日本財団 図書館


バラスト水処理技術の開発状況
(株)水圏科学コンサルタント 企画開発室 室長
吉田 勝美(よしだ かつみ)
はじめに
 当社は、社会と自然環境の源である海洋及び河川・湖沼を専門とするコンサルタントです。環境調和型の社会資本整備や環境創造に関する企画・研究開発を主業務にしています。設立以来、10年が経過しましたが、順調に業績を積み上げてきました。詳細は省きますが、最近の3カ年だけでも、14の委員会の運営に携わり、31の論文を発表しています。
 海事関係では、安全な海上交通システム構築を目的とする次の3研究を行っています(日本水路協会委託)。
(1)狭水道における潮流の高精度予測手法の研究(関門海峡)
(2)瀬戸内海の海峡部及び島嶼海域における潮流の高精度予測手法の研究
(3)潮流情報等の船上における表示利用の高度化に関する研究
 それに、今回特集された外航船舶のバラスト水対策も主要な研究テーマの一つです。
 当社の前身時代の平成2年から日本海難防止協会からの委託研究(日本財団助成事業)を行っています。平成2年(1990年)は、バラスト水による水生生物移動が国際間の環境問題化した時代です。当初は、日本と豪州航路間で問題となっていた有毒渦鞭毛藻(植物プランクトンで貝毒の原因生物)を対象にしていました。研究項目は、移動メカニズムの解明、バラスト水交換の効果、移動に関与しない船舶の証明、そして対策技術の基礎研究です。
 その後、国際海事機関(IMO)/海洋環境保護委員会(MEPC)におけるバラスト水管理条約の審議が進むに従い、全ての水生生物に対して効果的なバラスト水処理技術の重要性が明確になりました。われわれの研究もこのような状況をふまえ、平成9年からはバラスト水処理技術の開発を中心にしています。また、平行して各国で開発中の技術についても調査を開始しました。本稿では、これら国内外で開発中のバラスト水処理技術を紹介します。
 
バラスト水処理技術とは?
 船舶における水処理技術としては、油水分離装置と糞尿処理装置が代表的なものですが、これら技術とバラスト水処理技術が根本的に異なることがあります。油水分離器は油、糞尿処理装置は船内での生活から発生する糞尿といった特定の物質が処理対象であるのに対し、バラスト水処理技術は、自然の水域に分布する不特定なあらゆる生物を処理対象にする点です。バラスト水処理技術は、全ての水生生物を殺滅、あるいは除去しなければならないのです。
 水生生物を馴染み深い陸上生物に置き換えて、殺滅方法を考えてみましょう。まずは化学薬品です。最も小さい病原菌の殺滅には殺菌・消毒剤や抗生物質、害虫には殺虫剤、雑草には除草剤が使われますが、それぞれの薬品は対象生物だけに効果を発揮し、他の生物には影響しないのように配合されているのが基本です。次いで、殺菌方法として一般的な紫外線殺菌ですが、細菌類には有効なこの方法も、大型植物や鳥類、哺乳類などの大型の動物に対しては、強い紫外線を長期間照射しない限り殺滅することができません。
 そして、これら大型の生物を短時間で殺滅する方法は、狩猟的な方法や猛毒薬物が必要となります。つまり、効果的な殺滅方法は生物の種類や大きさによって、大きく異なるのが普通です。言い換えれば、生物は大きさや種類によって薬品や外的刺激に対する耐性が大きく異なるのです。
 バラスト水処理技術は、水域に分布する全ての生物を対象にしなければなりません。すなわち、耐性の異なるさまざまな生物を、船舶という限られたスペースの中で、短期間に、かつ大量に処理する必要があるのです。
 
処理技術に求められる性能
 本年(2004年)2月に採択された「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」では、排出が許されるバラスト水中の水生生物の濃度が規定されました。その詳細は省略しますが、規定された水生生物濃度が処理技術に求められる処理基準であり、これら濃度未満とすることが処理技術に要求される性能なのです。
 ちなみに、この基準を処理技術で常時満足するためには、バラスト水として漲水する自然海水中の大きさ10μm以上の水生生物(主に動植物プランクトン)及び細菌類をほぼ100%除去あるいは殺滅することが必要となります。管理条約がバラスト水処理技術に求めている性能は、このように非常に厳しいものとなっています。
 
開発中のバラスト水処理技術
 前述したバラスト水処理技術に求められる性能に対して、各国で開発中の処理技術を紹介します。情報ソースは、昨年(2003年)7月にロンドンで開催された「2nd International Ballast Water Treatment R&D Symposium」と本年(2004年)5月にシンガポールで開催された「2nd International Conference & Exhibition on Ballast Water Management」で発表された最新のものです。
 ちなみに、これら最近のシンポジウムなどで発表された処理技術数は、2000年頃に開かれたシンポジウムの時よりも減少していました。撤退した技術の多くは、陸上における水処理技術を船舶に応用しようとしたものでした。撤退の理由は、厳しい基準が決まったことと、開発を進めるにしたがって、船舶における実施の困難性が認識されてきたためと考えられます。
1)処理技術の分類と基本原理
 開発中のバラスト水処理技術は、次のように大別されます。
(1)物理・機械的処理技術
 ろ過及び遠心分離による生物を除去、機械的に生物を破壊、熱で生物を殺滅。
(2)化学的処理技術
 各種化学薬品を直接バラストタンクに注入、海水の電気分解で塩素を生成あるいは清水を電気分解してフリーラジカルな水酸基を生成しバラストタンクに注入して生物を殺滅。
(3)複合技術
 物理・機械的処理技術によって比較的大型の生物を除去あるいは殺滅し、化学薬品や紫外線(生成オゾンでの酸化作用含む)で比較的小型生物を殺滅。
(4)その他
 水中の酸素を除去し、主に動物を殺滅。超電導を利用して生物を除去など。
2)代表的な処理技術
 代表的な技術を以下に紹介します。
(1)ろ過および遠心分離法
 特定サイズ以上の水生生物を除去する技術です。当然ながら除去対象となるメッシュサイズ以上の水生生物や懸濁物質が多量に付着して目詰りすることになりますが、逆洗浄で対応するとのことです。現在は50μm以上の水生生物を数百m3/hrレベルで処理できる装置が開発されており、実船に搭載されている装置もあります。なお、設定サイズ以下の水生生物は処理できないため、化学処理や紫外線処理の前処理技術として位置づけられる傾向にあります。図1には、ろ過処理装置の一例を示しました。
 
図1 自動洗浄ろ過装置(左図)と遠心分離装置(右図)
(M. D. J. Jacobs et al(2001):Effective Ballast Water Treatment, "First International Conference on Ballast Water Management" 1-2November2001, Singapore, Proceedings より引用)
 
(2)機械的殺滅法
 日本財団の助成を受けて日本海難防止協会が中心に開発を進めている技術です。バラストパイプ中にスリットが入った2枚のプレートが装着されただけの簡単な構造で、バラスト水を通すだけで剪断応力とキャビテーションの作用により水生生物を破壊するシステムです。簡単な構造のため装置本体は小型で運用も容易なのが大きな特徴です。付属設備も一定流速を確保するポンプだけで、処理水量100m3/hrレベルのプロトタイプ(図2)が実船(MOL EXPRESS)に搭載されております。また、処理水量の増加はパイプ直径を大きくするだけですむのも魅力です。なお、10μm以上の水生生物には高い殺滅効果を発揮しますが、細菌類に対する効果が低いため、現在は、化学処理やオゾン処理との併用が検討されています。
 
図2 北米コンテナ船に搭載された機械的殺滅装置(プロトタイプ)。
((社)日本海難防止協会(2004):平成15年度船舶バラスト水処理技術調査研究報告書より引用)
 
(3)熱処理
 メインエンジン冷却系統やボイラーなどの既存熱源を利用して、バラスト水漲水時や漲水後に循環させ、加熱し水生生物を殺滅する方法です。高温にすることで全ての水生生物に効果を発揮しますが、低温の海水を効果が得られる約60℃以上にするには多くのエネルギーを必要とするなどの問題があります。実船を想定したシミュレーションが行われています。
(4)電気化学処理
 バラスト水を電気分解して塩素を生成し、その酸化作用によって水生生物を殺滅する方法です。化学処理の一つですが、船内に搭載した装置で薬品を生成するため、多量な薬品を常備しなくても良いのが特徴です。
 効果は、化学処理共通の傾向ですが、小さい水生生物ほど高く、大きいと低くなり、大型の生物までを完全に殺滅するには、かなり高濃度な塩素が必要になると予想されます。なお、船内装置で薬品を生成するのではなく、多量な化学薬品を常備して直接バラスト水に注入する方法としては、塩素系薬品、過酸化水素、アクリルアルデヒド、ビタミンKなどが検討されています。
(5)複合技術
 処理基準決定後の主流となっている技術です。物理・機械的処理技術で大型の水生生物、熱処理、化学薬品、紫外線、およびオゾンなどで小型の水生生物や細菌類を処理します。両者の効果特性を組み合わせることで、条約で規定された基準対象全生物に対応することを想定しています。ただし、現在のところは基準達成には至っていません。また、コスト高、エネルギー消費増、装置が大型となるため、それらの低減・縮小が課題となっています。図3の装置は、自動車運搬船に搭載されたろ過法と紫外線(オゾンと水酸基による酸化作用を併用)を組み合わせた複合技術です。
 
図3 ろ過(左図)と紫外線(右図)の複合技術。
(F Norén, C. Tullstedt, A. Hägerstedt, Benrad Advanced Oxidation for Ballast Water Treatment "2nd International Conference & Exhibition on Ballast Water Management" 19-221 May2004, Singapore, Proceedings より引用)
 
おわりに
 以上、バラスト水処理技術の現状などについて述べましたが、現在のところは、実船レベルで管理条約の基準達成を確認した処理技術は存在しません。ただし、今後は、非常に厳しい内容であるものの処理基準が定まったこともあり、急速に開発が進むと思われます。その中心は、大きな生物から細菌類まで処理することができる「物理・機械的処理技術(ろ過、遠心分離、機械的殺滅)と熱処理、化学処理、紫外線、オゾンなどを組み合わせた複合技術」になると予想されます。
 一方、これら複合技術は、現状では大きなスペースを必要とし、燃料消費の増大を招き、高コストになると予想され、これらの課題克服が技術者に求められています。また、既存技術にとらわれない斬新な技術開発も将来にわたって必要です。皆さんも一緒に考えてください。大きなビジネスチャンスかもしれません。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION