■悟空は分身
学生――戦いのシーンのかけ声とか叫び声で、ピッコロ役の古川登志夫さんは言葉のストックが切れてしまったときに、コップがあったら「コーップ」とか叫んでいたというエピソードがあるんですが、野沢さんにそういう技みたいなものがあったら教えてほしいです。
野沢――私は、詰まるということがないんです。アドリブも結構言う人ですからね。それになりきっているから。古川さんがなりきっていないというわけじゃなくて、でも同じことをやっているといやだなと思っちゃうから、何かドカーンってやるんでしょうね。私は本当に口からでまかせという感じでベラベラ出てくる人なんですよ。勿論、その役に入り込んで、その人物としてですけど。
よく真似している人もいますね。私が「んんん〜」なんて、ちょっとずっこけるところをやったら、後輩が真似してそれを自分のものにしてやっている。「俺のを盗った」という人もいますけれど、私はそんなことは思わないんです。盗ってもらえるのは役者にとってとてもうれしいことだから、どんどん盗ってくれていいんです。どんどん私も生み出していこうと思っているから。
学生――鳥山明先生とお会いしたときのエピソードを聞かせていただきたいです。
野沢――先生はとってもお話が楽しい人ですよ。とってもシャイなので大勢の前に出るのは好きじゃないみたいです。集英社のパーティにいらっしゃるけれど、私が行くと集英社の鳥山先生付きの方――編集長なんですけれど――「野沢さん、こちらへ」と言われて、パーティ会場に入らないで、終わるまでずっと先生とお話をしているんです。いろいろお話するんですが、私はネーミングがとても上手だと思うので、どうやって考えつくんですかと言ったら、名前はいつも考えつかなくて、冷蔵庫を開けたときに牛乳があったらギニューというふうにつけて、あとは冷蔵庫にあるものでどんどんつけていくんですって。すごく発想がおもしろくて。最高にうれしいのは、悟空の絵を描くときに私の声が聞こえてきて、それでどんどんお話ができるんですって。本当に光栄です。声優をやっていてよかったと思いますね。
今度、アメリカで実写でやるんですって。誰がやるんでしょうね。一応話は進んでいるっていうので、私、出演したいんですと言ったんです。悟空がかめはめ波をやっているときに通りかかって、「わたしもできるよ」なんて。
学生――『ドラゴンボール』シリーズで演じていて最も楽しめた部分を教えてください。
野沢――全部ですね。まず、ほかの役者さんは、原作がある場合は原作を読んでから録音に行きます。集英社から必ず前もって本を送ってくるんですが、でも、私は絶対に録音が終わってから読むんです。なぜなら、毎回悟空と同じ新鮮な気持ちでスタジオに入りたいから。今週はどんな相手に会えるのかな、とワクワクするじゃないですか。原作を読んでいると、今週はこういう人が来て、こういうセリフを言うんだとわかっているでしょう。それがいやなのね。
私が好きなセリフがあるんですよ。悟空がトイレに入っているときにレッドリボン軍が来て、ダダダダッと撃って、トイレのドアにも穴が開いちゃったんですよ。どうなっているんだろうと、私は息を止めて見ていたら、ギーッてドアが開いて、悟空はいないのね。えー!主役が死んじゃったの?って思ったら、「いってえー」って出てきたのよ。そのセリフが大好き。一番印象に残っています。
学生――野沢さんにとって悟空はどういう存在ですか。
野沢――私にとっては分身かな。悟空はいまも私のなかにいます。
■声は変わっていない
学生――フュージョンして声を2人で出すのは、どういうふうにやるんですか。
野沢――ゲームの場合は、先に相手が録った声を聞いて私が合わせるんです。テレビのときは必ず隣りに来てもらって、私は頭のきっかけを出してあげて、あとは私が全部合わせていくという感じですね。誰とでも息が合いましたよ。
学生――悟空と悟飯がフュージョンしたら可能ですか。
野沢――可能ですよ。悟空と悟飯がフュージョンした場合には、一緒にはしゃべれないですから、悟飯を先に録ると思いますね。3人一緒に笑ったことはありますけれど。「ほかのみんなも笑っているから、一緒に録ってください」とお願いしたのです。悟空で笑って、悟飯で笑ってと、いろいろと混ぜていけば3人一緒に笑っているように聞こえて、ほかの人の声も聞こえるでしょう。そうすると同時にできるから、簡単に済んでいいんじゃないかなって。勿論これはスタッフのOKをいただいた上での事ですけどね。
学生――風邪をひいてしまった場合は、どう対処するんですか。風邪をひかないために、やっていることがありますか。
野沢――私は、声がだめになるとか鼻が出るとかいう風邪は、もう何十年ひいたことがないな。精神力って私は言うのだけれど。私はとっても健康オタクなんですよ。いいというものはすぐにやる。すぐやるけれど、すぐにやめるんです。次々に新しいものが入ってくるので、全部やったら大変なことになっちゃいますからね。やめずに必ずやる事は、外出から家へ帰ったときには、水道水でうがいをしますね。
それから、お風呂に入ってシャワーをちょっと温かめにして口のなかにガーッと入れるんですよ。そうすると私は、のどの埃が取れる気分。仲間にも勧めるんだけれど、みんな笑って絶対にやらないらしい(笑)。気分がいいのよ。よし、これできれいになったって。
学生――同じ役を何年もやっていて、声が変わってくることはないのですか。
野沢――年齢とともに声って変わるらしいんですけれど、ディレクターには「野沢さんは変わらないね」って言われたので、変わっていないのかもしれない。
森川――『ゲゲゲの鬼太郎』は古いバージョンと新しいバージョンがありましたが、先生は両方ともやっていらっしゃるのですか?
野沢――私は、モノクロとカラーになったのと3作やっているんです。その後のは後輩がやっているんですけれど、どうしても鬼太郎といったら私のイメージが皆さんのなかに入っているらしくて、後輩にはちょっと気の毒ですね。
■絵を見ればすぐ役になりきる
学生――特別なトレーニングとかはなさっているのでしょうか。
野沢――一生懸命やってますって言いたいのですが、やっていません。私たち劇団の出身者は基礎がバッチリできているんですよ。大きな劇場でもマイクなしで奥まで声が通らなければ先輩に怒られますから。いまの若い人は、すぐに声が出なくなるんですよね。
学生――役を変えるときのスイッチみたいなものはありますか。
野択――絵が出てきたら、ポンポン切り換わるんです。こういう役をいただいたからこういうふうにやろうと、つくっている人もいるんですよ。だけど、それが現場で違ったときに、すぐに合わせたものが出せればいいけれど、出せないと不都合がたくさん出ちゃうと思うのね。私は臨機応変というのかな、現場へ行って絵を見たらフッと出るという感じで。
学生――声優さんの仕事をしているから、生活のなかでこれはできないということはありますか。
野沢――それはないです。夜ふかしもしますしね。劇団をやっていますので、公演近くなると睡眠時間は1日3時間です。それが2週間は続きますが、それでも朝10時から仕事をやって平気なんですけれど。ただ、時間が自由にならないというか、お約束がなかなかできないのがちょっと淋しいかな。「この仕事はどうしても」って言われてしまうと断れないから、約束を守れないときがあるでしょう。
学生――『ドラゴンボール』で、悟空は常に強い敵と戦っていくわけですけれど、野沢先生が一番強敵だなと感じたのは誰ですか。
野沢――うーん・・・ブウじゃないかしら。何かフニャッて手応えがないじゃないですか。やってもやってもグニャグニャしてて。考えてみるとブウがきつかったんじゃないかな。私ね、悟空になりきっているから、しゃくにさわってくるんですよ。「いい加減にしろよ、これだけ俺がやっているのに」って、本当に頭にくるんですよ。
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