■最近の南極観測
昭和基地はリュツォ・ホルム湾の宗谷海岸近くのオングル島にあります。先ほど申し上げたように最初は4棟の建物が作られました。いまは50棟以上、4500平米近くになっています。管理棟には食堂、通信室などがあって、高床の通路で結ばれています。発電機室には300kVAのディーゼルエンジンが2機あって、常時1機運転し、必要ならば2機運転するということになっています。越冬隊は約40名が越冬します。一昨年はNHKの人が報道として越冬するなど、年によって少し変動します。越冬はしませんが、昭和基地の近辺、あるいは沿岸地帯を調査をする、あるいは設営を行う夏の隊員がいます。夏隊員の数は20人です。今年出発した船には観測隊員は62名が乗っています。
日本の昭和基地をオングル島という島に建設されていますので、冬はもちろん雪が積もりますが、夏はそれが全部解けてしまうので、メインテナンスにとっての具合の良い基地です。
沿岸域に昭和基地があります。昭和基地南方300kmの内陸に、1970年に「みずほ」という日本最初の内陸基地がつくられました。南極大陸そのものの基盤が出ているセルロンダーネという山地があって、ここには「あすか」という基地が1984年に作られました。
1995年には1000km奥地には「ドーム基地」がつくられています。基地の配置は南極大陸の気候の仕組みとほぼ対応するようになっています。
南極氷床は鏡餅のような形をしていると考えてよいでしょう。地形のイメージとしてはそんな感じです。1800〜2000メートルの標高より低い地域を沿岸域と言っています。
面積にして46%あります。この地域にはしばしば低気圧がやってくる比較的暖かくて降水量の多いところ、それから3000メートルから上を内陸高原域といっています。面積にして26%あります。
南極氷床は地形として非常に広い頂上域を持っていて、そこでは放射冷却でどんどん冷えるわけです。接地大気が冷え、その冷たい大気塊は重く、斜面に沿って冷えた大気が流れ落ちていきます。そうした大気の流れを斜面下降風、あるいはカタバ風といいます。南極氷床をつくる上で非常に重要な役割をしている風ですが、2000メートルの沿岸帯の上限から3000メートル付近以上の高原寒極帯の下限間を斜面下降風帯といい、地域的には少し異なるところもありますが、南極氷床は大きく分けて三つの気候帯に分けられます。
わが国の基地はその三つの気候区にちょうど対応するように配置してあります。たとえば昭和基地は沿岸の気候区です。ここは年間の平均気温がマイナス10度C、これは冬の旭川くらいの気温で、夏は0度Cくらいまでになり、それほど寒くないところです。みずほ基地は斜面下降風といういつも一定の方向に風が吹く地域に位置しますが、標高は2230メートル、年間の平均気温はマイナス32度Cです。「みずほ」と似たような気候ですが、山地にある基地が「あすか基地」です。標高は930メートル、平均気温はマイナス32度C、ここは標高の割には非常に冷えていることがよくわかると思います。ドームふじ基地は標高が3810メートルで富士山よりも高いところにあります。年間の平均気温がマイナス54度C、最低気温がマイナス80度C近くになります。いままでの記録はマイナス79.9度C程ですが、この地域は高原寒極気候で非常に寒いところです。つまり寒気をつくる場所です。その寒気が流れ下るところが斜面下降風帯、そして昭和基地は大気大循環で中低緯度から暖かい大気がやってきて熱交換をするところです。南極は非常に大きな大陸ですから、場所によって気候が違います。それに対応してわが国はこういう基地群、つまり観測プラットホームのネットワークをつくっているということになります。
■生物観測
アデリーペンギンが来ると夏です。彼らは10月はじめに昭和基地にやってきて、そして卵を二つ産みます。このペンギンは小さなペンギンで背の高さが70センチ程で、体重は5キロくらい、南極全体の固体数は3000万羽といわれています。
こういうペンギンの生態系が現在の気候変動や環境変動でどう変化するか。もちろん寒さ、暑さということもありますが、たとえば彼らがエサにしているオキアミがどう減ったり増えたりするかということがいま大きな関心事で重要な研究対象になっています。10月初めに昭和基地に来て、営巣地に入って卵を二つ産んで、12月にはもう雛が孵って、2月にはほとんど親と同じ大きさになってまた海に戻っていきます。
アザラシは年中、昭和基地近辺にいます。昭和基地近辺にはウェッデルアザラシとカニクイアザラシの2種類が主で、あとはヒョウアザラシがいますが、これは獰猛なアザラシです。アザラシとかペンギンは南極海の食物連鎖の中の頂点にいるわけですが、一番端っこにオキアミがいます。生物学の研究はそうした食物連鎖の中の生態系が現在どういう状況になっているかということが大きな課題です。アザラシやペンギンがどんな仕組みでエサを取っているかということも研究対象として重要です。ICメモリーの付いたセンサーをそうした動物につけて泳がせておくと、どのぐらいまで潜って、そしてどれぐらい上昇してという彼らの海の中の行動、またたとえば胃の中に温度センサーを入れて食餌行動がどうなっているかなど、アザラシやペンギンの行動を詳しく調べて生態系の実態を明らかにするという研究が進められています。
海水はマイナス2度Cくらいまで凍らないわけですが、そういった海水の中の生物群についても観測します。昭和基地付近の海には、タコ、ウニ、ヒトデ、二枚貝、ヒモムシ、ダボハゼなどがいるそうです。魚はコオリイワシとかコオリウオなど、昭和基地近辺には13種類の魚がいると言われています。魚の中には体液がマイナス2度Cの海水の中で凍らないために不凍糖ペプチドを持っているとか、あるいはコオリウオは非常に透明な色をしており、血の中にヘモグロビンを持っていない。ヘモグロビンはつまり酸素を体に取り込む仕組みですが、それがないというように、独特の進化をしているということです。
最近、南極条約会議の中で大きな問題になっていることは、そういった南極の生物が持っている特殊な遺伝子を人間の役に立てるために使おうというバイオプロスペクティングという動きがあって、これまでとは異なった関心も高まっています。特にアメリカの会社などはそうした研究を組織的に行って特許を取ってしまう。そうすると基礎研究に支障が出るなどいろいろと新しい問題が出てきています。科学が進み情報が増えるにしたがって、南極でもそういう面での問題が出てきています。
昭和基地で見られるもう一つの種類のペンギンはコウテイペンギンです。5月ごろつがいで昭和基地の近辺を通過して営巣地に向い、そこで卵一つを暖めます。11月には成鳥になります。彼らの営巣地は氷山の陰の風の当らないところで、そこで冬の間に卵を孵すという特殊なことをやっています。コウテイペンギンが昭和基地付近にやってくると冬が近づいたなと思います。
■オーロラ観測
昭和基地の位置はオーロラ観測と関係がありました。南極大陸の周りにはオーロラ帯があります。オーロラは主としてこのオーロラ帯に出現するのですが、昭和基地はこのオーロラがよく出るオーロラ帯の真下にあります。昭和基地だけでなく、日本の場合は内陸の基地(ドームふじ基地)の上も通っており、オーロラ観測に非常に都合が良いところです。ですからリュツォ・ホルム湾は非常に接近しにくいところですが、基地をそこにつくった一つの理由はそういうことでもあったわけです。
わが観測隊はこのオーロラ観測に関しては衛星観測、その他いろいろな方法で観測を行っていますが、いまから30年前に昭和基地で220〜230キロまで上がるロケット観測をしています。オーロラは地上から120キロ付近に主として出現しますから、そのはるか上空まで上げて、そして測器がオーロラの中を下降しながら観測をします。オーロラは太陽から来る荷電粒子、プロトンや電子が地球の大気圏の中の酸素分子、あるいは窒素分子あるいは原子と反応して色が出るわけですが、そういう色のもとになる分子や原子がどういう状態にあるかといったことに関しては非常に進んだ研究をし、成果を上げています。
■地球温暖化の観測
いまわれわれは南極と北極で温室効果ガスの観測を行っています。1961年以降、昭和基地では炭酸ガスの観測を行っており、炭酸ガスが増えてきた経過を調べてきました。また南極の氷の中に昔の大気が化石のように残っています。18世紀、1760年ごろに産業革命が始まるわけですが、そうするとエネルギーの消費量が非常に増えてきた。特に化石燃料の消費量が増えてきて、1850年頃から炭酸ガスの大気中の含有量が上昇傾向に転じます。
特に1960年ぐらいからは急速に増加してきています。
南極はすべての大陸から遠く離れていて、炭酸ガスの供給源、あるいは吸収源、いずれの影響を受けないので、地球的な状況として炭酸ガスの含有量がどうなっているかの観測に適しています。炭酸ガスやメタンなど温室効果の気体を昭和基地でモニタリング観測として行っています。
私どもの研究所は北極のスバールバルにも基地を持っています。そこで観測をすると同じ炭酸ガスの増え方も、南極とは異なっています。これは北半球にはすぐ近くに森林があったり、大都市があったりしますから、そこで吸収したり放出したりという季節変動があります。こういった状況が大気の拡散過程の中で、南極上空に到達するまでにどう変化するか、たとえばエルニーニョのような海の変化があったらどう変わるか、そういったことを研究しています。
地球温暖化は地球全体でみると、大気温度は過去100年に0.5度程度上昇したといわれています。この温暖化が南極氷床にどういう影響を与えたかということは非常に関心が深いところです。気温の上昇ということに関しては、東南極大陸にほとんど影響がないといえます。南極氷床自体は自から氷床を冷やす仕組みがあって、直接的な温暖化の影響は受けにくいのではなかろうかという結果を示しています。ただし南極大陸のずっと端には南極半島がありますが、氷床が持っている自己冷却装置があまり効かないところで、そういうところでは温暖化の影響を強く受ける可能性が高い。
しかしいずれにしろこれから100年ぐらい先までは、もっと炭酸ガスやメタンなど温室効果ガスの量が増えて気温が上がる可能性が大きいわけです。なぜ南極が重要かというと、気温が上がったときの影響の一つは海水面の上昇ですが、その海水面が上がっていく水のもとは南極かグリーンランドにしかないのです。ですからそこが融けなければ増えることはない。そういう意味では南極は非常に大きな淡水のもとになっています。南極氷床は全部融けたら海水位が65メートルくらい上昇するだけの陸氷としての淡水から成り立っています。その挙動の監視が重要というわけです。南極氷床がどんどん融けるということはないと思いますが、淡水として陸にあるものの最大のものですから、そこがどうなるかということに関する観測は影響が大きかろうと小さかろうと、きっちり測っておく必要があるということになります。
現在、いろいろな意味で大気が重要になっています。先ほどお見せしたのはオーロラですが、オーロラは高度100キロ〜400キロで起こる現象で、太陽と地球との関係、あるいは太陽から地球へエネルギー収支に関係を持っているわけです。そのオーロラ現象が下層の大気にどんな影響を及ぼしているかということが非常に重要だと考えられています。
高度90キロぐらいのところの中間層の上限付近に夜光雲が出ます。中間圏には非常にわずかな水蒸気しかないのですが、この90キロ付近はマイナス133度ぐらいまで下がって、水が氷晶となってそこで夜光雲ができる。19世紀までは雲がなかったのではないかと言われています。つまり上が冷えるということは温暖化が始まって下層が暖まっている可能性があるわけです。つまり地球が温暖化することによって夜光雲ができたのではないかという説があって、この正体をきっちり測ることがいま一つの課題になっています。
もう一つ、高度15〜25キロ付近に冬期に極成層圏雲ができます。その付近はマイナス78度〜80度の低温になるのですが、この成層圏の下層には非常にわずかな水蒸気、硝酸があるのですが、これが氷になります。そして雲を作るのですが、実はこの雲の存在がオゾンホールの形成に関係があると言われています。われわれがいま南極で見ている大気の状況は、地球の環境問題と深い関係があるということがいえます。理路整然と説明するのは非常に難しいのですが、夜光雲、極成層圏雲などは単に極地特有の大気現象と思われるかもしれませんが、実は地球の気候のシステム、あるいは環境の状態と密接に関係があるということです。
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