2. 環境の特性
2.1 物質循環 ―すべての物質はいずれ私たちの口に入る―
私たちが口をすすいで洗い場に流した水は、下水から川を下り瀬戸内海に流れ出ます。そして、その水の一部は瀬戸内海から太平洋へ流出し、インド洋に流れ大西洋を北上し、グリーンランド沖で深海に潜り込み、その後、逆のコースをたどっておよそ3000年を経て太平洋の深層まで帰ってきます。またその水の一部は瀬戸内海の海面から蒸発し、水蒸気となって風に運ばれ、山にぶつかり雲となり、雨となって、再び川の水や地下水となり、井戸水や水道水となって、私たちの口まで戻ってきます(下図参照)。
私たちが食べ残して食器についた窒素やリンなどの栄養物質も水に溶けて、海まで運ばれると、光合成により植物プランクトンに取り込まれ、動物プランクトンに食べられ、さらに魚に食べられ、その魚はやがて漁民に釣られたり、網で獲られたりして、スーパーマーケットで売られ、私たちの口に戻ってきます。窒素やリンの中には海で鳥やサツキマスに食べられて、山に帰って、草や木に取り込まれるものもあります。また海底に堆積して、長い時間を経た後、地殻変動により地上に戻ってきて、肥料として採掘されるものもあります。
このように地球上のあらゆる物質は循環していて、水に溶けたり、懸濁物質(けんだくぶっしつ)(水に溶けない物質)になったり、バクテリアに分解されて再び水に溶けたりして、様々に形を変えますが、決して消滅することはありません。環境を大事にするということは、私たち自身の健康を守ることです。自然界の物質循環(ぶっしつじゅんかん)の途中で有害物質が混入したりすると、それは必ず、私たちの口に戻ってくるのです。
環境を保全するためには、まず環境がどのような特性を持っているのかを正しく理解しておく必要があります。病気になった患者さんを治すために、患者さんの身体のいろいろな部分を検査し、どのような変化があるのかを探って、適切な治療法を考えるのと同じことです。相手をよく理解しておかないと、相手が困った状態になった時、どうすればよいのかもわかりません。瀬戸内海の環境を保全するためにはまず、瀬戸内海における水循環と物質循環の仕組みを正しく理解しておく必要があります
水循環と物質循環
2.2 共生と生態系 ―私たちの命の安全のために必要な共生―
環境とは人や生物を取り巻くすべてのものやことを指します。環境を「保全」することは自分も含めて、この世界に存在する生き物すべてを大切にすることです。すべての生き物は密接に関連しあっています。人間は生きていくために必要な食料(有機物)を自分で作りだすことは出来ません。有機物を作りだせるのは植物だけです。陸上の植物や海の植物プランクトン・海藻・海草は光エネルギーを使って、無機物から有機物を合成します。その植物を動物が食べて、その動物や植物を食べて人間は生きているのです。このような、食べる・食べられる関係を「食物連鎖(しょくもつれんさ)(食物網(しょくもつもう))」と言います。人間は、言ってみれば、地球上の食物連鎖の頂点にいるわけです。
このような生物の関係とそれを取り巻く無機的環境をまとめて生態系(せいたいけい)と呼びます。生態系の大切なところは、有機物を自ら合成できない動物はそれだけでは生きていけないことはもちろんのこと、自ら有機物を合成できる植物も、植物だけでは生きていけないことです。植物は自らの身体を動物が食べてくれて、動物が死んで、それをバクテリアが分解して、栄養塩に戻してくれ、その栄養塩を植物が再び利用することで、初めて光合成が可能になるのです。すなわち、地球上の生態系は生産者(植物)、消費者(動物)、分解者(バクテリア)の3者がそろって初めて成立するのです。
前節で述べた物質循環にも食物連鎖が大きな役割を果たしています。地球上の食物連鎖には地球上のすべての生物が関係しているので、この世界に無駄な生き物はいません。すべての生き物が生き続けることが、結局、地球上の物質循環を滑らかにし、人間が生き続けるために大切になります。すなわち、すべての生物が共に生きる(共生(きょうせい))ことが環境を「保全」するために最も大事なことなのです。言い換えれば、地球上のひとつの命がなくなることは、その分だけ自分の命が危うくなることを意味しているのです。
もうひとつ別な観点から、生物の大切さを指摘することが出来ます。人は自分が大切だと思うものを大事にします。昔、人が大事に思ったのは家族、親族、民族だったので、他民族に対する奴隷制度が行われていました。しかし、すべての人は平等であるという倫理観が定着してきて、現在では世界中ほとんどの地域で奴隷制度は廃止されています。そして、クジラのみならず、あらゆる生物は人間と平等であると考えるような人々も出てきました。そのような倫理観を持てば、蚊やハエさえも殺すことは出来ません。
倫理観は時代とともに変化していくので、やがて、すべての動物、植物も人間と同様に大切であると思われる日がくるかもしれません。食べ物としても必要で、かつ人と同じような生命を持ったすべての生き物を大切に思って、共に生きていくことが、大切です。
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