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7.12 スナメリ ―今後も瀬戸内海で生きていけるか―
 スナメリは、体長が160〜170cm、体重は50〜60kgのクジラ目、歯クジラ亜目、ネズミイルカ科に属する小型クジラです。体の色は、銀白色をしています。頭は丸く、イルカのようなくちばしや、背びれはありません。背中の真ん中から尾ビレにかけて、高さ2〜3cmの隆起があるのが特徴です。スナメリは、ペルシャ湾から日本に至るインド洋、アジア地域に広く生息しています。日本では、仙台湾から、伊勢湾、瀬戸内海地域、西九州などの浅い海域で多く見られます。日本海側では、能登半島から以西で時折見られます。
 
 スナメリは、植物プランクトンから始まる海洋生態系の食物連鎖の頂点にあるので、汚染物質を体内に溜めやすい性質を持っています。その意味では瀬戸内海の環境保全のシンボルと言ってもよい生物です。すなわち、植物プランクトンがいなくなっても、動物プランクトンがいなくなっても、スナメリは生存できませんし、主な餌であるイカナゴやイワシなど小魚が汚染されると、スナメリも汚染されるのです。
 
 かつて瀬戸内海にはたくさんのスナメリが生息していました。1970年代には約5,000頭のスナメリがいたと言われています。水深の浅い沿岸や島と島の間、岬の先の流れの速いところなどがスナメリの好みの場所でした。現在の生息数は不明ですが、かなり少なくなっていると思われます。原因は海の汚染や船舶による事故、そして何よりもスナメリの好む浅海スナメリ域の減少であると考えられています。
 
スナメリ
 
瀬戸内海のスナメリ発見情報(せとうちネットより)
 
7.13 クラゲ ―瀬戸内海がクラゲばかりの海になる?―
ミズクラゲ(せとうちネットより)
 
 瀬戸内海では、近年ミズクラゲやクシクラゲの数が激増して、瀬戸内海の漁師は底引き網が詰まって困ると嘆いています。クラゲの増加は東京湾でも同様に起こっていて、大量のクラゲが発電所の冷却水取水口を塞いで社会問題を起こしています。日本のみならず、黒海、地中海、べーリング海、メキシコ湾などでもクラゲの増加が報告されています。
 クラゲは肉食性で、魚卵や稚仔魚(ちしぎょ)を直接食べますし、餌となる動物プランクトンを巡って魚と競合するので、いわば魚の敵となります。さらにクラゲを食べるものはカメかカワハギくらいしかいないので、クラゲの栄養分=エネルギーは食物連鎖で上位の魚に転送されません。これは、現在は魚が豊かな瀬戸内海も、将来はクラゲばかりの海になってしまう可能性があるということです。
 クラゲが増えた原因のひとつは、地球温暖化に伴い、冬季の瀬戸内海の水温が上昇して、それまで越冬できずに死んでいたクラゲが越冬できるようになり、増えやすくなったことにあると言われています。
 もうひとつの原因は富栄養化です。以前は、沿岸海域の主な基礎生産者は光合成に珪酸を必要とする大型珪藻でした。大型珪藻は大型の動物プランクトンに摂食され、大型の動物プランクトンは魚に補食されるという食物連鎖が成立していました。このような食物連鎖は、高エネルギー食物連鎖と呼ばれています。ところが富栄養化に伴い、珪酸濃度と比較して硝酸やリン酸濃度が増加して、珪酸を必要としない小型の鞭毛藻が増えてきたのです。小型の鞭毛藻は小型の動物プランクトンに摂食され、小型の動物プランクトンはクラゲに食べられるという、魚に届かない食物連鎖が大きくなってきたのです。このような食物連鎖は、低エネルギー食物連鎖と呼ばれています。
 クラゲが増えたもうひとつの原因と考えられているのは、魚の捕りすぎです。魚を捕りすぎることにより、魚に食べられる大型動物プランクトンの数が増え、増えた大型動物プランクトンがたくさんの珪藻を食べ、その結果余った栄養塩が鞭毛藻に吸収されて、鞭毛藻が増え、クラゲが増えたという理由です。
 瀬戸内海では上に挙げた3つの理由が重なって、近年クラゲが増えているようです。
高エネルギー食物連鎖 大型珪藻→大型動物プランクトン→魚
低エネルギー食物連鎖 小型鞭毛藻→小型動物プランクトン→クラゲ
 
7.14 カブトガニ ―生きた化石の将来は?―
 水産庁は1994(平成6)年から、日本の希少な野生水生生物を対象としたレッドデータブックを発行しています。生物の減少の程度に応じて、普通、減少傾向、減少種、希少種、危急種、絶滅危惧種の6段階に分けて評価しています。
 瀬戸内海各地の干潟の続く内湾で普通に生息していたカブトガニは、現在は広島県竹原市、山口県埴生、下関市、大分県杵築市などの沖合にわずかに生き延びているだけで、絶滅危惧種に指定されています。
 今から3〜6億年前の古生代に繁栄した三葉虫と呼ばれる原始的な甲殻類は、現在化石としてのみ発見されますが、カブトガニは三葉虫とほぼ同じ姿を孵化幼生の時期にとります。カブトガニは約2億年前のジュラ紀に出現して以来、現在までほとんどその姿を変えていないことから、「生きた化石」と呼ばれています。
 カブトガニは産卵が近くなると、雌雄のつがいで行動します。夏の大潮時に上げ潮に乗って砂場にやってきて、産卵活動をします。卵は約50日で孵化し、砂場の沖にある泥場に移動し、そこでゴカイなどを食べながら半年から1年の間脱皮を繰り返し、6齢頃まではこの泥場で過ごします。そしてさらに沖合の藻場に移動して約10年で成体になります。
 カブトガニの産卵場である岸近くの粗い砂場や、その沖合の泥場、さらに藻場が失われたことが、その生息数の激減につながっていると考えられます。
 岡山県笠岡沖の広大な干潟には、かって無数のカブトガニが生息していて、その中心にあった生江浜は1928(昭和3)年に国の天然記念物に指定されていました。しかし、戦後の農業干拓によりほとんどの干潟が消失して、1980(昭和55)年にはカブトガニの幼生が見られなくなり、1985(昭和60)年には産卵も確認できなくなりました。現在では、笠岡市カブトガニ博物館が人工孵化した幼生を放流することで、笠岡周辺のカブトガニの絶滅を防ぐ努力を続けています。
 
カブトガニのつがい(せとうちネットより)


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