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II イギリスの地方税
 1993年4月より、イギリスの地方税は、単税制度による財産税のカウンシル・タックス(Council Tax)となっている。
 通常、新税の導入は極めて大きな事件であり、国民の関心も高い。しかし、1970年代のレイフィールド委員会報告以降、サッチャー政権期に至る、元の地方税レイト(Rates)末期(1980年代末まで)、1990年4月から(スコットランドでは1989年4月より)1993年3月までの人頭税(Poll Tax)であるコミュニティ・チャージ(Community Charge)導入前後に比べ、カウンシル・タックスの導入とその滑り出しは、スムーズに進行してきた。雑誌や新聞のとりあげ方、国民や自治体の反応、とくに、国政では野党である労働党支配の自治体においても、比較的好意的な受け止め方が見られる。研究者の論文についても、レイトや人頭税に比べれば、その量ははるかに少ない。これは、単に導入されてからの歴史の浅さだけが理由ともいえない。改革前の地方税制が政権を揺るがし、大きな騒動にも発展した人頭税であったことの反動とともに、新鋭カウンシル・タックスの制度的特殊性によるところが大きい。
 イギリスは、単税制度であり、カウンシル・タックス=地方税であるが故に、カウンシル・タックスの問題はそのまま地方税の問題であり、地方財政問題へのかかわりも、日本の固定資産税より格段に大きいといってよい。
 カウンシル・タックスは全く新しい制度としてできた税制であり、他に類似の制度をみない極めて珍しい特徴をもった税である。長い歴史をもつレイトと、近年の人頭税導入経験をベースとして新税が形成され、3つの税の性格を合わせもっているところから複合税、ハイブリッドタックス(Hybrid Tax)とよばれている。
 まず第1に、財産税。これは、レイトの流れをひくものである。第2に、人頭税。世帯人数を加味している点で、コミュニティ・チャージの流れをひいている。第3に、所得税。単税制度の地方税に所得配慮を加え、逆進性緩和を行う制度は、1960年代のアレン委員会に基づくレイト払戻し制度導入以来継続しており、レイト、コミュニティ・チャージ両方に共通するものである。
 
1 財産税的側面
 カウンシル・タックスの基本的部分は財産税であり、税の分類を行う場合、財産税とされるものである。各地方団体における住宅のみをベースに課税され、居住者や所有者が納税義務を負っている。住宅の評価の際、売買を想定した資本価格(Capital Value)を用いていることは、レイトからの大きな変化である。レイフィールド委員会などにおいても、レイトが賃貸価格に基づいて住宅の評価を行っていたことについて、持家比率が上昇してきたこと、統制下にない家賃の実例が少ないことから、公平性を欠くとの問題が指摘されていたところである。
 カウンシル・タックスの根拠となる法律は、1992年地方財政法(Local Government Finance Act 1992)であるが、課税対象となる「住宅」の規定や非居住用資産を課税対象からはずしていること等多くの点で1967年一般レイト法(General Rate Act 1967)や1988年地方財政法(Local Government Finance Act 1988)等によっている。新税にレイトやコミュニティ・チャージの性格がもり込まれていることが分かる。
 財産税としてのカウンシル・タックスについて、評価額を決める上で最も大きな特徴は、図表4のような価格帯(Valuation Bands)方式をとっていることである。レイト制度では、5年ごとに評価替えを行うものとされていたが、実際には、家賃資料の不足や経費節減のため引き伸ばされた。評価の作業が困難なこと、お金がかかることが問題とされたのである。各住宅や建造物の間で、実際の賃貸料と評価額について差は広がるばかりで、不公平感がつのり、レイト批判の一つとなったものである。
 こうした点を考慮しなくてもすむようにしたのが価格帯である。イングランド、ウェールズの場合、数百万の住宅に対する最初の評価は、1991年末から92年半ばにかけて実施された。この作業は、広い価格帯の範囲内に、それぞれの住宅をあてはめるというものである。価格帯の幅が広いため、資産評価を厳密に実施する必要は無くなり、今後の評価替えもしなくてもよいというものである。地方財政法1992年の第5条に基づき、住宅の評価をAからHまで8つの価格帯に分け、カウンシル・タックスの税額は、価格帯毎に決まることになる。基準となる税額(低所得者向けの減税などを実施する前の額)は、価格帯毎に各々の比率が設定され、これにより変化することになる。価格帯Aが6、価格帯Hが18ということは、Hの範囲内にある住宅はDの範囲内の住宅の2倍の負担。同様に、価格帯Aの住人は価格帯Dの住人の3分の2の負担ということになる。
 たとえば、価格帯Dの税額について、ある自治体が501ポンドと設定した場合、Aは334ポンド、Hは1002ポンドとなる。ただし、これは基準となる税額であり、ここから諸控除、割引、給付金等が実施されることになる。
 
2 人頭税的側面
 カウンシル・タックスは、コミュニティ・チャージのもつ「人頭税」的側面をもっている。
 かつて、地方税レイトを改革しようと作成されたグリーン・ぺーパー「地方財政の負担」(Paying For Local Government)の中で、地方サービスと負担の関係が強調され、アカウンタビリティ(=責任性)の確保が指摘されていた。小さな政府を目指して、サッチャー政権は、地方団体が住民に対し責任を負うシステムを作ろうとした。すなわち、地方団体の歳出増を住民の税負担増に直結させ、歳出増に対する住民の批判を地方議会選挙に反映させることであった。納税者を自治体の住民、それも有権者(18歳以上)に限定し、1人当たり一定額の税負担を求める。資産課税であれ所得課税であれ、負担能力に応じた課税であれば、多額納税者や少額の納税者、さらに全く負担の無い人もいる。これでは、自治体内に負担感を持つ人と持たない人がでてくるため、後者の人は歳出増や増税に無関心になってしまうというわけである。
 1984年には、イングランドで、地方税レイト収入のうち半分以上が商工業用(事業用)資産からであり、低所得者向けレイト払戻し制度分を除くと、居住用資産からの税収は36%を占めるにとどまった。有権者についてみると、全額税負担しているものは34%、一部払戻しを受けているものを含めてみても何らかの税負担をしたものは43%であり、残り57%の者は全額払戻しを受けていたり、世帯主でなかったりして負担はなかった。地方税納税者でない有権者が多く、彼らは税負担の心配をしなくてよいから、地方団体の歳出拡大への投票行動をとる。そこで、課税単位を個人単位に、それも有権者全体に負担を広げようと試みたわけである。また、教育等多くの地方公共サービスは住民個人に対するものであり、資産の賃貸価格より人頭税の方がサービスからの利益に合致しているとの観点もあった。
 こうした、人頭税、コミュニティ・チャージ導入時に検討され制度化された、サービスを受けている住民、有権者の存在を重視し、有権者に負担を求めるという視点は、カウンシル・タックスの中では「割引」(Discounts)制度において実現することとなった。
 価格帯毎に決定された基本税額を基礎として、18歳以上の成人が2人居住している場合、基本税額の100%課税。1人だけで居住している場合、25%割引され、75%課税。空家であったり、18歳未満の住民のみの世帯では50%割引、50%課税となる。世帯人員が3人以上となっても、とくに税額が増加することはない。1991年のグリーン・ぺーパー「地方団体の新税」(A New Tax for Local Government)によれば、居住する成人数が2人の世帯が全体の54%を占めることから、基準となる世帯人数を2人と定めたのである。成人3人以上の世帯は、全体の13%に過ぎず、また、3人目、4人目の成人も学生や所得保障(生活保護)を受けているケースが多い。成人2人未満の世帯は、全体の33%である。
 この他、10種のカテゴリーに入る人々については、状態割引(Status Discounts)制度もある。この制度の主な対象者は、専業学生を含む学生であり、単身者割引対象者には適用されない。したがって、住宅に学生とともに住んでいる成人1人の世帯では、単身者割引が適用され、カウンシル・タックスを75%負担することになる。
 日本で、人的控除といえば、基礎控除の他、配偶者控除や扶養控除などということになるし、住民税の均等割について、基本的には、世帯人員が影響をもつこともない。どちらかといえば、家族が多ければ多いほど税負担上は有利になるものである。学生を状態割引対象者としている点からみると、日本の制度と若干関係があるのは状態割引制度であり、カウンシル・タックスの人頭割的しくみは極めて珍しい特徴をもったものといえる。


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