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外国船舶拿捕の法的位置付け
東京大学教授 小寺 彰
はじめに
 海上警察措置の一態様と位置づけられる「拿捕(seizure)」(1)は、記述的に定義すれば、政府船舶(軍艦を含む。以下、単に「政府船舶」と記述する場合は軍艦を含むものとする)が、商業船舶に乗組員を送る等の方法によって、当該船舶をその権力内に置くことをいう。一般的には、拿捕は、刑事手続、具体的には刑事訴追の前段階の強制措置手続を意味するものと理解されている。ただし、わが国では、訴追の対象は人に限定されているために、拿捕を刑事訴追と関連させて理解する場合には、船舶の拿捕と刑事訴追の関連性については別途検討する必要がある。言うまでもなく、拿捕が国際法上問題になるのは、外国船舶についてである。
 なお、武力紛争法(海戦法規)では、刑事手続を念頭に置かずに、政府船舶が他の船舶を事実上権力内におくことが認められている(2)。船舶を軍艦という政府船舶の権力内に置くという点では、通常の拿捕と共通するが、武力紛争下の措置であるために、本稿の検討からは外すことにする。
 本稿では、国際法、とくに国連海洋法条約において、外国船舶の拿捕がどのように位置づけられているのかを確定し、またわが国を含む諸国が、このような拿捕に係わる国際法制をどのように受け止めているのかを検討しようと思う。とくに、この問題についての諸外国の受け止め方を点検し、それとの比較においてわが国の捉え方の特徴を抽出して、その得失を論ずることにしたい。
 
1 外国船舶拿捕に関する国際法上の規制
 沿岸国(公海の場合は国家一般)が海域別に行使できる権限は、国際法によって決められている。まず外国船舶の拿捕の位置づけを、海域別に検討してみよう。
 
(1)領海
 領海では、外国船舶の無害でない通航の防止のために、沿岸国は「必要な措置」をとることができる(国連海洋法条約25条)。このような沿岸国の権限は、「沿岸国の平和、秩序又は安全」(同19条)の保持のためであると考えられる。沿岸国法令の違反とは独立に観念される「沿岸国の平和、秩序又は安全」の保持との関係で航行の無害性が捉えられる以上(3)、「必要な措置」によって防止が期される無害でない航行の範囲は相当に広範なものになる。
 国連海洋法条約25条によって沿岸国がどのような措置をとりうるかについては、沿岸国に大幅な裁量権が付与されていると解されている(4)。この中には、刑事訴追を前提にした拿捕も当然含まれるが、沿岸国法令の違反がなくても無害通航の否認がありうる以上、刑事訴追に繋がらない措置も認められる。たとえば、他国軍艦が領海内で無害でない通航をしている場合には(5)、沿岸国は当該軍艦または乗員を刑事訴追を前提にした手続に付すことはできないが、国連海洋法条約25条に基づく「必要な措置」を執ることはできると解される−なお、領海内の他国軍艦について、沿岸国法令を遵守せず、遵守要請をしても当該軍艦が無視した場合には、沿岸国は当該軍艦に対して退去要求をすることができるが(同30条)、この退去要求と軍艦に対する「必要な措置」は異なる性質の措置である−。
 なお、無害航行中の外国船舶内の人に対して、犯罪の結果が沿岸国に及ぶ場合等の要件を満たせば、沿岸国は刑事管轄権行使できる(27条)。しかし、そのために当該船舶を拿捕することはできないと解されている。
 
(2)排他的経済水域
 国連海洋法条約73条は、排他的経済水域において、沿岸国が、生物資源探査等の「主権的権利を行使するに当たり、この条約に従って制定する法令の遵守を確保するために必要な措置(乗船、検査、拿捕(arrest)及び司法上の手続を含む。)をとることができる。」と規定する。領海と同様に沿岸国は、特定の措置に限定されない、「必要な措置」をとる権限を有するが、この必要な措置の目的は、領海においては無害でない通航の防止にあったが、排他的経済水域では、当該海域に関する沿岸国の主権的権利に関わる法令の遵守確保にあり(6)、当然その目的および措置の態様は異なる。排他的経済水域での「必要な措置」については、領海とは異なり、そこに含まれる一定の措置が挙げられているが、それらは限定的なものではなく例示的なものにとどまる。
 このように排他的経済水域での沿岸国の措置については、措置の態様について限定性はないが、目的においては、領海とは異なり、「法令の遵守確保」というように相当に絞られている。そのために、沿岸国のとりうる措置も領海の場合よりは限定されると解される。
 なお、排他的経済水域で沿岸国がとりうる「必要な措置」としては、邦語で「拿捕」と訳されているarrestが例示されている。arrestはseizureとは異なり、まさに刑事手続きの一環として沿岸国の政府船舶が外国船舶をその権力下におくことを意味すると解されている。arrestは、英米海事法上は、船舶に対する訴訟手続(in rem)の開始と、容疑者に対する逮捕・拘留を意味する言葉である。もちろん、arrestが73条1項の「必要な措置」の例示である以上、arrestとは性格づけることのできないseizureを、沿岸国が執ることも可能であると解される。
 
(3)公海
 公海上では、船舶に対して管轄権を行使できるのは原則として旗国に限られるが、旗国以外が船舶に対して管轄権を行使できる若干の例外がある(追跡権−国連海洋法条約111条、臨検権−同110条等)。このような例外の中で、公海という海域の性質に即して拿捕を検討する際に取り上げるのが適当なものは、海賊船舶である。
 海賊船舶とは、船舶乗組員・旅客が私的目的のために行う不法な暴力行為等の海賊行為を行うために使用することを意図されている船舶のことである(国連海洋法条約101条、103条)。このような海賊船舶は「人類の敵」と性格づけられて、すべて国は、軍艦等によって、海賊船舶を、公海等いずれの国の管轄権にも服さない場所において、拿捕することができる(同105条、107条)。さらに、国は同時に海賊船舶内の財産を押収し、また人を逮捕・処罰することができることも規定されている。(同105条)
 公海上の海賊船舶への国の権限は明確に刑事管轄権行使のためのものであって、国家の海賊船舶に対する権限行使はこの態様に限定される。この国家の権限は、措置の目的またその態様においても、領海はもとより排他的経済水域における国家の権限と比べて、極めて厳格に限定されている。そしてこのように限定された局面で、国際法上の国家の拿捕権限が明確に浮かび上がるのである。
 
(4)海域別の比較
 国家の行う外国船舶の拿捕は、その国の領海や排他的経済水域においてのように、国家が国際法上執ることが認められている一定の措置群のなかの一つである場合と、公海上の海賊船舶に対する場合のように、執ることが認められている一連の行為(刑事管轄権行使)のなかの一つであって拘束の着手を意味する場合がある。
 また領海内で外国船舶を拿捕する場合は、無害でない通航の防止すること、引いては「沿岸国の平和、秩序又は安全」を保持することを目的としていて、目的の範囲が比較的広いのに対して、排他的経済水域では、排他的経済水域の主権的権利に関わる法令の遵守という法執行目的に限定されている。そして公海上ではさらに限定されて、海賊船舶に対する刑事管轄権行使という目的に限られる。このように目的に即すと、拿捕を行うことのできる範囲は、領海、排他的経済水域、公海というように沖合いへ遠ざかるに応じて限定されるのである。


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