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(4)抑留に関する新たな規定
 さらに注目されるのは、今回の改正条文案第8条の2において、犯罪化された行為を行ったとされる船舶、貨物及び乗船者の抑留さえ認めている点である。すなわち、4項は、
 「この規定に従って行われた乗船の結果、第3条、第3条の2又は第3条の3に規定する犯罪の証拠が発見された場合には、旗国は、要請国に対し、旗国からの処置に関する指示を受けるまでは船舶、貨物及び乗船者を抑留する許可を与えることができる。要請国は、旗国に対し、この規定に従って行われた乗船、捜索及び抑留の結果を迅速に通知しなければならない。要請国はまた、旗国に対し、この条約に反する違法な行為の証拠が発見されたことを迅速に通知しなければならない(41)」と規定する。このように、今回の改正案では、単なる「乗船・捜索」にとどまらず、新たに犯罪化された事由をも含めて、犯罪の証拠が発見された場合には、要請国による船舶、貨物及び乗組員の抑留さえ承認しているのである。しかし、他方で、抑留だけでは、PSIを実効ならしめるためのSUA条約の改正としては不十分である。なぜなら、没収の権利をどこまで条約中に書き込めるかが重要だからである。
 たとえば、PSIの契機となった2002年12月のソサン号(北朝鮮船舶)事件の場合、スペイン艦船による臨検・捜索の結果、船内から北朝鮮製のスカッド・ミサイル15基などが発見されたものの、当該ミサイル等は北朝鮮とイエメンとの適法な契約に基づき、イエメン軍の装備として購入者であるイエメン政府に運ばれていた貨物であった。その結果、スペイン艦船と共同行動をとっていた米国は、最終的には、当該輸送には何ら国際法上の違反がないとして、船舶を釈放し、イエメンへの航海の継続を許可した経緯がある。本事件ではソサン号が国旗を掲揚しておらず、米国とスペインは国籍確認のため臨検に及んでおり、その意味で、ソサン号に乗船・捜索する権限はあったけれども、北朝鮮船舶からイエメン向けのスカッド・ミサイルを没収する権限は存在しなかったのである(42)。いうまでもなく、WMDの拡散を防ぐためには、かかるWMDを没収する権限を認める必要がある。しかし、これまで、旗国主義の厚い壁があったことはたしかである。今回の改正条文は、この点で新たな突破口を構築しようとしている。次に、この点を検討してみたい。
 
(5)没収に関する新たな規定
 第8条の2は、6項で没収に関する規定を置いている。すなわち、
「本条の規定に基づく乗船に対しては、抑留された船舶、貨物その他の物品及び乗船者に対して管轄権を執行する第一次的権利(没収、罰金、逮捕及び起訴を含む。)は旗国が有する。ただし、旗国がその憲法及び法令に従って管轄権執行に関する当該権利を放棄し、船舶、貨物その他の物品及び乗船者について他国の法執行機関に授権した場合はこの限りではない」
と規定した。このように本項は、没収、罰金、逮捕及び起訴に関する旗国の第一次的権利を承認しながらも、他方で、旗国が当該管轄権を放棄し、他国の法執行機関に授権する余地を残しているのである。
 こうしてみると、今回のSUA条約の改正条文案では、WMD等の拡散を防ぐための法的枠組みとして、これまで堅牢に維持されてきた旗国主義を、PSIの実効性を確保するという観点から、どこまで修正しうるかという点が議論の焦点になるものと思われる。PSIについては、すでに60カ国を超える国が支持を表明しているが、SUA条約の締約国が、かかる支持を理由にどこまで旗国主義の修正に応じるかという点が焦点になろう。さらに、いうまでもなく、PSIの主要な対象海域は中近東、アジア・太平洋の海域であるが、その大半がSUA条約の非締約国であるアジア各国が、旗国主義に変容を迫るこうした改正条約をどの程度受け入れるのか、今後の展開を慎重に見極める必要がある。このほか、注目すべき改正点につき若干触れておきたい。
 
(6)武器の使用に関する規定その他
 第8条の2は、7項で武器の使用に関する規定を置いている。すなわち、
「本条に基づく授権された活動を行うにあたって、実力の行使は、職員又は乗客の安全を確保するために必要な場合及び職員が授権された行動の執行を妨害された場合を除いて、回避しなければならない。本条に従って用いられる実力の行使は、その状況において必要かつ合理的とされる最小限の実力を超えないものとする(43)
 との規定が置かれている(44)。本規定が、国際海洋法裁判所が、かつてサイガ号事件(第2事件)(1999年)で述べた、「海洋法条約は船舶を拿捕する際の実力の行使について明示の規定を置いていないが、第293条により適用可能な国際法は、実力の行使をできる限り回避し、状況において合理的かつ必要な限度内でなければならない」との判示部分(45)、さらに1995年の国連公海漁業実施協定の「検査官の安全を確保するために必要な場合及びその限度を除いて、また検査官がその任務の遂行を妨害された場合を除いて、実力の行使を回避すること。行使される実力の程度は、状況により合理的に必要とされる限度を超えてはならない」(第22条1項(f))との規定に照応していることはいうまでもなかろう。さらに、PSIは幾度か海上合同訓練を繰り返しているが、それを意識したのか、第10項では、
「締約国は、本条に従った合同訓練標準操船手続を改善し、かつ、操船の実行のために、当該標準操船手続の調和に関し他の締約国と適宜相談するよう努力する(46)
との規定も置かれている。この規定は、現在、PSI参加国が、臨検の強化を狙って行っているオペレーション専門委員会の活動を規定化したものとみることができよう。
 
おわりに
 以上のように、IMOの場で、現在、SUA条約の改正作業が進められている。もちろん、その背景には、米国がPSIの実効性を確保するために同条約の改正を主導しているという面もあるが、国際機関としてのIMOという機関を考えた場合、従来、もっぱら海上安全(Maritime Safety)の問題を扱ってきた同機関が、もう一つの海上安全(Maritime Security)の問題に取り組み始めているという変化の様子がわかる。SUA条約の改正条文案に眼を転じれば、今回の改正案の大きな特徴として、犯罪化されたWMD等の輸送に対して、公海や排他的経済水域において、締約国の船舶に関する限りは他の締約国船舶による「臨検・捜索」を認めることによって、旗国主義に対する新たな制限事由を認めようとしていることが注目される。その背後にあるのは、WMDやその運搬手段、あるいはその関連物質の拡散を防ぐために、旗国以外の国の管轄権行使を認めることもやむを得ないという考え方である。
 ひるがえって考えてみれば、旗国主義の例外としての海上警察権の行使は、旗国以外の国の船舶に管轄権の行使を認めることによって、「公海が違法な行為を行う者にとっての避難場所にならないようにする」ことをその目的としているといえる。それによって、人命や財産を保護するのみならず、海洋の秩序の維持をはかっているのである(47)。PSIは、国際社会の平和と安全に対する脅威となっているWMDの拡散を積極的に推し進める国が存在するならば、かかる国の船舶に対する「臨検・捜索」を行うことによって、WMDの拡散を防ごうというものである。問題は、海上警察権の行使が海洋の秩序維持のために、旗国以外の国の管轄権行使を認めるのに対して、PSIで目的となっているのは直接的には海洋の秩序維持ではなく、国際社会の平和と安全の維持という別の次元のものである。この別個の両者の秩序を架橋するものとしてSUA条約が用いられている。すなわち、その改正により本来は別次元の問題であるWMDの拡散阻止の問題が、条約を通して海洋秩序の問題に位置づけられようとしているのである。米国主導の強引な立法政策という印象も捨てきれないが、WMDがもっぱら海上交通を通じて拡散されている現状を踏まえれば、ある意味で致し方のない選択のように思われる。当然のことながら、こうした改正SUA条約及び議定書がその実効性を高めるためには、できるだけ多くの国が締約国になるしかない。
 この秋にも予定されているという改正のための締約国会合が、成功裡に終わるかどうか予断を許さないが、仮にこの改正案の骨格を維持したまま改正が行われたとしても、改正SUA条約が発効するまでには時間を要するであろうことが想定される。そうすると、当分の間は、現行のPSIの枠組みの中でWMDの拡散防止などに取り組まざるを得ない。その意味で、PSI参加国は、PSI活動に対する支持をさらに拡げるために、海上阻止訓練などについてはPSI非参加国にも公開し、その活動の透明性を広げてゆく努力が必要であろう。それによって、PSIに対する活動の理解も、また支持も広げてゆくことが可能となろう。いずれにしても、当分の間は、臨検・捜索の対象船舶となるのは、PSI参加国を旗国とする船舶か、こうした臨検・捜索に同意を与える国の船舶、あるいは既存の条約で犯罪化されている行為を行っていると合理的に疑われる船舶(この場合、WMD等の当該船舶における発見は単なる付随的なものとなる)に限られることになろう。厄介なのは、便宜置籍船の実行などにより、PSI参加国が管轄権を及ぼすことができる船舶の数が現実にはかなり限られており、その効果には疑問が残ることである(48)。そこで、米国は便宜置籍国との間に二国間の臨検協定を締結し、WMD拡散阻止のための法的枠組みを設定している。たとえば、リベリア、パナマ及びマーシャル諸島との間の臨検協定がそれである。これにより、世界の船舶のかなりの部分が臨検・捜索の対象になるといわれている。実際、2004年2月11日に締結された米国・リベリア間の「海上におけるWMD、その運搬手段及び関連物質の拡散を抑止するための協力に関する米国・リベリア協定」の前文は、「WMD、その運搬手段及び関連物質の特に海上における拡散、並びにこれらのものがテロリストの手に陥る危険を深く憂慮し、すべてのWMDの拡散は国際社会の平和と安全にとって脅威であり、国連加盟国が拡散を防ぐ必要を強調する1992年1月31日の安保理議長声明を想起し」と規定し、協定締結の法的基盤として安保理決議を掲げた。そして、その阻止行動にあたっては、「海に関する慣習国際法の重要性を再確認し、また1982年の国連海洋法条約の関連規定に留意し」行動することを誓い、18か条に及ぶ条文につき合意した。その骨子は、まず、対象船舶は裸用船契約に基づいて当事国の一方の国内法によって登録された容疑船舶(無国籍船を含む)であること(第3条)、かかる容疑船舶に対して、要請する当事国の保安職員が国際水域(公海及びEEZ)で乗船・捜索する権限を認めるのみならず、拡散の証拠が発見された場合には、船舶や積荷及び乗組員を抑留する権限すら認めている。同時に、国籍の照会があった場合には2時間以内に回答することを義務づける(2時間ルール)とともに、臨検の権利及び当事国の国内法及び国際法に従った武器の使用を承認している(第4条)、さらには抑留船舶、積荷、乗組員に対する管轄権の行使(押収・没収、差押え、起訴)を認めている(第5条)、さらには当事国の国内法に従った押収財産の処分さえ承認している(第12条)(49)
 ところで、PSIの対象地域は、前述したように、もっぱら中近東とアジア・太平洋地域であるといわれている。しかし、この地域においてSUA条約及び議定書の当事国はさほど多くない(東南アジアにおいては、ベトナム一国にすぎない)。こうした中で、日本は、米国や豪州と並んで、特にアジア地域でPSIの主導的な役割を果たしている。その背景には、「アジアにおいて、北朝鮮による核問題及び弾道ミサイルがもたらす脅威は、現実かつ重大な問題である(50)」との認識があるとされる。アジア・太平洋地域でPSIがその実効性を高めるためには中国の参加が不可欠であるが、現在の状況下ではその参加は早急に実現しないように思われる。しかし、日本としては忍耐強く説得していかざるを得ないと思われる。
 繰り返しになるが、WMDの拡散は国際社会の平和と安全の維持という観点から見過ごすことができない問題である。とりわけ、核兵器テロの脅威は国際社会に共有されていると思われる。核物質やその他のWMD関連物質の非実効的な輸出規制といった現実が、核兵器テロや他のWMDによるテロを現実のものとしていることは事実である。われわれは、それを阻止する努力を続ける必要がある。PSIの発想は、まさにこうしたものである。しかし、同時に世界の通商を支えている海洋交通を毀損するような形で、PSIが行われることも回避しなければならない。われわれは、既存の国際法の秩序体系を犯すことのない形で、PSIを正しく運用していく必要がある。正しい意図が誤った行動を正当化するわけではないからである。個別の問題状況の解決に拘泥するあまり、現行の国際法体系、とりわけ海洋法条約の体系性を危うくするような対応は避けるべきであろう。その意味で、SUA条約の改正は国際法の観点からの一つの回答である。2005年秋に予定されているといわれるSUA条約の改正の行方を慎重に見守りたい。


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