日本財団 図書館


3 1996年海洋汚染防止のための持続可能な資金調達メカニズムに関する地域会議:官民パートナーシップ
 
 東アジア海における海洋汚染の防止及び管理のために、地球環境ファシリティ(GEF)、国連開発計画(UNDP)及びIMOによって地域会議が組織された。B.A.ハムザーとムハンマド・ニザム・バシロンの共著で書かれた一つの論文が留意に値し、それは「マラッカ海峡−基金に関する諸提案」と題される。同論文はMIMAペーパーとして別個に出版された14。基金に関する提案の議論の中で提案されたのは次のものである:
 
14 B A Hamzah and Mohd. Nizam Basiron, The Straits of Malacca: Some Funding Proposals (MIMA Paper, 1996), at 40-57.
 
1. 沿岸国は、マラッカ海峡に対して既に制限されている規制が、国際共同体の構成国が引き受け又は共有することを認めうる程度について決定しなければならない。沿岸国と他の利用国による規制の利益の間でうまく均衡をとるに当たって、領域主権として沿岸国の最高の利益は、引き続き至上(paramount)のもの又は優勢(dominant)なものでなければならない。
2. 国際共同体の構成国に対して負担共有の要請が行われる前に、沿岸国は提供される役務について集められた基金を収集し支払うメカニズムに関して合意する必要性がある。
3. IMOはマラッカ海峡における役務について課徴金を導入するためのいずれのイニシアチブについて協議を受けなければならない。
4. 概括された選択肢は次のものである:(1)航行安全と環境管理の協力という主要な2つの協力分野を支援するために別個の基金を設けること、(2)既存のマラッカ海峡回転基金の範囲を拡大すること、そして(3)環境管理事業又は安全活動に資金提供する信託基金を設けること。
 
4 1999年IPS/IMO会議(シンガポール):マラッカ・シンガポール海峡における海洋法条約第43条の実施に向けて
 
 シンガポールで開催された1996年IPS/IMO会議のフォロー・アップは、同じく両組織によって、シンガポールで1999年に招集された15。1999年シンガポール会議の目的は、航行安全及び汚染に関する負担共有のための制度を設けるために、海洋法条約第43条をどのように実施するかを議論することであった。
 開会の際、議長であるトミー・コー教授は、会議の目的は3つあると述べた。第1に、マ・シ海峡における航行安全をさらに効果的に確保するためには我々はどのように協力するかに関する対話を前進させることである。第2に、マ・シ海峡における汚染を防止し、軽減し及び規制するための協力の枠組みを我々がどのように達成するのかを議論することである。第3に、どのようにして第43条を実施するかに関する意見の一致を達成することである16
 ヨー・チョートン(Yeo Cheow Tong)通信情報技術大臣は、会議開会の辞のなかで、シンガポールの立場を明らかにした。シンガポールは、マ・シ海峡の基金メカニズムに対して、それを作ることについての国際的合意が存在するならば、公平な配分の貢献を行う準備がある、と彼は述べた。そして大臣は、マ・シ海峡の基金メカニズムを規律すべきであると信ずる次の4つの原則について述べた17
 
15 この会議で提出された論文及びそれらの論文と討議を要約した特別報告者の報告書は、マ・シ海峡における海洋法条約第43条の実施に関する特別号として、Singapore Journal of International & Comparative Law (SJICL) (1999), No. 3の中で公表されている。
16 Ibid., at 293-295.
17 Ibid., at 296-298.
 
23. マ・シ海峡の国際的地位に鑑みれば、いかなる基金メカニズムも国連海洋法条約に整合するものでなければならない。とくに、海洋法条約の中で適用のある制度に基づき、引き続きマ・シ海峡の船舶通航を妨げないものとしなければならない。
24. 当該基金は国際的な主体によって管理されるべきであり、その主体には沿岸国、利用国、他の国及びIMOからの代表を含み得る。
25. 基金は透明でありかつ統一的に適用されるべきである。言い換えれば、「利用者負担」原則に基づき、そして差別的なものであってはならないということに基礎を置くべきである。
26. いかなる基金への貢献も、国際基準に従って、役務に対してコストを補うことに基礎を置くべきである。
 
 この会議で提出された論文の多くは、基金の問題を直接扱わなかった。航行安全を向上させる態様を議論する者もあれば、海洋汚染を防止し及び管理するに当たっての協力の枠組みを論ずる者もあった。
 最も興味深く、最も議論となった論文は、基金メカニズムを論ずるものであった。とくに興味深いのはインドネシアのハシム・ジャラール教授、マレーシアのB.A.ハムザー、シンガポールのS.チワリ、日本の松本修、IMOのマティ・パルとガブリエル・ゲッシェワンリの論文が興味深い。加えて、国際的に認められている2人の法律専門家である英国のデヴィッド・アンダーソンとフィジーのサティア・ナンダン大使が、第43条に基づく協力から生ずる法律問題に関する論文を提出した。
 討議では、マレーシア(B.A.ハムザー)とインドネシア(ハシム・ジャラール)の代表が、少なくとも当初は、マ・シ海峡の回転基金に基づく基金取極への自発的貢献に基づく制度が好ましいということを明らかにした。基金は国際主体により管理されるべきであるというシンガポールの提案に対しては、インドネシアの代表者たちからの反応は冷たかった。国際主体による管理は沿岸国による領海のコントロールを失う結果になりかねないというおそれが表明され、受け入れられないものであるとみなした。彼らはまた、国際的な信託基金が創設されても、すぐに貢献が申し出られるという保証はないという見解も表明した18
 1999年のシンガポール会議の閉会に当たって、会議の議長であったトミー・コー教授は、議論を要約した。彼は収束点が多く存在し、明らかに見解が異なる点がいくつか存在すると述べた。コー教授は、以下の点で収束があったと留意した19
 
27. マ・シ海峡は海洋法条約における国際航行に使用されている海峡である。
28. 沿岸国は海洋法条約に従って、そしてIMOと密接に協力しながら誠実に行動することを望んでいる。
29. 沿岸国はマ・シ海峡における航行安全及び船舶起因汚染を防止し、軽減し及び規制することに関する義務を履行するために最善を尽くすよう試みている。
 
18 Robert C Beckman, Towards Implementation of UNCLOS Article 43 for the Straits of Malacca and Singapore - Rapporteur's Report on the 1999 IPS/IMO Conference on the Straits of Malacca and Singapore, (1999) 3 SJICL 253 at 284-285.
19 Ibid., at 285-286.
 
30. 沿岸三国は、第43条の意味を明らかにしそして発展させ、そして他の海峡の模範となりうるその実施メカニズムを見いだすことに努力している。
31. 沿岸三国は、沿岸国と利用国の「両者が得をする(win-win)」状況ができる衡平な解決を見いだしたいという願いに動機づけられている。
32. 第43条を実施するためのイニシアチブは沿岸三国によってとられるべきであるが、そうするに当たっては、沿岸三国はIMOと協力するべきである。
33. 第43条は勧告の文言で定められているが、ある程度の法的義務を含意している。
34. 第43条に関して、沿岸国は「利用国」に対し、第43条の目的及び意図を達成するために沿岸国と協力する義務を履行するよう真に希求する。
35. 第43条の実施に関して、利用国は海洋法条約が命ずること及び衡平が求めることを行うために沿岸国と協力すべきである。
36. 第43条に関して、「利用国」には旗国、輸出国及び受け入れ国(receiving states)並びに当該国の自然人及び法人である国民(船主、海上保険者及び主要な石油企業を含む)を含まなければならない。
37. 第43条を実施するに当たって、双方の側の衡平を考慮に入れなければならず、それにはマ・シ海峡のほとんどが沿岸国の領域主権下にあるという事実及び利用国はマ・シ海峡における正当な権利及び利益を有するという事実が含まれる。
38. いかなる基金メカニズムの発展の基礎として役立ちうる適当な諸原則に関して、今朝いくらかの良い指摘がなされた:
●海洋法条約に従うものであること
●無差別であること
●コストを回復するものであること
●IMOと国際基準を遵守すること
●「利用者負担」の原則
 
 コー教授はまた、第43条の目的を達成するためにはどのような協力が最善かに関して、意見の相違があることにも留意した。参加者のある者は、最良の実施方法は、マ・シ海峡の現在の回転基金を、既存の制限を取り払うように修正するというものである。その次に、沿岸三国は、沿岸国と利用国間の非公式な協力関係の取極の一部として、(これまでの日本に加えて)利用国からの自発的な貢献を求めるべきである。こうした過程は、実施のための計画に基づいて沿岸三国が会合した上で決定するべきであると信じている。他方で、最良の実施方法はマ・シ海峡の信託基金といった新たなメカニズムを設けることであると信ずる参加者もいた。これは沿岸三国及び当該基金に主要な貢献を行う利用国の代表によって管理されるものである。これを進めていく上での最良の道筋は、沿岸三国がIMOと協力してマ・シ海峡の信託基金を設立するための国際協定を締結するために国際会議を招集することであると信じている。こうした協定は義務的な貢献に基づき、そしてSOLAS条約の修正として実施されうる20
 会議の特別報告者を務めたロバート・ベックマン教授は、その報告書の中で、1999年のシンガポール会議の結果として、今や第43条に関する次の点について、より良い理解が存在すると述べている:
39. 沿岸三国がマ・シ海峡における航行安全及び船舶起因汚染を防止し、軽減し及び規制することの向上のために、ほぼ40年間誠実に行ってきた協力の程度。
40. 航行安全及び船舶起因汚染の防止、軽減及び規制を向上させるために自発的に基金を提供することにより誠実に日本が沿岸三国と行ってきた協力の程度。
41. マ・シ海峡における航行安全及び海洋環境保護のための海事インフラの提供の責任を沿岸国のみが負担することは衡平ではないということ。
42. 海洋法条約第43条をどのように解釈すべきであるかということに関しては国際法学者の間で一般的な意見の一致が存在するということ。
43. 第43条は海洋法条約に定められる合意を達成するために沿岸国と対話を行う利用国の義務を含意しているということ。
44. 関係する沿岸三国は、求める援助の性質及び程度と、確立したい協力のあり方について、自らの間で決定しなければならない。しかも、そうした協力のためのイニシアチブは、沿岸国から発するものでなければならない。
45. 第43条の基金メカニズムを規律するべき一定の諸原則に関して意見の一致ができつつあること、そしてマ・シ海峡に関して第43条を実施する一定の形式の基金メカニズムが不可避であるということ。
 
 特別報告者の評価にはまた、第43条に基づく協力に関していくらかの重要な点に関する合意に達するためには、さらなる作業が求められるとも述べられていた。一つの重大な事項は、基金メカニズムを含む協力のための制度が、沿岸国の領海における主権の減退と思われるような枠組みが定められ得るか否かというものであった。ベックマン教授は、この点に関して、沿岸国はインドネシアのハシム・ジャラール博士が1996年のシンガポール会議で発表した論文の中で行った指摘について、特に強調する必要があるだろう。すなわち、彼は「いずれの国も次第に、協力の促進を主権の減退よりもむしろ、その行使としてみなすべきであると感じている21」と述べている。
 特別報告者は、実施の態様が航行安全及び汚染に関する責任を共有するための基金を設けるものである場合には特に、第43条がマ・シ海峡について実施される前に解決されなければならない他の重要な問題が存在すると報告した22
 
20 Ibid., at 287.
21 Ibid., at 290-291.
22 Ibid.
 
46. 利用者の定義について意見の一致が達成されなければならない。なぜならこれは、まさに誰が自発的制度に貢献することを求められ得るのか又は義務的制度に貢献することを求められ得るのかに関係するからである。
47. 航行安全及び船舶起因汚染の双方に関して、基金を利用する目的がより明確に定められなければならない。
48. 基金の利用を規律する諸原則について、コストの回復に限定されるのか否かなどに関する意見の一致が達成されなければならない。
49. マ・シ海峡に関する第43条に基づく協力取極又は協定において、IMOがどのような役割を果たすべきかに関して合意に達しなければならない。
 
 特別報告者は、その報告書の中で、こうした事項を扱うに当たって、沿岸国はこの会議で提案されたアイデアの一つについて、さらなる検討を行うよう提案した。このアイデアは、沿岸国と利用国間で広範な「アンブレラ」取極が存在するべきであるというものである。沿岸三国が第43条の実施のためのアンブレラ取極を行う場合に、特定の事項の利害関係者の様々な手段との別個の取極を行うに当たって、より柔軟性を与えうる。たとえば、海上安全インフラのコストの回復に関する取極は、おそらくIMOによって発展されてきた諸原則に従ってコストを回復することために追求され得る。同時に、船舶起因汚染の防止に関する取極は、自発的な貢献を基礎として、様々な利害関係者の集団(たとえば石油輸入社など)と共に追求されうる23
 
5 1999年マラッカ海峡に関する国際会議:マラッカ海峡の持続可能な管理に向けて(マラッカ・マレーシア)
 
 この会議は、マラッカ海峡調査開発センター(MAESDEC)、プトラ・マレーシア大学社会環境研究学部によって組織された。この会議のプロシーディングは、『マラッカ海峡の持続可能な管理に向けて』という表題で、2000年に出版された24。マーク・J・バレンシアによる基調講演はマラッカ海峡における負担共有に関する諸事項に関して、多くの興味深くかつ深い洞察を行っている。彼の論文の中で扱われた諸点には、次のものが含まれる25
 
23 Ibid., at 291-292.
24 Towards Sustainable Management of the Straits of Malacca: Proceedings of the International Conference on the Straits of Malacca, 19-22 April, 1999, Malacca, Malaysia (M. Shariff, F.M. Yusoff, N. Gopinath, H.M. Ibrahim & R.A. Nik Mustapha, editors), MASDEC (2000)
25 Mark J. Valencia, "Policy options and institutional mechanisms for management of the Malacca and Singapore Straits: the way forward" in Ibid., at 741-754 at 748-753.
 
50. 基金の管理に関して、彼は3つの選択肢があると述べる。第1に、航行安全及び汚染防止措置に関する特定の事業について基金を提供することについて利用者を説得することである。第2に、IMOに対して、国際海峡基金を設ける国際条約の採択を提案することである。第3に、海上税(maritime dues)を導入することであるが、これはIMOとの協議の後でなければならない。彼は、通航船舶から税(dues)を徴収することは、IMOの援助を得て、そしてポートステート・コントロールを利用することで可能になると主張している。
51. 彼はやがて沿岸三国はマ・シ海峡管理機構を形成するだろうと主張する。彼は既存の組織が広範な基礎を持つ管理制度の構築のための核として役立つであろうと主張する。それにはマ・シ海峡における航行安全及び海洋汚染規制に関する理事会、航行安全に関して日本と交渉している三者委員会(Tripartite Committee)、そしてマラッカ海峡回転基金を含む。彼は管理制度を構築するための理想のモデルは既存のタイ・マレーシア共同開発機構であると述べている。
52. 彼はその予言の中で、マ・シ海峡の新制度を形成するに当たって大きな障害となるのは、沿岸三国が異なる立場を有するという事実であると述べている。なぜなら沿岸三国はマ・シ海峡に関する事項について異なる国益を有しているからであるとする。彼は、シンガポールがマ・シ海峡の管理制度の設立を指導し規律することを望んでいるとの意見を持つ。対照的に、インドネシアとマレーシアは、何よりも、マラッカ海峡は自国の領海であるということ、そしてその結果自らマ・シ海峡のいかなる制度の設立についても開始、許可及び指導を行わなければならないと主張すると考察している。
53. バレンシアは次に、そうした相違にも拘わらず、沿岸三国は今や利用国に対して共通の政策アプローチを定式化するよう試みていると述べている。彼は、もっともあり得そうな筋書きは、マ・シ海峡の管理における国際協力が、それらが提起され、そして十分な共通の関心が生み出されるのに応じて、事項ごとにアド・ホックで進められることであると結論づけている。
 バレンシアは、協力を向上させるための過去における主要な障害の一つが、沿岸三国間の相違という事実にあったとすることは、おそらく正しい。しかしながら、沿岸三国は、多くの点について、長年にわたって相互によく協力してきたということは指摘されるべきである。三者技術委員会(Tripartite Technical Committee)において相互に十分作業してきたとすべてで報告されている。また、諸国の国益は固定しておらず、絶えず変化しているということもまた指摘されるべきである。マレーシアは、ジョホールとセランゴールにおいて港を発展させ、国際的な海運センターとなっているように、事項の多くに関するその利益はシンガポールの利益に近くなってきている。マレーシアは、海上管制制度(vessel traffic system)のような航行援助への大規模な投資に加えて、マラッカ海峡における船舶に対する武力攻撃と闘うために多額のコストを負担しなければならない。したがって、将来、マレーシアとシンガポールはマ・シ海峡における航行安全とセキュリティを向上させるための努力を共に支援するための行動をとりやすい。難しいのはインドネシアの承認を取り付けることである。インドネシアは急を要する他の多くの問題を抱えており、航行安全とセキュリティに高度の優先性を与えることができないでいる。
 言及するに値する他の点は、シンガポールでの1996年にIPS/IMO会議においてなされた提案で、沿岸三国間の協力の問題を閣僚レベルの委員会に移すというものである。興味深いことに、この提案を行ったものは、インドネシアのハシム・ジャラールであった。会議のほとんど全員がこれはすばらしいアイデアであるとして合意したように思われたが、沿岸三国はこの提案を取り上げてはいないように思われる。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION