可能であり魅力的に映る。ただ、学習のテーマや対象に海を取り入れるキッカケが教員の側に存在しないことが、学校における学習シーンに海が入りづらいボトルネックの1つでもある。
 
16年度
気づき1:外部の支援には適切な自由度が必要
 学校に対して支援を行う時には、適切な自由度が必要である。支援側・提供側の目的や狙いは明確に伝えた上で、学校の特性に合わせた学習活動を展開できるような支援体制を持つことが、双方にとって満足度の高い結果を生みやすくする。逆に自由度が低い状態での学習活動は学校の主体性を低下させ、継続的な取り組みや関係を阻害しかねない。
 
気づき2:波及効果を設計(期待)した活動
 方法によっては1つの学校での取り組みが波及効果を産み、近隣や遠くの他の学校でも参考にされることで取り組みの輪が広がるケースもある。であれば、波及効果が生じるような働きかけを行うことで、1つの取り組みの費用対効果が上がることになる。そのためにも波及効果が生じるメカニズムを解明し、取り組みの中に盛込ませるべきである。
 
気づき3:産みの支援と育ての支援
 支援や協働などの取り組みには二つの異なる効果がある。全く海に対して興味も情熱もなかった教員と共に取り組むことで、その教員に興味や情熱が産まれる効果。また、既に海に対する興味や情熱を持つ教員と共に取り組むことで、よりそれらが加熱する効果。となれば、協働する場合の協働者、支援する場合の対象者が海に対してどのような姿勢を持っているかによって、目指す効果が異なり、自然とそれに合わせた手法をとるべきである。言わば、支援と一言で言っても「産みの支援」と「育ての支援」があり、我々がこれまでに取り組んで来た事業は主に産みの活動である。
 
考察
 先述の気づきから判る通り、14〜16年度における事業を通して非常に多くのことを学び、学校現場で海洋教育を普及させるに当り重要なノウハウを修得することもできた。3年間という期間を通して常に考えていたことは、「どうすれば海好きの子どもが増え、そのためにもどうすれば海好きの先生が増えるのか」である。本報告書の冒頭に述べた結論が、現時点での答えである。
 自問自答しながらこれまでの3年間の取り組みについて考えてみた。
 
Q:この3年間で、何が最も変わったか?
A:我々自身を客観視できるようになったこと。
 学校の特性についての理解を深めるにつれ、外部機関として我々自身が持っているリソースの位置付けや価値を客観的に視えるようになった。それにより、海洋教育の普及に際して我々にしか出来ないこと、我々だからすべきことなど、手法を吟味する際の選択眼が豊かになったと考える。
 
Q:しかし、せっかく総学が定着しはじめてきたものの、見直しの気運があり、それにより参入の機会は減るのか?
A:参入する機会(種類)は減らない。
 確かに総合の時間数≒取り組みの時間数は減るかもしれない。それによりこれまで以上に海の学習が学校に普及する余地が減るのではないかとの考え方もあるだろう。しかし、総学だけの参入の唯一の場ではない。また、総学が導入される以前から、教科学習以外の学習もされていた部分はあり、外部機関と学校の協働も行われていた。
 我々の出発点も総学という枠を学校への参入の好機と捉えることが、きっかけではあった。しかしこれからは、1つの可能性として捉えるべきだと考える。なぜなら学校周辺にはより多様な機会があり、充分に外部機関の参入余地は存在するからである。より広角的な視点で機会を探すべきだと考える。
 広角的な見方をすれば、学校を「学校教育の場」としてではなく、「コミュニティーの共通体験の場」として捉えれば、保護者や地域住民などの大人も巻き込んでの取り組みが可能となる。逆にミクロな見方をすれば、教科学習の補完するリソースとして海に関する教材や講師派遣をすることで、より専門的な知識や理解の提供にもつながる。
 
Q:機会は存在するとして、どうすれば子どもたちが「海」に向くのか?
A:例えば街中に住んでいれば海を意識する必要性がないので、興味を持ち始めるきっかけすらないことになる。大切なのは海と日常、海と自分たちが繋がっていることを実感させる機会を増やすことだと考える。関わりのある対象としての認識を持たせるのである。
 そのためにも、どんな取り組みにも楽しさという要素が不可欠だと考える。自らが海に触れ、体感することは理想である。しかし、海に行けない学校も多い。その場合は、海について想いを馳せること自体が楽しくなるような、予感を促す工夫が欠かせない。見た事も想像もしたことの無いモノやコトが存在すると知れば、教室の中でも子どもたちは海に入ることができる。実際に新宿の小学校で授業をした際、子どもたちは目を輝かせながら海への想像を膨らませていた。しかしそれは、海に接している者が教室の中に海を持ち込んだからだと考える。この時、教員のコーディネート力が発揮され、同時に外部機関が行う講師派遣が活きるのであろう。
 そして、楽しさを加味しつつ自分自身や日常生活との関連性に気づかせる工夫や仕組みが必要となる。街中の学校であっても、自分自身や日常生活から適切な題材を選ぶことで、海にまで興味を繋げることは可能である。例えば、15年度のワークショップ(第三回)にもあった通り、「食→排泄(健康)、排泄→下水、下水→海、海→食」という繋がりや循環は、どこの学校の子どもにも有効に働くと予想される学習のテーマであり、確実に自分自身と海の繋がりを認識することができる。また、排泄≒うんちという子どもにとっては身近でありながら遠くに置いてしまっている対象を、主人公として登場させることで大きな驚きと興奮を与えることができる。この事例は、海が学びの対象やテーマ、または場として多様な側面や可能性を持つことを示唆していた。これは、15年度のワークショップにおける発表会の席で頂戴したコメントにもあった。「海には学習資源として、とても大きな潜在的価値があります。例えば、海を学ぶ、海に学ぶ、海で学ぶ、というように、学びの対象にもなれば、学びを投影する機能もあり、学びの場(フィールド)にもなる。そして、それらを通して今度は海を育むことが出来るのです。」
 このコメントを聞いた時、海が持つ広さや豊かさを伝えたいがために取り組んでいたにも関わらず、近視眼的な視野でしか学校と海の関わりを想定していなかったことに気づかされた。そして、純粋に「海って楽しいことだらけなんだよ」と話してみるだけで子どもは海を向くのかもしれないとも考えた。
 
Q:では、海好きの子どもたちを増やすための協働者、海好きの先生を増やすにはどうするのか?
A:いくつかの方法が有効だと期待しており、実際に効果も確認できたと考えている。ワークショップや巡検、また研究会への講師派遣。様々な形で教員と関わり、多くのことを得た。彼等の特徴として顕著に感じたのは、子どもが喜びそうなネタを常に探していることである。職業病とまでも呼んでも構わないくらい、興味の根源がそこにあるように感じた。そして、自分自身が楽しめることであれば子どもたちも必ず楽しめるし、逆に教員自身が楽しめないことは子どもたちも同様であることも、海浜学校などを通して観察できた。
 それらのことから考えると、巡検により教員の興味を喚起させ、教員と子どもを共に海に触れさせることで子どもが海に反応することを認識させ、それにより教員自身も海好きになることが期待できる。実際に15年度の巡検でも同様のことが確認できた。またワークショップを起点に、海を学習のテーマに扱い、16年度は1学期を海の学習に充てたケースも得られた。このケースでは、教員自身が海の魅力に浸っていた。
 ここで大切なのは、増やすための方法を豊富に揃えておくことでもあるが、それらの方法の有効性を対象により整理しておくことである。実は対象が大きく二つに分かれると考える。増えるといっても様々な増え方、増やし方がある。
 無い状態から有る状態を創る場合。これは0から1を創ることになる。それに比べて、既に有る状態をより多くする場合。これは1を10にすることになる。学校に置き換えると次のようになる。まったく海に興味の無い学校(教員)を海に興味を持ち学習として取り組む学校に変えるのが、0から1。また、海に興味のある学校の取り組みをより高く豊かにすることで、周りの学校も海を学習に取り入れだすのが、1から10。創造と波及・影響の違いだと考えても良いだろう。
 そう考えると、我々は0から1の取り組みを多く行ってきたことになる。逆に1から10の取り組みについては、まだまだ試行すべきことが多くあるように考える。例えば、我々は海の取り組みを行っている学校をそれほど多くは知らない。しかし海の取り組みを行っている学校同士も交流を求めていること、海の学習をさらに発展させたいが限界感を持っていることなど、既に海と学びをつなげている学校の課題については、教員との関わりの中から認識はしている。
 我々の力だけで海のユニークユーザー数を増やそうと考えるのと、既存のユニークユーザーと協働で新たなユニークユーザーを増やそうと考えるとでは、その手法が大きく異なるであろう。そして、どちらも必要に感じる。
 
Q:では一体、どのようにすればユニークユーザーを増やすことが可能か?
A:大きく分けて産みの支援と育ての支援の二つがあり、流れを持ってそれぞれを並行かつ継続的に行うことだと考える。ユーザーとの関係性に段階を想定し、ユーザーが独自で海の取り組みに歩き出すまでの課程に対し、適切に関わることが大切だろう。
 既存のユーザーを支援する際に期待すべきは波及効果である。もちろん、新たなユーザーを誕生させるにも、この観点は活動に盛込むべきである。ここでいう波及効果とは、そのユーザーが媒介になり新しいユーザーが産まれる、または既存のユーザー同士が増々活性化するなどの効果を言う。例えば、我々が支援したA小学校の様子を見て、隣町のB小学校も海を学習に取り入れる、などである。
 16年度に試行した「巡検」「学校支援」「講師派遣」「副教材作成」を例に考えてみたい。まず、整理するために4つの事象に分けてみた(図_1)。縦軸には“産み”と“育て”。横軸には“体験”と“知識”。巡検はそこに参加した教員を海の学習へと向かわせる効果を持つ。その手法は体験を伴う新しい観点と知識の付与であるから、図のようになる。実際にこの巡検に参加した教員が海の学習を行うことになり、実際に海で体験をするプログラムを提供するなどの“学校支援”を行った。子どもたちは体験を通して、それ以前に比べて海を身近かつ主体的に感じるに至った。その点では、産みの効果と育ての効果が得られたことから、図のようになる。“副教材”は企画段階から興味喚起を目的にしている点で、“産み”である。もちろん、体験は伴わず、教材であるから図のようになる。教員の研究会で講評を行うという行為は、海や環境の学習に対する教員のモチベーションを向上することに加え、教員に対する専門的な知見を付与することになる。これは海の学習の主体者である教員自体を育てることでもあり、しいては活動全体の土台を育てることになるため図のようになる。
 
図_1 平成16年度事業の分類
 
 図におけるこれらの表現は、本事業で我々が得た経験そのものだと捉えている。海好きの子どもを増やすためにも、まずは海好きの教員を増やそうと考えた。そこで取り入れたのが巡検という手法である。これにより海を学習に取り入れる、または海の学習を行うというニーズが産まれた。そのニーズに対し、様々な面で学校支援を行った。そして、環境教育の分野でそのような取り組みを既に行っている教員の研究会に依頼され、集会に参加し講評するに至った。それらの関わりの中で多くの教員から聞いた声が副教材のニーズである。授業の枠で本格的に取り入れることが理想ではあるが、日常の学習のなかで、子どもたちの興味を惹き付けるためのネタがあれば活用したいとの声であった。そこで一般の大人も読め、思わず人や子どもに話したくなる“海のネタ本”を作った。その途中で、我々が支援した学校の取り組みに興味を持ち、独自で学習に海を取り入れ始める学校も出て来た。波及効果があった訳である。最初の仮説以降、現場で聞いたニーズに対して試行を繰り返した。この経験で得たのは、海の学習が産まれるための促進方法と、育て方についてのヒントだと考えている。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION