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2 日本法上の外国船舶拿捕
(1)拿捕の定義
 日本の国内法上、「拿捕」を正面から定義しているのは、「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」(以下、「主権的権利法」と略す)24条[担保金の等の提供による釈放等]である。同条は、拿捕を「船舶を押収し、又は船長その他の乗組員を逮捕することをいう。」と定義する。ただし、同条は見出しとして「担保金の等の提供による釈放等」が挙げられていることから示されるように、国連海洋法条約74条2項が、排他的経済水域における拿捕船舶について、「合理的な保証金の支払い又は合理的な他の保証の提供」があれば速やかに釈放しなければならないと規定したことへの国内法制の対応・整備の一環として置かれた定義である。その意味で、国家の海上警察措置を全般的に見据えて作成されたものではない点において、日本法における一般的な定義と考えるには無理があると言える。
 他方、海上保安官等が一般に「拿捕」として理解しているのは、上記の主権的権利法から離れて、海上保安官が、刑事訴訟法に基づいて、乗組員を容疑者として逮捕し、かつ船舶を押収することである。この点をもう少し詳しく検討することにしたい。
 
(2)海上保安官の権限行使の態様
ア 司法警察職員としての捜査権限
 海上保安庁法(以下、「庁法」と略す)31条は、「海上保安官・・・は、海上における犯罪について、海上保安長官の定めるところにより、刑事訴訟法・・・の規定による司法警察職員として職務を行う。」と規定する。
 司法警察職員とは、刑事訴訟法上、犯人及び証拠を捜査する権限をもつ(刑訴189条2項)。ここで捜査とは、犯罪が発生したと思われる場合に、犯人を保全し、証拠を収集保全する活動である(7)。犯人の逮捕は、容疑者に関する捜査の一態様をいい、物の押収は、証拠保全のための対物的処分であって、物の占有を取得することを意味する。
 つまり庁法31条は、刑罰法令の適正な適用のための、すなわち刑事訴追のための海上保安官の権限を規定するものである。同様に排他的経済水域においては、海上保安官は、司法警察職員として職務を行う権限をもつとされる(主権的権利法3条2項、同施行令1条1項1号、漁業法74条5項)。
 海上保安官が刑事訴訟法および上記の関連諸法令を根拠にして、乗組員を容疑者として逮捕し、かつ船舶を押収することを拿捕と捉えた場合には、船舶自体の拿捕は、公訴提起を支えるための証拠保全手続と理解され、中心はあくまで容疑者という人の確保にある点を押さえておく必要がある。また同時に、当然のことであるが、この措置の目的は犯人の訴追であり、それ以外の目的をこれらの規定のなかに見つけることはできない。
イ その他の強制的措置権限
 海上保安官が強制的な措置をとることができるのは司法警察職員としての資格においてだけではない。その点で注目されるのは庁法18条である。庁法18条は、「海上保安官のする強制的措置」を規定し、(1)「海上における犯罪が正に行われようとするのを認めた場合又は天災事変、海難、工作物の損壊、危険物の爆発等危険な事態がある場合」であって、(2)「人の生命若しく、は身体に危険が及び、又は財産に重大な損害が及ぶおそれ」があり、(3)「急を要する」という要件を満たす場合には、海上保安官は、(1)船舶の進行開始・停止・出発差止め、(2)航路の変更、指定場所への移動、(3)乗組員等の下船・下船制限・下船禁止等(8)の措置を講ずることができると規定する。これは、明らかに刑事訴追を目的にしたものではなく、目前に急迫の障害があり、海上保安官が義務を命じる暇のない場合または義務を命ずることによってではその目的を達成できない場合に、直接に人民の身体や財産に実力を行使して行政上望ましい状態を実現するという即時強制措置(9)である。
 領海または排他的経済水域において、国際法上、政府船舶が必要な措置をとることが認められている場合に、海上保安官が庁法18条を根拠に船舶を特定港等に実力によって引致することを想定することは十分に可能である。そしてその場合に沿岸国が行った船舶の引致は、外見的には、冒頭に掲げた「拿捕」の定義に該当すると見ることができる。
 
(3)海上保安官の権限と拿捕
 一般に海上保安官が行う拿捕とは、上記アの権限である。ただし、外見的に、海上保安官が、船舶の拘束に着手する点では、イについても同様に拿捕に類似した様相を呈する。
 また国際法上の「拿捕」が船舶を主に捉えたものであったが、日本の国内法上は船舶は押収される物の一種でしかなく、人と物の捜査という大きなカテゴリーのなかに埋没していることにも注意を払う必要がある。つまり「船舶の拿捕」という行為を正面から捉えて、当該行為を規律する法令が日本にはないのである。
 さらに公海上の海賊船舶に対して各国に認められているのは、刑事管轄権行使であり、そのための船舶の拘束の着手として拿捕が位置づけられている。他方、排他的経済水域では、主権的権利行使のための法令の遵守確保のための必要な措置の執行権限が沿岸国に対して認められているのに対して、日本の法令では、刑事管轄権行使を行うか、庁法18条上の即時強制措置としての権限行使のいずれかに限られ、国際法上認められている多様なカテゴリーの措置群に対応する措置のカテゴリーを備えていない。さらに、日本法上は、基本的には、領海における海上保安官の権限行使も排他的経済水域における権限行使と同一に捉えられており−庁法18条によって領海上で措置を講ずる場合と排他的経済水域上で措置を講ずる場合の要件またとるべき措置が、法令上書き分けられていない−、法令違反とは区別された「沿岸国の平和、秩序又は安全」を保護法益とした権限行使を正面から捉えた規定はない。
 このような結果になっているのは、司法警察権限の規制の仕組みが海上と陸上で同一のものとして構成されているためである。しかし、海上では人は船を使ってしか行動できない。このことが法令にきちんと反映されていないのである。
 
(4)外国法上の拿捕
ア フランス海上規制法
(ア)概要
 フランスでは、1994年7月15日に「海上における国家の規制権を国家が行使する際の態様に関する法律94-589」(以下、「海上規制法」という)(10)を制定して、海上において関係機関が規制権限を行使する根拠および手続について包括的な規制を試みた。フランスにおいては、海上において規制権限を行使できる機関が海軍、海上憲兵隊、税関、海洋庁と複数あり、それらの権限行使の態様や手続を統一する必要があって作成された(11)
 上記の海上規制法では、海洋における規制権限行使を、(1)「船舶国旗の真正性の確認」、(2)「船舶臨検」、(3)「船舶の引致(deroutement)」、(4)「強制措置」という一連の流れとして捉えられている。このなかで拿捕に相当するのが、(3)「船舶の引致」であり、政府船舶の艦長または司令官が対象船舶に対して、適当な場所または港への回航を命ずることを言う。「船舶引致」の要件は、「船舶臨検」のための対象船舶への接近が拒絶された場合、または海上の状況等によって「船舶臨検」が実際上不可能な場合である。また「船舶引致」の根拠としては、国際法、フランス法、司法機関の決定の執行、司法警察の要請が挙げられている。
(イ)特色
 フランス海上規制法は、拿捕を、陸上の手続に引き寄せず海上独自の手続である「引致」として捉えている点に大きな特色がある。海上保安官の拿捕権限をおもに基礎づけている庁法31条が海上保安官を単に司法警察職員として位置づけて、具体的にとるべき行動の内容、またその要件を明示していないのとは根本的に異なる。また日本法の場合は、陸上の手続を念頭においているために、船舶に即した要件がまったく規定には書き込まれていないが、フランス海上規制法では、明確に船舶を対象にしたものになっていて、規制の内容が明確である。
 もちろん、庁法18条は海上保安官の強制的措置権限を定め、海上に即した幅広い措置の採用を授権している。しかし、拿捕を広く捉えても、犯罪抑止と危難の防止という即時強制を目的とした措置に限られており、国際法上認められる、沿岸国領海における秩序維持や排他的経済水域における法令の執行をすべてカバーできるものではない。そのために、庁法18条を、国際法上沿岸国に領海内で与えられている権限を行使するための根拠と考えようとする立場もありうるが、この立場では解釈上の無理が出てくると言えよう。しかし、フランス海上規制法によってフランス当局が拿捕を行う場合は、本条によって国際法を直接に根拠にすることができるために、国際法と文言上ずれのある規定を無理に国際法の権限行使のための根拠として持ち込むという無理な操作は不要となる。
イ 米国法
(ア)米国法律集14編
 米国法には、沿岸警備隊について規定する一連の法令(米国法律集14編、US Code Title 14)があり、そのなかの89条が「法執行(Law enforcement)」を規定する。拿捕(seizure)および逮捕(arrest)は、inquiries、examinations、inspections、searchesと並んで、沿岸警備隊が、米国が管轄権を持つ海域で行うことができるものとして規定される。これらの行為の目的は、米国法違反の予防、捜査、抑圧を目的としたものである。
 上記の質問等の結果、米国法違反が判明し、逮捕すべき事由があれば、容疑者を逮捕し、また、船舶についても没収される、また船舶に罰金または反則金が課される事由がある場合には、船舶を拿捕できると規定されている(12)
(イ)特色
 米国法律集14編は、フランス法のように、船舶の拿捕に至る一連の行為を、順序を追って詳細に規定しているわけではないが、日本法とは異なり、明確に「船舶の拿捕」という概念を使用している点は注意してよい。
 他方、目的が法令違反に即した構成になっているために、国際法上、排他的経済水域上または公海上はともかく、領海において沿岸国に与えられている権限のうち、法令違反に関わらない無害通航否認の場合については、拿捕を行う権限の根拠とはならないものと考えられる。
 
おわりに
 国際法上は、海域ごとに沿岸国に与えられている権限の目的および態様が異なることから、沿岸国が拿捕として行う行為の目的およびその性質が異なってくる。国際法上の権限をそのまま国内当局の権限とするフランスでは、国内執行措置が国際法上沿岸国に与えられている権限と齟齬することはない。他方、日本法の場合は、「拿捕」に関する一般の理解からうかがえるように、刑事訴追を中心に条文が組み立てられているために、刑事訴追を前提にしない「拿捕」を行う場合は、通常国内法上の「拿捕」と考えられている条文から離れて、即時強制的な色彩をもつ庁法18条に拠って行動するほかない(これは「拿捕」とは捉えられていない模様)。
 庁法18条を根拠に海上保安官の行う措置の態様が「拿捕」に類似しているかどうかはともかく、それを「拿捕」とは別種の行為だと考えた場合であっても、この措置を、領海における無害通航否認の場合や、排他的経済水域における、刑事法令に拠らない法令遵守確保の場合の措置として捉えるのは難しい。つまり庁法18条を、いわば融通無下に解釈すれば、国際法上沿岸国に与えられている権限を国内法上行使できるための授権規定と解することができると一見考えらるが、庁法18条の「即時強制的」な目的と、国際法上沿岸国に与えられている権限の目的との間にはずれがあるために、海上保安官が国際法上認められている措置をとる場合には、その実態と庁法18条の間にずれが生ずる恐れがあることが懸念される。
 また日本法では「拿捕」が刑事訴追を前提に組み立てられているために、どうしても人が中心になり、船舶の拿捕に即した要件構成が行われていない。この点は、フランス法では当然のことながらクリヤーされているが、米国法でも、船舶に対する罰金が観念されていることもあって、船舶に即した「拿捕」の要件が規定されていることに注意を払うべきであろう。
 

(1)船舶をarrestする場合も、邦語では「拿捕」と訳されている場合がある(国連海洋法条約73条3項)。船舶についてarrestとseizureの関係については後述。
(2)武力紛争法上は「捕獲(capture)」という概念があり、拿捕の目的物たる物件の所有権の獲得する意思をもって交戦国軍艦が他国商船を拿捕し、捕獲審検所の検定によって当該物件の獲得を確定することを意味する。
(3)山本草二『海洋法』(1992), p.132. 参照。もちろん、沿岸国法令違反によって無害性が否認される場合もある。
(4)R. R. Churchill and A. V. Lowe, The Law of the Sea, 3rd. ed.(1999), pp.87-88. 参照。
(5)軍艦が無害通航権を有するかどうかは一つの論点である。本文は軍艦も無害通航権をもつことを前提にした記述であるが、軍艦が無害通航権を享受していないと解する場合は、上述の議論は他国軍艦が領海内に立ち入っただけで、沿岸国は本文中の「必要な措置」をとることができる。なお、軍艦の無害通航権については、山本前掲書, pp.135-139. 参照。
(6)Satya. N. Nandan and Shabtai Rosenne, United Nations Convention on the Law of the Sea 1982 A Commentary, Vol. II(1993), p. 795.
(7)池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義』(2004), p.54. 参照。
(8)摘示したもの以外に、「積荷を陸揚げさせ、又はその陸揚げを制限し、若しくは禁止すること」、「他船又は陸地との交通を制限し、又は禁止すること」、「海上における人の生命若しくは身体に対する危険又は財産に対する重大な損害を及ぼすおそれがある行為を制止すること」を行うことができ(1項4号〜6号)、また「船舶の外観、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、海上における犯罪が行われることが明らかであると認められる場合その他海上における公共の秩序が著しく乱されるおそれがあると認められる場合であって、他に適当な手段がないと認められるときは」、上記の要件を満たさなくても、(1)船舶の進行開始・停止・出発差止め、(2)航路の変更、指定場所への移動を、海上保安官は命じることができる(同条2項)。
(9)田中二郎『新版行政法下II 全訂第2版』(1974), pp.282-284. 参照。
(10)"Journal of ficiel, 16 juillet 1994 relative aux modalités de l'exercise par l'Etat de se pouvoirs de contrôle en mer," RGDIP, Vol. 99(1995), p. 539. なお、本法については、古川照美「国家による海上の規制行動と強制措置に関するフランス法の状況」日本国際問題研究所編『排他的経済水域における沿岸国の管轄権の限界』(2002), pp.49-566. 参照。
(11)Jean-Pierre Quéneudec, "Chronique du droit de la mer 1991-2000,”AFDI, Vol. 46(2000), p. 487.
(12)米国法については、坂元茂樹「排他的経済水域における違法行為取締りに関する米国の対応」日本国際問題研究所編前掲書, pp.1-6. 参照。


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