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あとがき
 初年度においては、まず、内外の救命艇操作時の事故例を調査検討し、その事故要因を分析した。死傷者が発生するような重大事故の多くは離脱システムに関係し、降下・巻き上げ中に離脱フックが外れて救命艇が落下する状況下において発生し、これに、離脱装置の整備不良や操作ミスのため離脱フックが完全にリセットされていない状況での揚げ降ろし作業による要因がプラスされた事故が多い。これらの事故原因を除くには、十分な整備体制の構築とともに、操作ミスを起こしにくく、また人間のミスをカバーするようなハードウェアの改良が必要と考える。上記の観点より、事故原因の中で最も多い救命艇離脱システムに注目し、現在の離脱操作系を見直し、分かり易く、また、操作ミスを防止するような離脱システムを提案した。これについては試作品により、現用システムとの比較実験を行い、有効性を確認した。また、救命艇離脱装置の整備方法についても検討し、我が国より本装置の操作・整備マニュアルのガイドラインをIMOに提案した。
 2年度においては、ダビットやウィンチ、ラッシング等に起因する救命艇操作時の事故例の調査と事故要因の分析を実施した。次に、初年度の試験結果をもとに、改良した離脱装置を救命艇に取り付け、揚げ降ろし装置も含め、救命艇システム全体の安全性・確実性を調査検討し、良好な試験成績を得た。最後に、救命艇及び揚げ降ろし装置も含んだ救命艇システム全体としての操作マニュアルを作成し、救命艇システムの整備体制の構築と総合的な安全対策をとりまとめた。
 
 本調査研究により得られた成果の概要を、具体的に列挙する。
1)事故原因の解析結果
 事故原因の多くは離脱装置に関係したものであり、特に、離脱フックの不完全なリセットによるものが大部分である。その他、ワンウェイクラッチ、ブレーキ、スイッチ等による事故が発生している。これらの事故に対しては、装置の操作を確実・容易にすると共に、理解し易い操作マニュアルを整備することが肝要である。
2)救命艇システム操作整備マニュアルの作成とIMOへの提案
 IMOの要請により、救命艇システム全体の操作及び整備マニュアル作成のためのガイドラインを作成し、DE48に提案した。
 従来の救命艇の離脱装置とダビットの操作要領は、それぞれ異なる製造者により個別の取扱い説明書に記述され、一貫性を欠き、用語も不統一で分かり難い。そのため、新マニュアルの作成に際しては、(1)救命艇の進水、揚収の一連の操作をシステム全体として総合的にとりまとめるとともに、(2)用語の統一、説明図の挿入により、理解しやすいものとした。
 また、「救命艇・進水装置保守点検要領書」を基に、船員が船上において行う定期的保守点検実施方法のとりまとめを行った。
3)進水作業の実態調査及び解析
 進水作業の実態調査結果をもとに、ダビット進水操作の容易性、安全性向上の観点から、(1)オーバーラッシングワイヤロープの取り外し、(2)降下用ブレーキの操作、(3)ダビットアームの緩衝、(4)巻き上げ速度切り替えレバーの位置等について検討し、いくつかの知見を得た。
4)救命艇システムの品質改善
 実物大模型による実験を行い、(1)操作の容易さ、(2)フールプルーフ、フェイルセーフ、(3)ユーザーフレンドリー(操作の分かりやすさ)、(4)信頼性の向上、の諸見地から救命艇システムの構造・操作・表示系を検討し、各種の改善案を具体的に示した。また、オートトリガーワイヤロープのからみについて、若干の試験を実施し、問題点を見出し、その改善策を得た。
5)救命艇の離脱・回収作業について
 救命艇の離脱・回収作業のなかで、最も困難と考えられる海上からの回収をより容易にすると考えられる離脱・回収機構について検討した。従来の2点吊りフックによる回収作業では、波と船体の相対運動の変化を考慮する必要がある。従って、相対水位の変化をフロートによる海面浮遊で吸収すると共に、本船と救命艇フックとのリンクをピンポイントではなく、フレーム内のガイドで連結し、底面のスリングベルトによりフレーム内に入った救命艇(救助艇)をすくい上げる方式を考え、その有効性を実艇により調査検討した。試験場所が港内であるため、波による影響は検討できなかったが、スムーズな進水及び回収状況が確認された。システム、構造面からの検討も必要であるが、回収の問題を解決する可能性をもつ新たな機構の一例として提案した。
 
 救命艇システム・装置の事故事例・原因の調査解析と若干の実験を実施し、救命艇の事故防止対策を、救命艇システム・設備のハード面と、操作・整備のソフト面との両面から総合的に検討し、前記に示す成果を得た。
 しかし、
(1)フリーフォール、及び、救命艇の自然・自動浮遊に対する検討
(2)海上での使用環境を十分考慮した、新形式の脱出・回収システムの開発
等の重要課題が残っている。
 救命艇システム・品質の改善と海上の人命の安全、更に、IMOに寄与するため、これらの調査研究を今後も実施することは、極めて重要なことと考える。
 
 最後に、本事業を実施するに当たり、種々の支援を賜った国土交通省及び日本財団にお礼を申し上げるとともに、本調査研究に参加いただいた委員の皆様にお礼を申し上げます。
 
委員長 長田 修


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