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マンガ家の仕事
 
藤田和日郎(マンガ家)
『うしおととら』、『からくりサーカス』等多数。
 
 
有井大志(小学館『少年サンデー』編集者)
 
いかにしてマンガ家になったか
 
 森川――最初に私から若干の質問をさせていただきます。まず、藤田先生は、どうしてマンガ家になられたのでしょうか。
 
 藤田――大学卒業後アルバイトをして、あさりよしとお先生のもとでアシスタントをしながら小学館に持ち込みをしていました。一番最初に持ち込んだのは、32ページの読み切り形式の『連絡船奇譚』でした。雑誌の持ち込み規定に従って、予約の電話を入れて、自分の描いたマンガを持っていって、編集さんに見てもらいました。そのマンガが何かの賞の佳作に選ばれたので担当さんがついたのです。
 
 森川――マンガ家は、そんなに直線的になれるものでしょうか。
 
 藤田――まず出版社に原稿を持ち込まないとマンガ家にはなれません。最初に見よう見まねで描いたマンガを持って小学館の門をたたくと、「君のはちょっといいから、次にできたらまた持ってきてください」と言われる。これは、大学ノートに描いたネームを持ってこいという意味ですが、それで持っていくと、いろいろ言われて、また直す。そんなふうに、編集さんと顔をつき合わせて、自分の描いたマンガについて話し合う中からポイントなどを教えてもらいます。そんなことが何回か続いてから、ペン入れするように言われるのです。それが『うしおととら』ですが、それまでに2年か3年かかっています。
 
編集者とは対等の立場
 
 森川――私たちには、マンガ家の先生と編集者との関係はわかりません。漠然とですが、編集者がマンガ家の家のリビングルームでじっと作品ができるのを待っていて、「期限がきているので、ぜひ早く!」と土下座をせんばかりにお願いをしているようなイメージがあるのですが。(笑)
 
 藤田――マンガ家といってもピンからキリまでありますよね。自分は、マンガ家になって14、5年の中堅と言われるあたりですが、編集さんが土下座せんばかりに待っていることはまったくありません。編集者とマンガ家は五分五分で仕事を進めていくもので、対等なコミュニケーションの中からマンガはつくられていくものだと思います。
 物語を紙に描いているだけですから、話し合いはほとんど想像できるようなものだと思います。この登場人物はおもしろくないね。だったらどういうふうにしたら、おもしろくつくれるかな。ちょっと弱いところをつくってみようか。強いところをつくってみようか。強いのは格闘が強いようにしよう。弱いのは精神的に潔癖症なところをつくってみよう。そんなふうに具体的に話すのに、いちいち立場が上だ下だとは言っていられません。
 
 森川――有井さんの立場からみて、藤田先生と一緒に仕事をしていて、楽しいこと、辛いことは何ですか。
 
 有井――「次に何を描けばいいですか」と言ってくるような作家さんの場合は苦労することもありますが、藤田先生は描きたいことが頭のなかにたくさん詰まっている方ですので、むしろ「この順番で出していったら伝わりやすいのではないですか」とか「どれかに絞りませんか」といったことを話し合いながらストーリーをつくっていきます。ですから、藤田先生との打ち合わせは、とても楽しいですね。夜中の12時ぐらいに話し始めて、3時間、4時間、あるいは5時間ぐらい話すときもあります。
 
 藤田――ささいなことで長くなったりしますね。この間は、コインの裏表で敵が勝ったら主人公を攻撃するというところで、主人公はコインが落ちる前にパンチを入れてしまうという場面があったのですが、そこが納得できないと。敵は大きくて強く、主人公は小さな女性なのですが、ルールを破って敵にパンチを入れて勝ってしまうのは、主人公らしからぬではないかというので、2時間ぐらい話しました。私は、弱い女性だから、不意討ちで勝つのもいいだろうと思ったのですが、有井さんは、そういうやり方はズルをしているように見られてしまうから、少年マンガの主人公としてはふさわしくない、というのです。
 
マンガ家の収入は不安定
 
 森川――先生のような中堅の売れっ子マンガ家さんの年収はどのくらいでしょうか。
 
 藤田――参考までに。新人の増刊号の買い取り原稿は1ページ6,000円から8,000円で、32ページが最小単位なので、源泉徴収されて20万円から25万円ぐらいになります。しかし、それを2、3ヶ月かけて描くわけですから、たいした金額にはなりません。売れている人になると、1ページ1万円から1万5,000円。週刊連載なら18ページですから、月に104万円ぐらいになります。しかし、アシスタントを3、4人使って、1人15万円から20万円払って、食事代や画材費を引いた儲けは、10万から20万円です。一番重要なのはコミックスです。コミックスでは定価の1割が入ってきますから、掛ける発行部数が収入です。発行部数はまちまちで、8,000部からという話も聞いたことがあるし、大手出版社なら最低2万部からになります。たとえば2万5,000部発行したら90万円ぐらいになります。
 あまりいないと思いますが、売れる人なら100万部いくでしょうから、そうなると単行本を1冊出すごとに3,000万から4,000万円入ってきて、それが週刊連載ペースだと1年に5冊出ます。ただし、半分ぐらいは税金に取られるらしいです。さらに、アニメ化原作料やグッズ販売からも入っていると思います。ちなみに私は、アニメ化されていませんし、発行部数もそんなに多くありません。
 その仕事で食べていける人と食べていけない人の差は、どの職種でも同じではないかと思いますが、マンガ家を目指すより別の商売をめざしたほうが安定していると思いますよ。税理士さんから聞いたのですが、変動所得の計算は、海苔・カキ・ハマチの養殖と、原稿料・印税は同じだそうです。海苔・カキ・ハマチは天候に左右されるからですが、原稿料は天候には左右されないものの、そのぐらい変動するからです。まったく収入がないこともありますから。週刊連載がないとちょっときついかもしれません。単行本が売れるようなマンガを描くことができればいいと思います。
 
 学生――『うしおととら』のファミコンゲームでは、いくらぐらい入ったんですか。
 
 藤田――1本につき何%ということだったか、あれは原作料で一括だったかもしれない。アニメ化した場合、ゲームなども一括で入ってくるので、それぞれいくら入ったか、わかりづらいシステムになっているんです。
 
■ デビューは得意技で
 
学生――持ち込み時代やアシスタント時代に、外からはわかりにくいエピソードがあったらお聞かせいただきたいのですが。
 
 藤田――アシスタント時代は何もわからなくて、迷惑をかけていました。1コマの背景を描くのに3時間もかかったりして、これはコストパフォーマンス的によろしくないわけですよ。でも、マンガを描くということ、締め切りに間にあわせることがどれだけ大切かといったことは習いました。また、あさり先生の周りにいるマンガ家さんや、持ち込んでいる人たちを見て、「こういうような生き方をしたいな」「こういうのはいやだな」ということも勉強できました。一番いやだったのは、「あそこの出版社でこういう失敬なことをされたよ」とか「こんなきついことを言われた」などと悪口ばかり言う人たちで、こんな人たちといたら俺のモチベーションが下がると、逆に心に炎が入ったというか、エネルギーにはなりましたね。
 
 森川――藤田先生のアシスタントから有名になったマンガ家さんもたくさんいらっしやいますね。
 
 藤田――『金色のガッシュ!!』の雷句誠、『美鳥の日々』の井上和郎、『メル』の安西信行は、皆うちから出て何とか食べられるようになったのです。最初はものすごく低いレベルだったのがだんだんと実力をつけていって、今や週刊連載をやっているのを見ると、ちょっとおもしろいです。
 
 学生――先生の『うしおととら』は妖怪がたくさん出てきますけれど、先生が妖怪を題材にしようと思ったきっかけを、ぜひ伺いたいのですが。
 
 藤田――妖怪が大好きだったからです。『3枚のおふだ』とか超常現象を扱った童話が大好きだったのです。昔話の基本に妖怪がありますが、その「モンスター」と言ってしまったら大切なところがこそげ落ちてしまうようなニュアンスが好きなのです。
 マンガ家にデビューするためには、自分にはこういう引き出しもあるというのではなく、まずは一番の得意技で全力で行かなければだめだと思ったので、妖怪ものにしたんですよ。実はスポーツもので描いたネームもあったのですが、好きさが足りないので情熱が編集者に伝わらないんですね。河合克敏先生は『帯をギュッとね!』でデビューしていますが、やはり得意技ですよね。







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