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[イギリスの自治体財政と地方税]
明治大学 星野 泉
I イギリスの分権化と地方税制改革
 歴史と伝統ある連合王国が、1層制と2層制に分かれる地方制度、スコットランドやウェールズ等の広域議会、GLA(大ロンドン県)の設置、広域自治体への分権改革、直接公選首長制導入等、次々に新たな地方自治の実験を試みている。その積極性にはただただ驚くほかはない。
 1980年代からの地方財政制度改革の中では、人頭税の導入、わずか3年間での廃止、カウンシル・タックスの導入と、地方税がめまぐるしく変化をみせるとともに、会計制度改革、CCT(強制競争入札)、NPM等も進められた。今日も、交付金と歳出改革に重点を移し改革は継続してきている。
 
1 イギリス地方財政の伝統的特徴
(1)地方財政とアカウンタビリティ
 イギリスでは、国税改革と切り離して地方税制のみの改革案を作成する等、地方税を租税体系の一部としてよりもむしろ、地方自治の一部とみる傾向がある。20世紀末にかけて、地方税の改革とともに一層制を含む地方制度改革が進められてきたことも、そのあらわれといえる。説明責任とも訳される「アカウンタビリティ」であるが、イギリスにおいては、地方政府(議会)が納税者である住民(=有権者)に責任を負うことを意味していた。すなわち、歳出規模とその内容について地方議会が決定を行い、その決定についての賛否は有権者に判断してもらおうというものであった。住民それぞれが正しい決定であると考えれば、当該歳出決定を進めた政党に投票し、よくないと考えれば反対の政党に投票する。負担がなければ財政や選挙にも関心をもたないということから、80年代サッチャー政権においては、「負担する人=有権者」にしようと、18歳以上の住民への人頭税導入にまでいきつくことになった。行政改革と歳出削減を進める保守党への投票に期待しようとの戦略は、ここまではさすがに成功しなかったが、負担とサービスに関連をもたせるという考え自体は珍しいものではなく、以前のレイト税制から今日のカウンシル・タックスにおいても息づいているものである。
 
(2)最後の手段としての地方税
 この考え方は、単税制度において最もうまく機能するもので、受けたサービスに応じた負担ということでは、かなり「料金」や「負担金」に近いということができ、実際、レイト廃止後の人頭税はコミュニティ・チャージという名称となった。イギリスでは1601年救貧法以前から、個別サービス、事業毎に財源を集めるというレイト型地方税制を長い伝統としているが、その大きな利点は、サービス水準と負担の関係が明確になることであった。
 エドウィン・キャナンは今世紀初めの著書の中で、当時のイギリスの地方税であったレイト(Rate)が一般的税(Tax)とは異なった仕組みをもつ税であることを述べている。一般的税においては、地方団体の徴収額は各納税者の支払額の合計であるが、レイトの場合、納税者全体の総支払額が先に決定され、多くの納税者の間でそれを分担することになる。つまり、徴税上の手続きは「一般的税において加法、レイトにおいて除法となる」。
 また、G.M.ハリスは、各国の地方自治制度を比較した上で、「レイトや地方税というものが、真っ先に検討すべき地方財源であるとみられがちだが、これは誤りである。地方税が財政収入のかなりの部分を占めている地方団体でも、それは最初に検討すべきものではない。それは実際、最後の手段であり、あらゆる他の財源が出尽くした後に、不足額がカバーされるべきもの」であり、「補助金、公企業利潤、賃貸料や料金のような財源からの収入額を超える地方団体支出は、地方税によらなくてはならないことになる」と述べていたところである。
 
2 地方財政改革の経緯
(1)1980年代の改革
 1979年に発足した、サッチャー政権の最大の目標は、経済の建直しであり、そのためには、インフレと公共支出の抑制、労働意欲を高めることが不可避であった。そして、社会保障の国といわれたイギリスにおいて、安易に政府に頼らず、自らの力で立つことを国民に求めたのである。
 地方行財政制度にかんするサッチャー政権の最初の改革は、レイト援助交付金(Rate Support Grants)の改革と地方財政支出の抑制策であった。政府の定めた基準を上回る支出をする団体に対して、交付金の減額を行う権限を大臣に与えたり、支出増に対処するための追加レイト徴収を禁止するなど、である。
 しかし、労働党支配の富裕な交付金不交付団体を中心に、支出抑制効果が表れないとみるや、レイトの課税制限とロンドンおよび大都市部の都県廃止を実施した。それまで、レイトの税率決定権は地方にあったが、これを制限すること、そして支出が大きく労働党支配も多い大都市部の都県をなくしてしまう(大都市部は市のみとなる)という直接統制策をとったのである。その他、地方公営住宅の払下げと建設の削減、民間委託の拡大等、小さな地方政府を目ざす多くの政策が実現していった。
 
(2)人頭税、そしてカウンシル・タックスヘ
 そして、こうした一連の改革の総まとめともいうべき抜本的地方税制改革が、1988年地方財政法(Local Government Finance Act)に規定され、1990年4月より実施された(スコットランドでは1989年)いわゆる人頭税−コミュニティーチャジ(Community Charge)導入と、非居住用資産レイト(Non-domestic Rate)の改革である。とくに、コミュニティ・チャージの導入は、長い歴史をもつ資産(占有)税レイトを、日本の住民税均等割の大型版ともいうべき一種の負担金制度に変化させるというドラスティックな改革となった。
(図表1)
 政府は、地方財政支出、地方サービスのコストや負担について、住民の関心を高め、自然に住民自らが小さな政府を思考する方法を考えた。それまでの地方税レイトは世帯単位の課税であり、世帯主以外の人は負担していないこと、世帯主でも多くの人(低所得者)がレイト払戻し制度(Rate Rebate)により税額を満額負担していないことから、完全に税負担をしているのは、全有権者の34%にすぎない。また、レイト収入額の半分以上は企業等の負担である。したがって、地方有権者として、支出やサービス水準の決定に参加する人々は、地方の財源を作ることに大きく寄与していない。負担を考えなくてもよいから、大きな財政支出や大きな地方サービスを求めることになる。
 そこで、非居住用(事業用)資産レイトを国税、人口比で地域配分する地方譲与税化する。これにより、企業負担を緩和するとともに、地域間の税率の違いをなくし、経済に対する中立性を高めることもできる。
 居住用資産レイトは、個人コミューティ・チャージ(Personal Community Charge)を柱とする人頭税に代える。これは、18歳以上の成人すべてに、各自治体で決定した額を負担してもらう。学生や生活保護者向けに、税払戻し制度は残すが、最低でも税額の2割は負担を求める(8割の軽減率)。有権者は、誰でも負担を負うから痛みを感じる。地方財政支出に関心をもち、いたずらにサービス増加を求めない、ということを期待するものであった。「代表なければ課税なし」はよいが、「課税なければ代表なし」といった制限選挙論の考え方に近づくものであった。また、人頭税により、自治体が住民に対する責任性を高め、受益と負担が明確にはなっても、国民経済、行財政制度の中で自治体の地位と責任が低下したことは明らかであった。
 1980年代は、世界的な点検過程の中で、各国で小さな政府を目ざした税制改革、財政改革が進められ、イギリスもこの流れの中にあった。また、サッチャーの政権基盤の強さが、数々の政策を打ち出す力となった。しかし、人頭税については、やや強引な策という側面を有しており、平時のワット・タイラーの乱ともいえる批判にさらされ、サッチャーの退陣へと繋がる要因となった。サッチャー政権長年の努力の成果ではあったが、中世の遺物ともいえる人頭税は、逆進性による問題点をもっていた。応益性、負担分任は日本の地方税原則ではあるが、複税制度において機能する。複数ある税目のそれぞれが、どれかの原則に合致し、総体として地方税原則に合致することを求めることになる。単税制度にはなじみにくく、すべての原則を一つの税がもつことは不可能といえた。
 人頭税の歴史はわずか3年で終わり、1993年4月からは、単税制度による財産税のカウンシル・タックス(Council Tax)となった。地方税の課税ベースは居住用資産レイトを引き継いだ人頭税時代の規模で、非居住用(事業用)資産に関わる財産税部分は地方譲与税として継続してきている。通常、新税の導入は極めて大きな事件であり、国民の関心も高い。しかし、1970年代のレイフィールド委員会報告以降、サツチャー政権期に至る、元の地方税レイト(Rates)末期(1980年代末まで)、1990年4月から(スコットランドでは1989年4月より)1993年3月までの人頭税(Poll Tax)であるコミュニティ・チャージ導入前後に比べ、カウンシル・タックスの導入とその滑り出しは、スムーズに進行してきたところである。
 
3 今日の地方財政
(1)地方税の地位の変化
 イングランドにおける経常財源の内訳をみてみると、次のようである。まず、レイト制度の下にあった1989年度、人頭税となった1990年度、人頭税減税のあった1991年度を比べてみることとする。旧制度下の地方税である居住用・非居住用資産レイトの合計額、新制度の地方税(人頭税=コミュニティ・チャージ)と国税となった非居住用資産レイトの合計額について、経常財源に占める比率を見ると、1989年度、59%、1990年度、63%、1991年度、53%となっている。また、経常財源に占める地方税のみの比率をとると、1989年度の59%から、非居住用資産レイトの国税化によって、1990年度、34%、人頭税減税によって、1991年度、22%と大幅減となっている(図表2)。この間、中央政府から地方団体への交付金や補助金は、1989年度、41%、1990年度、36%から、1991年度には47%へと急上昇している。
 居住用資産レイトやコミュニティ・チャージと、非居住用資産レイトの対比においても、前者の地位低下は顕著である。1990年度の改革前までは、両者の税収額はほぼ同じか若干非居住用資産レイトが多いくらいであったが、1991年度には、国家非居住用資産レイトはコミュニティ・チャージに比べ、かなり大きな格差がついたのである。この傾向は、カウンシル・タックスが導入された1993年度以降もほぼ同様であったが、1998年度以降は、ほぼ並んでいるようである。これは、人頭税であったコミュニティ・チャージが住民の負担感と批判を浴び、増税が困難であったことによる。そればかりか、国税のVAT(付加価値税)を税率15%から17.5%へ増税し、コミュニティ・チャージ減税を実施するところまで追い込まれたほどである。
 中央・地方の税源配分については、租税に占める地方税比率が長く12〜13%位で安定していたが、1989年の13.2%から人頭税導入後大幅に減少し、ほぼ4%程となっている。金額的にも、カウンシル・タックス導入後、1998年度まで地方税収は90年度の人頭税収入額を上回ることができなかった。
 このように、近年のイギリス地方税制改革は非居住用資産レイトの国税化により地方税の課税ベースを狭くし、同時に実施された人頭税逆進性に対する批判から減税を余儀なくされた。さらに、人頭税廃止後、カウンシル・タックスが導入されてもしばらくはこの傾向が続いたのである。
 ここに生じてくる問題が、歯車効果(Gearing Effect)といわれるものである。これは、地方財政支出に対しカウンシル・タックスで資金調達する部分が非常に少ないことから起きるもので、地方団体が支出を増やそうとすると大幅な税率引き上げが必要となり、納税者の負担が極めて大きくなる。地方団体が、支出を1%増加させるためには、カウンシル・タックスの増税は約7%必要となる。この歯車、ギヤ比は平均的に7対1、自治体によっては12対1から2対1までともみられており、地方財政の硬直性を示すものとなる。もともと、人頭税廃止の余韻から、導入時よりカウンシル・タックスヘの不満は少なく、1995年以降は全自治体平均で毎年5%を超える増税が実施されてきたところであるが、最近では、歯車効果が顕著で、98年度と2002年度は8%台、2003年度には12.9%の平均増税率となった。税率決定の自由については評価できるが、地方財政の中で15%、租税全体の中で5%程度の、地方財政支出のマージナルな部分(限界部分)を動かせる自由ということに過ぎない。
 地方税源の充実が求められている日本の地方税は、2001年度に租税の41.6%。固定資産税のみをとっても10.7%。複税制度をとる日本の地方税制の一つである固定資産税よりも、単税制度をとるイギリス地方税制の方が租税全体に占めるウェイトが低い。イギリスの租税負担率は日本よりはるかに高いことを考慮して、GDP比でみた地方財産税収額をとってみても、イギリスのカウンシル・タックスは、日本の固定資産税より低くなっている。
 かつて、中央政府から地方団体への交付金、補助金額が地方税収額を若干上回り、租税に占める地方税が13%くらいであった1960年代に、W.A.ロブソン教授は、すでに地方自治の危機を指摘していたが、状況は比べものにならないほど進行してきている。
 
(2)地方財政の現状
 イングランドの地方財政について、2001年度の状況をみよう。
 まず、地方財政の規模については、約980億ポンド。この水準は、中央政府支出を合わせた一般政府支出のほぼ25%に相当する。国税、地方税を合わせた租税全体に占める地方税比率も4%程度にすぎない。1990年度のレイト廃止以降、地方政府は一層小さい財政ウェイトに小さい税源という状況が続いている。地方財政は、経常勘定と資本勘定に分けられるが、そのほとんどが経常勘定で、資本勘定は全体の1割をやや上回るほどの水準。地方財政が投資的事業を行う範囲はきわめて小さい。
 地方財政支出については、かねてより、経常支出で教育、資本支出で住宅が主たる支出項目となっていることに変わりはない。経常支出では、その他、社会サービス、住宅、警察・消防等がある。経常支出はその半分が人件費であり、とくに教育費、警察・消防、福祉関係の対人社会サービスは人件費比率が高い。公営住宅の売却なども反映して、住宅関係の支出といってもそのほとんどは経常支出に相当するもので、家賃手当、修理費などにあてられている。
 地方財政収入については、唯一の地方税、カウンシル・タックスが16%、人頭税導入に伴って国税化、地方譲与税化された非居住用資産レイト(NNDR)が15%を占めている。そして、全体の半分近くが国からの交付金、補助金である。一般補助金であり財政調整機能をもつ歳入援助交付金(Revenue Support Grant; RSG)、特定補助金である補助金・奨励金が、それぞれ全体の20%を超えている。その他、公営住宅家賃を含む使用料が12%となっている。(図表3)
 RSGは、標準支出評価額(Standard Spending Assessment = SSA)と収入見積り額(カウンシル・タックスおよびNNDRの見積もり)の差額を補填するというものである。交付総額については、どの程度の財政規模とするかによって決定する。各団体の標準支出評価額は、標準的サービスをするためにはどの程度の支出となるかを、地域の人口、1人世帯の65歳以上人口数、5歳から10歳の児童数のようないくつかの指標によって算定するものである。NNDRは、人口によって各自治体に配分される。
 また、カウンシル・タックスに関わる補助金は、新税導入の際に、過渡的軽減措置として設けられたものの他、所得を加味した払い戻し制度によるもので、自治体への補助金というより自治体を経由した納税者への補助金ということになる。同様のことは、警察補助金、家賃補助、奨学金などから構成される補助金・奨励金にも当てはまるものが多く、イギリスの特定補助金における特徴の1つである。公共事業補助金の範囲は小さい。なお、ここには表れないが地方債収入は資本収入の4割ほどを占めている。
 このように、イギリスの地方自治体は経常的事務を主たる機能としていることが、財政面からも明らかとなる。こうした傾向は、西欧諸国の一般的傾向でもある。
 なお、1990年度から2002年度まで、RSGはSSAの算定を通じて配分されてきたが、政府は、1998年白書において、より簡素で安定的で骨太の配分基準に変更するための検討を表明していた。そして、2003年度から、SSAは公式支出配分制度(Formula Spending Shares System)によって配分され、人口、社会構造、その他の基準を基に、需要と財源均衡化を進めるものとなった。これにより、住宅補助金などを含まない統合外部資金(Aggregate External Finance)のうち、RSG、NNDR、警察補助金を、使途を特定しない公式交付金(Formula Grant)として、統一的に配分することとなった。


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