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3 地方所得税的側面
 カウンシル・タックスは、何らかの給付金、払戻し金がなければ、コミュニティ・チャージの払戻し前と同様逆進的である。世帯所得について、10段階に分けてみると、最低所得層における純所得の約7%負担から、最高所得層の約2%まで、所得上昇とともに負担率は一様に低下傾向を示している。
 人頭税であるコミュニティ・チャージと財産税であるカウンシル・タックスの負担率が、何故同様の逆進性を示すのか。クリストファー・ギル(Christopher Gile)、ミッシェル・リッジ(Micheal Ridge)両氏は次のように指摘している。第1に、多くの世帯が同一の価格帯の中に置かれているが、それぞれの世帯の所得格差は極めて大きいこと。こうした傾向は、80%以上の世帯が価格帯Aの住宅に住んでいるような、住宅価格の低い地域でとくに顕著である。ほとんどの住宅が同じ価格帯にあるということは、その地域の各納税者が同一の税額を支払うということである。
 こうなると、カウンシル・タックスは、財産税ということより世帯税(世帯毎の定額税)ということになる。
 第2に、各価格帯と生活水準との間にはほとんど関わりがないとすれば所得上昇に応じて住宅を高い価格帯のものに代えることもないということになる。税負担額が負担能力と関わりをもたないということである。この場合、低所得者が高い価格帯の住宅に住んでいれば、逆進性を生じてくる。
 第3に、価格帯と生活水準に関係があったとしても、価格帯の設定は価格帯Hまでである。Hの税額はAの3倍に押さえられているが、財産価格差は8倍にもなるとみられる。これは、平均的税額の住宅とは実際にはより高価格のものであることを示している。住宅価格と所得の間で、3対1を越える格差があるならば、ここに逆進性が生ずることになる。
 こうした逆進牲を回避するための制度が給付金であり、カウンシル・タックスのもう1つの制度的特徴となっている。税払戻し制度は、レイトやコミュニティ・チャージにおいても導入されていたものであったが、新税の特徴の一つとして、100%払戻しも行われていることがあげられる。全世帯の約4分の1が、カウンシル・タックス払戻しを受ける資格がある。
 カウンシル・タックス給付金制度(Council Tax Benefit)は2つの部分に分かれている。1つは、主要カウンシル・タックス給付金(Main Council Tax Benefit)と呼ばれる、最大限度カウンシル・タックス給付金であり、もう1つは、第2成人払戻金(Second Adult Rebates)と呼ばれる、代替的最大限度カウンシル・タックス給付金である。後者は、カウンシル・タックス導入に際して全く新しい考えの下に設けられたものである。
 主要給付金は、所得保障(Income Support)を受けている人であれば、自動的に税の100%払戻しを受ける資格が得られるものとなる。このような、政府が設定した適用金額以下の所得者に対しては、100%の払戻しが行われ、この点が払戻しの限度を80%に置いた人頭税払戻しと大きく異なる点である。所得評価額が100%払戻しの限度額を上回る場合には、週給ベースで20%の逓減給付金資格を与えられることになる。この逓減制度とは、限度額を上回る所得1ポンド当たり20ペンス、カウンシル・タックス給付金の週給付額を減らす効果をもつ。
 第2成人払戻金は、貧困であったり求職中の成人と一緒に住んでいる者に対し、成人単身者割引と同じように25%までの割引を与えるものである。カウンシル・タックスでは、あらゆる世帯人員は税負担に貢献しているという仮定がある。しかし、他の住人が所得保障を受けていたり低所得者であれば、彼らに対し税負担に十分な貢献をするよう求めることはできない。第2成人払戻金は、主要給付金の様々な性質と比較して、納税義務者が主要給付金受給資格がない場合に支給されるようにしたものである。なお、基本的には、同時に2つの給付金を受けることはできず、1つの資格を得られるだけであるが、一部、両方の対象となることもある。
 「第2成人」と呼ばれるためには、
(1)18歳以上
(2)商業ベースでなく納税義務者の住宅に住んでいる
(3)住宅に住むことについて納税義務者に賃貸料を払っていない
(4)カウンシル・タックス割引制度の対象者として割引を受けていない
(5)複数の納税義務者と同居していない
といった点を満たしていく必要がある。また、この払戻金は、日額のカウンシル・タックス負担に対し定率で、納税義務者に給付されるものであり、その比率は第2成人の収入状況による。
 
25% − 全ての第2成人が所得保障を受けているか失業者(求職中)
15% − 週間の総所得が125ポンド未満
7.5% − 週間の総所得が125ポンド以上162.5ポンド未満
 
 こうした2つの給付金、主要給付金と第2成人給付金によって、カウンシル・タックスはおわんを伏せた形の負担率を示すこととなる。所得階層別にみて、最低所得層から4番目位の階層までは累進的、それを越えたら高額所得層では逆進的な傾向である。人頭税の給付金後の状態と比較してみると、高位2段階ではカウンシル・タックスの方が負担増となり、低位6階層ではカウンシル・タックスの負担は低くなる。完全に逆進的傾向をなくしたわけではないが、人頭税に比べると大幅に緩和されたことがわかる。
 導入時の1994年度、カウンシル・タックスの粗収入は92億3,800万ポンド、カウンシル・タックス給付金や過渡的軽減措置(Transitional Reduction Scheme)を除いた純収入額は74億5,200万ポンド。純収入の粗収入に対する比率は81.8%であった(1993年度概要予定値)。なお、過渡的軽減措置は、カウンシル・タックス導入にあたって、負担急増が生じる場合に、激変緩和措置として設けられたものである。負担軽減額は次第に圧縮され、1999年度で廃止されている。
 
4. カウンシル・タックスの問題点と課題
 カウンシル・タックスは、これまでのイギリス地方税制の経験を下に作られた新税ではあるが、価格帯方式をとる等の新しい試みを導入しつつ、公平性と簡素化を目指してきた。
 導入当初、カウンシル・タックスがうまく軌道に乗ったことについて、パット・ニーン(Pat Kneen)、トニー・トレイヴァース(Tony Travers)両氏は、次のような6つの要因をあげている。
 第1に、コミュニティ・チャージの失敗の経験から、中央政府も地方団体も、なんとかカウンシル・タックス導入を成功させようという強いインセンティブをもったこと。とくに、地方団体は、2つの地方税が続けて失敗するようなことになれば、最終的には地方税制そのものを失うことになるのではないか。中央政府が、地方団体の課税権をとりあげ補助金制度の中に統合してしまうのではないかとの危機感さえいだいたことである。また、中央政府の側でも、地方税導入のさらなる失敗は揺るがすことになるとみていた。
 第2に、中央政府、地方団体がもつ行政上の専門的技術。すでに、非常に短期間でコミュニティ・チャージを導入した技術をもっておリ、これがコミュニティ・チャージの廃止、カウンシル・タックス導入に際しても有効であり、滞ることなく新税が実施された。
 第3に、新税の導入については、地方団体毎の事情を勘案して柔軟性をもったものであったこと。コミュニティ・チャージのような導入上の難しさがなかった。
 第4に、カウンシル・タックスが基本的には財産税であることから、過去に経験しており、一般に受け入れられやすかったこと。財産を基礎としてそれに応じて徴収する税は、居住用資産レイトの極めて長い歴史と経験をもっている。また、財産税は、オーストラリア、ニュージランド、カナダ、アメリカ等、世界中で地方税として採用されている。イギリスの新税導入は、かつての税への回帰を意味するともいえる。
 第5に、新税導入年度の税負担が前年度を越えなかったこと。コミュニティ・チャージが1990年に導入されたときには、前年の居住用資産レイト額を30%以上も上回る負担を求められたが、1993年度カウンシル・タックス負担は、92年度コミュニティ・チャージ負担と同等のレベルであった。負担が増加する世帯については、イングランド、スコットランドで過渡的軽減制度が設けられ、負担増が押さえられた。
 第6に、カウンシル・タックスのもつ公平性も、その成功に大きな意味をもっている。逆進性の強い人頭税から、財産を租税力のベースとしたカウンシル・タックスヘの変更は、国民の広い支持が得られたということである。
 こうした6つの見解の中で、最も大きなものはやはり、人頭税のもつ逆進性に対する批判、財産税のもつ公平性に期待したことであろう。所得に対する税負担率は、全所得階層をとおして必ずしも累進的、あるいは比例的であるとはいえない。人頭税に比べて公平ではあるものの、中位の所得階層から高額所得者にかけて若干の逆進性はある。しかし、財産税は財産をベースとしている税であり、住宅という財産を担税力の指標としているものである。所得に反した高級住宅への居住や、所得に比べ質素な住宅への居住があったとしても、それは各住民の考え方によるものという面もある。また、間接税と同様、財産税のもつ若干の逆進性は、税制本来のもつ性格といえるだろう。1人あたり一定額というより、財産価格あたり一定額という方が、担税力を考慮している点で、より公平であることは間違いない。
 これまで、それほど大きな問題はないと見られたが、ここに来て、いくつかの問題点、疑問点が挙げられてきた。
 まず第1に、財産評価についてである。まさに、カウンシル・タックスの特徴そのものということになるが、広い価格帯を設けたということで、政府は評価替えを予定していない。しかし、会計検査院(National Audit Office)が分析した比較的初期の報告でも、財産の約10%は誤った価格帯に配置されているとみていた。
 また、歳入・地方税・課税評価研究所(Institute of Revenues, Rating and Valuation)における1995年の報告でも、すべての財産の3分の1、約600万世帯のカウンシル・タックスが誤った税額になっているとみられている。1991年4月現在での評価となっているため、すでに4年を経て財産価格の変化が大きくなったのである。各納税者間で不公平感が高まってくることや、地方団体間で中央政府交付金配分上の不公平が生じてくるため、近いうちに評価替えが必要とされるというものである。300の実例の中で、44.8%の財産は10%以上価格が変化しているため、3分の1は違った価格帯への移動が生じることになる。さらに、2段階以上変化するケースもあるといわれ、北部や南西部では財産価格の減少がみられている。1991年4月現在として実施された評価を1992年4月として1年ずらすだけでも、かなりの違いが生ずるとの分析もある。このケースでは、大ロンドン地域の住民の税負担は、評価を1年遅らせていれば住宅あたり20ポンドも減少することになる。
 いずれにしても、価格帯方式といえども評価替えを全く必要としないわけにはいかないようである。また、逆進性対策として、価格帯HのあとにIやJを設定し、現在のAからHまでの3倍の負担格差設定を若干広げることも検討してもよいだろう。
 第2に、レイト、コミュニティ・チャージから続く単税制度の問題である。非居住用資産レイトの国税化により、地方財政収入や租税全体に占める地方税の比率はいっそう減少し、状況はより中央集中型になった。単税制度であるかぎり、税制自体の弱点を各税目相互に補完することもできない。逆進性対策をとれば税収の伸びは困難であり歯車効果を生じ、また必ずしも簡素といえない制度となる。これまでも議論されてきたところであるが、地方所得税などを含む複税制度を検討すべきであろう。
 第3に、非居住用資産レイトを現行のように国税、地方譲与税としておくのか、地方税に戻すのかという点。今後の政治的課題となるだろう。
 
おわりに
 これまでみたように、イギリス地方税の規模は、租税全体に占める割合でみても、地方財政における割合でみても、かなり低い位置を占めるにすぎない。ただ、教育、福祉、公営住宅など、住民生活に関わる限られた範囲については、地方財源を基礎として自由度を有している。日本のように、公共投資を含め地方財政支出の規模が国よりも大きく、それ故に大きな財源再配分と国の関与、自治体の財源不足が生じている状況とはかなり異なった様相を示している。サッチャー政権以降、政権政党は変わっても、地方分権の主たる目的は効率化である。再三にわたって議論されてきてはいるものの、非居住用資産レイトの地方税化や地方所得税案等、財源面での対応は、ほとんど進んできてはいない。ただ、大きな改革の絶え間ない検討、および比較的短期間での実施など、行財政政策面全体としては、絶えず動いている印象がある。昨年9月に女王の裁可を受けた2003年地方自治法では、中央政府の同意を要せずともカウンシル・タックスを免税したり減税したりする権限を自治体に与えており、サービスと負担の関係の緊密化がいっそう進むことになろう。
 日本と大きく異なる点をあげれば、一つに、地方税率決定のしくみの故に自治体によってかなり格差がでることがある。2003年度に価格帯D、2人世帯の住宅の税負担は、570ポンドから1294ポンドまで。前年度比の増税幅も2%から45%までとなっている。日本の自主課税論に関わるものであり、分権改革の中でどうみていくかである。さらには、固定資産税評価のあり方ということになろう。基礎自治体の基幹的な税であり、住民サービスのための財源としての固定資産税を考えるとき、地価との関係をどこまで緊密なものとしていくかということである。日本の場合、譲渡益課税や住宅取得減税と連携して、土地政策や土地税制の一環として固定資産税を考えることが多い。地価下落もあることを知った今日、公平性と安定的な地方財源の観点から新たなしくみ、例えば占有者課税や評価の方法などについても議論を広げる必要がある。
 政府は、2007年の評価替え実施を示唆しており、それまでの価格帯見直しはない。ただ、日本において、評価替えが地方の財源確保に影響をもつのとは状況が異なる。カウンシル・タックスの税収確保や増税は、基本的に住民との関係で決定されるものである。評価替えとは、各価格帯に属する住宅に住む住民間の公平性を高めることであり、各納税者間の負担配分の見直しということである。したがって、たとえ土地や建築価格が上がっても、評価替えがそのまま税負担増を意味するというものではない。この点が、日本の固定資産税と最も異なる点である。
 
i Edwin Cannan, "The History of Local Rates in England", P.S.King & Son, 1912, pp.4-5.
 
ii G. Montagu Harris, "Comparative Local Government", Hutchinson's Univ., 1948, p109.
 
iii "Local Government Financial Statistics (England), No.14", ODPM, 2003.
 
iv "Modern Local Government-In Touch with the Peoples", DETR, 1998.
 
v "Local Government Bill Part 6(Council Tax Provisions), Consequential Regulations and Directions, A Consultation Paper", ODPM, 2003.
 
vi "Local Government Finance, Council Tax, 2003/04", ODPM, 2003.


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