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経済以外の宗教観、国家観、道徳観、人生観のほうが問題
 今でこそ宗教の話をすると皆さんは聞いてくれます。けれど二、三年前に宗教を研究しよう、その成果をMXテレビで放送しよう、ビデオをつくって並べておこう、と言ったときには、当財団の中でも周りでもなかなか賛成してもらえませんでした(笑)。今にきっと、宗教論が要るときが来ると思っていましたが、その日が来たので安心しました。二〜三〇〇〇万円のお金がかかりましたから気にしています(笑)。そこに並んでいます。貸し出ししていますね? 担当は星野さんです。
【星野】 はい、貸し出しいたします。今は、一巻から五巻まで放映したものがビデオパッケージ化されていますので、無料でお貸ししています。
【日下】 「あなたの隣に異教徒が来たとき、さあ、大丈夫ですか」というキャッチフレーズで、連続ものをつくったのです。これを理事会とか評議委員会で私が言うと、なんで宗教なんかに予算をつけるのか、もっと他に日本には大きな問題があるだろう、不景気をどうする、インフレターゲットはどうするという反応でしたが、押し切った甲斐がありました(笑)。
 「もう二、三年したら、異教徒が隣に来るのではない、日本のほうが異教徒のところに出かけていくことになる。だから、今から準備しても別に早過ぎることはない」と思っていたのですが、実際そうなりました。
 今や経済以外の宗教観、国家観、道徳観、人生観のほうがずっと問題になってきました。「観」ですね。今まで心得ているようなことでは済まなくなってきたというわけで、もっと社会思想について考えないといけないらしい。
 すると、欧米人が思い込んでいるあの欧米的社会思想の根拠はいったい何なんだということです。私は子供のころキリスト教を教えられたから、キリスト教的な部分は良く見えます。彼らはキリスト教ともう一つアカデミズムが大好きで、近代合理精神だと威張っていますが、それにはキリスト教を超えてきたという意味があるわけですね。
 関ヶ原の戦いのころ、向こうではデカルトが現れて、キリスト教を超えた。そこで科学というものが、あの辺から芽生えてきた。じゃあ、もう一回デカルトを読んでやろうかと思って、いま読んでいます。すると、これまでちらほら聞いていたことについて、「ああ、これがそうか。このことを言っていたのか」と再発見するような経験をしております。これで欧米人の思考正体がもう少しわかるだろうと期待しています。
 日本は、そういう意味では先進国ですよ。マンガ・アニメが日本精神を普及してくれていますからね。日本人の精神がマンガ・アニメになって世界中に普及していて、二十五歳以下の世代は全部それで育っている。
 もう若い人の心の中は我々と同じになりました。若い子供は、みんな半分以上、日本人になっている。中国人だって、ドラえもんになっている(笑)。・・・という話は以前集中してやりましたので、そちらをご覧ください(編集部注・第16集に収録)。
 
 時間がなくなってきましたね。今日は「終身雇用」の話の締めくくりをして、このテーマの最終回としようと思っていたのですが、他の話ですっかり脱線してしまったので(笑)、締めくくりは次回に回して、最後に雑談をぱらぱらと三つ四つお話しして終わります。
 入口に置いてある第17集の中で、台湾で講演をしたときの話を書いています。台湾の「民主太平洋大会」で講演をして、そのあと李登輝さんの家へ行って雑談をしたときのことも載せていますが、そのときはまだ陳水扁が総統として二度目の当選をするかどうか、非常に危ないと言われていたときでした。李登輝さんは、「私は一切血を流さないように無血の平和革命をしようと心がけてずっとやってきた。しかし、今ここでこうして思い返せば、やはり革命には血を流すことが必要だったのかもしれない。ある程度はやっておいたほうがよかったのかな」と、表情は柔和でしたが、そう言いました。
 私が噛み砕いて言えば、たくさん人を殺せば殺すほど良い国ができる。しかし、自分は殺さずに無血革命で台湾をつくりたいと思って、辛抱して、辛抱してやったけれども、これは、日本かぶれのためで本当は失敗したのかもわからない。自分が全権を持っていたときに二万人くらい殺すべきだった。そうすれば今ごろは立派な台湾ができていたかもしれない・・・という意味のことを、もうちょっと柔らかくおっしゃった。
 こういう考えは、日本人が聞くとちょっとビックリするでしょうから、付け足して申し上げますと、たとえばリンカーン、ナポレオン、スターリン、毛沢東、あの人たちは一番たくさん自国民を殺した人です。リンカーンは偉大な大統領ということになっているけれども、リンカーンに殺されたアメリカ人の数は、南北戦争ですけれども三〇万人ぐらいです。この前の戦争で日本人に殺されたのよりずっと多い。ドイツ人に殺されたよりも、リンカーンに殺されたほうが多い。フランス人は誰に一番殺されたかというと、ナポレオンです。中国人は毛沢東に二〇〇〇万から三〇〇〇万人も殺された。そういう人が一番偉大な王様になって銅像が立つのです。スターリンもそうです。
 しかし、日本はそんなことをしなくても、こんな立派な国ができた。それは、多分、聖徳太子より前、紀元三〇〇年ごろに、それを済ませたからではないかと思います。そのときは、殺したのではないか。しかし、もう済ませてしまってずいぶん経つので、忘れてしまったのではないか。記録がないのでわかりませんが、どちらにせよその後、ずっと人殺しをせずに国が続いているわけですね。これはたいへん知的だと思います。つまり、革命で人がたくさん死んで、ようやく新しい国ができたとき、人々は「この国は大切にしよう」と思うのです。あれだけの犠牲を払ってできたこの国なんだから、もう一度壊れないようにしようというわけで、その人が絶対権力者になっていく。あるいは国の統一が実現するわけなんですね。というようなことを、ちょっと付け加えておきます。
 一人でも死んではいけないと言うけれども、実は、たくさん死んだほうが良い国ができる。これは当たり前のことなのですが、公に言ったらひどい目に遭うでしょうね(笑)。それで今、ここで言っていますが。こういうのは、たくさんの人が何十回も言えば、「自分もそう思う」という人が出てくるんですね。そういうものです。
 
 経済のほうで言いますと、日本の製造業は復権してきた、強くなってきた、株価も上がってきたと、またすぐみんな喜んでいますが。そこで反対のことも言っておきたいと思います。自分は努力しないでもだれかが努力してくれる、日本には底力があるなんて考えて、みんながラクをしておりますが。みんながラクをし出すと、日本経済は危ない(笑)。
 一つ言いますと、アメリカ型雇用関係では中途採用ができるという話をしましたね。それから外注もしやすいわけです。そのかわり、仕事をきちんと書き上げます。仕事に輪郭をつけて、固体にして、高度化して、それをポンポンと外注してやらせる。というのがアメリカ型の特徴で、日本型のは「うまくやれよ」だけで、書き上げない。
 そのどちらが良いのか? 答えは「それぞれ場合による」ですが、ではその「場合」というところを考えてくださいと言いたいのです。
 場合により、商売により、時代により、相手によりなのですが、その現象の一つとしてアメリカは、バックオフィスと言いますが、オフィスのバックのほうをどんどん外注している。例えば会計処理とか、総務部の仕事とか、人事管理とか、そういう事務的な仕事をどんどん外注してしまって、外注先はインド、中国、イスラエル。そういうことが進んで、ものすごくコストダウンをしつつある。工場の中では日本が勝っているが、工場の外を見ると、このままでは負けますよと言っておきたいんです。いや、負けないということも、言えるんですよ。それは商売の種類によるわけです。だから、バックオフィスの外注化をしないで、日本はまた次の成功をつかむでしょう。それは五、六年先か一〇年先ですが・・・というようなほうに気持ちが今行っております。
 それから、たまたま、きのう弁護士とお医者さんと碁を打ったのですが、そのときに出た雑談です。アメリカではご承知のように裁判がひどい。お医者さんはうっかり外科手術なんかしていられない。それで手術のとき、弁護士が横へ立っているのだという話を、以前聞いたことがありました。それはどちらの弁護士か、もしかしたら患者用と医者用の二人立っているかもわからない。そこまでしないと手術ができない。
 「そういう話を聞いたが、ほんとうですか」と尋ねたら、「そこまで行っているかはまだ知らないが、しかしその負担に耐えかねて、もうアメリカではお産はメキシコへ行く。臨月が近くなったらメキシコへ行ってホテルで待っている。メキシコでお産して帰ってくるということがもう始まっていて、ああいう弁護士だらけの国ではほんとうに生きていけなくなる。むやみにコストが高くなる」と言っていました。
 ああ、そうか。では先日出した『「道徳」という土なくして「経済」の花は咲かず』(祥伝社)という本は間違っていなかったと思ったのですが(笑)、倫理、道徳がきちんとしていないと、コストが高くなって後が大変なのです。
 ちょうど時間になりました。次回はテーマ「終身雇用」の最終回をいたします。
 







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