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仮説
 14年度の途中より、我々は1つの仮説をもって事業のあり方について考えるようになった。それは教育の三要素とされる、「ヒト・教材・場」の三つに対し、支援事業を位置づけることで、学校との協働が促進されるのではないかという仮説である。
 
仮説
 教育現場の三要素とされる、「ヒト・教材・場」の三つに対し、支援事業を位置づけることで、学校との協働が促進されるのではないか
 
 教育活動を行う学校には必ず三要素が存在し、新しい学習を提供しようとすれば、自ずと三要素のそれぞれにニーズが派生するのではないかと考えた。
 例えば「海の学習を行う」となった場合、次のようになる。
ヒト:海について教えられるヒト
教材:海に関する教材
場:海について学ぶ適切な場
 さらに細かく考えると、各要素の全てを学校や教員自身で身に付けようとする場合と、外部との連携により学習資源として整えようとする場合がある。
 
 事業を展開する中でこの仮説を考察の軸として用いたことは、結果として支援活動の内容を検討考察する際に役立った。また、学校現場や教員などの関係者と議論をする際の共通認識としても、有用であった。
 
課程
 14〜16年度の各事業は、先述した課題と仮説を持って展開した。ここでは、3年間を振り返り考察を深めるためにも、各年度に行った事業の概要を振り返りたい。
 
14年度:「総合的な学習の時間における海の利用状況調査」
事業概要:14年度は、総学がスタートしたことで、実際にどのような学習活動がなされているのか、またその中で海に関する活動はなされているのか、そして博物館やNPO団体など関係機関が学校に対しどのような支援活動を行っているのかを調査した。
 
調査概要
調査対象 学校 NPO NGO 公共機関 公益機関 民間企業
調査方法 ヒアリング調査 Web調査 書籍調査
調査内容
1)各機関が学校を対象に行っている支援活動について
2)学校側に存在する課題やニーズについて
3)外部機関と学校との間に生じている問題について
4)1〜3の内容と海の学習との関連性について
 
結果概要
1)各機関が学校を対象に行っている支援活動について
 様々な機関が14年度に向けて準備を行っていたことが判った。特に博物館や水族館などの機関では、学校からの見学や講師派遣が増えることを見越して準備していた。各機関、それぞれの理念や目的にそった内容を準備しており、講師派遣・教材提供・プログラム提供・情報提供など多岐に渡る内容を揃えていた。
2)学校側に存在する課題やニーズについて
 準備期間があったとはいえ、スムーズに実施できていないとの声が多く聞かれた。学習を成立させるためのテーマ選び、教材の準備、協力者の確保など、様々な面で不足する事柄があり、それらを埋める時間やノウハウが無いとの声が多く聞かれた。また、急に外部機関から副読本や教材などが送られてくることが増えたものの、使えるモノが多くないとの声も聞かれた。
3)外部機関と学校との間に生じている問題について
 外部機関からは、学校からの協力依頼を期待して準備していたものの学校からの要請が来ない、逆に完全な丸投げ状態での依頼が来るなど、まさに総学スタート直後の現状を表す声が聞かれた。学校からは、その機関の理念や目的に沿った内容を用意するため、学校のニーズと合わないことから取り組みが成立しにくいとの意見が挙げられた。
4)1〜3の内容と海の学習との関連性について
 海の学習に特化した支援は、ダイビングスクールや自然活動を行う団体などが、体験学習として提供しているケースが多く見られた。逆に教室内での海の学習を支援する取り組みに出会うことは出来なかった。学校からは、どうしても実際にその現場に行かせようと思うと、海は安全面、交通面でもハードルが高く、近くにある川の方が魅力的に映るとの声が聞かれた。
5)全体を通して
 全体として、取り組みが近視眼的になっている感を受けた。特に支援機関自身が、自らの提供したいモノを学校にあわせることなく提供しようとしているように見受けられた。その反面学校からは、支援を求めていたとしてもニーズと合致しない、またそもそも自身のニーズがまだ判らないため、一過性の協働に終わってしまうとの声が多く聞かれた。
 
14年度の結論
 ヒト・教材・場の観点で整理すると、外部としては取り組みやすいと感じる教材やヒト=講師派遣等を行う傾向にあると考えた。しかし、現実には、現場のニーズを把握しないままに取り組みがなされる傾向があり、それにより空回りしている感も強いことが判った。
 むしろ、教員に情報やノウハウを提供するといった内容をヒトの要素に入れることや、教材を一緒に創ることを教材の要素に入れることも大切なのではないかと考えた。
 ヒトの育成と教材の創造を包括するような機能を持った場を持つことにより、ヒト・教材・場について知ることが出来ないかと考え、15年度にこの仮説に基づいた試行として、通年のワークショップを実施することを提案した。
 
15年度:「海洋教育拡充に向けた取り組み」
事業概要:15年度は14年度の結果を踏まえ、主にヒトに視点を置き、三つの方法を試みた。1つはワークショップの運営。1つはケーススタディとして海浜学校の開催。1つは教員研修における巡検開催。
 
ワークショップ概要:ヒトの育成と教材の創造を包括するような機能を持つ「場」試行として、1年間、同じメンバー(教員)が定期的に集まり、共通体験を持ちながら海の学習について考え、各々の立場で海の学習を展開することを想定した教材や指導案の作成を行うワークショップを運営した。
第一回 養老川巡検:養老川フィールドワーク
第二回 「館」の活用:水族館を学習資源として有効活用する方法を考える
第三回 「トイレ」の活用:身近な視点から始める東京湾の学習方法を考える
第四回 東京湾巡検:有明・葛西フィールドワーク
第五回 GEMS体験:学校における外部機関のプログラム活用を考える
第六回 まとめの会:各参加者のレポート発表
 
ケーススタディ概要:学校の催しとして存在する海浜学校への協力参加を通して学校の特性把握と外部機関の支援方法に関する検証を行った。
1)海浜学校への参加:私立目黒星美学園小学校の海浜学校への参加
 毎年5月に5年生が参加する海浜学校に参加した。海の先生として、子どもたちと共に海に入り、磯の生物を観察するなどの学習活動を行った。
2)干潟学習の共催:千葉県盤洲干潟にて干潟学習の開催
 目黒星美学園小学校において、一年前に海浜学校に参加した学年を、今度は磯ではなく干潟に連れていくことで、全く環境の異なる海を見せ、その反応から海の学習を連続させることの価値を検証した。
 
巡検概要:巡検という手法を通して、いかにして教員の海への興味喚起を行うか、教員研修への協力という形で実施した。
巡検地:新潟海岸沿岸  対象:新潟県柏崎市の教員 約20名
 
結果概要
1)学校側の立場を体験することの意義
 海浜学校への参加では、実際に1つの班に入り数日ともに過ごすことで、海浜学校を開催する際に学校側にかかる負担や重要な事項を確認することができた。
 また干潟学習の共催では、教員とともに打ち合わせから始まり下見や資料作成までの準備を行うことで、実際に学校全体が校外へ出て学習活動を行う際の負担や労力を体感することができた。
 巡検の実施では、海岸線に溢れている興味のきっかけをどのようにして参加者に示すか、まさに教員が子どもたちへの興味喚起を目指す際の思考様式を体験することができた。
 
2)前提に継続的な関係を示すことの重要性
 15年度に実施したワークショップの特徴は、同じメンバーで定期的に開催するという点である。企画段階では、各回に異なる参加者を募り、なるべく多くの教員と触れる機会とすることも検討された。しかし、一回限りの関係からは本当の声を聞くことはできないと判断し、同じメンバーで一年を通して集まることで、関係を創ることを狙った。
 結果的にはこれが功を奏し、教員との関係は今現在も進行形で深まっている。ワークショップに招いた講師に働きかけ、自分の学校で特別授業を実施した教員も出た。
 「場の前提に継続性があることで安心して関われるし、主体性も増す。」「一度きりの関係が見えている取り組みに対しては、それほどやる気にならない。」この二つの事柄は、一年のワークショップへの参加を振り返った時に多くの参加者から聞かれたことである。
 
3)学習のテーマにも、対象にも、場にもなる、海
 ワークショップの最終回に、講評として頂いたコメントには大いに気づかされる内容が多くあった。参加者の背景により海との関わりやスタンスは様々であった。それはレポートとして発表された内容からしてもそうであった。海と学習の関係性が、多様な視点で捉えられており、学校に海が浸透する余地は多分に存在するであろうことに自信を得た。
 このことを非常に判り易く整理したコメントを、発表の場にオブザーバーとして参加された方から得られた。コメントは、全ての参加者の発表を聞き、発言された。これは客観的な立場から、海と学習の関係性を見た時の評価でもあり、学校に海を浸透させることの確信にも繋がった。
 
15年度の結論
 ワークショプが進む課程で、参加者から我々に対して意見が出た。ワークショップという場自体が持つ機能や価値をどう位置付けるのか、明確に示して欲しいという内容であった。我々が決め切れていなかった事柄について参加者から指摘の声が上がったことは、その後の関係を良好なものへと変え、またその場の価値を上げた。
 私立、公立、国立。初任者、ベテラン、校長、教育委員会指導主事。都内、地方。考えられる多様性の全てが揃った参加者からは、我々外部機関は学校や教員という単語により、支援や協働の対象を一括りにすべきでないことを学ぶことができた。
 学校の事情、教員の思考特性、学習を設計する際の工夫。一年を通した三つの取り組みからは、当初期待していた以上の成果を得ることができた。
 
16年度:「海洋教育拡充に向けた取り組み」
事業概要:14年度から取り入れた「ヒト・教材・場」という観点のなかで、15年度はヒトと場について試行をした。16年度はさらにこれらを深く検証するための取り組みと、新たに教材についての試行も加えることとした。取り組みとしては、教員研修への巡検提供、海の学習を推進する学校への支援、教員の研究発表会への講師派遣、学会での発表、副教材の開発を行った。
 
教員研修概要:教員の海に対する興味を喚起する有効な手法として巡検を確立させるために、教員研修の機会を活用して繰り返しの検証を行った。教員研修には学校単位で行う場合から教育委員会が用意する場合まで、様々な規模や目的の研修がある。実施した三回の研修もそれぞれ背景が異なるものの、研修自体に盛込んだ仕掛けや狙いは共通している。
 日常にありながら学習素材として見られにくい海について、教員自身が一日の体験を経て学習素材としての価値を発見できる工夫を盛込んだ。そのための経路を設計し、記憶に残り振り返りやすいポイント選び、現地で活用する資料や図版、またワークシートなどを準備して行った。行った研修(巡検)は次の三回である。
1: 柏崎教員研修(柏崎海岸)
2: 赤泊小学校教員研修(佐渡南東部)
3: 中央区教員研修(葛西臨海公園)
 
学校支援概要:海が近くにありながら、海についての学習を行っていない学校は数多くある。これらの学校が海の学習を行うことを促進するためのメカニズムと、より継続的な取り組みとして定着させるための手法を検証するため、海の学習をしようとする二つの学校に対して必要に応じた支援を行った。
 佐渡市立赤泊小学校へは通年を通しての支援を行い、中央区立月島第三小学校へは前期のみの支援を行った。赤泊小学校は目の前が海という理想的な環境にありながらも、これまで継続的な取り組みとして海の学習を行ってきたことはなかった。しかし、今回のこときっかけにより、地域の漁業関係者や保護者も海の学習に対して理解を持ち、主体的な取り組みとして支援や協力をするなど学校の外も巻き込んだ取り組みへと発展した。赤泊小学校への支援は、教員を対象とした巡検を実施し、教員自身に海を見る観点を提供することから始めた。最終的には、佐渡島内で海について学習している小学校と海の学習について発表するという交流活動を行った。月島第三小学校は銀座や築地といった都心に学区を持つ小学校である。しかし周囲には運河や橋が多数存在し、東京湾にも比較的簡単にアクセスできる環境にある。実際に子どもたちを全く景色や環境の異なる海に連れていき、それぞれを比較することを通して、海や環境について学ぶ授業を設計した。この授業を前期を通して行うということに対し、講師派遣からフィールドワークの実施までを行い、教材やプログラムも教員と協働で作成した。
 
講師派遣概要:子どもの興味喚起を狙いとした講師派遣に加え、教員の研究活動を専門家として客観的に講評するための講師派遣も行った。前者は総学の導入部分において、子どもの興味の幅を広げるためのきっかけ作りを狙い、海についての様々な話題を提供して欲しいとの依頼を受け、新宿区立大久保小学校にて実施した。後者は教員の研究会から研究発表の内容について、科学的見地から講評が欲しいとの依頼を受け、千葉県教職員組合君津支部教育研究集会環境部会に参加した。
 
学会発表概要:これまでの3年間の取り組みにより得られた学校側の事情や特性、また海洋教育を普及促進させるために外部機関が認識すべき事柄などを整理し、同じ危機感を持つ海洋関係者と共有するために、論文作成と学会発表を行った。日本造船学会海洋工学シンポジウムでは論文作成と発表を行った。沿岸域学会へは論文の投稿を行った。
 
副教材開発概要:14、15年度の取り組みにのなかで、教材についての見方にも進展があった。当初教材といえば、授業中に使うテキストや授業全体の流れを示すプログラム的なものとして位置づけていた。しかし、教員とのやりとりのなかで、授業に入る前や、子どもたちの注意を惹き付けたい時に使う、いわば「ネタ本」的なものがあると活用できるとの声が聞かれた。
 これを副読本として位置付け、学校現場のみならず保護者や一般の大人に対し、「つい子どもや他人に話したくなる海の小咄」をまとめた本を作成することにした。これまでは学校現場に限定して様々な取り組みを行ってきたが、広く一般市民に投掛ける方法の試行とした。


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