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III 1999年以降の発展
 1999年以来、第43条に基づく負担共有取極に関する事項にはほとんど何らかの行動も進展もない。なんらフォローアップの会議も催されず、沿岸三国間のさらなる議論も行われていないように思われる。アジア経済危機、インドネシアにおける根本的な政治的変化、SARS危機などに直面するという騒然とした出来事のために、第43条の問題は後回しにされていた。
 日本は、引き続きマ・シ海峡の負担を進んで受け入れ、通過通航制度の利益を共有する唯一の国である。マ・シ海峡における航行安全に対する日本の貢献は、1996年シンガポール会議で日本の運輸省の最勝寺潔氏によって提出された論文の中で要約されている26。ニッポン・マリタイム・センターのウェブサイトでは、マ・シ海峡における航行安全に関する以下の活動がとられてきていると報告している27
 
54. 水路測量 1970年から1982年の間に、マラッカ海峡協議会は、日本海外協力機構(JICA)及びインドネシア、マレーシア及びシンガポールの沿岸三国と共に、マ・シ海峡の水路測量を行った。この四ヵ国共同測量プログラムの下で、1976年から1982年の間に6枚の共通データ海図(Common Datum Charts)が作成された。1996年から1998年の間、インドネシア、マレーシア、シンガポール及び日本政府の協力の下で、測量が行われた。累積的なコストは日本円で6億円(4600万米ドル)にのぼり、その発見と1982年の測量での発見は、ワンファザムバンクとホースバーグ灯台間の分離通航制度の拡大をIMOに承認させた。
55. 航行援助施設 マ・シ海峡において船員により利用されている航行援助施設の5分の3以上がインドネシアとマレーシアに拡大されている国際協力の一部としてマラッカ海峡協議会によって設置されたものである。これらの設置には日本円にして5億4000万円(4200万米ドル)以上のコストがかかっており、30カ所に約41の浮標、ビーコン及び灯台が設置されている。マラッカ海峡協議会はまた、こうした援助施設の維持及び取り替えに当たって、これらの両沿岸国と密接に作業している。
56. 設標船 2002年、マラッカ海峡協議会は、マレーシア政府に設標船ペドマン号を寄贈した。この船舶は主にマ・シ海峡における航行援助施設の維持のために利用される。これは同じく過去25年間に海上で作業を行ってきたマラッカ海峡協議会の当初の貢献による初代ペドマン号に取って代わった。
 
26 Kiyoshi Saishoji, "Japan's Contribution to Safe Navigation in the Straits of Malacca and Singapore", (1998) 2 SJICL at 511-516.
27 日本財団の次のウェブサイトより得た情報である: http://www.nippon-foundation.or.jp/eng/who/example02_s.html
 
IV 海峡における協力と9.11以後の世界
 ニューヨークにある世界貿易センターへの2001年9月11日のテロ攻撃は、マ・シ海峡について第43条に基づく協力のための合意に影響を及ぼしうる海洋法条約に定められる既存の法制度に対する挑戦となった。9月11日の攻撃は、世界的なテロ戦争を、唯一残っている超大国である米国の最優先事項にした。一つの帰結として、海上セキュリティがIMOの議題の最上位に位置づけられた28。9月11日の攻撃以来、米国は、自国とその支持者がテロの脅威と大量破壊兵器の拡散に対応することを可能にするため、既存の法制度の変更を開始している。たとえば、コンテナ・セキュリティ・イニシアチブ(Container Security Initiative)29、拡散防止構想(Proliferation Security Initiative)30そして海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(1988年、SUA条約)31である。米国はまた、港湾施設及び船舶の海上セキュリティを向上させるために1974年海上人命安全条約(SOLAS条約)を修正するためにIMOにおいて原動力にもなった。
 海上セキュリティの鎖の中で最も弱いところはマ・シ海峡のような国際航路における狭いチョーク・ポイントであることが次第に認識されてきている。海上テロが国際航行と世界経済に与える脅威が莫大なものであることに鑑みれば、海洋国家がマ・シ海峡のような脆弱なチョーク・ポイントにおける主要な交通路を確保するために沿岸国と利用国の国際協力の向上を押し進めるということは予想し得ないものではない。9月11日の攻撃の結果として、今や航行安全には海上セキュリティが含まれ、そして国際航行に使用されている海峡を通過する船舶の海上セキュリティは、沿岸国と主要な海軍国家間の新たな水準での協力を求めている。
 海上セキュリティを最優先とすることは、国際共同体と海洋法条約体制への挑戦である。それと同時に、第43条に従う負担共有の視点から見れば、それはまた好機を提供するものでもある。これまで、マ・シ海峡における航行安全を向上させるための負担共有と協力の向上の必要性に関して利用国がアプローチを受けたときには、大抵の者は丁寧にもそれに興味を示し、そしてそれが困難であり、挑戦的であるという点を指摘した。簡単に言えば、沿岸国は利用国よりも国際協力に多くの関心を持っていたのである。しかしながら、海上セキュリティについては、沿岸国と利用国の役割は、ある程度逆である。海上セキュリティは、インドネシアのような沿岸国にとってよりも、米国や日本のような主要な利用国にとって非常に優先度が高いものである。
 マ・シ海峡の第43条に基づく協力取極の提案は、もしその中にセキュリティと並んで安全に関する協力をも含むのであれば、利用国にとってより積極的に受け入れられやすい。この意味において、海上テロに対する関心は、沿岸国に好機を提供する。セキュリティと安全の双方を向上させるための措置を利用国との間で取り決めることができるならば、それは「両者が得をする(win-win)」状況となろう。他方で、沿岸国がこの好機を捉えることができなければ、主要国は沿岸国との国際協力によってではなく、利用国間の先制的な一方的行為によってマ・シ海峡におけるセキュリティを向上させることを決定しうる。沿岸国から見れば、または法の支配に基づくガバナンスという視点からは、それは良い発展ではないであろう。
 
28 海上セキュリティに関するIMOの行動の概観については、IMOのホームページを参照:http://www.imo.org.
29 米国税関による海上コンテナ安全対策に関する概略説明は、米国国務省のホームページで入手することができる:http://usinfo.state.gov/topical/pol/terror/02022505.htm.
30 拡散防止構想(Proliferation Security Initiative)に関する情報は、米国国務省のホームページで入手することができる:http://www.state.gov/t/np/c10390.htm.
31 修正案は9月11日の出来事以後の海上テロリズムの脅威を考慮してSUA条約を更新することが意図されている。修正案は現在IMOの法律委員会により審議されている。
 
おわりに
 第43条に基づくマ・シ海峡における沿岸国と利用国間の負担共有に関する1994年から1999年の議論において、多くの進歩があった。これから先の大きな挑戦は、マ・シ海峡における沿岸国の主権を損なったり又は脅威を及ぼしたりしない負担共有制度を作り出すことである。今日までの議論の中で、インドネシアとマレーシアの代表者たちの主要な関心は、第43条に基づく取極が、マ・シ海峡を「国際化」したり又は沿岸国の領海における主権及び管轄権を損なったりしないということであったように思われる。
 マ・シ海峡におけるいかなる将来の負担共有に関する議論においても、沿岸三国の代表者たちがマ・シ海峡における自国の主権及び管轄権が絶対のものではないという事実を心に留めるのであれば、助けになるであろう。海洋法条約第34条は、国際航行に使用されている海峡の沿岸国の主権又は管轄権は、第III部の規定及び国際法の他の規則に従って行使されると定めている。さらに、沿岸三国は、もし自らマ・シ海峡における負担共有に関して利用国と取極を行うのであれば、かかる取極は主権の行使であって主権の減退ではないということを認識すべきである。
 今日までの議論において、インドネシアとマレーシアの代表者たちは、自発的な貢献又は通過する船舶に与えられる役務についてある種の課徴金又は通航料のいずれかを通じて、なんらかの基金が設立されるべきであると提案している。彼らはまた、基金が沿岸国によって管理されること、そして基金は安全性の改善又は汚染の規制という特別な目的についてコストの回復を基礎として拡大されるべきであると主張しているようにも思われる。どのようにして基金が管理されそして支出されるかに関して意見が言えない限り、安全性の改善及び汚染の規制の目的のために沿岸国が管理する基金に対して多くの利用国が進んで貢献するようなことはないと思われる。
 将来の議論で探索されるべき一つの事項は、「利用者負担」又は「潜在的汚染者負担」原則に基づきマ・シ海峡を通過する船舶について課金する制度を設けることができるか否かということである。もし、ある協力制度が沿岸国と主要な利用国との間で合意することができ、IMOの規則として承認及び採択のためにIMOに提出される場合、マ・シ海峡の通過通航権を行使するすべての船舶は、この規則を遵守する法的義務を負いうる。議論の余地はあるにしても、課徴金又は通航料を課すことは、もしその課徴金又は通航料が、海上管制サービス(VTS)、自動船舶識別装置及び電子海図表示システム等のような通航する船舶に提供される特定の役務である場合には、海洋法条約に整合するものであるだろう。このような課徴金又は通航料は、沿岸国により一方的に課されるものである場合には違法となりうるが、議論の余地はあるにしても沿岸国により提案されてそれがIMOにより採択されれば許容されるであろう。この選択肢の一つの利点は、もし利用国がマ・シ海峡の通過について課徴金又は通航料を支払うことに合意する場合、世界中のより多くの沿岸国が国際航行に使用されている他の海峡についても同様の支払いを求めるであろうという利用国が表明する懸念を取り扱うことである。こうした筋書きに対する安全弁は、IMOの承認が必要であろうということである。この選択肢のもう一つの利点は、利用国の定義という困難な問題を回避するということである。取極は沿岸国、利用国及びIMOの間の合意によって設けられうるが、通航料の支払いは、利用国ではなく、実際の利用者が負担する。これは管理が容易なだけでなく、実際の利用者が支払うのでより衡平でもある。
 利用国と船主には、安全性及びセキュリティの改善及び汚染の規制のために必要な事業について、透明な形で基金が管理され支出されることを確保するためにマ・シ海峡について委員会又は評議会が設けられるのであれば、課徴金と通航料についての上記の提案がより受け入れやすいかもしれない。航行安全に関しては、日本が基金を提供してきているものと同じ種類の事業について基金が利用されうる。船舶起因汚染の規制に関しては、受け入れ施設、油濁汚染緊急装置等を提供するために基金が利用されうる。マ・シ海峡における故意による油の違法排出を鎮圧するための偵察機及び他の装備について並びに汚染に関する主要なIMO諸条約を完全に実施するために必要な他の行動についても利用されうる。
 9月11日以来の海上セキュリティの関心はまた、沿岸国と利用国間の協力の好機もまた提供している。マ・シ海峡において通過通航を行使する船舶についてセキュリティを提供するための全負担を沿岸国に期待するのは、とりわけ沿岸国がそうする能力を欠いている場合には、公平でも衡平でもない。利用国はマ・シ海峡の通過通航権の主要な受益者である。それらの国が、マ・シ海峡の安全及びセキュリティを維持する責任のいくらか負うことのみが、唯一公平なのである。沿岸国と利用国が合意することによって、利用国がマ・シ海峡における安全及びセキュリティの確保にいくらか負担することが可能であろう。しかしながら、沿岸国の主権に関する懸念に鑑みれば、そうしたセキュリティの取極は、やはり沿岸国のセキュリティ、主権、領土保全又は政治的独立を損ない又は脅威を与えないということが不可欠であろう。
 
* 本稿は平成15年度国際海峡利用と諸国の協力体制に関する調査研究事業報告書『国際海峡利用国と沿岸国の協力体制』(平成16年、SOF海洋政策研究所)所収の英文論文、Robert C Beckman, “Burden-Sharing in the Straits of Malacca and Singapore-Past Discussions and Future Prospects”を筆者の許可を得て翻訳したものである。翻訳に当たっては、できる限り原文を忠実に再現するよう試みたが、原文に見られる明らかな事実の間違いについては翻訳者が修正を加えたことをお断りする。
 
* This article is Japanese translation version of Robert C. Beckman," Burden-Sharing in the Straits of Malacca and Singapore-Past Discussions and Future Prospects," in Institute for Ocean Policy, Ship & Ocean Foundation, Cooperative Framework Between User States and States Bordering a Strait (2004).


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