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臨検・捜索―SUA条約改正案を素材に
神戸大学教授 坂元茂樹
はじめに
 2005年1月27日付の日本経済新聞は、「政府は26日、大量破壊兵器やミサイル関連物質の密輸の疑いのある船舶に対し、公海上でも立ち入り検査(臨検)を可能にするための国際条約の改正に取り組み、関連する国内法制も整備する方針を固めた」との記事を掲載した。同紙によれば、同条約の改正は、「米国が主導する大量破壊兵器の拡散防止構想(PSI)を実効化させるもので、北朝鮮やイランなどを念頭に核拡散を連携で阻止する狙いがある」とされる(1)。対象となっている条約は、「海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」(以下、SUA条約)である。周知のように、2003年5月13日、ブッシュ米国大統領によってクラコフ(ポーランド)で発表された拡散防止構想(PSI)は、大量破壊兵器(以下、WMD)及びその運搬手段と関連物質の拡散懸念国又はテロリストなどの非国家主体への流入又はそれらからの流出を阻止するために、参加国(=有志連合)が共同してとりうる措置を検討しようとするものである(2)。PSIは、1992年1月31日の安保理サミット議長声明における、「あらゆるWMDの拡散は、国際の平和と安全に対する脅威である」との考え方に自らを強く結びつけている。2003年9月3日・4日の第3回のパリ会合で採択された「拡散阻止原則宣言(Statement of Interdiction Principles)」の中で、「PSIは、すべてのWMDの拡散は国際の平和及び安全に対する脅威であると述べ、拡散防止の必要性を強調する1992年1月31日の国連安保理議長の声明に沿ったものであり、また、その実施の一端を担うものである」と位置づけていた。PSIが、その当初から、自らの法的基盤の構築において国連の安保理を強く意識していたことはたしかである。その後、カナナスキス及びエビアン・サミットのG8首脳宣言において、WMD、その運搬手段及び関連物質の拡散防止のために、より一貫性のある協調した努力が必要であることが確認された(3)。2004年4月28日には、国連安保理は、決議1540(2004)を採択し、その9項で「すべての国に対し、WMD及びその運搬手段の拡散による脅威に対応するよう不拡散に関する対話及び協力を促進するよう要請する」と決議し、PSIに対する支持を表明した(4)
 現在、このPSIには日本を含む15カ国(米国、英国、イタリア、豪州、オランダ、フランス、ドイツ、スペイン、ポーランド、ポルトガル、シンガポール、ノルウェー、カナダ及びロシア〔これらをコア・グループ国という〕)が参加している(5)。ロシアは、2004年5月31日の1周年会合で参加を表明したが、PSIの活動が国内法及び国際法に違反しない限りにおいて参加するとの条件をつけている(6)。たしかに、PSIによる海上阻止行動は、既存の海洋法秩序を毀損しない形で行われる必要がある。なぜなら、法的根拠を欠いた、また不注意なPSIの運用は、PSI参加国と標的となっている拡散懸念国との間に武力を伴う衝突を惹起させる恐れがあるからである。なお、PSIには、臨検の強化を狙ったオペレーション専門委員会とWMDの輸送情報の収集・交換を強化する情報専門委員会がある。先の15カ国に加えて、デンマーク、トルコ、ギリシャ、タイ、ニュージーランドが、専門家会合に参加している(7)。日本は、2004年10月25日から27日に、相模湾沖合及び横須賀港内において、日本政府主催による海上合同訓練(チーム・サムライ04)を開催するなど、PSIに対して積極的な対応を行っている(8)。そこでは領海のみならず、排他的経済水域や公海上のWMD等を運搬している外国船舶の臨検・捜索が想定されている。しかし、国際法上、外国船舶に対する臨検・捜索は、戦時の交戦国による海上捕獲の場合と、平時における海上犯罪取締り措置の場合にのみ制限的に認められているにすぎない(9)。要するに、「軍艦が平時に外国船舶に乗りこみ、船舶書類の検閲や船内捜索など臨検の権利(right of visit)を行使できるのは、特定犯罪についての容疑が十分であり、しかも国際法上とくにゆるされている場合に限られる(10)」のである。実際、かかる臨検の権利の濫用を防ぐべく国連海洋法条約(以下、海洋法条約)は、その第110条3項で、「疑いに根拠がないことが証明され、かつ、臨検を受けた外国船舶が疑いを正当とするいかなる行為も行っていなかった場合には、当該外国船舶は、被った損失又は損害に対する補償を受ける」と規定し、犯罪容疑をかけられた船舶に無制限の受忍義務を負わせてはいない。こうした状況下で、いかにPSIによるWMDの取締りの実効性を確保するかというのが大きな課題である。
 
1 拡散阻止原則と国連海洋法条約との抵触
(1)拡散阻止原則宣言の内容
 このPSIと呼ばれる多国間協力体制に参加した各国は、前述の第3回パリ会合で、PSIの目的や阻止のための原則を述べた「拡散阻止原則宣言」について合意した。当該宣言はまず、PSIの目的を「PSI参加国は以下の阻止原則を順守し、国内法、国際法及び国連安保理を含む国際的枠組みに従って、拡散懸念国及び非国家主体からの、並びにそれらへのWMD、その運搬手段及び関連物質の移転若しくは輸送を阻止するため、より組織的かつ効果的な基礎を構築する。また、国際の平和と安全に対するかかる脅威を懸念するすべての国に対し、同様の阻止原則を遵守するよう呼びかける」と規定した。
 そして、PSIの対象たる「拡散懸念国又は非国家主体」を、「(a)化学、生物又は核兵器、及びそれらの運搬手段の開発又は獲得への努力、若しくは(b)WMD、その運搬手段及び関連物質の移転(売却、受領又は促進)を行い、拡散を行っていることを根拠として、PSI参加国が阻止対象とすべきと判断した国家又は非国家主体のことをいう」(1項)と定義した。その上で、PSIの活動として、「他国から提供される機密情報の秘密性を維持しつつ、拡散活動と疑われる活動に関する情報を迅速に交換する」(2項)こと、さらに、「これらの目的を達成するため、関連する国内法を必要に応じて見直すとともに、その強化に努めること。また、必要な場合には、これを支持するため、関連する国際法及び国際的枠組みを適切な方法で強化することに努めること」(3項)を約束した。
 そして、「各国の国内法において許容される範囲で、かつ国際法及び国際的枠組みの下での国家の義務に合致する範囲で、WMD、その運搬手段及び関連物質の貨物に対する阻止活動を支援するために具体的な行動をとる」として、「(a)拡散懸念国又は非国家主体への、若しくはそれらからのかかる貨物のすべての輸送又は輸送協力を行わないこと。及び、自国の管轄権に服する何人にもこれを許可しないこと。(b)自国籍船舶が、拡散懸念国又は非国家主体への、若しくはそれらからの当該貨物の輸送を行っていると疑うに足る合理的な理由がある場合には、自発的に又は他国の要請及び他国による正当な理由の提示に基づいて、内水、領海若しくは他国の領海を越えた海域において当該船舶に乗船し、立入検査を行うための措置をとること。及び、かかる貨物と認められる貨物を押収すること。(c)他国による自国籍船舶への乗船及び立入検査、並びに当該他国がWMD関連貨物と認める貨物の押収に対して、適切な状況の下で、同意を与えるかどうかを真剣に検討すること。(d)以下の目的のために適切な行動をとること。すなわち、(1)拡散懸念国又は非国家主体へ、若しくはそれらからWMD関連貨物を運搬していると合理的に疑われる船舶を、自国の内水、領海又は接続水域(宣言されている場合)で停船させ又は立入検査を行い、かつかかる貨物と確認された貨物を押収すること、及び(2)かかる貨物を運搬している合理的疑いがあり、かつその港、内水又は領海に入ろうとするか、あるいは出ようとする船舶に対し、それ以前に行われる乗船、立入検査、及びかかる関連物質の押収の受け入れなどを義務付けること。(e)自発的に又は他国の要請及び他国による正当な理由の提示に基づいて、(1)拡散懸念国又は非国家主体へ、若しくはそれらから、かかる貨物を運搬していると疑うに足る合理的な理由があり、かつ自国領空を飛行する航空機に対し、検査のために着陸を求め、かかる貨物と確認された貨物を押収すること、又は(2)かかる貨物を運搬していると疑うに足る合理的な理由がある航空機に対しては、事前に自国領空の飛行を拒否すること。(f)港湾、空港又はその他の施設が、拡散懸念国又は非国家主体へ、若しくはそれらからのかかる貨物運搬の中継地点として使用される場合には、当該貨物を運搬していると疑うに足る合理的な理由がある船舶、航空機、又はその他の輸送手段を検査し、かかる貨物と確認された貨物を押収すること」を掲げたのである(11)
 
(2)国連海洋法条約の体制
 この原則宣言は一読して明らかなように、海洋法条約が構築している海洋法秩序との不整合を抱えている。たとえば、領海において外国船舶は無害通航権を有しており(海洋法条約第17条)、沿岸国はこれを妨害してはならない義務を負っている(同第24条)。もちろん、無害でない通航に対して沿岸国は必要な措置をとる保護権を有しているが(同第25条)、無害かどうかの基準は、海洋法条約第19条2項で行為態様別基準が採用されており、WMDやその関連物質の運搬は条約で明示された無害でないとされる12項目の行為には該当しない。原則宣言が述べるような、「WMD関連貨物を運搬していると合理的に疑われる船舶を、領海で停船させ又は立入検査を行い、かつかかる貨物と確認された貨物を押収すること」などおよそ許容されていないのである。領海における「無害性」の基準とPSIの活動の根拠とされる「国際社会の平和と安全の維持」という基準はまったく別個のものである。つまり、沿岸国の平和、秩序又は安全は害しないが、国際社会の平和と安全を脅かすという根拠のみで、領海を通航中の外国船舶に対して臨検・捜索を行うのであれば海洋法条約の違反となるのである。さらに、阻止原則宣言にあるように、拡散懸念国を特定し、当該国を旗国とする船舶についてのみ領海における無害通航権を否定することになれば、海洋法条約第24条1項(b)が禁止する「特定の国の船舶に対し又は特定の国へ、特定の国から若しくは特定の国のために貨物を運搬する船舶に対して法律上又は事実上の差別を行うこと」に該当し、海洋法条約に違反するおそれがある。接続水域においては外国船舶によるWMDやその運搬手段の積載が、沿岸国の「通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令の違反」(海洋法条約第33条1項(a))の疑いがある場合はともかく、そうでなければ勝手に臨検・捜索を行うことはできない。また、公海や排他的経済水域を航行中のWMDやその運搬手段等を運搬していると疑われる船舶を停船させ立入検査を行うことは、海洋法条約第110条が規定している臨検に関する事由((a)海賊行為、(b)奴隷取引、(c)無許可放送、(d)無国籍、(e)国旗の濫用)に該当する行為がない限り、不可能である。換言すれば、海洋法条約はWMDやその運搬手段及び関連物質を輸送している疑いがあるというだけでは、当該外国船舶を停船させ捜索する権利を与えていないのである。
 ただし、海洋法条約採択後、対象行為が犯罪行為と性質決定され、かかる行為を行っていると疑うに足る合理的理由がある場合には、船舶の乗船・捜索が許されるとする特別条約が締結されている。たとえば、1988年の「麻薬及び向精神薬の不正取引条約」第17条や2001年の「移民密入国防止議定書」第8条である。後者を例にとれば、締約国は「移民の海路による密入国に関与していると疑うに足りる合理的な理由を有する場合には、その旨を旗国に通報し及び登録の確認を要請することができるものとし、これが確認されたときは、当該船舶について適当な措置をとることの許可を旗国に要請することができる」とし、旗国は、「(a)当該船舶に乗船すること、(b)当該船舶を捜索すること、(c)証拠が発見された場合には、当該船舶並びに乗船者及び積荷について適当な措置をとること」(2項)の許可を与えることができると規定されている。条文を一読してもわかるように、一般国際法上の臨検や拿捕といった文言の使用は慎重に回避され、とられるべき執行措置も旗国の許可を条件とする条約上の執行措置にすぎないことが示されている。(12)
 前述したように、拡散阻止原則宣言により、PSIに参加する有志連合は、WMD、その運搬手段及び関連物質の輸送を含む、拡散懸念の国家や非国家主体による拡散を防ぐために関連国内法の強化及び国際法の枠組みの中で協力することを約束している。そこで、PSIをリードする米国は、PSIを実効ならしめるために、新たな国際法の枠組みを構築しようとしている。たとえば、船舶の奪取、管理、破壊等の海洋航行の安全に対する不法行為を犯罪行為としているSUA条約第3条の規定に、新たな対象犯罪としてWMDの輸送を加え、規制しようというのである。もちろん、PSIを実効ならしめるためには、こうした対象犯罪の拡大とともに、一般国際法上の臨検・捜索という用語を用いるかどうかは別にして、改正SUA条約の締約国に新たな捜査・執行管轄権を付与する必要がある。そこで、現行第8条の改正に取り組むこととなった。次に、SUA条約の改正作業の経緯を検討してみよう。


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