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 ただしこのときに1等や2等になった人たちはどういう航海をしたかというと、すごく日本的で、チンして食べるものとか、宇宙食みたいな乾燥食品だけ積んでいきます。これではとてもたまらない。ただ勝つためだけのものであって、海を楽しむ場ではなくなってしまう。しかし楽しまなかったら、レースであってもまったくつまりません。
 もう一つは、これもすごくおもしろいのが、「ロマンティック・チャレンジ」という本です。これはサーが付いている人ですが、フランシス・チチェスターという人がいろいろなレースとかいろいろな航海に出ていますが、一番の眼目は、1日200マイル走る。これはヨットでは大変なことです。それを20日間続け、4000マイルを20日間で走破するという目標を立てて大西洋を横断する。実際には1日半ぐらいオーバーしますが、完走します。このときこの人は70歳です。すごいです。ですから今日私がぜひお話ししたいことは、一番最後のところにアクティヴ・シニアの時代と書いたけれど、ここにいらっしゃる方は若い方もいますが、シニア予備軍とシニアとおられると思います。21世紀はアクティヴ・シニアどころか、パワフル・シニアの時代にぜひともしていただきたい。
 そしてこのチチェスターさんがおもしろいのは、そういう航海なのに、あるところではシャンパンを開けて楽しみ、すごく傑作なのが、鉄板のトレーを四つぐらい持って乗ります。そしてペーパータオルを敷いて、クレソンとカラシ菜の種を撒く。水をやって、船の上で育てます。そしてそれを玉ねぎと一緒にサンドイッチにして楽しんだという話が出てきて、いいなと思ったのです。船というのはやはり食事を楽しむ。それからほかの人がしなかったという意味ではありませんが、小林さんの本に書いてあっていいのは、食べ物を楽しむだけではなくて、音楽を必ずかけます。そして夕日を眺めたりして行く。
 それから外国の船の話には漂流の場合もそうですが、魚、生き物が必ず出てきます。イルカがずっとついてきたとか、シイラが群れでついてくる、それを鑓でついて殺さないと、漂流の場合は人間は飢え死にしてしまうから、泣く泣く殺してしまうけれど、そのお蔭で生きられた。要するに人間と海の生き物との間に交流がある。これが船だなと思います。それがなくて、ただレースだけ勝っても何にもならないと思います。しかし残念ながら日本の船はそういう傾向がすごくあります。娘がヨット部でしたが、大学のヨット部でも、ただ勝てばいいという態度があります。
 しかしその場合もおもしろくて、女子と男子と別々に合宿をします。いまは一緒の場合もありますが、それぞれ別の合宿をしていると、女子のほうは、朝はトーストにサラダをつける。ハムを切るというので、一応自分たちで食事当番を設けてやりますが、きちんとしたものを食べます。ところが男子のほうは何を食べるかといったら丼飯です。丼にご飯を盛り、何かかけて、何を乗せるのか、ガチャガチャガチャっとやって食べる。私の友達がヨット部の部長をしていて、両方を見てとてもびっくりして、これはひどいと思ったというのをこの間書いていたので、すごくおもしろいと思いました。
 日本は何でも勝てばいいというところがあり、この間オリンピックをやっていましたが、皆さんはオリンピックを一生懸命ご覧になったと思います。しかしオリンピックで何となくいやだなと思うのは、日本が勝ったことだけを一生懸命新聞もテレビもやります。よその国がいくつ金メダルを取ったかというのは、日本の新聞にはほとんど出てこない。ところがよく気をつけて見ると、ジャパンタイムスなどは1面の脇に縦に欄があり、各国の名前がずっと出ている。そこに金メダルをいくつ取ったか、全部の国が出ている。これがインターナショナルということだと思います。日本はいまだにこの時代に島国根性を捨てないどころか、がっちりと鎧にしているのは、私はすごくおかしいことだと思います。日本の金メダルを言って、よその国のことを言わないというのは、あまりに国粋主義的ではないでしょうか。
 ヨットの暮らしでまた気がつくのは、アーサー・ランサムの話を読むとわかりますが、これは全12巻で大変ですが、その中に「ツバメ号とアマゾン号」という巻があります。これは小学生と中学生ぐらいの子どもが夏休みに湖で無人島に住む話です。お父さんは船乗りで、海軍か何かでいません。お母さんと湖の脇の農家を借ります。お母さんに許可を求めて、お母さんはお父さんにまた手紙でやり取りをして、ばかな真似はしない、きちんと判断をしてやるという約束をして子供たちを送り出す。
 無人島は岸から見えるところにありますが、そこにキャンプをする。全部子どもたちだけでやります。面白いことに、対岸に牧場がある。毎日そこにミルクをもらいに行くことになっています。そこでメッセージもお互いに残せるし、無事にやっていることもわかる。そのぐらいの用心はお母さんもしているけれども、ある一定の約束事をして自由にさせる。これが素晴らしいことだと思います。この素晴らしさは、自分で判断する子どもを育てるということ、それからジェンダーの問題がない。男の子も女の子も同じように自由にやっている。
 これがいつの時代だと思いますか。出版されたのは1930年頃ですが、日本では昭和の初期。その時代に子どもたちが男の子も女の子も自由にヨットに乗っている。その人たちが主人公で、それからもう1組の女の子の姉妹と知り合いになって、いろいろな冒険をするのがアーサー・ランサムのストーリーです。そうすると、海洋国とはこれだなということがわかります。自分で判断する。自分で責任を負う。親もそれを許す。そして周りもそれをアクセプトする。この四つが揃っています。
 こういう暮らしをしている中で、私が一番うらやましいと思うのは、水があり、自由があり、そして暮らしがあることです。そういうことが全部クローバーの葉っぱみたいにくっついているから海のある暮らし、水のある暮らしが育っていくのだなと思います。安全ということだけを言っている国では、海の自由は絶対に育たない。それでいうと、日本の夏休みに私がとても文句を言いたいのは、夏休みの宿題があることで、あれほど無意味なものはないと思います。朝顔の観察日記など、何のためにやらせるのでしょう。50年前と同じです。私は子どものときに、それで一応やりましたが、自分が子どもを持ったときには、夏休みになったらどんどん先にさせて、7月中に宿題が全部済むようにさせ、実際には済まないこともありますが、あとは精一杯遊ばせました。
 ですから「ツバメ号とアマゾン号」の冒険ができるのも、結局夏休みの宿題がない国だからです。日本の学校教育はどうも義務と束縛が多く、完全な自由を与えない。それが私たち日本人のあとの生活をすごく縛っていると思います。サラリーマンの生活も、ある一定時間働かなければ会社から出られないでしょう。短時間に済ませてさよならとできないから、できるだけ長々とやってお手当てを貰うためということになる。働くだけ働いて、あとは遊ぼうということが育たない国は、私はとても不幸だと思います。
 その大本には、船の科学館でご覧になれば帆船の歴史があるからわかりますが、日本の鎖国はやはり一つ大きなマイナスを日本に与えたと思います。歌舞伎などを見ると、日本の町人文化はすばらしいから、あれは江戸幕府の鎖国の一つの成果だったと思います。しかし失ったものはあまりにも大きい。過去の時代には渤海との使節もあり、唐ともあり、新羅ともあり、危険な中をろくでもない船で往復していました。それから朱印船というのもあった、それから八幡船というのもあった、あれは海賊船ですが、世界に雄飛していた。ところが家光の時代、千六百何十年に鎖国をする。それによって世界からの情報を閉ざしてしまう。情報がないということは発達をしない。ですから細かいことにはすごく上手になる代わりに、危険への挑戦ができない国になってしまった。これを何とかして切り捨てたいと思います。
 たとえばレジュメの3番目、「現代の本−ノンフィクション」のすぐ下に、小島敦夫さんの書いた「密航漁夫 吉田亀三郎の生涯」という本があります。これはすごい冒険です。帆船の模型があちらにありますが、打瀬船(うたせぶね)という四国の船は、中国のジャンクみたいな船でした。私たちはジャンクというとろくでもない船だという印象があります。香港などに行くとジャンクがまだあり、何だか汚いなと思いますが、実はさにあらず、ジャンクはすばらしい船だったそうです。15世紀明は海外貿易に150mぐらいある大きな船をつくったそうですが、すごい海外貿易をしたのはこのジャンクです。ジャンクとは縦帆のすばらしい性能を持った世界に先駆けた船です。中国はすばらしい文明ですから、そのジャンクを発明した。それから縦の舵も、すごく長い15mぐらいあるのが発掘されて残っているそうですが、あれも西洋よりも1000年も早くから使われていたそうです。
 いま日本は国連で常任理事国入りなどと言っていますが、それにはもっと国際性を持たなかったらだめです。日本へくる留学生も少ない。外国から来る観光客も少ない。日本から出て行くのは3倍もあって、入ってくるのは3分の1しかないというのは、日本がとても値段が高いからではなくて、いろいろな面で規制が多すぎるからです。
 私は船に親しむことによって、私たちの暮らしも豊かにしたい。つまり船の知識を取り入れて豊かにしたいだけではなく、国際性を養うことに結びつけたいのです。民際という言葉があります。国際というと国同士の関係みたいですが、市民同士、私たち同士が結び付くのは民際という言葉を使う人もいて、まちで困っている人がいたら、日本人同士もちょっと声をかけてあげるべきだし、外国人だったら行く方向を教えてあげるとか、どこが面白いと教えてあげるとか、恥ずかしがることは何もないと思います。私は全然そんなことはないけれど、日本人の多くは人目をすごく気にします。人目があるからお年寄りに席を譲れなかったとか、本当に不思議だと思います。それをやめたらいい。
 しかしこれはどこから起こっているのでしょうか。日本人の幼稚園児でもうすでに日本人の性格を持っています。そう思いませんか。たとえばあるときロシアから、ネコに芝居をさせる人が来て、セゾン劇場でやったのを観に行きました。ネコがいろいろなことをやるので、ネコというのは訓練できないことになっているけれど、できるのがすごいですが、最後に向こうの人が子どもたちに、壇上に上がってくれ、踊ってくれと言ったのです。そうするとすぐ踊りだす子は本当にわずかしかいない。日本人の子は上に行っても周りを見るのです。ほかの子が何をするかを見て、ほかの子が何かやり始めるとやる。それで適当にやめてしまうとバタバタとやめてしまう。最後まで楽しんで踊る子はほんのちょっとしかいない。お互いに見合っている、お互いに監視するみたいなところが、私たちの暮らしをすごく狭くしていると思います。
 豊かな暮らしとはそういうことではなく、皆さんがもし船の上に1人でいたら自分で判断し、自分で楽しまなければだめです。自分の家の中は自分の空間ですから、本当に好きなように生きていただきたい。人が望むことなどはどうでもいいのです。日本の、ことに女の人は他人がどう思うかということを気にして生きてきたかもしれない。男の人は会社の仲間がどう思うかということを気にしてきたかもしれない。せめて自分の家では、あるいはこれからの人生は自分の望むとおりにやるべきだと思います。自分が長男だって、そんなことは関係ないし、自分が長女だから何とかしなければならないということはない。もちろんそんなことは思っていませんよね。好きに生きましょうということをぜひとも申し上げたいと思います。
 そろそろ時間だと思うので、この船の科学館は海への目の開くためにつくられたミュージアムです。科学館というと、何だかよくわからないけれど、英語でいうとミュージアムです。ミュージアムはいろいろな知識の宝庫で、それを私たちにくれるところです。それから同時に私たちの注文も聞いてくれるところのはずで、それがミュージアムをよくしていくわけですから、ぜひとも皆の役に立つことをやっていただきたいし、子どもたちを海にどんどん連れ出していただきたい。外で、小さい船で冒険をするようになっていましたが、本当はヨットの帆走などをここでやれたらいいなと思います。そういうことで、いったんここで打ち切り、もし質問がありましたら何でも結構です。伺います。どうもありがとうございました。(拍手)


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