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抑留と訴追以外の行政措置
海上保安大学校講師 中野勝哉
はじめに
 今回は、「抑留と訴追以外の行政措置」というテーマで研究する機会を頂戴した。
 本稿では、このテーマを「国連海洋法条約上、抑留が規定されている場合に、日本の行政機関、特に海上保安庁は、訴追以外の措置として、つまり行政措置としてどのような事柄が実施できるのか」というように理解し、以下に調査、検討を試みる。
 そもそも、このような作業は、国際法と国内法の関係、接点を扱うたぐいのものと思われ、当然、各方面にわたる深い認識と膨大な作業が必要となる(1)。また、当然のこととはいえ、それぞれの分野で使用されている概念については、形式的に同じ語であったとしても、その語が指し示す意味内容は異なる場合がある。そして、これらの問題は、当然その語の背景となっている体系、考え方に強く影響を受けて成り立っているものと考えられる。しかも、この体系、考え方が、国際法と国内法の接点の問題を考えようとする場合、少なくとも3種類登場する。つまり、国際法(国際社会)固有のもの、日本国内のもの、外国のものといった具合である。つまり、この部分の見方を変えると、国際法の思考に基づく一定の枠組みの存在があり、それに日本を含め各国がそれぞれの国の法体系を背景として、何がどこまでできるのかということをそれぞれに考え実行していく、ということであり、この中で、ある一定の概念をつかまえるという作業が必要となるのである。(2)
 このような接点での検討の際は、その都度、以上の点に意を払う必要があり(ひとつひとつのコネクタを接続していくようなイメージでの吟味が必要となるものと思われる)、その意味で、本稿は、極めて不十分なものといわざるを得ないが、行政法学の体系を思考の背景に持つ一視点からの検討を試論としてここに報告する次第である。
 
1 本稿の検討対象と方法について
(1)「訴追」・「行政措置」と国家管轄権
 まず、「訴追」及び「行政措置」の概念について瞥見しておく。
 最初に、「訴追」及び「行政措置」の概念で把握される事象は、国家機関がその国の法令等を根拠に、与えられた権限にもとづいて実施するものであると理解しておく。
 そして、ここでは、これらの概念が国際法上、もう少し的を絞っていうならば国連海洋法条約上、どの程度に、どの範囲で実行可能となるのかが問題となる。この問題を分析していく前提として、「訴追」及び「行政措置」の概念を国際法上(国連海洋法条約上)で認識するためにはどのような道具立てがあるのかということを見ておく必要がある。
 このような国内法上の概念と国際法上の概念の双方向の認識のための道具立てとして、有用な概念が、国際法上の概念としての国家管轄権の概念である。
 国家管轄権とは、「国家がその国内法を一定範囲の人、財産または事実に対して具体的に適用し行使する国際法上の権能をいう」とされ、さらにこの概念はその作用上の分類から、立法管轄権、執行管轄権、司法管轄権に分けて説明される。(3)
 ここで、立法管轄権は「国内法令を制定して、一定の事象と活動をその適用の対象とし、合法性の有無を認定する権限」、執行管轄権は「行政機関が逮捕、捜査、強制調査、押収、抑留など物理的な強制措置により国内法を執行する権限」、司法管轄権は「司法機関がその裁判管轄の範囲を定め、国内法令を適用して具体的な事案の審理と判決の執行を行う権限」と説明される。(4)
 一方、国内法の概念としての「訴追」は、犯人の捜査、逮捕、及び裁判の実施と考えることができ、「行政措置」は、公益の実現をめざした国家機関の活動で、立法作用、司法作用(訴追を含む)を除いたものと一応理解しておく。
 これを国家管轄権の分類と照らし合わせてみると、「訴追」は、執行管轄権(犯人の捜査、逮捕)及び司法管轄権(裁判の実施)の問題となり、「行政措置」は、執行管轄権(訴追に含まれる作用を除く部分)の問題になると言える。
 
(2)国家管轄権と司法警察・行政警察
 次に、少し視点をずらして、国家機関のうち行政機関、特に海上保安庁の活動が、国家管轄権の概念との関係でどのように理解できるのかを見ておく。
ア 司法警察と行政警察
 海上保安庁は、「法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染の防止、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務と」している(海上保安庁法第2条第1項)。
 以上のような内容を持つ作用を、行政法学では伝統的に、「司法警察」と「行政警察」の概念で把握してきた。すなわち、「司法警察とは、犯罪の捜査・被疑者の逮捕等を目的とする刑事司法権に従属する作用をいい」、これに対して、行政警察とは「行政上の目的のためにする警察をいう」と説明される(5)。そして、行政警察の説明の中で用いられる「警察」の語、つまり「行政作用の一部としての警察」概念は、講学上、「公共の安全と秩序を維持するために、一般統治権に基づき、人民に命令し、強制し、その自然の自由を制限する作用」として把握されてきたのである(6)
 さらに、この行政警察概念は、「それが他の行政と関連なく、警察組織だけで独立して行われるかどうかによって、保安警察と狭義の行政警察とに分かたれる」ことになり、「集会・結社・示威行進・選挙・風俗等に関する警察が前者であり、衛生・交通・産業・労働のように、他の行政と関連しそれと一体として行われる警察が後者である。」とされる。(7)
 漁業取締法令、環境取締法令に関する警察作用などは、ここでいう狭義の行政警察作用として認識できる。
イ 国家管轄権と司法警察・行政警察
 以上見てきたような、司法警察・行政警察の作用を前述の国際法上の国家管轄権の分類と対応させてみると、それは、いずれも執行管轄権の中に含まれる作用であると考えられる。つまり、国際法上、執行管轄権の把握が問題になる場合には、国内法的には、行政警察、司法警察の両方の検討が必要になるということである。
 
(3)本稿の課題
 国連海洋法条約上、「抑留」が可能と規定されている場合に、国内行政機関としての海上保安庁は、いかなる活動が実施可能か、という問いを立てた場合、これは、抑留概念のもとでの執行管轄権はいかなるものか、という問いに言い換えることができる。そして、このような問いのもとでは、司法警察作用及び行政警察作用の両方についての検討が必要となる。
 しかし、本稿の課題は「抑留と訴追以外の行政措置」である。先に見たとおり、司法警察は刑事司法に従属する作用であるから、これは「訴追」の中に含まれるものと考えられる。したがって、本稿の検討対象は、この「抑留」概念のもとで、どのような行政警察作用の行使が可能となるのかという問題になるものといえる。
 
(4)検討の方法
 以上の事柄を前提に、本稿の検討は次の順序で行うこととする。
(1)国連海洋法条約上の抑留概念についてその内容を検討する。
(2)国連海洋法条約の規定に対する日本の受け止め方を検討する。
(3)国連海洋法条約上の抑留概念において、海上保安庁が「行政措置」として執行可能な事柄につき検討する。


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