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8.6 考察
8.6.1 離脱装置関連
 離脱装置関連の事故原因解析を通じて、離脱システム全体が理解しやすく、各操作を容易にすると共に、フールプルーフ、フェイルセーフの観点より各機構及び配置等について見直しを行った。今回の改良型では必ずしも操作の迅速さは求めず、未熟練者にも分かり易く、かつ確実な操作が可能な構造を目指した。
 その結果、離脱フック操作の未経験者でも確実な操作が可能となる容易で分かり易いシステムを提案し、操作試験で実証した。
 また、操縦者座席と操作ハンドルとの位置関係の見直しを行い、操作ハンドルを従来よりも高い位置に取り付けることにより、自然な姿勢で操作することが可能となった。
 
8.6.2 視界の向上
 現在の救命艇は操縦席以外に窓を持たない例が多いが、特に進水作業の未経験者からは、前方や側面にも窓を設けることへの要望が多かった。
 降下した距離や水面までの距離の表し方については、今後様々な方法が考えられるが、シーブの回転を利用する等、可能性の一つを提案した。
 視界の向上については、救命艇が非常時の強いストレス下で使用されることを考えると、できるだけ多く窓を設置する等、周囲の状況がわかるようにすることで、無用な緊張感やストレスを軽減することが可能と考える。
 
8.6.3 オートトリガーワイヤロープについて
 オートトリガーワイヤロープが省略できないかどうかについて検討したが、現在のダビット構造を前提にする場合、より有効で簡易な方法は提案されなかった。
 ワイヤロープの取り回し方法に応じた、有効なラッシングガイド、適切なエンドリンクを設けることで、ロープの絡みはほとんど防ぐことができるようである。
 但し、ダビットと救命艇との適合性が問題であり、新しい組み合わせの場合は、ロープの絡み防止対策について、ダビットメーカーと救命艇メーカーとで事前に調整することが重要と考える。
 
8.6.4 新しい離脱・回収機構について
 現在、SOLAS条約第III章、16規則により、救命艇は進水及び回収可能な装置を持つと規定され、さらに19規則では少なくとも3ヶ月に一度、救命艇の進水、航行(結果としての回収)訓練が義務付けられている。本来、救命艇に回収要件が必要か否かについての議論は、今後の課題として、別途検討する必要があるが、現在、船員達はこの危険で困難な、海上における回収作業に直面している。
 ここでは、現在の前後2点のフックによる離脱・回収機構に代わるものを提案した。相対水位の変化をフロートによる海面浮遊で吸収すると共に、本船からのリンクをピンポイントで合わせるのではなく、フレーム内に操船すればガイドに従って連結される構造である。実用化には今後のさらなる検討が必要と思われるが、この例のような今までとは異なる新しい構造の検討が望まれる。
 
8.7 総合的な安全対策
 救命艇システム全体の安全性に関する項目を表11に示す。それらの中で、今回の調査研究において検討された内容は以下の通り。
8.7.1 ハードウェア関連
(1)操作の容易さ
 離脱装置について、操作が容易で分かり易い改良品を提案した。
 ダビットによる進水・回収作業についてはブレーキ操作の簡略化について検討したが、技術的に問題が多く、具体的な方向は示せなかった。今後、製造者の技術的開発に期待したい。
 困難で危険とされている海上におけるサスペンションリンク接続作業について、現在の離脱フックに変わる新しい方法(フレーム式離脱・回収機構)を提案した。今後、この方法が新たに設計される救命艇システムにおいて採用されることを期待したい。
 
(2)フェイルセーフ、フールプルーフ
 離脱装置について、リセットされない限り差し込めない安全ピンの機構や自動的に戻る操作ハンドルとしてフールプルーフの例を提案した。
 
(3)保守・整備の容易さ
 離脱フックのリセット状態、リセットレバーの位置、操作ハンドル部における各フックリセット状態の表示等、ケーブルの調整が必要かどうかも含めて、機器の状態が容易にわかるようなシステムを提案した。
 
(4)ユーザーフレンドリー
 離脱フックに手掛けを設けて持ちやすくした例、離脱フックのリセット操作に複数による協調動作を要求しない例、操作ハンドルの位置を操作しやすい位置に変更した例、視界の向上や距離センサーの提案等、操作する人間にやさしいシステムの例を提案した。
 
8.7.2 ソフトウェア関連
(1)分かり易いマニュアル
 平成15年度及び16年度を通じて、離脱装置及び救命艇システム全体に対する分かり易いマニュアルを作成し、さらにそれらマニュアル作成のガイドラインとしてIMOに提案した。
 
(2)定期整備体制
 MSC/Circ.1093(救命艇、進水装置及びオンロード離脱装置の定期的整備及び保守に関するガイドライン)に対応し、救命艇システムの保守点検要領書を作成した。今後、定期整備体制が運用されることが期待される。
 
表11 救命艇システム全体の安全性に関する検討項目
分類 項目 具体例
ハードウェア
(1)操作の容易さ
(1)特別な訓練を必要としない分かり易いかつ容易な操作。
(2)フェイルセーフ、フールプルーフ
(2)誤操作をしても受け付けない、また、誤作動が発生しても、危険な状況を招かないシステム。
(3)機器の信頼性
(3)シンプルな構造で、微妙な調整や操作を必要としないシステム
(4)保守・整備の容易さ
(4)機器の状況が目視で確認でき、保守・整備の方法が分かり易く、簡単なシステム
(5)ユーザーフレンドリー
(5)現在の操作状況や動作状況が、常に関係者に容易にわかるようなシステム。(窓の設置等)
操作することで、特別な緊張感を与えないシステム。(余分なストレスによる誤作動の防止)
チームによる、厳密な協調動作を要求しないシステム(各自のペースで操作可能な機構)
ソフトウェア
(1)分かり易いマニュアル
(1)統一された共通用語が使用され、図により分かり易く説明された、できるだけ簡単なマニュアル
(2)安全な訓練
(2)特別な訓練を必要としないか、または安全な場所(訓練センター等)で実施される訓練体制
(3)定期整備体制
(3)定期的な整備体制を持つことで機器の確実な動作を保証する。
環境
(1)波浪中における安全性
(1)波浪中、本船のロール・ピッチ等の状況化で安全に降下・進水可能なシステム
(2)海上環境に対する安全性
(2)塩による錆、温度、湿度、日射、振動、船体動揺等に耐えるシステム
システムの目的
(1)性能要件の見直し
(回収要件の必要性検討)
(1)救命艇に対する回収要件が不要となれば、海上における危険な回収作業が不要となる。


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