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 日本に持ち帰った掘り出した氷床コアを分析、解析し、いろいろなことを調べていきます。もちろん氷層の中には古い時代の大気がそのまま残っています。氷は水素と酸素の水分子からできますが、その水分子の酸素には重たい酸素、軽い酸素があって、簡単に言うと軽い酸素は寒いとき、重たい酸素は暖かいときに組成比が大きくなります。この組成比が気温を表すと考えられています。現在は相対的に暖かい時期で、1万1000年前に寒い気候期から暖かい気候期に変っています。8〜9万年近く寒い気候期が続きます。氷期、間氷期という気候変動のサイクルがほぼ10万年周期で起こっています。ドームふじ基地の2500メートルの深さまで掘られた氷の中にはその三つの周期が入っていました。
 氷期には極域ではいまより10度ぐらい寒い時期があって、間氷期は2万年しか続きませんが、氷期は8〜9万年続きます。つまり暖かい時期、寒い時期、暖かい時期、寒い時期とそのサイクルは10万年周期です。いまの暖かい気候期つまり間氷期はあと1万年ほどすると終わって、またマンモスがいたような時代になるということです。
 気候変動に伴って炭酸ガスがどんなふうに変化したかというと、気温の変化と同じように増えたり減ったりしています。また海起源の物資の濃度は非常に寒いときには増えます。
 氷に溶けない微粒子も増えます。なぜかというと、寒い時期は陸上の氷が増えるために海水面が130メートルくらい下がります。いまの地球には、氷床規模の陸氷は南極とグリーンランドにしかありません。しかし、寒い時期氷期には北半球にもカナダのハドソン湾を中心とした地域、あるいはスカンジナビア半島を中心とした地域に南極氷床のような大規模な氷床が存在し、いまの南極の2倍ぐらいの氷床ができました。そういう氷床をつくる水はみんな海水からくるわけです。海水面が下がって、陸地の面積が増えます。そしてこういう微粒子の発生源が増えるわけです。
 地球が寒い気候の時期は極と低中緯度間の気温差が大きくなるために大気大循環が強くなって、大気の輸送力が強くなり、粒子をたくさん運んでくる。たぶんそういう時期には海も非常に荒れて、海からの海塩のしぶきが上がる度合いも強まります。そうした仕組みがあって海からの物質が大気にもたらされる量が増えるのだろうと考えられています。南極氷床をつくる氷層には過去数十万年、場合によっては百数十万年の間の地球の気候・環境の変動の歴史が残されているのです。
 地球は第三紀から次第に寒くなってきて、200万年前後に第四紀に入り、気候変動がはっきりしてきます。80万年くらい前から氷期、寒氷期の変動が明瞭に周期的になり、10万年周期になったと考えられています。つまりいまの地球の気候システムに近くなってきたといわれています。現在、100万年前までの氷を掘り出すという計画が進められています。これは現在の地球の気候のシステムが形成される前から、システムが成立し、そして現在に至る全過程を復元する企てです。気候要素の変動、大気中の炭酸ガス、メタンなど温室効果ガスの変動、海陸起源物質の変動などを明らかにする計画です。南極観測隊の最も重要な観測テーマの一つとして深層ボーリング計画を進めています。
 もう一つ、南極、北極の両極域の自然が地球全体の自然に与える影響がどのような仕組みになっているか、その関りの大きさはどう評価すべきかということが、まさにわれわれが当面する研究の課題であると思っています。
 わが国の南極観測の歴史と、現在われわれが当面している南極研究の課題について紹介させていただきました。(拍手)
司会 どうもありがとうございました。お時間をちょっと過ぎていますが、せっかくの機会ですので、渡邉所長に何かお聞きになりたい方がいらっしゃいましたらどうぞお手を挙げてお聞きになっていただきますようお願いします。
質問 楽しいお話をありがとうございました。難しいお話だったのですが、ありがとうございます。この観測というのは半永久的なものですか、それとも期限があるんですか。
渡邉 たぶん南極観測は永久的に必要です。もっと研究の主テーマは時代とともに変わっていくと思うのです。いま気象庁が担当している定常気象観測は地球の、特に南半球の気象の状態を知るうえで欠くべからざる観測点で、むしろ現状は観測点が少ないわけですので国際的にはもっと増やす方向でしょう。たとえばいま長期予報などをするときに、対流圏とか成層圏クラスだけの観測ではとても予報の精度を上げることはできない。そのもっと高いところの中間圏、つまり100キロくらいの上空までの大気の状態を調べなければいけない。日本にはすでにそうしたレーダーがありますし、赤道にもあります。もし極にも設置されましたら、そうするとこの3地域のレーダー、たとえば中緯度、赤道、高緯度のレーダーが3つそろって中間圏の状態がわかるようになります。こうした観測は南極観測というより、南極という場所にある地球観測の観測拠点での観測という意味が強くなります。将来はこういう方向に行くのではないでしょうか。南極はよくわからない世界だから、ともかくみんなで調べなくてはいけないという時代は多分終わったと思います。
質問 ありがとうございました。
質問 昔、エンジンの不凍液に関係しておりまして、一度私どもの工業会に極地研のほうから連絡がありました。先ほどちょっとお話がありましたが、マイナス70度で使う発電機に使う不凍液だと思って伺っていましたが、マイナス70度クリアということは非常に難しくて、結局、一般自動車用に使っているエチレングリコールでは使えませんので、メタノール、グリコールエーテルを推奨しました。30%ぐらい水を入れるとマイナス70度はカバーするのですが、引火点が70度くらいということで、私がやったときは拒否されましたが、現在はどういうかたちをお使いになっているのか、ちょっと伺いたいと思いました。
渡邉 専門的にはわかりませんが、不凍液が非常に重要なことは認識しています。問題は原液そのものより水のまぜ具合なのでしょうか。
質問 だめです。グリコールエーテルの場合、マイナス80度くらいです。水を30%入れるとマイナス70度です。
渡邉 われわれは原液を持っていって、言われたとおりにそれを薄めて使って問題なく使えたと思いますが。特に南極の場合、困るのは不凍液もそうですが、燃料もエンジンがかかっていないときは温度がものすごく低いわけですが、いったんかかって温度が上がってしまうと日本などと同じになってしまう。ただ、燃料の場合はパイプラインが外気に当たるところがあって、オイルフィルター、燃料フィルターのようなところに下手をすると氷粒が詰まってしまうということがしょっちゅうあります。経験してくるとそのへんもいろいろ調整して何とか使っています。エンジンがかかる前とかかった後の落差が大きくその対応が大変なようです。これまで大して問題なく来ていますので、それなりに技術的にうまく工夫しているのではないでしょうか。詳しくはよくわかりません。不凍液で苦労されたことはよく聞いています。
司会 ではもう一方。
質問 先ほどドーム頂上で観測すればその場合の堆積層は下層まであまり移動がないだろうということでしたが、何十万年もそこがドームであったという証拠はあるのですか。
渡邉 たとえば氷期の場合、氷床の規模が大きくなってくると頂上は当然移動します。ある点がまったく動かないということはないのですが、ただ動く範囲が数十キロ程度の範囲だろうと考えられています。われわれが心配しているのは堆積環境が基本的に変わってしまうようなところまで移動してしまうと困るのですが、頂上域は非常にゆるい傾斜で、何10キロの移動があっても、基本的には堆積環境としてはそんなに違わないと考えています。
 氷期と間氷期で頂上がまったく一緒であるということはありえないが一応無視できる範囲と考えています。
司会 お時間も過ぎておりますので、このへんで終わりにしたいと思います。渡邉興亞所長でした。どうもありがとうございました。(拍手)
 
平成16年11月14日(日)
於:“羊蹄丸”アドミラルホール
 
■講師プロフィール
渡邉興亞(わたなべ のりつぐ)
 
 
昭和14年(1939)生まれ。
北海道大学理学部・同大学院卒。
名古屋大学教授を経て昭和60年(1985)から国立極地研究所教授、平成12年(2000)から所長。
情報・システム研究機構理事。
11次(1969)、15次(1973)、越冬隊員。29次(1987)観測・越冬隊長。
専門は雪氷学。北極、ヒマラヤ山脈、中央アジア高地を含め世界中を歩き、氷河・氷床の研究をしている行動派。
 
著書
『わが国の南極雪氷研究の歴史と今後の課題』(2002)
『南極雪氷研究の歴史と今後の課題』(2002)
『34万年の地球環境変動を南極雪床コアに読む ドームふじ深層掘削計画の成果』(1999)
『Deep Ice Coring Project at Dome Fuji Antarctica (1992〜2002) Progress Report March 2002』(2002)


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