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第2章
マラッカ・シンガポール海峡における負担の共有
過去の議論と将来の展望
シンガポール国立大学 ロバート・C・ベックマン
(翻訳 SOF海洋政策研究所 加々美 康彦)
 
はじめに
I マラッカ・シンガポール海峡を規律する法制度
II 1994年から1999年までの国際会議
1 1994年マラッカ海峡に関するMIMA(マレーシア海事研究所)国際会議:「21世紀へのチャレンジ会議」/1995年マラッカ海峡に関するKL(クアラルンプール)ワークショップ
2 1996年IPS(シンガポール政策研究所)/IMO(国際海事機関)会議(シンガポール):マラッカ・シンガポール海峡における航行の安全と汚染の規制−国際協力のありかた
3 1996年海洋汚染防止のための持続可能な資金調達メカニズムに関する地域会議:官民パートナーシップ
4 1999年IPS/IMO会議(シンガポール):マラッカ・シンガポール海峡における海洋法条約第43条の実施に向けて
5 1999年マラッカ海峡に関する国際会議:マラッカ海峡の持続可能な管理に向けて(マラッカ・マレーシア)
III 1999年以降の発展
IV 海峡における協力と9.11以後の世界
おわりに
 
はじめに
 本稿では最初に、国際航行に使用される海峡に関する1982年国連海洋法条約(以下、海洋法条約)の第3部に定められるマラッカ・シンガポール海峡(以下、マ・シ海峡)を規律する法制度を要約する。次に、海洋法条約第43条に従ったマ・シ海峡における航行安全と汚染規制に関する沿岸国と利用国間の負担共有の取極に関するコンセンサスに至るために1994年から1999年の国際会議で行われた努力について検討する。マ・シ海峡について第43を実施するために可能な取極又はメカニズムについて、沿岸諸国、利用国そして他の利害関係者の間での主要な合意点と主張を明らかにする。そして将来の展望を扱う。2001年9月11日の世界貿易センターへの攻撃の結果として、マ・シ海峡における安全及び保安に対する懸念の増大が、沿岸国と利用国に第43条を実施させる機会を提供し、同海峡における安全、保安及び汚染規制を確保する負担を共有させる機会を提供していることを主張する。最後に、マ・シ海峡を通過する船舶への課徴金または通航料を賦課する見通しを含む、沿岸国が船舶に対して実際に提供する役務について、第43条に基づく協力取極のための将来の展望に関する私見を概観する。
 
I マラッカ・シンガポール海峡を規律する法制度
 マ・シ海峡はインド洋と南シナ海を結ぶ、国際航行に使用される極めて重要な航路である。同海峡の主要部分はインドネシア、マレーシアそしてシンガポールという三つの沿岸国の領海内にあるが、同海峡を規律する法制度は、国際航行に使用されている海峡として、海洋法条約第III部に定められるものである。すべての国の商船及び軍艦はマ・シ海峡を通過通航権する権利を有し、その権利は害されず、停止されない1。マ・シ海峡において通過通航を行う船舶は、海洋法条約に基づき、一般的に受け入れられている国際的な規則、手続及び方式を遵守するよう拘束される2。それらは、航行安全及び船舶起因汚染を規律する国際海事機関(IMO)が採択する主要な諸条約に定められるものである3。沿岸三国が通過通航を行使する船舶を規制する権利は、厳しく制限されている。それは、航行安全及び船舶起因汚染に関するIMO条約を実施するもののみに限られているのである4。実際には、このことはマ・シ海峡において通過通航する権利を行使する船舶を規律する法令を制定する権限は、沿岸三国よりむしろIMOにあることを意味する。
 国際航行に使用されている海峡を規律する法制度は、沿岸国の環境上及び保安上の利益よりも国際共同体の航行利益の方にはるかに大きな比重を置いている。マ・シ海峡を通過する船舶を規律する規則に関しては、この均衡のいかなる調整も、実際は、通過する船舶を規律する規則を採用する権限を持つ機関としてIMOに委ねられている。
 国際航行に使用されている海峡を規律する制度には、利用国が通過通航の利益を享受することが可能である一方で、それらの国がまた当該海峡において安全を確保し汚染を規制することが要求される負担をいくらか共有することも期待されるのを確保することが意図された、一つの規定も含まれている。海洋法条約第43条は、合意により、国際航行に使用されている海峡における航行の安全及び船舶起因汚染に関して、沿岸国と協力することを、利用国に義務づけている。第43条は次のように定める:
 
 海峡利用国及び海峡沿岸国は、合意により、次の事項について協力する。
a. 航行及び安全のために必要な援助施設又は国際航行に資する他の改善措置の海峡における設定及び維持
b. 船舶からの汚染の防止、軽減及び規制
 
 不幸なことに、日本を除けば、利用国はマ・シ海峡について、第43条に基づく協力の取極に、いかなる関心も示していない。それらの国は、国際航行に使用されている海峡を規律する制度の下での利益は進んで受けるが、進んで負担を共有しようとはしない。その結果、沿岸三国は、日本の援助を受けながら、航行安全に関する改善を行うための財政を負担せねばならない。それらの国はまた、油濁事故及びマ・シ海峡における石油と油性廃棄物の違法な排出への対処のためにもまた負担を負わなければならない。
 
1 海洋法条約第38条、44条。
2 海洋法条約第39条。
3 適用がある主要なIMO諸条約は次のものである:海上における人命の安全のための国際条約(1974年SOLAS条約);海上における船舶の衝突予防のための国際規則(1972年COLREG条約);船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約(1978年STCW条約);船舶による汚染の防止のための国際条約(MARPOL 73/78)。
4 海洋法条約第42条。
 
 1993年11月16日、ガイアナが海洋法条約に拘束されることについての批准書または加入書の寄託を行った60番目の国となった。その結果、海洋法条約が発効し、その文言によれば、60番目の批准書又は加入書が寄託された日の後12箇月、すなわち1994年11月16日に発効することが国際社会に明らかとなった。この日取りが、海洋法条約を普遍的に受け入れうるものとするための努力に新しい刺激を与えた。結果として、1994年7月に、深海底に関する海洋法条約の第XII部の実施協定に関する合意に達した。これが海洋法条約の普遍的な受諾に道を付け、アジアの多くの諸国や世界の残りの国々が、批准の用意を行った。インドネシアは1986年に批准している。シンガポールは1994年11月に批准し、同じ月に海洋法条約は発効した。日本とマレーシアは1996年に批准している5
 海洋法条約が1994年11月16日に発効した際、それが普遍的に受け入れられること、そして国際航行に使用されている海峡を規律する法制度に関してはもはや疑いはないということが明らかとなった。沿岸国は、マ・シ海峡での国際協力のための新しい機会が訪れたことを認識したのである。その結果、マ・シ海峡における航行安全と汚染防止を改善するための協力取極について、この地域における国際会議での議論と論文が出されたのである。
 
II 1994年から1999年までの国際会議
1 1994年マラッカ海峡に関するマレーシア海事研究所国際会議:「21世紀へのチャレンジ会議」/1995年マラッカ海峡に関するクアラルンプール・ワークショップ
 マラッカ海峡に関する1994年の会議と1995年のワークショップは、マレーシア海事研究所(MIMA)によって組織された。これらの会合から選り抜かれた論文は、アフマド・ハムザー編『マラッカ海峡:貿易、資金及び航行安全における国際協力』(MIMA、1997年)において公表された。本書は資金と海峡の管理に関する7編の論文を収めている。諸論文の中で指摘された最も重要な点は以下の通りである:
 
1. B.A.ハムザーは、IMOの協賛でそしてすべての利用者がマラッカ海峡の資金について論ずることを含む国際会議を始めよう、と主張した6
 
5 マラッカ・シンガポール海峡に利害関係のあるほぼすべての国が、現在では海洋法条約の締約国である。ASEAN諸国の中では2カ国、カンボジアとタイのみが締約国になっていない。2004年1月1日現在、145カ国が海洋法条約の締約国である。海洋法条約の地位については、国連海洋法務部のホームページを参照。http://www.un.org/Depts/los.
6 The Straits of Malacca: International Co-operation in Trade, Funding and Navigational Safety (Hamzah Ahmad, editor, MIMA 1997), page 142.
 
2. ジェラルド・ピートは、実際的かつ機能しうる解決は、沿岸三国がIMOに対して、当該措置に資金を提供する明示の任務を伴った、マラッカ海峡における航行の安全及び汚染の防止の改善を目的とする新しいマラッカ海峡理事会を設立するよう提案することである、と主張した。彼はIMOが、どの国が理事会に関係するべきであるか、そして構成国の関連する貢献を客観的に決定するために有用なフォーラムになりうると述べた7
3. ジェラルド・ピートは、他に3つの興味深い点を主張した。第1に、世界の他の部分でも同じメカニズムが利用できるような、資金メカニズムを設けることが最良であるように思われる。第2に、資金メカニズムは参加者が管理システムのごく特別な部分に対してのみ貢献しうるための参加を認める場合に、より実際的かつ機能的なものとなるであろう。第3に、第1段階は、沿岸三国がマ・シ海峡についてとる必要のある特別な提案を発展させるべきである8
4. ムハンマド・ラジフ・ビン・アフマドは、マラッカ海峡におけるマレーシアの危機管理の財政コストに関する極めて明確な分析を行った9
5. エドガー・ゴールドは、沿岸国と利用国間の協定の下で、IMOの協力を得て、マラッカ海峡管理委員会を設けることが可能であろうと主張した。彼は1936年のモントルー条約により設けられたトルコ海峡を規律する特別な制度を類推した。モントルー条約は、沿岸国により提供される衛生、灯台及び人命救助の役務について、通過する船舶に対して一定の「役務料」をとることを認めている10
 
2 1996年IPS(シンガポール政策研究所)/IMO(国際海事機関)会議(シンガポール): マラッカ・シンガポール海峡における航行の安全と汚染の規制−国際協力のありかた
 1996年9月、シンガポール政策研究所(IPS)とIMOは「マラッカ・シンガポール海峡における航行の安全と汚染の規制−国際協力のありかた」と題する国際会議をシンガポールにおいて組織した11。この会議はIPS所長のトミーTBコー教授が議長を務め、30カ国を超える国、国際組織、実業界及び市民団体からの参加者が出席した。主要な利害関係者のすべてを代表する個人が、第43条に基づくマ・シ海峡における国際協力のあり方を議論するという特別な目的のために会合したのは初めてであった。
 この会議は第43条に特に言及されている2つの分野をめぐって組織された。すなわち、航行の安全と汚染の規制である。航行安全に関する協力のあり方に関する特別報告者であるリン・レイ・テンは、第43条に関する彼女の報告の中で、次の点を指摘した12
 
7 Ibid., at 163.
8 Ibid., at 158-159.
9 Ibid., at 187-219.
10 Ibid., at 236-237.
11 この会議で提出された論文及びそれらの論文と討議を要約した特別報告者の報告書は、Singapore Journal of International & Comparative Law (SJICL) (1998), No.2の中で公表されている。
12 Lim Lei Theng, Navigational Safety in the Straits of Malacca and Singapore: Modalities of Co-operation -Rapporteur's Report, (1998) 2 SJICL at 256-258.
 
1. 第43条はその通航のみを理由として領海内を通過する外国船舶に対して、いかなる課徴金も課すことができないが、船舶に対する特定の役務が提供され、それが差別なく課される場合には、課徴金を課することができる、というように定めている海洋法条約の諸規定に照らして読まれるべきである。
2. 第43条は「するものとする」よりも「すべきである」という文言を用いているので、利用国と沿岸国に課される義務は「勧告的」なものであると説明されうる。それにも拘わらず、マ・シ海峡における航行の安全が、実効的かつ広い国際協力を通じて向上されるのであれば、それは利用国と海運業界のような民間セクターの構成員を含むすべての利害関係者の利益となりうるということが合意された。
3. 協力はすべての関係者にとって利益となることは会議で一般的な合意があったが、他方で、協力のあり方にはかなりの議論があることが明らかとなった。
4. 第43条はマ・シ海峡を特に念頭において起草されたということが、海洋法条約を起草した国連会議の諸会期に出席した者によって指摘された。この規定は、特にマ・シ海峡の航行安全を確保するに当たって負わなければならないであろう財政負担との関係で、マレーシアが表明した特別な懸念に対応するように発展された。サティア・ナンダンが論文の中で指摘したように、次のコストの負担は第43条に基づく国際協力である:
 
 「航行援助施設の設置及び維持、新しい灯台及び浮標のスキーム並びに深喫水船のために新しい水路を浚渫するような活動。新しい施設が海峡沿岸国の船舶よりもむしろ第三国の船舶の利益となることが意図される場合には特にそうである」。
 
5. これまで、航行援助を提供するための財政負担の共有に関する協力は、沿岸国と日本に限られてきたということが指摘された。さらなる協力が求められることは明らかである。
6. 第43条が「合意により」、「利用国」と協力する必要について定めていることは明らかである。しかしながら、沿岸国間の協力の必要性を認識するに当たり、第43条での「利用国」への言及は、どのようにしてその利用国が特定されるかという問題を残している。この会議の重要な特徴は、こうした定義上の溝を埋める必要性であった。
7. 最後に、第43条は実施の任務を負うべき国際機関には全く言及していないが、第43条に想定される国際協力の取極を可能にするに当たって主要な役割を果たすには、IMOが最も適当な国際組織であるということが一般的に認められた。
 
 汚染の規制に関する協力のあり方に関する特別報告者のアラン・タンは、第43条に関する論文の中で次の点を指摘した13
 
8. 会議では終始、講演者、討論者及び代表者たちが口を揃えて、沿岸国と他の利害関係者(利用国であったり、民間セクターであったり)の間のさらなる協力と協議の必要性を繰り返した。特に、マ・シ海峡における航行安全及び汚染規制プログラムを維持するために沿岸国の肩にのし掛かっているコストの負担を減らすため、第43条に基づく衡平な責任負担のための取極を設ける呼びかけが繰り返しなされた。
 
13 Alan Tan Khee Jin, Control of Pollution in the Straits of Malacca and Singapore: Modalities of Co-operation - Rapporteur's Report, (1998) 2 SJICL at 269-276.
 
9. 多数国間協力のいかなる取極案も、沿岸国の国家主権をいくらか失いうるとの理解を含むものかもしれないということが指摘された。そのようないかなる取極も、現在までそうではないけれども、この地域以外からの利用者もいくらかの財政上の責任を負わなければならないということを意味するということも合意された。マ・シ海峡についての将来のいかなる負担共有も、沿岸国が引き続き日々の海峡の管理に対して規制を行使することを確保することにより、マ・シ海峡に対する沿岸国の主権を尊重しなければならないということもまたいくらかの参加者から指摘された。
10. 参加者たちは、原則として、なんらかの形式の負担共有のための取極が必要かつ望まれるということに合意した。しかしながら、予想されるように、どのようにすればそのような取極が実際的に機能するのかに関しては、見解に顕著な差があった。様々な当事者の懸念を最もうまく扱うには、取極は恒常的なものとすべきかそれとも単にアド・ホック的な性質のものとすべきか、また正式な条約メカニズムによるべきかそれとも覚書や了解といった形式張らないものとするべきかについて、参加者より懸念が提起された。
11. 提案されたいずれの負担共有スキームも、国際法一般、特に国連海洋法条約の諸規定に整合するものでなければならないということは、根底にある合意事項であった。
12. 沿岸国からの参加者のいくらかは、いずれの負担共有のための取極案も、マ・シ海峡の管理の責任が、引き続き沿岸国のものとするということを認識しなければならないということを明確にした。したがって、利用国がマ・シ海峡の管理に対して財政的に貢献するという単なる事実は、それらの国に対してマ・シ海峡の管理に参加する権利を事実上当然に(ipso facto)与えるものではない。
13. 負担共有方法を発展させるに当たって直面する第1の問題は、マ・シ海峡の「利用者」を特定することである。参加者たちは「利用者」という語が、旗国のみならず他の国や民間セクターの利害もまた含むように広く解釈されなければならないということに合意があった一方で、精確には誰がそうした利害を有しているのかについては多くの異論があった。参加者たちは「利用者」を特定することには、それを特定する基準を明らかにする必要があるということに合意した。様々な基準が主張された。すなわち、主要な旗国、輸出国、輸入国(受入れ国)、寄港国そして貿易国。結局、会議で有力になった見解はなかった。
14. 利用者と負担共有を論ずる協議方法に関して、方法論で顕著な相違が提起された。ある参加者は、マ・シ海峡を通航する利益を有するすべての関連する利害関係者が出席する大きな国際会議の組織を含む、広く透明な「包括的」アプローチを呼びかけた。野心的ではあるが、このアプローチは問題の国際化を好み、IMOが重要な仲介的及び促進的役割を果たす。対照的に、別の参加者はもっと「排他的アプローチ」を好むと表明した。すなわち、交渉する「利用国」及び/又はIMOを特定し、招待する裁量を沿岸三国に一任するというものである。この2番目のアプローチは、マ・シ海峡に対する沿岸国の領域主権が、海洋法条約第III部の諸規定にのみに従うものであることを強調するものである。こうした彼らの見解は、沿岸国は利用者の協力及び財政上の貢献を歓迎するが、いかなる負担共有取極に関する究極の意思決定権限を沿岸国が維持することが必要であるというものであった。同様に、IMOがそうしたいずれの取極に対して関係するのか否か、関係するならどの程度かに関して、沿岸国が決定するべきである。この難しい事項について、なんら意見の一致を見なかった。
15. 大きな懸念であったのは、利用国から受ける財政上の貢献の形式であった。利用者からの貢献の形式に関しては様々な提案がなされた。一つの提案は、特別な基金を設け、利用国がその基金に対して寄付を行うよう要請されるというものであった。別の提案は、利用者が技術支援及び汚染防止装置の提供という形式で、金銭ではなく現物での寄付を行うことを認めるというものであった。
16. 貢献の形式に関する問題は、マ・シ海峡の通航に対する課徴金(toll)又は通航料(fees)を賦課する過去の提案のために、敏感なものである。参加者たちは、国際合意の外で通航料を一方的に課すことは国連海洋法条約と整合しないということで明白な合意があった。参加者たちは、国際航行に使用される海峡を通過することのみに基づき通航料を課するいかなる制度も、海洋法条約第43条に基づく国際合意に従ってのみ実現することができると信じていた。
17. 参加者は、利用者による貢献を強要するためのいかなる法的又は制度的手段も、現在のところ存在していないことを認識していた。第43条自体は利用者からの協力を強制するためのいかなる直接的、拘束的なメカニズムを含んでいない。したがって、貢献を集めるいかなる強制的な制度も、条約のメカニズムを要求する。
18. いくらかの参加者は、関係沿岸国及び利害関係国による了解覚書(MOU)又は宣言に沿う自発的な貢献制度を開始しうると主張した。さらに提案された別の手段は、沿岸国が共同して、必ずしもIMOや他の利害関係者を巻き込まずに、特定の利用者が自発的な貢献を行うよう直接交渉を行うことであった。
19. 貢献の形式及び負担共有手段の問題と関係するのが、マ・シ海峡の自由な移動を禁止又は妨害する試みであると理解されるものに対して主要な海事関係者の間で広まっていた疑念であった。こうした関係者はまた、マ・シ海峡についてのいかなる負担共有のための取極の先例が、世界中の他の海峡についても創設されるかもしれないと案じた。
20. 参加者は、さらなる協力を求めるためには、新しいものを創設する代わりに、既存の制度及びメカニズムを利用することが望ましいことを認識していた。油濁汚染を除去するに当たって経費を負担するため沿岸国に対して前もって金銭を提供するために1981年に設立されていたマラッカ・シンガポール海峡協議会回転基金に言及があった。この基金への貢献は日本のマラッカ海峡協議会からのものである。同協議会は、基金発足時に4億円を投入している。参加者は、回転基金のマンデートと範囲が、油濁の除去だけでなく、航行援助施設、海底の測量及び油濁汚染の緊急時計画の維持といった防止措置の費用をも対象とするように、明示に拡大すべきであると主張していた。
21. 参加者はまた、民間企業に関しては、民間企業の貢献が安全性の改善につながり、それゆえ直接的な経済利益を民間企業に提供するということが示されれば、民間企業が第43条に基づく負担共有に対して、より参加しやすくなるだろうと認識していた。
22. 沿岸三国間の協力のための既存のメカニズムを改善するために努力をあわせる必要があるということも認識されていた。1970年代に、沿岸三国がマ・シ海峡に関する政策を形成し、小地域的な行動を調整するための強力な閣僚理事会を形成していたという情報が参加者に提供された。この理事会は最初の会合を開いたが、いくらかの理由により、このイニシアチブは結局引き継がれなくなった。会議では、ハイレベルの政策を議論するためのかつてのイニシアチブを復活させるため、今度は利用者との負担共有を確立することに関する閣僚級の同様の理事会を設けるよう勧告が出された。協力を改善する努力には、沿岸国の専門家を集めて航行安全と汚染の規制を確保するための共同行動を促進するために設けられた三カ国技術専門家会議(TTEG)をさらに活用することが含まれうる。参加者は、TTEGのマンデートは技術的事項に限定されるが、もしハイレベルの政策決定が閣僚理事会により行われうるのであるならば、TTEGは協力に関する技術的側面に専念するために残されうるということに留意した。
 合意されていない分野は多かったが、1996年のシンガポール会議は協力を向上させるために扱われなければならない主要な諸問題を特定することに成功した。閉会に当たって、沿岸国と利用者は、海洋法条約第43条に基づく公平な負担共有のための取極を設けるため、さらなる行動をとるべきであるということが合意された。追求された国際協力のあり方は沿岸国の主権に対して妥当な信頼を与えなければならず、また海洋法条約に整合しなければならないという意見の一致もまた存在した。


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