日本財団 図書館


8.4 閉鎖性海域 ―特殊な海域環境―
 閉鎖性海域(へいさせいかいいき)とは、周囲を陸に囲まれ、外洋との海水交換がよくない海を指します。このような海は自然に恵まれ、気候がおだやかなため、その沿岸地域にはたくさんの人が住んでいます。そこでは、漁業をはじめ多くの産業が生まれ、交通が発達し、またいろいろな文化が生まれてきました。また、閉鎖性海域はレクリエーションの場としても利用されてきました。
 
 しかし、多くの人々の活動が活発になることによって閉鎖性海域の汚染が進み、いろいろな社会問題が起こってきました。閉鎖性海域は海水交換がよくないので、一旦汚染されると、なかなか元のきれいな海に戻りません。日本の主な閉鎖性海域の特徴は以下のとおりです。
 
 東京湾は小さい海域の容積に対して、周辺流域に住む2,500万人もの人々の多量の生活排水や産業排水が流れ込むので、日本国内の閉鎖性海域の中では最も富栄養化しています。湾内では1年中赤潮が発生していて、夏季には湾中央部底層で貧酸素水塊が発生し、この貧酸素水塊が夏季から秋季の変わり目に吹く北風により湧昇すると、青潮となって浅海部の魚介類を斃死させます。
 
 大阪湾は東京湾とほぼ同じ海域の容積に対して約半分の流域人口なので、湾奥で富栄養化が目立つ程度です。
 
 伊勢湾は海域の容積が東京湾や大阪湾と比較すると小さいために、流域人口は少ないにも関わらず、湾内の栄養物質濃度が高くなり、毎年夏季に湾央部底層では貧酸素水塊が発生します。
 
 大阪湾を含む瀬戸内海は大きな海域容積を有していて、富栄養化した大阪湾奥から貧栄養な伊予灘まで、多様性に富んでいます。
 
日本の主な閉鎖性海域 瀬戸内海 大阪湾 東京湾 伊勢湾
水面面積(km2 23,203 1,447 1,380 2,130
平均水深(m) 38 30 45 17
容積(億m3 8,815 440 621 394
流域人口(百万人) 30 13 25 10
 
 また世界の主な閉鎖性海域の面積や水深を比較すると以下のとおりです。
 
地図内のNO. 閉鎖性海域の名称 面積(千km2 水深(m) 備考
1 チェサピーク湾 約15 7
2 サンフランンスコ湾 約1.5 5 低潮時2/3は5m以下
3 メキシコ湾 約1,500 最大水深5,023m
4 地中海 約3,000 1,500
5 北海 約575 90
6 バルト海 約370 55
7 ペルシャ湾 約260 ほぼ水深90m以浅
8 アラビア海 約7,000 2,734
9 タイ湾 約320 45
10 渤海 約80
11 瀬戸内海 約23 38
 
 
 これら世界の閉鎖性海域はいずれも富栄養化や環境ホルモン汚染など共通した環境問題に悩まされています。そのような共通の問題に対する解決法を話し合うために、世界閉鎖性海域環境保全会議(EMECS: Environmental Management of Enclosed Coastal Seas)という国際会議が日本から提唱され、1990年に神戸で第1回の国際会議が開催されました。その後、2〜3年に一度、ボルチモア(チェサピーク湾)、ストックホルム(バルト海)、アンタルヤ(地中海)、神戸・淡路(瀬戸内海)、バンコク(タイ湾)と開催されてきて、次回は2006年フランスのカーン(北海)でEMECSが開催される予定になっています。
 
 下図に、世界の代表的な閉鎖的沿岸海域の単位面積当たりの漁獲量を示します。瀬戸内海の21トン/km2/年という値がずばぬけて大きいことがわかります。このような単位面積当たりの漁獲量の差は、基本的には各海域の水の輸送形式により決まっています。
 
世界の主な閉鎖性海域における漁獲量
 
 魚が増えるためには、まず窒素、リンといった栄養塩を光合成して植物プランクトンが増える必要があります。沿岸海域の窒素、リンは主に陸域から供給されます。
 下図に示すように、例えば地中海では蒸発量が大きいため、表層海水は高塩分となり、重くなって、光のあたらない底層に沈降し、西方のジブラルタル海峡底層から大西洋に流出します。この流出水を補うために、大西洋表層の低栄養塩濃度の海水がジブラルタル海峡表層から地中海に流入してきます。このような水の動きに伴い、陸域から流入した栄養塩は光合成にほとんど用いられることなく、大西洋に流出していくのです。したがって、地中海の単位面積当たりの漁獲量は非常に小さくなります。
 一方、バルト海や黒海では、海面降水量と淡水流入量の和が海面蒸発量より大きいので、陸域から流入した淡水は海洋表層を外洋に向かって流れ、浅いカテガット海峡、ボスポラス海峡の表層からそれぞれ大西洋、地中海に流出します。このような水の動きに伴い陸域から流入した栄養塩も光合成に用いられながら、流出していきます。カテガット・ボスポラス海峡底層では表層水の流出を補うべく、大西洋、地中海の海水が流入します。このような流れが存在するバルト海や黒海中央部の底層は、深くて光が当たらないうえに、表層から沈降した有機物が分解されて溶存酸素が消費され、貧酸素水塊が形成されます。また表層と底層の密度差が大きいために、冬季にも海面冷却による鉛直対流が海底まで達しません。したがって、両海域の中央部底層では生物の生存が不可能となり、単位面積当たりの漁獲量は小さくなるのです。
 これに対して、年間を通じて海面から海底まで反時計回りの循環流が卓越している北海では、イギリス北東沖の大西洋から流入する栄養物質量が大きく、それは北海内で光合成に用いられながら、分解・再生をくりかえして、やがてノルウエー西沖から北極海に流出します。したがって、北海の単位面積当たりの漁獲量は地中海・バルト海・黒海と比較すると大きくなりますが、チェサピーク湾や瀬戸内海と比較すると小さいのです。
 淡水流入量の大きいチェサピーク湾では表層を外洋に、底層を湾奥に向かう鉛直循環流(河口循環流)が卓越しています。湾奥から流入した栄養塩は表層で光合成により植物プランクトンに同化されながら、湾口方向に流され、その間に底層に沈降した植物プランクトンの死骸や動物プランクトンの糞は、底層の鉛直循環流により湾奥方向に戻りながら分解され栄養塩に戻って、表層に湧昇され、再び光合成に用いられます。栄養物質はこのような上下の動きと、湾口−湾奥の水平移動を繰り返しながら、やがて大西洋に流出します。河口循環流の存在により栄養塩が何度も効率的に光合成に用いられるために、チェサピーク湾の単位面積当たりの漁獲量は大きくなるのです。
 これに対して、湾奥と外洋の間に多くの海峡が存在する瀬戸内海では、海峡部の強い潮流により表層水と底層水が鉛直混合され、チェサピーク湾よりさらに効率的に栄養物質が何度も光合成に用いられます。鉛直循環流と海峡の存在が世界最大となる瀬戸内海の単位面積当たりの漁獲量を支えているのです。
 
各閉鎖性海域における水の輸送形態


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION