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4. 統合シミュレーションセンター
(1)概要
 2002年7月に完成した統合シミュレーションセンター(Integrated Simulation Center of Singapore、以下ISCと記す)はMPAが管理運営する施設であり、シンガポール海事学校(Singapore Maritime Academy)の敷地内に設けられている。
 ISCはシミュレータをベースとした訓練と技能向上の場を提供することで国際的な海運交流を増進させることを使命に掲げている。写真4に示すように、ISCは円筒形の4階建ての施設であり、事務所やブリーフィングルームのほか、3基の操船シミュレータをはじめ、船舶に関連した様々なシミュレータが整備されており、さながら施設全体が「海事シミュレータ」といった様相であった。
 
写真4: ISCの外観(右がシンガポール海事学校)
 
(2)各種シミュレータについて
 ISCに装備されているシミュレータは次のとおりである。
イ 危機管理シミュレータ
 危機管理シミュレータ(Crisis Management Simulator)は、海上における油やケミカルの流出事故や衝突事故などが発生した時の対処について訓練するもので、船舶の乗組員のみでなく陸上の職員との連携についても訓練できるものとなっている。
ロ フルミッション操船シミュレータ
 ISCには3基ものフルミッション操船シミュレータがあり、船型や目的に応じ使い分けがなされている。これらのシミュレータは個別の運用ができるのに加え、海上保安シミュレーションセンターの操船シミュレータのように、複数の操船シミュレータを一つのシナリオの中でリンクさせた運用も可能となっている。
(イ)360°視野操船シミュレータ
 ISCの顔とも言えるシミュレータであり、その名のとおり360°に渡ってスクリーンが配置されている。港内操船や捜索救助訓練といった広範囲な方向の情報が必要な場面で活躍する。
(ロ)240°視野操船シミュレータ
 主として小型船、高速船、タグボートの訓練に使用される。
(ハ)210°視野操船シミュレータ
 機能としては240°視野操船シミュレータと同様である。
ハ 船舶交通システムシミュレータ
 船舶交通システムシミュレータ(Vessel Traffic System Simulator)は各国の港湾、海上安全機関にも利用されている。VTS管制官の技能向上のための訓練に利用される。リアルタイムでのシミュレーションや管制官個別の訓練が可能となっている。
ニ SAR/GMDSSシミュレータ
 捜索・救難の実務訓練や、GMDSS機器の適切な取扱い訓練のためのシミュレータである。
ホ 機関室シミュレータ
 大型タンカーの機関室を模擬しており、機関室、機関制御室、緊急司令室、舵機室、タンク上部室及びインストラクター室から成る。MAN-B&W社製の5L-90-MCエンジンが装備されている。
ヘ 液体貨物荷役シミュレータ
 VLCC、石油製品・ケミカルタンカー、LNG船などの液体、気体貨物の安全な取り扱いや近代タンカーのバラスト管理を行うための補機や貨物ターミナルの機器のシミュレーションができる。
 
 以上のシミュレータは個別に運用することは当然ながら可能であるが、施設名に「Integrated: 統合」が冠されていることからもわかるように、全てのシミュレータをリンクさせることができ、単に船舶シミュレーションといった領域を超え、海事全般で要求される業務を包含したシミュレーションが行える点がISCの大きな特徴となっている。ISCでは操船訓練やBRM訓練のほか、海運に関する調査研究、アセスメント、海難調査などにも利用されている。ISCでは、民間人のほかMPA職員、海軍など幅広い利用者を受け入れている。
 このような優れた施設において、どのような訓練が行われているかについては、BRM訓練が本格的に導入された当庁にとって特に有用な情報となるものと考えられたため、その詳細について次項で述べる。
 
(3)訓練内容について
 ISCでは表1に示す27の訓練課程が用意されている。中でもBRMとBTMが区別されたコースとして設定されている点が注目される。
イ 海事危機管理フルミッション演習
 危機管理に関する事態対処システム(ICS)の概念に基づいた統合危機管理モデルに基づいた複雑な演習を行う。船舶交通システムシミュレータ、SAR/GMDSSシミュレータ、危機管理シミュレータ、操船シミュレータにより各セクション固有の現実に近い環境を作り出し、演習を行う。この演習のねらいには次のような項目が挙げられている。この演習はUSCGにも認証され、USCGで定期的に実施されている危機対応訓練の要求を満たしている。
・個人の反応の向上
・データログにより利用したリソースや活用されなかった資材の検証を行うこと
・資機材の効果的な配備
・経済的、環境的損失の検証や損害を最小に食い止めるための対策の立案など
ロ 危機管理フルミッション演習
 この演習はイの規模を縮小またはセクションごとに区切った演習となっており、講習期間もわずか1日に設定されている。
ハ 水先人の免許更新、訓練及び審査(義務講習)
 見習い水先人及びMPAがライセンスした水先人に対して実施する講習である。
ニ 大型船船長に対する水先人乗船免除審査(義務講習)
 経験のある船長に対し、シンガポール港における知識と技術を評価するための講習である。
ホ 大型船船長に対する水先人乗船免除更新審査(義務講習)
ヘ 一級海技士免状(航海)の審査(義務講習)
 この講習の目的は、STCW95 Section A-II/2に基づいて航海士に要求されている技術を有しているか審査することである。対象者は一級海技上(航海)試験の受験者であり、MPAが要求する適性を有する者でなければならない。この講習において、受験者は以下の技術を評価される。
・視界制限状態での航海
・海上衝突予防法
・緊急時の対応
・BRM
・あらゆる気象条件、輻輳状態下で制限水域を航行する指揮能力
・操船技術
ト 二級海技士免状(航海)の審査(義務講習)
 この講習の目的は、STCW95 Section A-II/2に基づいて航海士に要求されている技術を有しているか審査することである。対象者は二級海技士(航海)試験の受験者であり、MPAが要求する適性を有する者でなければならない。この講習において、受験者は以下の技術を評価される。
・航海当直要領
・輻輳状態下で制限水域を航行する指揮能力
・海上衝突予防法
・緊急時の対応
・航海計器の効果的な利用
・操船技術
チ 三級海技士免状(航海)の審査(義務講習)
 この講習の目的は、STCW95 Section A-II/2に基づいて航海士に要求されている技術を有しているか審査することである。対象者は三級海技士(航海)試験の受験者であり、MPAが要求する適性を有する者でなければならない。この講習において、受験者は以下の技術を評価される。
・航海当直要領
・海上衝突予防法
・航海計器の効果的な利用
・航路標識
・操船指揮能力
・緊急時の初期対応
リ 小型船船長に対する水先人乗船免除審査(義務講習)
 総トン数300〜5,000トンの船長を対象とした講習である。
ヌ 小型船船長に対する水先人乗船免除更新審査(義務講習)
 水先人乗船免除資格更新のための年次講習である。
ル 港内タンカー船長の訓練及び審査(義務講習)
 MPAが発給する港内タンカー船長のライセンスのための講習である。
ヲ 港内タンカー船長の更新審査(義務講習)
 港内タンカー船長資格の更新審査のための講習である。
ワ 旅客船安全運航講習及び審査(義務講習)
カ 旅客船安全運航更新審査(義務講習)
ヨ 新人タグ船長に対する訓練及び審査(義務講習)
タ タグ船長に対する訓練及び更新審査(義務講習)
レ BRM(Bridge Resource Management)
 海上におけるあらゆるレベルのストレス要因を意識させることと、人間の感情要素を管理するための方法を確認することを目的としている。SAS航空大学校のBRMモジュールに対応させることにより、ストレス管理や船橋内のリソースを有効に活用し、安全を増進させる能力を養う。BRMについて興味がある海事関係者であれば誰でも受講できるが、できればブリッジマネージメントの経験者が好ましい。
 この講習内容は大きく2つに分けられる。1つは相互討論への参加である。受講者はワーキンググループに分かれ、ケーススタディについて討議し、船上で起こる種々の危機に対し、SAS手法により問題解決をする。
 もう1つは、実践的な操船シミュレーションの実行である。操船シミュレータにより、受講者は準備、航海計画、実行、計画の経過の監視を行い、あらゆるレベルのストレス下において問題を管理・コントロールし、克服するための意思決定過程にBRMの技能を適用する。受講者はリアルタイムで計器を操作し、一連の動きは記録され、後のデブリーフィングの分析で利用される。この講習はクライアントの要求によりカスタマイズが可能である。
ソ BTM(Bridge Team Management)
 海上においてあらゆるストレスのレベルでの人間の感情的な要素を理解し、管理することを目的とする。受講者は、操船シミュレータを活用し、船橋における手続きの実行や管理能力を熟達させることが要請される。STCW95で要求されるレベルの能力に適合させることができるほどシミュレータ訓練は発展している。BTMについて興味がある海事関係者であれば誰でも受講できるが、できればブリッジマネージメントの経験者が好ましい。
 この講習は実践的な操船シミュレーションにより、受講者は準備、航海計画、実行、計画の経過の監視を行い、ブリッジリソースの管理や技能を適用する。受講者はリアルタイムで計器を操作し、一連の動きは記録され、後のデブリーフィングの分析で利用される。この講習はクライアントの要求によりカスタマイズが可能である。
ツ マラッカ・シンガポール海峡航行計画
ネ 水先人訓練
ナ VTS管制官育成
ラ SAR/GMDSS課程
ヌ SAR/GMDSS現場指揮官育成
ウ ディーゼルエンジンの効率的運用と故障診断
ヰ 機関科士官のためのリソースマネージメント
ノ 機関室CRM(Crew Resource Management)
オ 液体貨物取り扱い


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