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'05剣詩舞の研究◆2
幼少年の部
石川健次郎
 
剣舞「家兄に寄せて志を言う」
詩舞「太平洋上作有り」
剣舞
「家兄(かけい)に寄せて(よせて)志(こころざし)を言う(ゆう)」の研究
広瀬武夫(ひろせたけお)作
詩文解釈
 この詩の作者は日露戦役で旅順港閉塞作戦中に戦死した広瀬武夫中佐(一八六八〜一九〇四)で、彼が出征する時に軍人としての覚悟を実兄(広瀬勝比呂大佐、後に小将)に述べたものである。広瀬武夫は明治元年、九州大分県生まれで、父親は豊後の藩士で明治維新の勤皇派だった。先祖も詩文に記されているように南朝の忠臣菊池氏の血統で、大変に忠誠心が強かった。
 
広瀬武夫中佐(絵画)
 
楠木正成(右)正季(左)兄弟の図
 
 詩の内容は『国民として君のために忠節を尽くすことは当然のことであり、国家に報いようとする我々の真心は、かつての楠木正成・正季兄弟の様に、七たびこの世に生まれ変わって忠誠を尽くす覚悟である。
 わが家(南朝の忠臣・菊池氏の子孫)は君のために忠節をはげむという祖先伝来の遺風がある。従って兄弟は必らず先祖に劣らぬ武勲を立て、我が家の名声をあげたい』というもの。
 
構成振付のポイント
 この詩の特長は、作者が自分達兄弟も、楠木正成・正季兄弟に負けないという忠誠心の誓いが読みとれる。従って剣舞として構成する場合でも、作者兄弟と楠公兄弟のイメージを重ねて、剣技を有効に取上げるとよい。
 例えば作品を二分して、前半は楠公の故事に意味を持たせ、具体的には楠木正成が笠置の行在所に召されて、後醍醐天皇に忠節を誓った内容や動きを想定した抽象的な動作で前奏から起・承句の流れを考える。「七生報国」の表現なども“七度び”の数ではなく、数多くの戦いに勝利して君に尽くすといった心を“居合い抜刀”のくり返しで演じる方法もある。
 さて後半は朝敵の軍に斬り込み大勢を相手にしたイメージで刀法に変化をつけ、「誓って名声を挙げん」を勝利の山場とする。最後の「弟と兄と」は二つの決まりの型で広瀬兄弟の人物を浮き上がらせ立体感を持たせるとよい。
 さて戦前の文部省唱歌でうたわれた“杉野はいずこ、杉野はいずや”と広瀬中佐が旅順港を閉塞した話は有名だったが、舞踊構成の上でこの事例は採り上げにくい。
 
〈楠公夢に天誅を誓う〉
 
衣装・持ち道具
 忠誠心がテーマの作品だから、衣装は黒又は白紋付に袴。女児も紫、グレー等の準礼装風がよい。扇を使う場合は、天地金、金、銀の無地などがよい。
 
詩舞
「太平洋(たいへいよう)上作(じょうさく)有り(あり)」の研究
安達漢城(あだちかんじょう)作
詩文解釈
 作者の安達漢城(一八六四〜一九四八)は熊本県の出身。若い頃から漢学を学んだので漢詩の造詣が深く、優れた作品を残している。上京してからは政界に入り、明治、大正、昭和の政党政治家として活躍した。
 この作品は大志を抱いた安達漢城が太平洋を船で旅したときに詠んだものであろう。詩文の内容は『見渡す限り波がうねっている洋上では、太陽も波の彼方から昇り、そして波の彼方に沈む。果てしなく広がる海洋は、どちらを向いても紫色に見える。
 海上には、“おおとり”も飛ばず、海面を“大魚”が跳ねることもなく静かである。空を見上げれば果てしない青空に白い雲がゆっくり流れていく』というもの。
 
〈日は浪より昇って又波に沈む〉イメージ
 
構成振付のポイント
 この詩は転句に大変意味深いものが感じられるが、詩舞構成のために再度詩文を検討してみよう。
 まず「起句」では洋上の波間よりの日の出や日没の情景を述べているが、ここでの主役を太陽にするか、又は船上で見ている作者にするかで振付の流れが変る。後者の場合なら前奏で船の動きを予め見せておくとよい。次の「承句」は船が進む前後左右の情景だが、見渡す限り何もない海上だから、波を主役に振付し、詩文に示された海面の色は紫色とは限定せず、波に反射した光を考え、更に図柄についても考えて置こう。
 さて「転句」の“鵬”や“鯤”については、その大きさが幾千里もあると言う想像上の巨大な鳥や魚のことだから、これが静かにしていると言う意味は「暴風雨などで海が荒れることもなく」と間接的に読み替えることが出来る。ただしこれでも否定文だから振付には向かない文章になり、これを肯定文に置き替えると「洋上はおだやかで」と大変簡潔になる。しかしこれでは、鵬や鯤を持ち出した意味が消えてしまい作意を反映しないので、転句をもうひとひねりして「大荒れの暴風雨もおさまり、洋上は平穏静寂になった」と鵬や鯤の存在を肯定したものを考えるとよい。「結句」は転句の流れを受けて作者の立場で詩文通りに空を見上げ、その情景とおおらかな雰囲気を表現すればよい。
 なおこの作品の詩心は作者の人生観とも考えられるが、幼少年向きでは、なるべく詩文に沿った方がよい。
 
衣装・持ち道具
 船旅をする作者と、その作者が見た太陽や波、雲など、場合によっては暴風雨などの情景を演じるわけだが、この作品の場合は作者安達漢城の人物像を特に前面に出さなくても演者自身が代行すればよい。従って衣装は、例えば幼少年男児ならグレーなどの紋付きと袴。女児なら淡い青、緑、黄色などが無難。扇は振りのイメージによるが、例えば波などが主になるならば、前項に述べた如く光を反射する「もみ銀」や「玉虫色」などが効果的であり、転句などは二枚扇でもよい。


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