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2 SUA(海洋航行不法行為防止)条約の改正作業
 2000年10月12日、イエメンのアデン港に給油のために寄港していた米海軍の駆逐艦コール号に対して、大量の爆薬を積んだ小型ゴムボートによる自爆テロ攻撃があり、米兵17名が死亡し、39名が負傷するという事件が起きだ(13)。こうした海上におけるテロ攻撃を阻止するための国際法の枠組みとして米国が着目したのが、SUA条約である。国際法は、これまで船舶に絡む犯罪として、もっぱら船上犯罪の問題を取り上げてきたが、最近ではテロリストによる船舶を「武器」あるいは「手段」とした犯罪が出現してきた(14)。こうした自爆テロによる攻撃に対しては、単に犯人を起訴し引き渡すことのみを規定した現行のSUA条約の体制はまったく役に立たないといえる(15)
 同条約は、1985年10月に発生したアキレ・ラウロ号乗っ取り事件を契機として締結された条約であり、「船舶の奪取、管理、破壊等の海洋航行の安全に対する不法な行為の犯人又は容疑者が刑事手続を免れることのないよう、締約国に対し、裁判権を設定すること及びこのような行為を引渡犯罪とすることを義務付けた上で、犯人又は容疑者を関係国に引き渡すか訴追のため事件を自国の当局に付託するかのいずれかを行うことを義務付けている(16)。まず、第3条で船舶の奪取、管理、破壊等の海洋航行の安全に対する不法行為を犯罪行為とし、これらの行為に対して、第6条で旗国、犯罪地国、犯人国籍国及び被害者国籍国などに当該行為を処罰する裁判権設定を行い、第10条で犯人を自国で訴追するか訴追する国へ引渡すことを定めている。しかし、第9条は「この条約のいかなる規定も、自国を旗国としない船舶内において捜査・執行管轄権を行使する各国の権限に属する国際法の規則に影響を及ぼすものではない」として、犯罪が行われた船舶に対する臨検、捜索及び犯人逮捕の権限を旗国以外の締約国に認めてはいない(17)。なお、1989年に採択されたSUA条約議定書は、大陸棚における固定型プラットフォームに対する行為にも、条約の規律を及ぼした(18)
 こうしたSUA条約の体制に大きな変更がもたらされようとしている。すなわち、国際海事機構(以下、IMO)は、その法律委員会(以下、LEG)の場でSUA条約の改正作業を開始した(19)。改正の基本的な柱は、かかる海上テロやWMDの拡散阻止のための対象犯罪の拡大(新たな犯罪化事由の創設)と、捜査・執行管轄権の付与(新たな「臨検・捜索」事由の創設)である(20)。きっかけは、9・11の同時多発テロであった。IMOは、同事件を受けて、2001年11月20日、第22会期総会で決議A.924(22)を採択し、乗客、乗員の安全及び船舶の安全を脅かすテロ行為を防止する措置及び手続の再検討を決定し、その中でLEGにおいてSUA条約などを改正する必要があるかどうかを確認するための検討を開始するよう要請した。つまり、これまでテロ行為の犯人の起訴・処罰を確保するための条約にすぎなかったSUA条約及び同議定書を、テロ行為を防止する条約に作り変えようというのである(21)
 米国はIMOの決議を支持し、2002年8月17日にLEGに最初の改正提案(LEG85/4)を提出した。そして、その後の米国の再々提案(LEG87/5/1)を基に改正作業が本格化し、3年間の審議を得て、2004年12月3日、ついにSUA条約の再検討に関する作業部会の会期間会合で統合草案(LEG/SUA/WG.2/2/2)がまとまった。なお、SUA条約議定書に対する改正草案は、別個の文書(LEG/SUA/WG.2/3)でまとめられている。こうしたSUA条約の改正作業に対して、万国海法会(CMI)は、2004年6月4日に決議を採択し、合法的な船員の権利を尊重確保し、締約国の主権の擁護と通商利益の保護を条件としつつ、全面的な支持を表明した(22)
 作業部会は、米国のリンダ・ジェイコブソン(Linda Jacobson)氏を議長に選び、2004年7月12日から16日にかけて会合を開いた。作業部会には、日本を含む43ヵ国(さらに、準構成員として香港)と国連、国際移動通信衛星機構(IMSO)が出席し、さらに国際船舶会議所(ICS)、国際自由労働組合連合(ICFTU)、国際船長協会連合(IFSMA)及び世界核輸送研究所(WNTI)という4つのNGOがオブザーバーとして参加した。紙幅の関係で分析対象をSUA条約本体のみとし、個々の条文に関する起草過程における細かな変遷は省略することにした。なお、作業部会に対して、事務局長は、特に第3条の2及び第8条の2とその関連条文に注意を払うように指示した(23)
 今回まとめられたSUA条約の改正草案の骨格は、次のとおりである。すなわち、SUA条約第3条に追加提案(第3条の2、第3条の3、第3条の4)を行い、SUA条約上の犯罪を行う人や補給品の輸送、WMDに関連した物資の輸送、さらには船舶やその積荷を武器として使用することを犯罪化することとなった。たとえば、人に危害を加える目的で爆発物、生物・化学物質、放射性物質を保持、輸送、使用等を行うこと、同物質を用いて威嚇すること、テロ関係条約上の犯罪を行うために同物質を輸送すること、さらに生物兵器、化学兵器及び核兵器を輸送することをSUA条約上の犯罪行為に加えるべきだというのである(第3条の2、第3条の3)(24)。しかし、起草過程の初期においてメキシコ政府は、WMDの明確な定義なしには濫用の危険があることを指摘した(25)
 
(1)WMDの定義
 そこで、前述の統合草案では、その第1条1項(c)で「禁止兵器」の定義が行われた。そこでは、「禁止兵器」として、「生物兵器」、「化学兵器」及び「核兵器及び他の核爆発装置」が掲げられた。まず、「(i)生物兵器」の定義にあたっては、1972年に署名され、1975年に発効した「生物兵器禁止条約」第1条の規定がそのまま採用され、同じく「(ii)化学兵器」の定義にあたっては、1993年に署名され、1997年に発効した「化学兵器禁止条約」第2条1項と9項の規定がそのまま採用された。すなわち、
「(c)『禁止兵器』とは、以下に掲げるものをいう。
(i)『生物兵器』とは、次のものをいう。
(A)防疫の目的、身体防護の目的その他の平和的目的による正当化ができない種類及び量の微生物剤その他の生物剤又はこのような種類及び量の毒素(原料又は製法のいかんを問わない。)
(B)微生物剤その他の生物剤又は毒素を敵対的目的のために又は武力紛争において使用するために設計された兵器、装置又は運搬手段
(ii)『化学兵器』とは、次の物を合わせたもの又は次の物を個別にいう。
(A)毒性化学物質及びその前駆物質。ただし、次に掲げる目的のためのものであり、かつ、種類及び量が当該目的に適合する場合を除く。
(I)工業、農業、研究、医療又は製薬の目的その他の平和的目的
(II)防護目的、すなわち、毒性化学物質及び化学兵器に対する防護に直接関係する目的
(III)化学兵器の使用に関連せず、かつ、化学物質の毒性を戦争の方法として利用するものではない軍事的目的
(IV)国内の暴動の鎮圧を含む法の執行のための目的
(B)弾薬類及び装置であって、その使用の結果放出されることとなる(A)に規定する毒性化学物質の毒性によって、死その他の害を引き起こすように特別に設計されたもの
(C)(B)に規定する弾薬類及び装置の使用に直接関連して使用するように特別に設計されたすべての装置
(iii)核兵器及び他の核爆発装置(26)
 なお本項の挿入との関連で、新たに第2条の2に、いわゆる保障条項が設けられた。すなわち、3項では生物兵器禁止条約及び化学兵器禁止条約から生ずる国の権利、義務及び責任に影響を与えないこと、また4項では「核兵器不拡散条約に従う活動及び核兵器等の引渡しの用に供するすべての設備、物質、ソフトウェア又は開発技術の輸送は、この条約における犯罪に該当しない」との規定が挿入された(27)
 
(2)犯罪化
 今回の改正条文草案では、犯罪行為を規定した第3条に続いて、前述のコール号事件を教訓に、第3条の2の1項の(a)で船舶を武器として用いたテロ行為を犯罪とする規定を置いた。すなわち、「不法かつ故意に行う次の行為は、この条約において犯罪とする」として、
「(a)行為の本質又は状況から、住民を脅迫し、又は政府若しくは国際機関に何らかの行為を行うこと又は行わないことを強要する目的で行う次の行為
(i)爆発性物質、放射性物質又は禁止兵器を、船舶に対し若しくは船上で使用し、又は船舶から排出する行為(死亡、重大な危害又は損害を生じ又は生じうるおそれのある方法で行うものに限る。)
(ii)(i)項で規定されていない、船上から油、液化天然ガスその他危険物質又は有害物質を排出する行為(死亡、重大な危害又は損害を生じ又は生じうるおそれのある量又は濃度の物質を排出する場合に限る。)
(iii)死亡、重大な危害又は損害を生じる方法で船舶を使用する行為
(iv)(i)、(ii)又は(iii)に定める犯罪を行うとの脅迫(要件を追加するか否かについては、国内法の定めるところによる。)(28)
と規定した。
 続いて、(b)として、PSIが臨検の対象としている行為、すなわち船舶によるWMD及びその関連物質の輸送が新たに犯罪化された。それを促したのが、国連安保理決議1540の採択であったことは、LEG88会期に米国が提出した文書(LEG/SUA/WG.1/2/3)からも明らかである。米国は、決議1540の重要な目的は、WMD、その運搬手段及び関連物質の違法な取引を終了させることであり、SUA条約によるかかる輸送の犯罪化は決議1540に規定された義務の遵守へ向けての一歩であると強調した(29)。作業部会に参加した多数の代表は、この(b)項の挿入に賛成したが、幾人かの代表は、通商上の利益を阻害し、無実の船員を有罪とするものだとして反対したが、最終的に挿入されることとなった(30)。すなわち、
「(b)船舶による次の物質の輸送
(i)爆発性物質又は放射性物質。ただし、当該物質が、住民を脅迫し、又は政府若しくは国際機関に何らかの行為を行うこと又は行わないことを強要する目的で、死亡、重大な危害又は損害を引き起こすために、又は引き起こすとの脅迫(要件を追加するか否かについては、国内法の定めるところによる。)において使用される予定であることを知っている場合に限る。
(ii)禁止兵器。ただし、当該兵器が生物兵器、化学兵器、核兵器又は他の爆発装置であることを知って行う場合に限る。
(iii)原料物質、特殊核分裂性物質(31)、又は特殊核分裂性物質を処理、利用若しくは生産するために特別に設計若しくは作成された装置若しくは物質。ただし、これらの物質が核爆発活動又は保護されていない核燃料サイクル活動において使用される予定であることを知って行われる輸送行為に限る。
(iv)[設備、材料、ソフトウェア又はその他の関連技術。ただし、当該物質が禁止兵器の設計、生産及び引渡しにおいて使用される予定であることを知って行われる輸送活動に限る](32)
が加えられた。これによって、将来、改正SUA条約の締約国間においては、かかる行為は条約上の犯罪とされることになり、また第5条で、「締約国は、第3条、第3条の2、第3条の3及び第3条の4に定める犯罪について、その重大性を考慮した適当な刑罰を科することができるようにする」との規定を置き、条約で規定された犯罪行為を国内法上の犯罪として刑罰を科することを締約国に義務づけている。こうして、かかる新たな犯罪の取締りのために締約国の執行管轄権の範囲が拡大されることになった。もちろん、狙いはそこに止まるものではない。
 
(3)新たな臨検・捜索事由の創設
 真の狙いは、第8条の2にある。同条は、まず1項で、「締約国は、国際法に従い、この条約に規定する不法な行為を防止及び抑止するため可能な最大限の協力を行う。締約国は、本条の規定による要請について、可能な限り迅速に回答しなければならない」とし、さらに2項で、「締約国が、その旗を掲げる船舶に関して第3条、第3条の2又は第3条の3に規定する犯罪が行われ、過去に行われ又は行われようとしていると疑うに足りる合理的な理由を有する場合には、当該犯罪の防止又は抑制について他の締約国の支援を要請することができる。要請を受けた締約国は、追加的な情報を求めることができ、当該支援を行うためにとることのできる手段の範囲内で最大の努力を行わなければならない」と規定し、締約国に協力義務と努力義務を課している。なお、これらの条文の骨格は、2004年7月14日に提出されたフランス、イタリア、オランダ及び米国の4ヵ国共同提案(LEG/SUA/WG.1/WP.5)を下敷きにしている。
 注目されるのは、3項である。乗船及び捜索に関する3項は、
「3 締約国(『要請国』)の法執行機関又は他の権限ある職員が、いずれかの国の領海において、最初の国(『一義国』)の国旗を掲げる船舶に遭遇し、要請国に当該船舶又は当該船舶の乗船者が第3条、第3条の2又は第3条の3に規定する犯罪に関与し、関与したことがあり、又は関与しようとしていると疑うに足りる合理的な理由があり、かつ、要請国が乗船を希望する場合には、
(a)1項に従って、一義国に国籍に係る主張の確認を要請し、かつ、
(b)国籍が確認された場合には、要請国は一義国(以下、『旗国』という。)に対し、要請国が当該船舶に関し適当な手段をとるための権限を与えるよう求めなければならない。適当な手段には、第3条、第3条の2又は第3条の3に規定する犯罪が行われ又は行われようとしているかについて決定するために、締約国が当該船舶、その貨物及び人員について停船、乗船及び捜索し、並びに船上にある者に対して質問することを含む。
(c)旗国は、次のいずれかを行う。すなわち、
(i)要請国に5項に従って課せられうる要件に服することを条件に、本項(b)に規定する乗船及び適当な措置をとることを授権すること、又は
(ii)自国の法執行機関または他の職員によって乗船及び捜索を行うこと、若しくは
(iii)要請国とともに、5項に従って課せられうる要件に服することを条件に、乗船及び捜索を行うこと、あるいは
(iv)乗船及び捜索につき授権することを拒否すること(33)
との規定を置いた。このように、現行のSUA条約や同議定書には船舶への立入検査の規定がないが、改正SUA条約では、締約国による他の外国船舶(旗国が改正SUA条約の締約国であることが条件ではあるが)に対する新たな臨検・捜索の根拠が付与されている。いずれにせよ、今回の改正案の狙いは、テロリストが乗船していたり、WMDを積載していたりした場合には、船舶自体の捜索を可能にしようという点にある。もちろん、海洋法条約との整合性を意識して、第2条1項で、「この条約は、次の船舶には適用しない」として、「(a)軍艦、(b)国が所有し運航する船舶であって軍の支援船として又は税関若しくは警察のために使用されるもの、(c)航行の用に供されなくなった船舶又は係船中の船舶」は臨検の対象から除かれるとともに、2項で「この条約のいかなる規定も、軍艦及び非商業的目的のために運航する政府船舶に与えられる免除に影響を及ぼすものではない(34)」としている。
 さらに注目されるのは、4時間ルールを採用した(b)項である。すなわち、
「(b)批准書、受諾書、承認書又は加入書を寄託した際又は後に、締約国が、事務局長に対し、当該締約国の旗を掲げる船舶又は当該締約国の登録証を掲示する船舶について通知をした場合、国籍確認要請の受領を確認した時から4時間以内に第一義国からの回答がない場合においては、要請国は、当該船舶の国籍証書を確認及び調査し、並びに第3条、第3条の2又は第3条の3に規定する犯罪が行われ又は行われようとしているかについて決定するために、締約国が当該船舶、その貨物及び人員について乗船及び捜索し、並びに船上にある者に対して質問する権限を与えられているものとみなされる。
 批准書、受諾書、承認書又は加入書を寄託した際又は後に、締約国が、事務局長に対し、当該締約国の旗を掲げる船舶又は当該締約国の登録証を掲示する船舶について通知をした場合、要請国は、第3条、第3条の2又は第3条の3に規定する犯罪が行われ又は行われようとしているかについて決定するために、当該船舶、その貨物及び人員について乗船及び捜索し、並びに船上にある者に対して質問する権限を与えられる。
 この通知は、本項に従って、いつでも撤回することができる(35)
と規定している。この要請国による4時間ルールに基づく乗船、捜索については、改正SUA条約の批准書、受諾書、承認書及び加入書の寄託時又はその後に、締約国が通知によって予め従来の旗国主義の縛りを積極的に通知によって放棄しない限り(オプト・イン方式)、実現しない体制がとられているが、それでもこれまでの旗国主義に変容を迫るものとして注目に値する(36)。なお、米国は、2004年2月のリベリアとの臨検協定の中で、国籍の照会があった場合に2時間以内に回答することを義務づける2時間ルールを採用しているが(37)、たとえ時間の猶予が2倍になったとしても、従前の旗国主義に大幅な修正を迫るこの改正案が普遍的な多数国間条約であるSUA条約の締約国に受け入られるかどうか予断を許さないといえよう。なぜなら、仮にこうしたルールに基づく「臨検・捜索」が常態化すれば、国際海運業界にとっては事業遂行の上で重大な侵害が生じるとものと予想され、はたしてすんなりと受け入れられるかどうか、議論を惹起する規定と思われる。実際、LEGにおける改正議論の初期の段階において、かかる新提案に対して、国際船舶会議所(ICS)、国際船舶連合(ISF)などの国際海運業界は、旗国主義が基本であり、乗船には明確な根拠が必要である、との慎重な対応を望む見解を寄せていた(38)。それにもかかわらず、かかる規定が採用された背景には、米国のみならずフランスなども、効率性を理由として、この4時間ルールに基づくオプト・イン方式を支持したことがあげられよう(39)
 かかる改正により、少なくとも改正SUA条約の締約国間においては、WMDを積載していると合理的に疑われる船舶がある締約国の国籍を主張し、当該締約国の領海から外にでてきたような場合には、他の締約国の艦船が停船を命じ、船舶の捜索ができるようにしようというのである。しかし、中国などは、SUA条約の改正草案の前文に、海洋法条約への言及、とりわけ同条約に規定された公海の自由の原則を含むことが適切であるし必要であると考えると述べており、うがった見方かもしれないが旗国主義の確認の意図とも受け取られる発言であり、本条の採択には今後も紅余曲折が予想される(40)


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